第42話 国見青音 16歳 ―Answer③―
的の片付けを終えた松崎と大月さんが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「どうしたの。二人ともちょっと暗い顔してない?」
松崎は女子との練習のおかげてまだ上機嫌が続いているようだ。
「いやいや、そんなことないよ。ね、国見」
「うん、まったくもって普通だよ」
俺と柳瀬さんは笑顔を作ってみせた。
「それならいいんだけど。ところでさ、柳瀬さんと大月さんにお願いがあって、誰か女の子を紹介してくれない?」
松崎が更衣室で決意したことを、さっそく実行に移した。大月さんと柳瀬さんは顔を見合わせた。
「誰かいるかな?」
「う~ん、奈菜ちゃんは?彼氏欲しいって言ってたよ」
「え、でも最近気になる人ができたって言ってなかった?」
「あ、そうかぁ。他には…」
松崎はそわそわしながら二人が考えている様子を見ている。
「明日香ちゃんはどうかな?」
大月さんが思いついたようである。
「たしかに、いいかもね。彼氏いないって言ってたし」
「じゃあ、明日香ちゃんに聞いてみる?」
「うん、ちょっと聞いてみようか」
あっという間にその場で紹介できそうな子が見つかったようで、松崎は目をキラキラさせている。
「もう決まったの?ありがとう!」
「まだ、本人に聞いてみないとわからないけどね」
柳瀬さんが道着のポケットからケータイを取り出しながら答えた。
「明日香には私が連絡しとくから、千尋は国見と話してきなよ」
柳瀬さんが言うと「うん、ありがとう、志保」と大月さんが答えた。
松崎は自分が紹介してもらえるかもしれないということが気になり、こちらにはまったく興味を示さない。しかし、「話してきなよ」とはどういうことだろうか。初めから大月さんは俺に何か話があったということだろうか。疑問に思っていると大月さんに声をかけられた。
「国見君、話があるんだけど、ちょっとあっちで話そう」
言いながら大月さんは道場の外にある廊下のほうを指さした。
「…あぁ、いいよ」
二人で道場を出て、静まりかえった総合体育館の広い廊下を歩いた。少しの間、他愛のない話をしながらのろのろと歩いていたが、大月さんが立ち止まり「ねぇ」と口を開いた。
大月さんのほうを振り返ると、まっすぐな眼差しに見つめられた。
「あのね、もう一回、私と付き合ってくれないかな?」
ドクンと心臓が大きく跳ねた。前置きもなく、言いよどむこもなく、どこまでもまっすぐな言葉だった。
迷いのない眼差しに見つめられて、自分の呼吸が浅くなるのを感じる。
俺の大月さんに対する今の気持ちはどうなのだろうか。柳瀬さんの彼氏のように「五分五分…」ということはない。本当はわかっている。とっくに気づいている。自分の気持ちに気づかないフリをして、目をそらしてうやむやにしてきたが、いつまでもそのままにはできない。
きっと俺はもう大月さんに恋をしているわけではないのだ。もちろん嫌いではないけれど、好きで、恋しくて、一緒にいたいと思えるような衝動はない。
大月さんのことを確かに好きだと感じたことはあった。しかし、どこに行って、どんなことをして、どんなふうに過ごせばいいのか、こんなことがしたい、あんな所に行きたいと素の自分をさらけ出して大月さんに否定されないか…、そんなことを考える日々の中で、大月さんのことを想う気持ちよりも、悩める日々から解放されたいという気持ちのほうが強くなっていった。
結局、独りよがりで自己中心的な悩みにより、自分で自分の恋の火を消してしまったのだと思う。
そして、その程度で消えてしまうような恋心だったのだとも思う。
ただ、こんな俺のことを好きになってくれた特別な存在であることは確かだった。だから、他に好きになれる人を探そうという気にもならなかった。
大月さんからの言葉は嬉しい。しかし、こんな気持ちで大月さんと付き合ったところで、また去年と同じ結果になることは想像に難くない。しかも、高校を卒業すれば大月さんは県外の大学に行くかもしれないのだ。遠距離恋愛なんて想像もつかないし、どう考えてもうまく続かないだろう。
もう、大月さんのことで悩む日々から解放されたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます