最終話 こたえあわせ


 隣の教室から笑い声が聞こえる程、四組の教室は、波のない湖の様に静まりかえっていた。

 

 無理もない、あの学校生活以外の事を話さない先生が、自らの半生を急に話し出したのだから、誰も止めようがない。


 「皆んな静かに聞いてくれて嬉しかったよ。隣のクラスは、静かすぎて心配してそうだけどね」

 

 その言葉に生徒達もつられて、やっと解放されたかの様に表情を緩めていく。大勢の生徒が姿勢を崩していくなか、逆に賢治だけがネクタイをグッと締め姿勢を正す。

 

 「皆んなには、私が何故この話をしたか考えてもらう事が“最後の宿題”なります。各々、自分で答えを探してください」

 

 少しだけ間を空けた後、賢治は両手でパンっと叩く。


 「さぁ、後数分で帰宅時間だ。サッと片付けてサッと帰りましょう」

 

 ゆっくりと一人、また一人と生徒達は、自分の周りを片づけ始めながら口を開いていく。

 

 あることないことを思い巡らす生徒達。

 先生の身内に犯罪者がいてショックを受けて下を向く生徒、お爺さんの生き様に涙する生徒もちらほらいて、幼少期の賢治に思いを重ねる生徒もいるようだ。

 

 「自分の弱みにもなる過去を晒してまで、なぜ先生は、このタイミングで話をしたんだ? 嘘くさいね。きいろいジュースの瓶は作り話じゃないの?」と、クラス内に話は飛び交って先ほどの静けさは、あっという間になくなっていく。

 

 スピーカーから終業のチャイムが流れ、自分の荷物をまとめた賢治はドアの前で振り返る。

 

 「先程も言いましたが、今の宿題には答えがありません。一人一人違うのです。そして人生には学校の様に、ここで終わりだと言うチャイムもありません。だから、丁寧に毎日を過ごして、たまに思い出した時にでも、ゆっくり考えてくださいね。では、また明日」

 

 そう言うと、生徒の視線をよそに、いつもの様に教室から出て行き、無言で廊下を歩きだす。


 ──今は、何を思ってもらってもいい。

 

 生徒達にも、いつか私の様に急に分かる日がくるものだろう。

 

 でもそれは、なかなか気づかないことで、まだ出会ってないだけかも知れないし、もうすぐ側にあるかも知れない。

 

 大抵は幸せの日々の中に隠れてしまって、目の前を通り過ぎてしまっていく。

 

 それを見つけるのは、自分で考え気付く事が大事になるが、残念ながら私は、この歳になるまで全く気づかなかった。

 

 きいろいジュースだけが、特別な話ではない。

 

 だけど話したのは、何が自分を変える“きっかけ”になるか、わからないのだから。


 西に傾いた太陽が、校舎の外にある大きな木の枝をするりと抜けると、窓ガラス越しに皺がある賢治の顔をキラキラ照らす。

 

 お爺さん、私は先頭を歩くアリさんになれたでしょうか──

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きいろいやくそく 琵琶こと @biwakonomo

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