第8話 国見青音 13歳 ー運命のバレンタイン③ー

「あの、佐伯君と国見君ちょっといいかな」


 本当に声をかけられた。もしかしてそういうことなのだろうか。ついに夢にまで見た瞬間が訪れるのだろうか。


「いいけど、何?」


 俺が動揺していると佐伯がクールに答えた。


「ちょっとこっちに来てほしいんだけど…」


「あぁ、いいよ」


 佐伯はまったく動揺している様子はなく、俺は一言も話すこともなくあっという間に廊下までついていくことになった。

 

 クラスメイト達の視線をビンビン感じながら教室を出ると、佐伯と一方の女子は少し離れた場所に移動し何やら話をしているようだ。そして、俺の目の前にも淡い紙袋を持った女子が一人。廊下を歩いている生徒達からも視線を感じる。心臓が口から飛び出そうなほど高鳴っている。ほんの数秒の沈黙がとてつもなく長く感じる。


「国見君…」


 沈黙を破り女子が口を開いた。


「は、はい」


 何度も繰り返しイメージトレーニングしてきた瞬間であるにも関わらず、頭の中は真っ白で呼吸も浅くなり、何も言葉が思い浮かばない。


 意を決したように女子が話し始めた。


「国見君にお願いがあるんだけど、これ林君に渡してくれないかな?」


 ん?林?なぜここで林が登場するのだろうか。


「えっと、林?」


「うん、国見君って林君と仲が良いって聞いたから」


 先ほどまで高鳴っていた心臓は一気に熱を失っていき、もはや止まってしまうのではないかと心配になる。


「あ…、なるほどね。オッケー、渡しとくよ」


「ありがとう、お願いね」


 自分がチョコレートをもらえると勘違いしていたことを悟られないように精一杯の笑顔を作り、紙袋を受け取った。


 廊下の突き当りにある窓が目に入り、一瞬そこから放り投げてしまいたい衝動にかられたが、なんとか踏みとどまり、勝手に食べてしまおうかとも思ったが、もちろんそんなこともしない。


 今日もらえるかもしれないチョコレートの収納スペースを確保しておくためにも、こんな他人のチョコレートなど持ってはいられない。挫けそうな心に鞭打って、さっさと3組の林に渡しに行くことにした。

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