第35話 国見青音 16歳 ―silence③―

 大月さんからの言葉は、おおかた予想通りの内容だった。俺はただ「あぁ…、わかった」としか言えなかった。


 原因は聞くまでもなく俺にある。自分から告白したくせに、連絡をするのも約束をするのも大月さん任せで、いつまでも恥ずかしがって名前も呼べないありさまだ。挙句の果てにはクリスマス直前になっても約束をするでもなく予定を立てるでもなく、自分に言い訳をしながら行動を先延ばしにしていたのだ。こんな男を好きでいてくれというほうが無理な話である。


 告白をしたことで安心して満足して、中学の頃に大月さんを傷つけてしまったことへの罪滅ぼしをしたつもりになっていたのかもしれない。人を好きになるということは、そういうことではないはずなのに…。


 その結果、いつも誘ってくれるのは大月さんからで、俺はそんな大月さんに甘えていたのだ。


 愚かにも自惚れて、何もしなくても大月さんは俺のことを好きでいてくれるだなんて、思い上がった勘違いをしていた。


 そんなことを考えながら、ふと気がついた。


 俺は別れを告げられたというのに、悲しさや辛さ、後悔よりも先に、自分がフラれた原因を手に取って冷静に眺めるように、淡々と考えている。悲しさがないわけじゃない。しかし、どうしようもなく辛く苦しいかと言えば、そうでもない。


 9月に二人で会ったときに、大月さんのことを抱きしめたいと思った気持ちに嘘はなかったのに、なぜ…。 



 ———俺は大月さんのことが本当に好きなのだろうか。



 頭に浮かんだ疑問の答えは、きっと少し前から出ていたが、見ないふりをして時間が流れるにまかせていたのだと思う。


 大月さんのことはもちろん嫌いではない。抱きしめたいと思ったことも、手をつないだときに嬉しくて幸せだと感じたことも本当の気持ちだった。しかし、きっと恋をしているわけでもなかったのだ。ただ、自分のことを好きでいてくれる大月さんといることで、自己満足していただけなんだと思う。


 そんな気持ちに気づかないふりをしながら、自分から別れを切り出すこともできずに、辛い役割を大月さんに背負わせたのだ。


 やはり、俺には恋をして誰かを心底好きになるという感覚は、まだわからない。


 しばらくの間、二人とも黙ったまま隣に座っていた。大月さんが何を思っているのかはわからない。怒っているのか、悲しんでいるのか、清々しているのか…。



 ———俺はまた大月さんを傷つけたんだな。



 凪いでいる水面のような抑揚のない心で、俺はそんなことを思った。傷つけたに決まっているのに。


 いつもと同じように小学校の築山の下で冷たい岩に並んで座り、世界に二人だけしかいないように感じるほどの静寂が二人を包んでいた。


「そろそろ帰ろう」


 俺が言うと、大月さんは「うん」と言って立ち上がった。いつものように二人で校門まで歩き、「じゃあね」と言って別れた。


 遠ざかっていく大月さんの足音に振り返り、「ごめん」とつぶやいたが、大月さんは振り返ることはなかった。


 自転車にまたがり、思い切りペダルを踏み込んだ。



 ———俺って最低だな…。



 冷静にそんなことを思いながらも、心のどこかで解放感も味わっている自分が心底最低だと思った。


 ハンドルを握った両手は、痛いほど冷たかった。



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