第3話 国見青音 12歳 ー出会いー



 入学式が終わり教室に戻ると、みんな周りの友達と話をしてガヤガヤしていた。


1クラスは約30人で1年生は4組まであり、俺はその中で1年1組になった。クラスの席は五十音順に並んでおり、決められた席についた。

 

 我が中学校は近隣の3つの小学校を卒業した生徒が入学してくるため、約半数の人達は初対面ということになる。


 俺の席の周りは他の小学校からの入学者が多かったが、かろうじて右隣に同じ小学校を卒業した佐伯がいた。小学校時代は特別仲が良かったというわけではないが、知っているというだけでも心強く感じる。


 前の席は天然パーマが特徴的な賑やかな女子がいて、前方の生徒と盛り上がっている。左側の席には静かにしている細身で背の高い女子が座っていて、俺よりも背が高そうだ。俺は最後列なので後ろにはみんなのロッカーが並んでいる。


「知らない人ばっかりだな」


 黙って座っていてもなんとなく居心地が悪いので佐伯に話かけてみた。


「そうだね、知ってる顔が少ない気がするね」


「佐伯は部活は何にするかもう決めてある?」


「いや、特には。国見は?」


「俺も決めてないけど、とりあえず何か運動部にしようとは思ってるよ」


「だよね、俺もそんな感じ」


 中学生になると部活動が始まる。小学生の頃から野球やサッカーなどのスポーツをしていた人達は部活を選ぶことに苦労はしないだろうが、特にスポーツをやっていなかったり、やっていたけど続けようと思っていない人達からすれば部活を選ぶのは意外と悩みどころだ。


 俺は小学生の頃にソフトボールをやっていたが、チーム内の人間関係の構築に失敗していたため中学校でも同じ面子が集まる野球部に入るという選択肢は最初からなかった。そして、単純に野球部は厳しいというイメージがあり、厳しい環境が苦手で泣き虫の俺は、たとえ人間関係がうまくいっていたとしても野球部からは逃げていたに違いない。


 これから始まる中学校生活に思いを馳せながら佐伯と話をしていると、教室のドアが開き男の先生が入ってきた。


「おい、お前らうるさいぞ。静かにしろ」


 教室に入ってくるなり「うるさい」と言い放ち、生徒のことを睨みながら「お前」呼ばわりする先生に若干の恐怖心が湧いたが、なんといっても一番衝撃を受けたのはカエルにそっくりなところだ。髪を生やしてスーツを着ているガマガエルにしか見えない。そのおかげで一瞬湧いた恐怖心は雲散霧消した。


 先生の名前は大田原というらしい。サッカー部の顧問をしていてがっしりした体格をしており、やや強面なガマガエルだ。


 大田原先生が自己紹介を済ませてこれからの予定などについて一通り話し終えると、クラスの学級委員長やその他の委員会の担当を決めることになった。


「誰か学級委員長を立候補するやつはいるか」


 大田原先生が問うが、我こそはと手を挙げる者は一人もいない。クラスの半数は初対面というこの状況で、立候補できる人は大したものだ。俺はもともと引っ込み思案な性格であり、リーダーシップのかけらも持ち合わせていないので、誰かが立候補してくれるのをおとなしく待っていた。


 入学式当日にこんなことまで決めるのかと驚いたが、これが中学生というものなのだろうか。


 しばらく教室の沈黙の時間が流れたがやはり手は挙がらない。


「じゃあ、少しの間周りと相談してみろ」


 大田原先生の言葉で静まり返っていた教室がにわかに騒がしくなった。あちこちから「お前やれよ」「嫌だよ、お前がやれよ」というような声が聞こえてくる。


「俺たちはそういうタイプじゃないよね」


 佐伯が言った。先述の通り、俺は引っ込み思案でリーダーシップというものも持ち合わせていないため確かに学級委員長タイプではない。佐伯はというと人望があり、優しくて頭脳明晰で運動神経も抜群だが、冷静沈着で安易に他を寄せ付けない天才特有の切れ味鋭いオーラを放っているため、孤高の天才という感じで、やはり学級委員長タイプではない。


「確かに、俺たちは向いてないよな」


 自分たち以外の立候補者を期待して周囲を見回すと、俺の左側に座っている静かな高身長女子は、前方の軽薄そうな男子生徒から「学級委員長やってよ」などと言われて、やや困っている様子だ。笑顔でやんわり断っているようだが、隣にいてもはっきり聞こえないほど声が小さい。


 俺は初対面の人に積極的に声をかけることは苦手なほうだが、何故か左隣の高身長女子になら声をかけられる気がした。


「あんたが学級委員長やればいいじゃん」


 何を血迷ったのか、一言も話したことのない女子に対して、ぶっきらぼうな声のかけ方をしてしまった。初対面の相手に自分から声をかけるという慣れない行動に動揺したせいなのか、あまりの唐突さに自分でも驚いた。


「え…、なんで私…」


 驚いた様子で高身長女子がこちらを向いて言葉を詰まらせた。当然の反応である。知らない男から突然「あんた」呼ばわりされた挙句に、やりたくもない学級委員長をやれと言われたら言葉にも詰まるだろう。


「…あ、いや、ごめん。なんとなく言ってみただけ」


 慌てて謝罪したが高身長女子はそのまま俯いてしまった。


 中学校生活が始まって早々に女子に嫌われてしまったかもしれないと思い、俺もそのまま俯いた。


 その後、学級委員長はいかにも真面目そうな男子生徒が立候補して無事に決まった。


 学級委員長が決まると次は自己紹介カードの作成である。嫌われたのではないかと気になり自己紹介カードなど書く気になれなかったが、中学校生活の大事なスタートなので一応真面目に書くことにした。


 小さく切られた画用紙に名前を書き、あとは好きなものや嫌いなものなどなんでも自由に書いていいということだったので、「国見青音(くにみあおね)」「嫌いな物:トマト」と書いた。みんなそれぞれに絵を添えてみたり、文字に色をつけたりして楽しんでいるようだが、やはり左の席で静かに自己紹介カードを書いている高身長女子が気になる。名前さえ知らない相手に嫌われたかもしれない。しかも、これからしばらくの間は隣の席で過ごさなければいけない相手なのに、なんと軽率な行動をとってしまったことか。


 一人でくよくよ悔やんでいると、大田原先生が自己紹介カードを教室後方の壁に貼り付けるように指示を出した。佐伯と一緒に貼り付けに行くと佐伯のカードには「好きなもの:ヨッシーアイランド」と書かれている。クールな孤高の天才とは思えない可愛い自己紹介に笑ってしまった。


 自己紹介カードの貼り付けも終わり明日からの予定確認や連絡事項の伝達が終わると、中学校生活初日は終了となった。


 俺は左隣の高身長女子の名前が気になり自己紹介カードを見に行くと小さく丸っこい文字で「大月千尋おおつきちひろ」と書かれていた。

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