第34話 国見青音 16歳 ―silence②―



「遅くなってごめんね。バスが遅れちゃって…」


 大月さんの視線が俺の顔を通り過ぎていく。


「大丈夫だから気にしないで」


「ありがとう」


 視線が合うことはなく、大月さんが築山のほうに向かって歩き始めた。なんとなく嫌な予感がしたまま、いつもの岩のところに着くと二人で並んで座った。


 大月さんは少し俯いたまま黙っている。


「大月さん、何かあった?」


「うん…」


 短い沈黙のあと、大月さんが答えた。


「やっぱり名前で呼んでくれないね」


 月明りが木の葉に遮られ、大月さんの表情はよく見えない。


 前回会ったときに、大月さんから「お互い名前で呼ぼう」と提案された。その場では何回か大月さんのことを「千尋」と呼んでみたが、慣れないせいで照れくさくなりその後は名前を呼べないでいた。大月さんも俺のことを「青音」と呼んだのは数回で、お互いに名前で呼ぶことに慣れないままであった。


「ごめん、なんだか照れくさくて」


「そうだよね。私も名前で呼べてないし…」


 再び沈黙が訪れ、冬の夜の静寂が二人を包んだ。大月さんはまだ何かを言おうとしているようだが、月明りに照らされた青白いグランドをまっすぐ見つめている。その横顔を見て、俺は何も言えなかった。大月さんが何を話そうとしているのか、わかった気がした。


「国見君…」


 大月さんの細く静かな声が沈黙を破る。


「もう別れよう。これ以上国見君のこと嫌いになりたくないから…」

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