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 研究所のかつてない損失を出した襲撃に、職員達は被害総額を計算する作業に追われている。

 アンドロイドはほぼ全壊。しかし、脳機能を入れ替えれば再復帰は可能な個体が多かった。躯体を損傷したわけではなく、あくまで行動決定機能だけがイカれたようである。


「破損原因は、視覚情報のオーバーヒートによるもの」


 アンドロイドの検死結果は総じてこの通りだ。

 おそらく、Dの仕業なのだが——アンドロイドたちが彼の目を見て、その情報を処理しきれず自壊したのだろうか。

 確かに、彼の目は特別なものだったが、その原動力は何から来るのだろうか。


 研究所のカフェスペースは被害を免れたらしく、職員がひっきりなしにやってくる。研究室ラボを失った者も少なくなく、こうやって居場所を求めて皆やってくるらしかった。

 僕もそのうちの1人であり、部屋の端で報告書作成作業を行っている。傍にはアイスコーヒーがあり、入っていた氷はすっかり溶けてしまっていた。窓から差す陽の光は温かく、頭や腕に巻きつけた包帯からじんわりと熱を感じる。怪我が溶けて治れば良いのに、と思った。


 研究室ラボの被害に比べて、その内にいた僕自身の怪我はさしたものではなかった。およそ、日本における2階建ての高さから落下したわけだが、骨も折れず酷くても打撲だ。出血もそう無かったらしい。応急手当が迅速だったわけでもなく、むしろ救助は最後の方だった。


 落下自体の損傷が、そもそも軽微である。

 簡単に考えれば「誰かが僕の落下を軽減させた」わけで。


 僕は作業の手を一度止める。新しい飲み物を注文するために、席を立った。



 現場から見つかった遺体は2つ。ドクター・リィとE・ローレンスのものだ。どちらも焼死体となって発見されたが、僅かに残った毛髪や皮膚片とで個人は特定された。

 彼女が男を研究室で隔離——監禁していた件はちょっとした騒ぎになった。僕には何も知らされていなかったのは紛れもない事実であるので、こちらに非は無いと公的にも判断された。

 彼らは一緒の墓に入ることになった。僕はそれを提案したし、否定されることも無かった。何より、彼女はそれを望んでいただろう。

 彼に関しては、どうだっただろうか。

 それを考察する材料は殆ど無い。


 カウンターでアイスコーヒーが出された。僕の包帯姿を見て、店員は席まで運ぶと言ってくれた。素直に厚意に甘えて、僕は老人のようにゆったりした足取りで席に戻る。


 ローレンスの愛は、万物に共通する言語だという。

 その目の魅了性を見るに、人間のそれとは比べるべくもないが——。


「あえて言うなら、それは救いだったのでは」


 報告書に書こうとして、その一文を消した。

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DとEの葬送 河嶋和真 @washa

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