第11話 国見青音 13歳 ー運命のバレンタイン⑥ー
佐伯とともに昇降口を出ると、陸上部の仲間達がすでに着替えを始めていた。
陸上部には部室はなく、なぜか着替えは生徒の出入りが最も激しい昇降口で行われるのだ。男子だけならともかく、女子までも昇降口での着替えを余儀なくされているのはどうかと思う。
着替えながらの話題はもらったチョコレートの数である。
「おい、チョコレート何個もらった?」
「俺は一つ」
「俺も一つだよ」
「林は今年も多そうだな」
言うまでもなく林は数えきれないほど、佐伯も少なくとも一個はもらっている。他にも数人の部員がチョコレートをもらっている中で、立花と俺は安定のゼロ個である。しかし、今年の俺は違うのだ。この後、チョコレートをもらえる…、かもしれない。
そこで一つ気がかりなことがある。いつも部活が終わると、俺は立花と林と一緒に帰るのだが、今日は一緒に帰るわけにはいかない。しかし、「女子に呼び出されている」ということを知られるのも、恥ずかしくて知られたくない。素直に言えればいいのだろうが、中学生になってからはなぜかクラスメイトの前でパンを食べることすら恥ずかしいと感じるくらいなのだから、女子に呼び出されているなどと素直に言えるはずがない。
どうやって二人に先に帰ってもらい、一人で学校に残るかが問題である。
部活の最中も放課後のことが頭から離れず、100mを走っても200mを走っても身が入らない始末だ。いや、身が入らないのはいつも通りなのだが。
これといって有効そうな手段が思いつかないまま部活も終わる時間となってしまった。
こうなったら「アレ」しかない。
「あぁ、お腹痛くなってきたな」
昇降口前で着替えながら、周りに聞こえるように呟いてみる。 そう、これは仮病作戦である。
「マジ?大丈夫?」
立花が心配してくれたが、立花をおいて一人でチョコレートをもらうために嘘をついていると思うとほんの少し胸が痛んだ。
しかし、なんとしても立花と林には帰ってもらわねば困る。心を鬼にして痛くも痒くもない腹を痛がることにした。
「うん、けっこう痛くなってきたかも」
腹を抱えながら少しうずくまってみる。
「迎え呼んだほうがいいんじゃね?」
「先生呼んでこようか」
みんなが本気で心配して色々と気を遣ってくれるが、あまり大事になって人が集まってしまっては元も子もない。
「大丈夫、大丈夫。しばらく休めば治ると思うからみんな先に帰っていいよ」
ありもしない痛みをこらえながら、笑顔を作ってみせる。
しかし、みんなの優しさは予想以上にしぶとく「本当に大丈夫か?」「一緒に待ってるよ」などと声をかけてくれる。とりあえずみんなを帰らせやすくするため、腹痛を演じながら校門まで向かい、校門の傍にしゃがみ込んだ。
「だいぶ楽になってきたから、みんなは帰って大丈夫だよ」
こうしている間にも大月さんが駐輪場で待っているかもしれないと思うと、焦りからか変な汗が出てくる。
「大丈夫って…、お前冷や汗かいてるぞ」
「いや、本当に大丈夫だから気にしないで帰って」
相変わらず立花が心配してくれるが、もはや俺一人をぬけがけさせないために、わざと帰らないのではないかと被害妄想が膨らむ。
「あまりひどくなったら親を呼ぶから大丈夫だよ」
駄目押しの一言でようやくみんなそれぞれの帰路につくことになった。
「わかったよ、無理すんなよ」
「じゃあお大事にな」
立花と林も背中を向けて歩きだした。
立花と林の姿が遠ざかっていくのを見送り、立ち上がって校舎側を振り返ると、100mほど先に駐輪場が見える。そして、日が沈んだ薄闇の中に大月さんの姿が見えた。
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