4
「第2陣も全滅致しました。救援願います。全てのアンドロイドは、脳機能をショートし復帰不可。救援願います。繰り返します——」
音は随分遠くに感じられた。
口の中はコンクリートの屑でざらざらしていた。吐き出しながら身体を起こす。あちこち痛むが、外傷らしい外傷は無いらしい。中の方がやられているということだが、この状況でそんなことは気にしていられない。まず動ければ良い。
顔を上げると、そこは砂埃で立ち込めていた。先ほどまでいた部屋には違いないのだが、よく見ると壁に大きな穴が空いている。廊下の赤い警告ランプが明滅し、こっちまで照らしていた。薄暗いのには変わりないが、とりあえず辺りは確認できる。火の手が上がっているのか、僅かに煙の匂いもする。
リィの姿は見えない。椅子とEも。深呼吸して、自分の心臓の鼓動だけが嫌にうるさく聞こえる。
警告音とアナウンスに混じって、小さく水音じみた音が聞こえた。遠くない——僕は壊れかけた壁に手をついて立ち上がり、ゆっくりとその方向へ近付いた。砂埃の向こうに誰か居る。床に向かって身を屈ませている。
「あなたは——」
リィではない。Eとも違った。黒いコートに身を包んだ男。僕の呼びかけに彼は振り向く。ややあった距離で、僕は彼と目が合った。
深淵を思わせる澄んだ黒色の瞳だった。この距離ではその虹彩の色や瞳孔までは目視出来ない。けれど、これは——本能的に、何かが僕の中で跳ねるような、叫ぶような感覚に陥る。
「目が、綺麗ですね」
男は口を拭うような動作をした。拭い切れなかったのか、口元からは赤い液体が滴る。
「鳥葬」男は呟く。「でも、おれは鳥じゃないらしい。無理があった」
「ああ——」
納得はしていない。頭は回らない。ただの相槌だ。男は続けた。
「悪かった。用が済んだら帰る」
「あの、あなたは」
僕の言葉に被せるように、リィの悲鳴が聞こえる。
「D、待ってくれ。わたしのローレンスなんだ」
声の方を確認したいが、僕は男——Dから目を離すことが出来ないでいる。その黒い瞳に吸い込まれそうな感覚から抜け出せないでいる。
リィはまた叫んだ。Dの近くで火の手が上がった。彼の顔がぼんやりと赤く照らされる。
何とも日本人然とした顔立ちで、整ってはいるが絶世まではいかない。しかし、その目だけはどうしても目から離すことが出来ないのである。
「D、だったらわたしを引っ張ってくれ。その加速装置で」
視界の内に、よろよろと駆け寄るリィの姿が見えてきた。
「そうすれば、もう片方は君についていける。わたしを置いていかないでくれ」
リィは辺りを見回し、僕の方を見た。そして指さす。
「彼に片方を掴んでもらう。そして君が引っ張れ」
Dはリィの方に目線を移動したので、僕はようやく解放された。リィは頭から血を流しながら、こちらに向かってきていた。その目は僕をしかと捉えており、狂気に満ちて爛々としている。
転びそうになりながら進み、眼前に来ると、僕の左手を乱暴に掴んだ。そして、何も持っていない反対の手を上げて、Dへと向ける。
「さあ」
少しの間、彼らは見つめ合った。何も言わず、何かするわけでもなく。僕もただリィに左手を握られていて、その力強さに顔を顰めることもしなかった。
Dが動く。リィに歩み寄って来た。その後ろでは火が静かに燃えている。
目の前まで来て、リィの片方の手を掴んだ。そして、彼女の目を見た。
「おれはとっくに死んでいたんだよ」
僕の視界が傾いた。地面が崩れていた。轟音と共に視界が再び傾く。
気付いた頃には、僕の体は宙に舞っており、どちらが上か下かも分からないうちに、視界が真っ黒に染まっている。
リィの手は、掴んでいたかどうか分からない。
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