第43話 国見青音 16歳 ―Answer④―

「ごめん、大月さん。無理だよ」


 はっきり言い切った。大月さんの表情が強張るのがわかったが、悩める日々を終わらせるために、自分が楽になるためにはっきりと言い切った。


 傷つくかもしれないことを覚悟の上で告白をしてくれた、大月さんの気持ちは考えなかった。


「…絶対にダメなの?」


 少し俯いたまま大月さんが言った。


「またフラれそうだからな」


 自分自身が招いた過去の結果を、大月さんのせいにして逃げた。


「…今度はそんなことないよ」


 大月さんの声が小さく弱くなっていく。


「そんなことわからないだろ」


 言いながら、心の中の暗がりにドロッとしたどす黒い自己嫌悪が澱んでいく。


「…でも、もう一度だけ———」


「やめとこう」


 もうこれ以上何も話したくなかった。大月さんの前から消えてしまいたい。こんな最低な自分を今すぐ消してしまいたいと思った。


 俺は歩調を速めて道場に戻った。大月さんは何も言わずに少し後ろをついてきた。


 道場に入ると柳瀬さんと松崎は明るい調子で話をしていたが、柳瀬さんがこちらに気づき大月さんと一緒に更衣室に入っていった。俺と大月さんの雰囲気でどんな結果になったのか察したのだろう。


「国見、無事連絡先ゲットしたぜ」


 松崎は興奮気味で俺と大月さんの雰囲気には気づかず、嬉しそうにケータイ画面を見せてくるが、はっきり言ってどうでもいい話である。しかし、無視するわけにもいかないし、松崎に詮索されたくないという気持ちから表面上だけでも明るく対応しなければならない。


「おぉ、良かったな」


「ありがとう!国見は大月さんとどこ行ってたの?」


「ちょっと廊下のほうをぶらぶらしてただけだよ」


 無理矢理笑顔を作った。


「そっかそっか。今日は来てよかったなぁ」


 ありがたいことに松崎は自分のことで舞い上がっていて、こちらのことにはほとんど興味を示さなかった。


 着替えを済ませて総合体育館の外で別れるまで、大月さんを見ることができなかった。柳瀬さんは気を遣ってくれているのか、上機嫌な松崎の話し相手をしてくれていた。


 解散して自転車で家に帰る途中に何度か道端に止まり、大月さんにメールを送ろうとしてやめるということを繰り返した。[今日はありがとう。気持ちに応えられなくてごめん]、[やっぱりもう少しだけ考えさせてほしい]、[これからもお互い練習がんばろう]…、どんな言葉を打ってみても最低な男が吐き出した上っ面だけの言葉にしか感じられない。


 結局、大月さんにメールを送ることはないまま家に着いた。


 ———これでよかったのか…。


 空っぽになった心の中で、誰にも聞けない問いかけがいつまでも響いていた。



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