第33話 国見青音 16歳 ―silence①―

 クリスマスを3日後に控えた木曜日の昼休み、いつものように大月さんからメールが届いた。


 先週末に二週間ぶりに大月さんと会ったときには、なんとなく大月さんの元気がなかった。俺はその頃、期末テストやレポートの提出に追われていて、連絡を疎かにしていたせいで大月さんを怒らせてしまったかと心配していたが、今日も大月さんからメールが届いて安心した。



[今日の帰りに会えるかな?]



[大丈夫だよ。いつもの時間でいい?]



 教室で弁当を食べながら返信する。


 隣の席ではクラスメイトの山口が弁当を頬張りながら、相談をしてくる。


「クリスマスにゆいちゃんをデートに誘うべきだと思うか?」


 ゆいちゃんというのは別のクラスの女子であり、山口が片思いしている子なのだ。


「そんなこと俺に聞かれてもなぁ。ゆいちゃんをほとんど知らないからな」


「そうだよな、国見に聞いてもしょうがねぇよな。国見はクリスマスは彼女と予定あんの?」


 山口に聞かれて言葉に詰まった。クリスマスは3日後の土曜日に控えているにも関わらず、まだ何も決まっていないのだ。


 大月さんと会うのはいつも小学校か家ばかりで、どこかに二人で出かけたこともないし、クリスマスにどんな所に行って、どんなふうに過ごせばいいのか皆目見当がつかない。こんなときもっと大人になりたいと思うのだが、残念ながら急に精神的に成長するなんていうことはない。


「…いや、まだ予定は決まってないな」


 俺が答えると山口は「彼女がいる奴は余裕があっていいなぁ」とぼやきながらウインナーを口に放り込んだ。


 山口は誤解している。こちらはまったく余裕などなく、むしろ逆に焦っているのだが、山口はゆいちゃんのことで頭がいっぱいいっぱいといった様子なので、相談するのはやめた。かと言って、他に相談できるような人もいない。


 クリスマスには街のほうまで出かけてイルミネーションを見たり、どこかのカフェやレストランで食事でもすればいいのだろうか。大月さん以外との恋愛経験ゼロの俺にとってクリスマスのデートは未知の領域である。


 弁当を食べながら考えているとメールの着信音が鳴った。画面を見ると大月さんからである。


「お、彼女からか。うらやましいなぁ」


 山口が画面をのぞき込もうとしてくるが、無視してメールを確認した。



[うん、いつもの時間で大丈夫だよ。それじゃあ、小学校でね]



[了解。またあとで]



 メールを返信して残りの弁当をかきこんだ。


 いつも誘ってくれるのも、何かを提案してくれるのは大月さんからだが、クリスマスデートこそは自分から誘わなければと決意した。



 


 部活を終えて、予定通り19時少し前に小学校の校門に着いたが、まだ大月さんの姿はなかった。校門傍に自転車を止めて、塀に寄りかかりながら待つことにした。


 クリスマスデートはとりあえず街のほうまで出かけて、あとはその場の流れに任せればいいだろうか。しかし、それではまた大月さん任せになってしまいかねない。やはりどこかレストランかカフェの予約でもしておいたほうがいいだろうか。それとも、映画でも観ればいいのか。


 友達と出かけるときにはマクドナルドでハンバーガーを食べたり、コンビニで何か買って食べたりしているが、さすがにクリスマスのデートでそういうわけにはいかないだろう。相談できる相手もなく、今日まで時間が流れてしまったことに焦りを感じながら空を見上げると、上弦の月が出ていた。周囲を見回すと、大月さんがうつむき加減で歩いてくるのが見えた。何かがいつもと違うような気がするが、その違和感の正体はわからない。

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