2.容疑者リストと現場検証

 今のところの容疑者リストを僕は一応、メモをした。

 幾田 邦彦:被害者の一人息子

 さわき もえか:邦彦の彼女


 今のところ2人だけか。うちの両親も40代で被害者を殺すぐらいの腕力はあるはずだが…買い出しに行ってるしな…しかもメッセージアプリで、さっき、スーパーに着いたことも報告を受けてるし。食べたいものある?って本日大安売りの弁当の写真も送ってきたしな…

 あのスーパーからこの町まで走っても1時間半はかかる。さらに、雪上を走ることは難しいしな…両親は容疑者から外そう。


「邦彦君、お父さんが亡くなられた後にすまないんだけど、お父さんに恨みがある人物とかはいなかったの?」

 僕は、煙草を吸うまで落ち着いたものの、涙の跡がまだ頬に残っている彼に聞いた。煙草の煙を吐いてから彼が答える。

「…親父は子供には優しかったじゃないっすか。言ってもこの田舎町に子供なんて俺ら2人ともう1人ぐらいだったけど。まあ、それはいいっすけど、親父実は性欲が猿みたいで、知ってたっすか?この町の人妻とか未亡人に手を出してたんすよ…今はほとんど他のところに行っていないみたいだけど」

 僕は、驚いた。あの子供に優しい幾田さんがそんな面を持っていたなんて。子供から見た世界は純粋で、大人にとっては都合の良い風にできているのかもしれない。

 邦彦君は話を続けた。

「まあ、とんさんのお母さんは気が強くて手を出せなかったみたいなんで屯さんが俺の親父の隠し子ってことはないっすよ」

 笑えないギャグを言ってきた彼の顔は少し口角が上がっていた。父を失った絶望から立ち直るために、ギャグを言っているのかもしれない。

「まあ、恨みを持っている人物ならいるっすね。別居している俺の母、別居と言ってもこの町に住んでいるんすけどね。後、不倫した女性で唯一この町にまだ住んでいる坂本さかもと 夏美なつみさんっす。坂本さんは今独身なんすけど、俺の親父と不倫した後に夫にバレて離婚した感じなんす。しかも、俺の腹違いの兄弟を4年前に産んで育てていて…親父は養育費を払ってさえいないんす。両親も亡くされてて女手1人で働いているんすよ。本当大変っす。俺の親父タンス預金してたんで、それを狙ってたって噂もあります。俺の母はまあ、そんな性欲が人一倍で色々な人に手を出す父に呆れて別居したわけっすよね。まあ、殺そうとするまで恨んでいるとは思えないっすけど、2人とも」

「なるほど」

 僕は容疑者リストに邦彦君から漢字でどう書くかを聞き、その2人の名前を書き足した。


【容疑者リスト】

 幾田 邦彦:被害者の一人息子

 →その母:郁恵。女に手を出していた被害者に恨み:〇

 沢木 萌香:邦彦の彼女

 坂本 夏美:被害者と不倫しその子供を産んだ。養育費の関係で被害者に恨み〇。タンス預金狙ってた?


 少ない情報から、頭の中で考えを巡らせる。

「うーん、この中だと、夏美さんが怪しいね」

「やっぱりそうっすかね」

「けど、問題は―――」

「トリックすっか?」

「そう、トリック」


 そう、トリックが問題なのだ。

 被害者がどう殺されたのか、こ れ が わ か ら な い。

 遺体周りに手をつけるのは推理小説ではご法度だが、僕はすぐに真相を明かしたい欲が爆発し、遺体周りの雪上を歩き始めた。まあ、現場の写真は撮ってあるし、おそらく大丈夫だろうという気持ちもあった。

 雪に何回も足を取られながらも、どうにか、遺体の傍に寄る。寒さで肌色が赤みがかっており、生きているようにさえ見える。しかし、心臓が動いている様子は無く、脈を測っても脈は無く、やっぱり死体であった。遺体の周りをぐるぐる回ったが、後頭部以外は出血していない様子だった。さすがに遺体を動かすことまではしなかったので左半身についてはわからないのだが…

 僕は遺体の様子を見た後、手袋を付けているし指紋もつかないし、いいだろうと思いながら、遺体から3時の方向にあるシャベルらしきものを引き抜いた。シャベルらしきものの50cmくらい右横には大きな木が生えていて、その木の枝をよけながら引き抜いたので、一苦労だった。

 果たして、それはやはりシャベルだった。シャベルの先端部分の尖った所から柄の半分に掛けて真っ赤に染まっており、僕は引き抜いた後、驚いて仰向けにひっくり返った。

 ひっくり返って気づいたのだが、遺体周辺の雪はかき氷のように軽く柔らかかった。昨日の夜に雪は止んでいるので、こんなに柔らかいはずはない…妙だ。犯人は人工雪でも降らしたのか?

 

 僕が雪に体全体で倒れたまま訝しんでいると、トメさんの声がした。

「おーい。でえじょうぶか。容疑者たちを呼んできたんや!」

 声がでかい。恥ずかしい。

 どうやら、トメさんは、先程僕と邦彦君が話していた内容を聞いていたみたいで、僕が容疑者リストに書き加えたあの2人を呼んできたらしい。仕事が早すぎる。

「今、行きます!」

 僕は大声で返事をしたが、内心ドキドキしていた。

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