第41話 国見青音 16歳 ―Answer②―

 総合体育館に入り、弓道場を利用するためのチケットを買い、弓道場に入ってみると誰もいなかった。総合体育館の弓道場に入るのは試合のときだけだったため、誰もいない弓道場は新鮮であった。


 男女それぞれの更衣室に入り着替えていると、松崎は先ほどの話の続きをしてきた。


「なぁ、国見と大月さんが時々会ってたってどういうことだよ」


「あぁ、本を借りたりしてただけだよ。なにも面白い話はないよ」


「本当に?なんか怪しいな」


 目を細めて顔をのぞきこんでくる。


「本当だよ。なんなら大月さんに聞いてみな」


 松崎は大月さんには直接聞かないだろうと予想して返した。大月さんとのこれまでの関係を今さら説明しても仕方ないし、さらにあれこれ聞かれそうで面倒である。


「なんだぁ、てっきり二人が付き合ってるのかと思って焦ったわ」


 俺に彼女がいないとわかり安心したようだ。男子の割合が圧倒的に多い我が高校で彼女を作るというのは、なかなかレベルの高いミッションなのだ。


「彼女はいないし、今は彼女がほしいのかもよくわからないよ。松崎は彼女ほしいのか?」


「当たり前だろ。まずは出会いがほしいよ。柳瀬さんか大月さんに誰か紹介してもらおうかな」


 腕組みをしながら松崎は本気で悩んでいる様子である。


「いいじゃん。今日二人に頼んでみれば」


「そうだな…、そうしよう!とりあえず練習だ」


 決意を固めたようで、再び上機嫌になった。単純なやつだと思ったが、うらやましくもある。


 着替えを終えて更衣室を出ると、ちょうど大月さんと柳瀬さんも更衣室から出てきたところであった。


「もう道着姿も見慣れちゃったね」


 柳瀬さんが袴のすそをひらひらさせながら言った。大月さんは口数が少ないような気がしたが、それは俺も同様だった。


 なんとなく勝手に気まずさを感じながらも、4人で的の準備をして練習を開始した。前から松崎、俺、柳瀬さん、大月さんの順番に並んで、それぞれのペースで矢を射っていった。矢をつがえて弓を引き、的を狙っている最中にも後方にいる大月さんのことが気になり集中できない。いつもと同じように的を狙っているはずなのに、なぜか射ってみると微妙に的から外れてしまう。結局、休みながら24射して松崎と柳瀬さんは半分以上が的中したが、俺と大月さんはともに半分にも満たなかった。


「そろそろこのへんで終わろうか」


 柳瀬さんが言った。時計を見ると18時30分を少し過ぎたところだった。


「そうだな、午前中にも部活でやったからな」


 俺が言うと「もう終わりか。あっという間だな」と松崎が少し残念そうな顔をしている。


 大月さんと松崎が的の片付けをして、俺と柳瀬さんで道場の床清掃をしていると、柳瀬さんが小声で声をかけてきた。


「ねぇ、ちょっと相談があるんだけど…」


「相談?めずらしいね。どうしたの?」


 柳瀬さんが俺に相談をしてくることを少し意外に感じながらも聞いてみることにした。


「今付き合ってる彼氏にさぁ『好きな気持ちと別れたい気持ちが五分五分だから、一度別れてほしい』って言われてるんだけど、どう思う」


 柳瀬さんに彼氏がいることは以前大月さんから聞いていた。同じ高校の爽やかなイケメンらしい。


「どう思うって言われてもな…。でも、別れてほしいって言ってきてるなら、気持ちは五分五分じゃない気がするよな」


「そうだよね!別れたいなら普通に別れたいって言ってくれればいいのに…。中途半端なこと言われるとこっちが悩んじゃう」


「そうだよな…」


 中途半端な状態が苦しいというのはわかる。俺もそうだったし、今もそうなのかもしれない。大月さんのことが気になってはいるが、好きなのかどうかよくわからないし、こんな気持ちのまま付き合うこともできなければ、忘れることもできないのだ。


 好きなのか好きじゃないのか、はっきりと白黒つけられたら楽なのに、自分がどう思われているのか、フラれたらどうしようか、また同じ失敗を繰り返さないか…、そんなことを考えてしまうと気持ちは灰色になり、自分でも自分の気持ちがよくわからなくなる。


「もしかしたら彼氏も悩んでるのかもな」


「そうなのかなぁ。どうしたらいいんだろう」


「そうだなぁ。どうしたらいいんだろうな…。俺も答えを知りたいよ」


「国見も悩んでそうだね」


 そう言われて二人で苦笑いしていると、大月さんと松崎が的を片付けて道場に戻ってきた。

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