兄の憧れと僕の夢
惣山沙樹
兄の憧れと僕の夢
兄の秘密を弟の僕だけが知っている。といっても、そんなに大それたものではないかもしれないけれど。少なくとも会社じゃ絶対に言えないよと、兄は一人暮らしの部屋でコソコソとやっていた。
その日も僕は、兄の好きな洋菓子店のケーキを持って訪れた。
「まーちゃん、はいこれ」
「いつもありがとうな、
スッキリと片付いたワンルーム。けれど、クローゼットは大きくて、その中に眠っているものを僕は知っているのだ。
紅茶をいれてもらって、ケーキを二人で食べた。そして、兄のお着替えタイムだ。
「これ、新しく買ったんだ……」
「可愛い!」
兄が見せてきたのは、赤と白のギンガムチェックのエプロンワンピースだった。フリルもリボンもふんだんにあしらわれていた。
「もう今はないブランドのやつでさ。オークションで何とか落とした」
「絶対似合うよ、早く着てみて」
兄はするりとスウェットを脱いで、ワンピースに袖を通した。兄は絶対に日焼けしないように気をつけているらしくて、白い肌に可憐な衣装はよく合う。
それから兄は黒いストレートロングのウィッグをかぶった。メイクもばっちりしてこれで完了だ。
「尚哉、どうかな……」
「うんうん! 凄くいいよ!」
それから僕は兄に色んなポーズを取らせて撮影をした。以前は恥ずかしがっていた兄も、自然な笑顔を向けてくれるようになり、こちらとしても撮り甲斐がある。
「まーちゃん、そろそろ外に出てみればいいのに」
「さすがにそんな勇気ないよ。尚哉に見てもらえれば十分」
もう一杯紅茶を飲みながら、撮った写真をあれこれ加工してみた。
「これホーム画面に設定しようっと」
「もう、尚哉。誰かに見られたらどうすんのさ」
「彼女だって言う」
「さすがに骨格とか隠せてないし、無理あるだろ」
僕は兄の肩に寄りかかった。
「まーちゃん。好きだよ」
「ん……俺も尚哉のこと好き」
「いつかウェディングドレス着てほしいな」
「えー?」
「ふふっ、一緒に写真撮りたい」
僕たちは兄と弟。これ以上踏み込めないことはわかっている。けれど、少しくらい夢見てもいいよね。
「ドレスにも色々あるんだよね? まーちゃんにはやっぱりお姫様みたいなやつがいいと思う」
「まあ……俺も憧れはあるけどさ」
「日本じゃ無理でも海外ならできるかもよ」
「そうだなぁ」
ローズピンクに塗られた唇が動く。それに触れてみたいと思うけど、我慢だ。
「ふぅ……もういいか。脱ごうっと」
「まーちゃん、もう?」
「実はサイズがキツくてさ。背中苦しいんだよ」
僕はファスナーをおろしてあげた。ウィッグも外してメイクも落として、元のスウェット姿に戻ってしまったので、魔法が解けたようで残念だ。
「尚哉、夕飯何食べたい?」
「外行くのも面倒だし……ピザにする?」
「いいよ。どれにしようか」
僕は兄のスマホを覗き込みながらピザを選んだ。
いつものように、食後は交互にシャワーを浴びて、ベッドに入ってまったりだ。シングルに無理やり男二人が乗っているから、どうしても手足があたるけど、兄を近くに感じることができて幸せだ。
「まーちゃん、明日はどこか行こうよ」
「じゃあ……メイク道具買ってもいい?」
「うん! 僕も一緒に選んであげる」
兄は先に眠りに落ちた。しばらく待って、完全に起きないだろうなという頃を見計らって、そっとキスをした。
「んふ……まーちゃん、大好き」
その夜僕は夢を見た。海辺のリゾート地で、真っ白なドレスを着て、花のような笑顔を咲かせる兄の夢だ。僕はタキシード姿で兄を抱き締めた。これが現実になればいいのにな。
兄の憧れと僕の夢 惣山沙樹 @saki-souyama
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