この後、散歩に行こう?

惟風

二人で

「そっかー、また失恋したんだー」

「まだ失恋って決まったワケじゃないもん!」


 紺子の叫び声が部屋中に響き渡る。

 当人が思っていたよりも大きい声が出てしまったようで、紺子はすぐにバツの悪そうな顔になって口を閉じた。

「へー、『まだ』、ねー」

 隣に座る姫乃は自分の前にあるマグカップに手を伸ばし、ココアを一口飲んだ。

 土曜日の昼下がり。ローテーブルの上にはスナック菓子がいっぱいに広げられている。紺子の家で度々開催されている、二人だけの女子会の真っ最中だ。

「でも田中先輩、女の子と二人で歩いてたんでしょ。もう絶対付き合ってんじゃん」

「たまたま二人でコンビニから出てきただけだし。付き合ってる証拠にはなんない」

を“恋人繋ぎ”してても?」

「ぐっ……」

 紺子は涙がたっぷり溜まった目を床に向けた。

「男女の友情はこの世にあるとは思うけど、高校生が恋人繋ぎしてて“タダのオトモダチ”ってのは苦しいなー」

「ぐぬぬ……」

 紺子は増々下を向く。

「あと、普通にこないだ体育館裏で先輩が女の子とチューしてるの見たし」

「えっ知ってたなら何で教えてくんなかったの?!」

「いやあ、もうちょっと泳がしてた方が紺ちゃんの良い悲鳴聴けるかなあって」

「ウチ等ちゃんと親友だよね? その“甚振いたぶり”にちゃんと友情は存在してる?」

「泣いてる紺ちゃんも魅力的だよ! 紺ちゃんの可愛いさは私が保証する!」

「親友って認めてよ! もしかして友達って思ってたのアタシだけだったりする?」


 これまでこの部屋で何度も繰り返されてきた光景だった。

 惚れっぽい紺子は、恋に行き詰まってはいつも親友の姫乃に相談をするが、成就したことはない。

 好きになるのは良いが、奥手過ぎて片想いを醸成させている間に相手に彼女ができる、を繰り返している。そしてまた姫乃に泣きついて愚痴を零すのがお決まりのパターンだ。

 姫乃が紺子のくどくどとした嘆きを聴くのは慣れたもので、いつもこうやって何かと混ぜっ返す。マトモに相談に乗った試しがない。

 何故なら「とにかくまず行動を起こせ声をかけてアピールしろ仲良くなれ、話はそれからだ」としかアドバイスすることが無いのが、誰の目にも明らかだからである。

 もちろん紺子にも自覚はある。


「だって……話しかけるの、緊張しちゃうんだもん……」

 紺子はクッションを抱きながら唇を尖らせる。

「勿体ないよー。紺ちゃんがホントはすんごいノリが良くてでも聴き上手でもあるとか、実は怖がりでホラー映画一人で観れなくて夜中に通話持ちかけてくるとか、そういう仲良くなったら見せる一面を知ったら好きになっちゃう人いっぱいいると思うんだけどな」

 姫乃はスナック菓子を口に放り込む。

「なに……急に褒めるじゃん」

「ま、人見知りな紺ちゃんと仲良くなれるのは私くらいだろうけどね」

「うっわムカつく! でも言い返せないが!」

 クッションで姫乃を叩くと、紺子はカラカラと笑った。コロコロと表情の変わる娘である。それが、愛らしいところでもあった。姫乃もくすくすと肩を震わせた。

「次次! 次の恋探そ! ヘタれ紺ちゃんでもいつか積極的になれるかもだし!」

「ヘタれって言うなー! ホントのこと言われると人間傷つくんやぞ!」

 二人の笑い声が部屋を満たした。


「ちょっとお手洗い借りまーす」

 一頻り騒ぐと、姫乃はひらりと立ち上がって勝手知ったるとばかりに部屋を出て行った。


「……」


 姫乃を視線で見送ると、紺子は大げさなくらいにため息をつく。

「……ま、姫ちゃんと恋バナしていじられたいだけな気もするんだけどね」


 

 それから考え事をするように頬杖をついていたかと思うと、テーブルに突っ伏してスヤスヤと寝息を立て始めた。


「え、もしかして寝ちゃった?」


 トイレから戻ってきた姫乃が紺子の顔を覗き込む。顔にかかった髪を梳いてやる。

「うーん……モテたいよお……むにゃむにゃ」

「むにゃむにゃって本当に寝言で言う人存在するんだ」


 随分長く紺子を見つめていた姫乃は、そっとスマートフォンを取り出すと紺子の寝顔を一枚撮影した。

「ヨダレ垂れてんじゃん。ウケるー」

 そして静かになった。息遣いだけが部屋に響く。

 姫乃はまだ紺子を見ている。

「……『いつか』なんて、来ませんように」

 とても小さな、囁き声だった。


 姫乃がふとを振り返る。

 の視線に気づいた彼女は、人差し指を唇の前に立てて片目を瞑った。

「今の、内緒だよ。ポメちゃん」



 了承のあかしに、俺はクゥンと鳴いて尻尾を振った。



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