第6話 国見青音 13歳 ー運命のバレンタイン①ー

 中学生になりもうすぐ一年が経とうとしている2月。そして、今日は2月14日である。この日にそわそわしない男子などいないだろう。もちろん俺もそわそわしている。なんなら昨日あたりからそわそわしている。そう、本日はバレンタインデーである。


 小学生の頃は一度も女子からチョコレートをもらうことはできなかった。

 

 誰かが俺に向けてくれた想いを見過ごしてはいけないと思い、靴箱の中、机の中、鞄の中、思いつく所は念入りにくまなく探してみたが、いつもチョコレートは一つとして見つからず、見つかるのはクシャクシャになったプリントや謎のゴミくらいであった。誰かが密かに自分のことを想ってくれているというありもしない妄想に取り憑かれながら、毎年一人で勝手にそわそわしているだけで終わっていた。


 それにも関わらず我が不屈の魂は今年も性懲りも無くそわそわしている。どうやらバレンタインデーに関しては俺の学習機能はまったく機能しないらしく、チョコレートをもらえるかもしれないという期待と妄想で頭のてっぺんから足のつま先までそわそわが蔓延はびこっている。


 そわそわしながら家を出ると、家の前にはすでに立花と林がいて、俺が出てくるのを待っていたらしい。立花と林も偶然陸上部に入っていたので、登下校はだいたいこの三人がお馴染みなのだ。


 いつも遅れ気味な立花が今日は珍しく時間通りに集合場所に来ているのは、きっとそわそわのせいだろう。夜もまともに眠れず、居ても立っても居られなくてさっさと家を出てきたに違いない。涙のバレンタインデーを共に駆け抜けてきた仲であるから、その気持ちはよくわかる。


 林に関しては普段から時間通りに集合場所に来るし、いつも通り今日もキリッとしたイケメンだ。今年も間違いなく数多のチョコレートをもらえるであろう彼だけはそわそわしている様子は微塵も感じられない。もはや王者の風格である。


 三人そろったところで俺と立花はいつもと変わらないふうを装いながら、そして林は悠然とした足取りで学校へ向かった。


「おはよう」


「おう、おはよう」


 校門でちょうど佐伯とも一緒になった。バレンタインの朝も関係なく鋭いオーラを放っている。


 佐伯のこれまでのバレンタイン成績は不明だが、クールな佐伯のことだからバレンタインのチョコレートをもらったくらいで決して浮ついたりしないだろう。ましてや俺や立花のように、前日の夜からそわそわして眠れないなんてことはないだろう。


「国見と立花、目の下にくまができてるけど大丈夫?」


 佐伯が心配そうに聞いてくる。


「はは、ちょっと寝不足でね」


 バレンタインなど眼中になさそうな佐伯には、俺と立花の寝不足の理由はとても想像できないだろう。


「体調崩さないようにね」


 どんなときにも佐伯は優しい。


 四人で昇降口に到着すると、立花と俺の緊張感が高まるのを感じる。鼓動が早まり口が乾いてくる。周囲の声や音が遠くなり、集中力が高まるのを感じる。


 昇降口には当然靴箱がある。そして靴箱があるということはそこにチョコレートがあって然るべきではないか。チョコレートでなくてもいい。もしかしたら手紙かもしれない。あらゆる可能性を考慮して我が靴箱と真摯に向き合う。


 一瞥いちべつしたところいつもと変わらず俺の上靴が入っているだけに見える。しかし、ここで油断してはならない。人目につかないように巧妙に隠されている可能性を考慮しなければならない。何気ないふうに、しかし慎重に上靴を取り出しながら上靴の下も確認したが何もない。そして、流れるような動作で上靴を足元に置きながら上靴の中も確認する。やはり、何もない。見逃した可能性を考慮して足の指先に神経を集中しながら上靴に足を入れてみるが、やはり何もない。


 張り詰めた緊張感が緩んでいき、周囲の声や音が戻って来る。その間、約5秒。


 佐伯と林はゲームの話で盛り上がっている中、立花に目を向けると疲労の色が見える。この5秒間に俺と同じように全力を尽くしていたことがわかる。


「立花…」


 俺のつぶやきに対して立花は軽く微笑みながら首を横に振るだけだった。


 立花と林は別のクラスなので心の中で健闘を祈り二人の背中を見送った後、俺と佐伯は1組の教室に向かった。



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