第1話「出会いの夜」Part3
咲夜は心の中で自問自答を続ける。彼女はこれまでの人生で、感情を閉ざし、ただ自分の欲求を満たしながら生きてきた。しかし、女子高生との出会いが、彼女に僅かながらの希望を抱かせようとしていた。
「わ、たし…」咲夜は言葉を詰まらせる。女子高生は咲夜の目の前に行き、優しく彼女の手を取る。咲夜は手を握られたことに驚いていると、「大丈夫、一歩ずつでいいの。私がついてるから」と女子高生は言った。咲夜が黙っていると、「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は早瀬愛佳。高校三年生。18歳。あなたの名前は?」愛佳が顔を近づける。すると、愛佳の瞳孔が開き、驚いた顔をした。「えっ…」咄嗟に声が出てしまった。咲夜が不思議そうにしていると、誤魔化すかのように目線を逸らし、「何でもない。思ったよりも可愛くて、ビックリしちゃっただけ。気にしないで。」と愛佳は笑った。少し失礼じゃないかと咲夜はムスっと顔を顰める。気にせず再び顔を近づける愛佳。二人の距離が更に近くなり、街灯の光が愛佳の顔を照らす。愛佳の顔が鮮明に見えた。黒くて長い艶のある髪。大きな黒い瞳。鼻筋もシュッとしていて、唇もふんわりしていて綺麗だった。咲夜は愛佳のその美貌に見惚れてしまっていた。これまで同性を見て、そういった感情を抱いたことがなかったが、それほどまで、愛佳の顔は美しかったのだ。目を逸らしながら、「…梓愛…咲夜。16歳…。」愛佳の美貌に圧倒されてしまい、つい本名を言ってしまった。というか咲夜には偽名を考える発想すらなかったのだ。何故ならば、これまで殺そうとしていた相手に名前を聞かれることなど、なかったからだ。愛佳は自分の記憶を辿っていた。梓愛…まさか…でも…。愛佳は更に確信に迫っていた。だとしたら、確かめる必要がある。この子がもし、あの子なら…。愛佳は不審に思われないように表情を作り、間を開けず返答した。「やっぱり、年近かったんだね。それにしても、梓愛って珍しい苗字だね。よろしくね。咲夜ちゃん。」愛佳は手を離し、後ろで両手を組みながら、「そーいえば、咲夜ちゃん。この後の予定はある?」少し首を傾げ咲夜に訊ねる。「特にない…」別に隠す必要もなかったので、咲夜は素直に答えた。愛佳は微笑みながら、「じゃあさ、私の家に来ない?」と咲夜に提案した。「えっ?」思いがけない質問に咲夜は目を開かせて、驚く。愛佳は話続ける。「これから一緒に自分探しするじゃない。だから私、咲夜ちゃんと友達になりたいと思ってるの。駄目かな?」無邪気な表情を浮かべる愛佳に対し、咲夜は駄目とかそう言う問題ではないと思うのだが…そもそも、私はお前の提案に了承はしていないし、殺人鬼だぞ。そんなことを心の中で思っていた。だが、愛佳に対するこの胸のざわめきを確かめるには丁度いいかもしれない、愛佳のことを知ればこの原因の答えが見つかるかもしれない。それに、もしかしたら…。一瞬、間が空き、咲夜は「お前、私が殺人鬼だってこと忘れてないか?」と目を細めながら愛佳に問う。愛佳は気の抜けた声で「忘れてないよー。」と返す。咲夜は少し呆れた感じで「私と一緒にいたら、お前も共犯だって疑われるかもしれない。それでもいいのか?」と咲夜は更に問う。「いいよ、別に。もしかして、咲夜ちゃん私のこと気にかけてくれてる?」愛佳は嬉しそうな表情を浮かべる。咲夜は首を横に向け、ムスっとした表情で黙り込む。すると、愛佳は手を差し出してきた。咲夜は手を取らなかったが、愛佳はそれが答えだと理解した。「行こうか。」愛佳はそういうと、来た方向とは逆方向に歩き始めた。咲夜は疑問に思ったことを口にする。「家、こっちじゃないの?」咲夜は左手の人差し指で、愛佳が歩いていた方角を指で差す。愛佳は何かを思い出したかのように、ハッとした表情で答える。「そういえば、コンビニにアイスを買いに行くところだった。」この寒い時期にアイス?咲夜は疑問に思ったが、口にはしなかった。「コンビニ行くけど何かいる?」「別に何もいらない。」咲夜はぶっきらぼうに答える。「じゃ、適当に買うね。」そう言うと、愛佳は向きを変え、歩き出す。咲夜もついて行く。並んで歩くのは気が向かなかったので、少し後ろに距離を取った。コンビニに向かう道中、二人は無言だった。愛佳は心の中で彼女の名前を思い出していた。梓愛咲夜。彼女は確かにそう言った。同姓同名とは考えにくいし、それに首元にあった二つのあのホクロは…。確かめなければならない。彼女が本当にあの子だとしたら、私の生きる希望になるかもしれない。愛佳は決意した表情を浮かべていた。咲夜は愛佳の後ろ姿を見ながら、一体、彼女は何者なのだろうか?私の中に何の違和感もなくスッと入り込んできた。そもそも、なぜ彼女は殺人鬼である私に関わろうとする?彼女に何のメリットがある?疑問は幾つも思い浮かんだが、いくら考えても、答えは出なかった。それに、本当の自分を見つける…それは、どんなものなのだろうか?咲夜は自問していた。夜が更けていく中、二人は思い思いのことを考えながら、夜の街を歩き続けた。この夜の出会いが、彼女たちの人生を大きく変えるのだった。
夜明け前の心模様 鹿目 執和 @towa_71
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