第18話 国見青音 13歳 ーescape①ー
「お、国見。何やってんの?」
朝、前回と同じように誰にも見られないようにこっそり大月さんの靴箱にノートを入れようとしていたところで、同じクラスの男子から声をかけられた。
「え?あ、いや…」
急に声をかけられて動揺していると、「大月さんの靴箱に何か入れようとしてただろ?」と男子生徒が近づいてくる。
「あの…、借りてたノートを返そうとしただけだよ」
「へー。だったら直接渡せばいいじゃん」
「…そうだけど」
正論に返す言葉が見つからない。
「っていうか、お前らそんなに仲良かったっけ?」
男子生徒の顔が少しずつニヤニヤとしたいやらしい笑みに変わってくる。
「別に関係ないだろ」
背中を向けて歩き出すと、男子生徒も後ろにくっついてきた。
「もしかしてラブレターとか?それとも付き合ってるとか?」
からかうような口ぶりを無視していると、男子生徒が通りかかった別の生徒に声をかけた。
「おい、聞いてよ。国見が大月さんの靴箱にラブレター入れようとしてたぞ」
「え、マジか!国見、大月さんのこと好きだったの?」
「は?違うよ!ノートを返そうとしただけって言っただろ」
真実とは異なる話が広がってしまわないように慌てて否定した。
「怪しいなぁ。お前ら付き合ってんだろ」
通りかかった生徒も「うわぁ、ラブラブなんだろ」などと言ってからかってくる。
たしかに付き合っているが、人には知られたくない。周囲から好奇の眼差しを向けられるのも嫌だし、こんなふうにからかわれる種にもなる。体裁ばかりを気にする性格ゆえに、からかわれる種になるようなことは絶対に表に出したくないのだ。
「うるさいな。ラブレターでもないし、付き合ってもないよ」
男子生徒たちを睨みながら、嘘をついた。一瞬、大月さんの顔や声が脳裏をよぎったが、からかわれるほうが嫌だと思ってしまった。
「ムキになんなよ。ちょっとからかっただけだろ」
そう言うと、男子生徒たちはニヤニヤした顔のまま、ヘラヘラと俺の横を通り過ぎて歩いていった。
教室に入ると半分くらいの生徒が登校しており、大月さんの姿もあった。自分の席について教科書やノートを机にしまっていると、小さな声で「国見君、おはよう」と声をかけられた。
顔を上げると少しもじもじしながら大月さんが立っていた。
「…おはよう」
あいさつを返して視線を少し横にずらすと、先ほどの男子生徒たちがこちらを見てニヤニヤしているのが見えた。
瞬間、恥ずかしさが一気に押し寄せてきて体が熱くなる。
「昨日ね―――」
大月さんが何か話し始めたが、無視して席を立ち佐伯に声をかけに行った。
佐伯と話しながら「大月さんに悪いことをした」という自覚はあった。積極的に人に声をかけるタイプではない大月さんが、もじもじしながらもあいさつをしてきてくれたことを考えると、きっと勇気を出して声をかけてくれたんだとわかる。それなのに、俺は自分がからかわれることから逃げるために、その勇気をないがしろにしてしまった。謝らなければいけないが、声をかければまたからかわれそうな気がする。
―――やはり、からかわれる種となるようなことはないほうがいい。
俺は大月さんの気持ちよりも、自分の保身を優先した。
交換日記を続けていればまたからかわれる種になりかねないので、日記を返すのをやめて、交換日記は一往復半で俺が勝手に終わらせた。
さらに大月さんになるべく近づかないようにした。俺から大月さんに声をかけることもないが、その後、大月さんが声をかけてくることもなかった。
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