田舎之町ノ事件

村田鉄則

1.雪上の密室 

 寒い。寒すぎる。

 年末。石油ストーブのなんだか懐かしい匂いを嗅ぎながら、田舎町にある実家に帰省した僕は、リビングで心の中でそう嘆いていた。

 大学生になって、都会に住み、地元の寒さをすっかり忘れていた。

 僕は市川いちかわ とん。大学のミステリー研究部に所属している。僕は王道のミステリーより、少し変わったミステリーが好きで、ある特定の賞の作品ばかり読んでいる。

 リビングで僕が何をしているかと言うと、実家にあったDVDを再生し、映画を観ている。1984年に公開されたSF作品で、ダダンダンダダンというメロディーのあるテーマ曲でお馴染みのあの映画だ。あの映画には作品で重要な濡れ場のシーンがある。

 僕がその濡れ場のシーンを見ていると…

 ガチャッ!ドン

 と、後方から玄関ドアを開ける音がした。玄関は引き戸のドアなので、戸の縦枠にドアの側面がぶつかった音なのだろうが、普段開けたとき聞くものよりかなり大きかった。

 おせち料理の準備のために買い出しに行った両親が帰ってきたのだろうか。

 僕がDVDの再生を■ボタンを押して、停止し(一時停止だと濡れ場見てたことがわかり恥ずかしいので)、リビングと玄関の間にあるドアのノブを掴み、引いた。

 すると、三和土にお婆さんが立っていた。

 一瞬、何奴なにやつ!?と思って焦ったが、よく見ると近所に住むトメさんだった。

 外は寒いのに、トメさんの顔のしわと言う皺に汗がびっしょりとへばりついている。顔の表情からは動揺している様子が読み取れる。

「どうしたんですか?」

 僕がそう聞くと、トメさんは口を開いた。

「お父さんとお母さんおる?幾田さんところの息子さんが、亡くなられたんや」

 僕は驚いた。幾田さんのところの息子さんつまり、幾田いくた 山三郎やまさぶろうさんは、子供好きの感じの良い人で、僕は小さいころ、幾田さんとよく遊んでいたからだ。

「長靴の数、見てる感じやとあんた以外誰もおらんみたいやな。あんた、確か大学で金田一みたいなことやっとるんやろ?ちょっと来てくれや」

 僕は金田一みたいなことをやってるのではなく、どっちかというと横溝よこみぞ 正史せいし先生みたいなことをやっていると言った方が近いのだが…声に出しかけたそんなツッコミを心の中でしまっておいて、黙って、軽量ダウンとニット帽、手袋を身に着け、長靴を履き、事件現場に誘導してくれるトメさんの後に付いていった。

 

 現場は、幾田さん宅脇の雪上せつじょうだった。

 昨日まで本州に十年に一度の寒波とやらが来ていて、この田舎町にも大雪が降り、積もりに積もっていた。確か多い日には最大60cm程積もったはずだ。今は雪はんでいるのだが、寒いため、雪が溶けてはいなく、除雪していない部分には依然大雪が積もっている。

 現場は、何日か前に雪掻きをして、ここ数日間、雪掻きをサボって積もったという感じで、雪の積もり具合は40cm程度だった。

 遺体は腹の中の胎児のように蹲るような姿勢で左側臥位そくがいになっており、雪に左半身が埋もれた状態だった。ニット帽を被った後頭部から出血があるらしく、その周辺の雪の一部が真っ赤に染まっており…まだ出血は続いているようで、赤色がどんどんかき氷にいちごシロップをかけたときのように周りの雪を染め上げ続けていた。遺体から三時の方向に1m程離れたところだろうか、そこには柄と取手のようなものが突き出ていた。多分シャベルのものだろう。

 雪の上に足跡があったが、足のサイズは大きく、均一で、幾田さんのものだけだと思われた。

 つまりは…現場は、雪上の密室というやつだった。

 出血の具合から言って、殺害されてからそんなに時間は経ってないようにみられる。

 この地域は高齢者が多く、彼を殺す力がある者は限られている…

 年末だから、誰か僕みたいに帰ってきている若者がやったのかもしれないが…


 気が進まないが、僕は後のことを考え、現場の写真を撮り、その後警察に電話をかけた。電話は警察に繋がったものの、大雪のため車では通行できない部分があり、途中から徒歩で現場にかけつけるため時間がかかるという。そういや、僕の両親も片道2時間かけて歩いて、隣の市のスーパーに買い出しにいったのだった。


「結局どうなんや、犯人は誰なんや?」

 トメさんが不安そうな顔で僕に聞く。警察もすぐに駆け付けられないような、街から離れた狭い田舎町のコミュニティの中に殺人犯が紛れ込んでいることが怖いのだろう。かく言う僕も少し怖い。人の死体を見るのさえ葬式以外だと初めてだし…


 少し、時間が経つと誰かが僕の背後から声をかけた。

「何かあったんすか?ええっと、屯さんでしたっけ?」

 振り返ると、茶髪で前髪をセンター分けしている青年と、彼の右肩を抱いて立っている金髪ロングの女性が居た。両者とも顔を赤らめ肌がテカっておりニタニタ笑っている。どこかで一発やってきた後なのかもしれない。

 確か…彼は…

「忘れたんですか?俺っすよ。幾田 邦彦くにひこっす。そこの家が実家っす。それとこいつは俺の彼女の沢木さわき 萌香もえか。彼女は隣の町の子っす」

 そうか…よりによって幾田さんの息子の邦彦君だったか…僕の1個下だから19歳くらいか。僕は俯きながら無言で恐る恐る幾田さんの遺体に対して右手を向けた。僕の手の誘導により、邦彦君は視線を遺体に向けた。その直後、彼の表情から笑顔が消えた。

「うそだろ、親父!」

 そう言いながら、邦彦君は雪上で上体を崩しながらも、遺体に駆け寄って、蹲り、咽び泣き始めた。

 この様子から考えて、邦彦君は犯人では無さそうである。

 邦彦君の彼女を見ると、茫然自失という感じで立ち竦んでいた。

 この感じだと彼女も犯人では無さそうだ…


 一体誰が犯人なのだろうか。

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