第一の邂逅

 ゲオルグは職員室を出ると、深い溜め息をついた。

 その様子を見て、職員室の前でゲオルグが出てくるのを待っていたゲオルグの友人、エルンスト=ティルピッツが声をかける。

 「ゲオルグ、やっぱりお前単位もらえなかったのか。」

 「逆だよ、もらえた。でもだからこそ困るんだよ。」

 エルンストは困惑する。

 「どうしてだ?親御さんもきっと喜ぶぞ。」

 ゲオルグはエルンストが疑問を抱くのは当然だと思い説明する。

 「言ってなかったっけ、うちの家はここ200年くらい代々東方商人の家系なんだけど、ある伝統があるんだ。卒業したからにはそれをやらないといけない。もうちょっと猶予が欲しかったんだけどな。」

 「どういう伝統だ?」

 「伝統的な試練なんだけど、『ハッセ家の男は、成人したら一度一人で東方に商業に行って、3ヶ月家族が暮らせるほどの金を稼ぐ。』というものだ。まあ成人というのは言葉の綾で、今じゃ実際は中等教育学校後期課程卒業がトリガーなんだけどな。」

 エルンストは友人の将来に不安をいだきつつ訊く。

 「無理だろう。そりゃ。だって一人で交易って言ったって大した金は入ってこないぞ。」

 「いや、難しいが不可能ではない。流石に初期資金ももらえるしな。」

 とはいえ厳しいだろうと思ったエルンストは難しい顔をして唸ったあと、こう言った。

 「なにか案があるのか?」

 「案というか、まあ東方貿易じゃよくやることなんだけど。アストラハン会社って知ってるか?」

 「急になんだ?あいにくうちは代々パン屋なんでね、貿易・交易には詳しくない。」

 「貿易の間だけ存在する団体の通称なんだ。貿易という事業を成立させるために臨時で人を雇うための枠組みさ。それを立てれば、親がくれる予備資金の他にも投資家や貴族が僕に投資してくれる可能性が高くなる。」

 交易に明るくないエルンストは厳しい顔をする。

 「複雑な話だな。」

 「いや、単純だよ。つまり投資家や貴族から金を募ってその金を最大限使って仕入れや雇用を行う。で、商品を東方で全部売りさばいて利益を得る。そして利益の一部を投資家や貴族に返す。残った利益がうちのものだ。」

 エルンストは職員室で立ち聞きした話とゲオルグが今話した話を比べ、矛盾を感じ次のように話す。

 「大規模な話だな。しかしお前のお父さんは小規模商人なんだろう。こんなことできるのか?」

 「聴いてたならわかるだろ。あれはだいたい全部ウソだ。うちの父は結構金持ちだよ。豪遊できるほどじゃないけどな。」

 「じゃあそこそこ大規模なのか。すごいな。で、何を売るんだ?」

 ゲオルグは図書館で調べた情報と市場で聞き込みして得た情報から作った自分のメモの内容を思い出しつつ、次のようにエルンストに説明する。

 「僕は初心者だからな。最初の貿易は保守的なものだと資金が集まりにくいと聞いた。なので遠いペルミで塩を売る。辺境に行ったところで、今は春だから泥が酷いだろうが凍死したりはしないだろう。ペルミまで行って塩を売る。」

 エルンストは少し驚きながら尋ねる。

 「塩で利益が出るのか?」 

 「出る。神聖帝国の外では海も黒い雨で汚染されているのは知っているだろう。」

 「ああ。」

 「神聖帝国の外では黒い雨の影響で海水による製塩ができないんだ。なので岩塩を使うのが主流だ。しかし岩塩の採掘は海水による製塩と比べコストが掛かる。岩塩は高級品なんだ。」

 「でも塩は生活必需品だろう?」

 ゲオルグはエルンストの的確な返答に満足し、ほほえみながら話す。

 「その通り。貧困層でも塩は必要になる。そこで神聖帝国の安い塩を値段を3倍まで吊り上げて貧困層向けに売りつけるんだ。神聖帝国基準じゃ目が飛び出るほど高いけどペルミじゃ十分安い。」

 「でもどうしてペルミまで行くんだ。めちゃめちゃ遠いだろう。」

 「貿易のリターンを高くする必要があるんだ。例えばヴォルゴグラードやアストラハンの塩市場はヴォルゴグラード鉄道によって価格破壊された。あの二都市じゃ神聖帝国の110%の価格で塩が買える。」

 「ペルミでは塩は神聖帝国で買うときの何%の価格なんだ。」

 「現地産岩塩の価格が大体500~600%、神聖帝国産の塩の相場はだいたい300%くらいだな。目標金額はだいたい100万ダカットだ。配当を考慮してもペルミで塩を1000kg売れば目標達成ってところだな。リスクは高いが成功すれば美味しい。」

 「ペルミではなにか買わないのか?」

 「確かにペルミ周辺ではめったに黒い雨が降らないことから、農業生産が盛んで神聖帝国より安く穀物が流通している。だからペルミの小麦粉をアストラハンかセヴァストポリかキーウで売ることも検討しているけど。」

 ゲオルグの話を聞いたエルンストはしばし無言で考え込んだあと、呟いた。

 「なるほど。小麦粉か。」

 「エルンスト?どうかしたか?」

 エルンストはゲオルグの言葉に答えることなくまた考え込んだあと唐突にこう言った。

 「俺も行っていいか?」

 「は?どこに?」

 「ペルミ。」

 ゲオルグは唖然としてエルンストを見つめる。

 「パン屋はどうするんだ?継ぐんだろ?」

 「実は最近パンもマンネリらしくてな、親父は俺を旅に行かせて新しいパンのインスピレーションを得てほしいらしいんだ。しかし資金面に不安があってな、諦めようとしていたんだ。だが俺がお前の従業員として行けば資金面は解決だ。それにお前も気心のしれた部下が一人くらいほしいだろう。ウィンウィンだ。」

 ゲオルグはしばし考える。彼はエルンストの言うことが的を射ていると思った。だがそれと同時に、東方行きが友人を危険な目に合わせるかもしれないというリスクは無視できなかった。

 「本当にいいのか?願ってもないことだが、ペルミ行きは結構危ないぞ。腐っても神聖帝国の外だ。」

 「だからこそ新しい世界が見えるんだろう。採用してくれ。」

 「本当にいいんだな。ありがとう。」

 「採用だな。」

 「いや、今すぐに採用と行きたいところだけどちょっと待ってほしい。明日、ギルドに行って僕たちに投資してくれる人を募る必要がある。そこでの希望配当割合を見ないと正直あまり計画が立たない。」

 「投資がないとやはり厳しいか。」

 「厳しいな。君も一緒に来てくれると心強いのだが。」

 「もちろん行くよ。」

 「ありがとう。」

 ゲオルグはエルンストという気心が知れ、頼もしい仲間を手に入れた。

 第一の邂逅。

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幻想から見る神聖性 空からわさわさ @dakatyou1991

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