常世小噺

音羽 紗凪

案内人によれば。

 ――兎角に、常世とこよは忙しい。

 当たり前だけど、人は死ぬ。そこにあるのは、早いか遅いかの違いだけだ。「なんかぁ、やっぱもっかい普通に人生イチからやり直すの怖くなっちゃってぇ」とか言って、現世に転生寸前で引き返してくる身勝手な奴もいる。キミを現世に迎え入れるべく準備してた絶賛現世サバイブ中の、親になる予定だった人はじめ色んな人々を翻弄してくんなよ。ハイ修行し直し。どれくらいって、分かんないけど賽の河原で石積み百年追加くらいじゃないの。ハイハイもう完全こっち戻って来ちゃったんだからしょうがないでしょ、四十三番窓口ね、ほらもう行って。……って、これ結構よくあるやり取り。あとはなかなかこっち来なくて魂状態で現世ウロウロしてる方々も割と多くて、こっちでは問題になりがちなのよね。多分、日々現世への送り出しを管理している側より圧倒的にこっち、つまり、常世を管理している側の方が複雑怪奇で多忙の極みだと思う。まあ現世送り出し側に勤めたことないから、隣の芝が青く見えてるだけかもしれないけど。ああ、『常世』って、現世から見て『あの世』のことね。こっちに来たらこっちが『この世』だから、こっちじゃここを『常世』って言うことの方が多いのよ。

 こっちに来る前は私ももちろん死んだらどうなるかなんて知る由もなかったから、地獄を舞台にした漫画とか、『他の動物に転生するか、同じ人生に輪廻して徳を積み直せば天国に逝ける』的な設定のドラマとかで、「うわぁ、ありそう」なんて思ってたけど、考え始めると沸々と色々疑問が湧いてきちゃってね。そりゃ『あの世』を取り上げた漫画もドラマも想像の産物なんだから正答なんか無いってのは分かった上で気になっちゃってたのよね。まあ、そもそも『あの世』ってあるんだ、ってとこがこっち来て最初の驚きだったのは言うまでもないかな。

 まずね、宗教ね。例えば日本に住んでてキリスト教の信者でしたって人、……え、四十九日の裁判受けんの? 神道の方々は……? あと、死んだとき日本にいた外国の方はどうします? とか。

 来てみたら、常世のシステムほぼ現世だった。簡単に言うと、正確にはいくつあるのか全く分からん死後裁判所の支部が蟻の巣の如く細分化して存在してる。なんか、まず宗教ごとに分かれてて、そこから更に細かい宗派ごとの部署に分かれる。その上で更にまた文化ごとの支部があって、ひとりひとりに合った適正な支部で裁判を受けられるようになってる。だからあれか、有名どころで言ったら閻魔大王様って一人じゃなくて、支部ごとにいる感じ。閻魔大王様『的』な存在が、ね。

 文化と宗教の違いで揉めないのかって? 揉めないね。だって争ったとこでね、こっち側の我々全員誰も死なないし。何より争ってる暇がないよね。毎日毎日めっちゃ人来るんだもん。常世って、年度末の役所の午前中が永遠に続いてる感じだからさ。揉めてたらマジ仕事が滞るどころじゃないのよ。止めたら終わりなの。全常世せかいマグロ操業。……なんか上手いこと言ったつもりかって? いやほら、ここ赤字とかないから自転車操業ではないよね、と思って。

 で、自分がなんの宗教か分かんない? 大丈夫。弔われた場所と宗教こっちで分かるんで。なんで分かるのか? 常世とこよだからよ。現世の科学じゃ計り知れない、えない世界広がっちゃってんのよ。パスポートとかないけど、身ひとつでゲートくぐれば全部分かる。常世ハイテクの極みだよね。だから、一旦こっち来た時に判断される手続に則ってもらって、後から何か違いましたとかなったらまた手続できるんで。本当、ここ役所なのよもう。馬鹿でかい役所。そんでもって、万年職員不足。だからこうして、生前天国に逝けるほど特筆すべき徳も積んでなければ地獄逝きにするほどの悪行もしてなかった元人間が職員として働いてるわけよ。特に語学に堪能な人はもう各部署大歓迎。常に募集中。なんでかって、……

「Excuse-moi?」

 ほら今日も来た。え、エクスキューズ、……モワ? って言った? えー、フランス語? ごめんね、私ね、日本語以外ですと英語しか話せないんですよ。あ、あなたも英語話せます? ハイハイなるほど、日本旅行中に不慮の事故で常世へ来てしまったと。現世の現住所はスイス? じゃあ海外移送になるから、四百十一番窓口行ってください。このまま真っ直ぐ、……三キロくらい先かな。

 ……てな感じで、外国人も結構来ちゃうわけ。ここでいちいち通訳官呼んでたんじゃ、とんでもないお手数だし、長年勤めてたらさすがに道案内の英語くらいは覚えたよね。窓口の数は多すぎて覚えきれないけど、ゲートくぐったら『あなたは何番窓口へ』ってそこのモニターに表示されるから問題なし。とはいえ、その表示された窓口までの道案内するからフロアマップは必須。

 え? ああ、今いるとこは日本でお亡くなりになられた皆様が、適正な支部の死後裁判へ向かうために最初に通るゲートでしてね。各国に同じようなゲートあるんですけどね。空港とかの出入国審査みたいな感じですよね。私も元は人間で、菩提寺が日蓮宗だったから普通に四十九日の裁判受けて、判決が輪廻か転生かここ勤めの三択だったんだけど人手が足りないって若干圧強めの勧誘受けたんで、このゲートで案内係の一人として働いてます。ここで働くっていうのはね、生前にやっちまった地獄逝き程ではないけど罪っちゃ罪な積み重なった罪のあがないになって、天国逝きへの資金積立になるんでね。ええはい、企業年金かよ、って思ったよ。そうそう、もう十分天国に逝けるくらい積立できててもまだ働いてる人もいるね。そういう方々は永遠働いてたいっていうワーカホリックか、『余人をもって代えがたい』つって慰留されてるかのほぼ二択。あ、逆にここで不正とか、悪さしたら地獄逝きの違反点数加算されてくからね、当たり前だけど。

 天国や地獄がどんなとこか? それは知らないのよ。逝ったことないから。死後裁判もそうだけど、常世の専門的な実務は人間ではない存在の方々が担ってらっしゃるのでね。当たり前じゃんね。

 人間が、死後も人間の物差しで秤にかけられるとか、不公正かつ不条理すぎるでしょ。

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