第二話 笑うカメレオンと赤い夜空
「痛いっ」
「あーあ、うるさいな。この程度なら大した血は出ないよ、バーカ」
笑うカメレオン。と、赤い夜空。
わからないだろうが、これが彼女――篠原萌(しのはら・もえ)が見た景色だった。
学校では優等生、篠原の前だけではいじめっ子、イコール・カメレオン。
そんなカメレオン女子にたった今、篠原は石で頭を殴られたのだ。
では、赤い夜空とは何か。
震えてるうちに額(ひたい)の血が目にかかって見えた、赤い景色のことだ。
仰向けのまま唖然としていると、カメレオンはまた笑って篠原の頬をぶった。
「次はどうしようか?そうだ。知ってる?良薬も一気に飲みすぎると毒なんだって」
「なんで、こんなこと、す、るの……」
「さぁ。でも一つだけわかってるよ。何もプレッシャーのないところで生きてる人間が許せないみたい。アンタみたいにボサッとしてても誰もが可愛がってくれるようなさ、そーゆーやつが」
怖い。
仕事で忙しいお母さんとはしばらく会ってないけど、元気に、してるかな。
私、今こんな目に合ってるよ。
「助けて」
「助けなんてないよ」
「おかあ、さん」
さすがに気がとがめたらしく、カメレオン女子のギャラリーから静止の声があがった。
カメレオンも笑わなくなった。何かスイッチを入れてしまったようだ。
空気が冷えた。
「私が一番嫌いなのは、その母さんなんだよね。八方美人しちゃってさ、気楽なもんだよね。戦ってもいない立場から、戦えっていうのは。ね?変だよね?」
「お母さん!お母さっ――嫌だ、助け」
「ほーらほらほら、どこにもいないアンタのママにチクりなよ」
良薬も飲みすぎると毒。嫌だ。何されるの。
篠原はひたすらに抵抗した。
これは飲んだら死んでしまうのかもしれない。
錠剤をそそがれ、おぼれて、叫ぶどころではなかった。
そこへ。
「何してる」
のんきそうな声とともに、カチッと音がした。
まぶしい。
懐中電灯の光とともに現れたのは、背の高い女子――の姿をした、都留だった。
「今のシーン、ビデオ通話で一一〇番しちゃったから。アンタらみーんな退学処分かもね」
その内容の恐ろしさに、カメレオンたちは退いて、いっせいにして消えてしまった。
「ケホッケホッ」
篠原は泣いた。
怖すぎる現実だった。
いつ死ぬかもわからない身の上になってしまったんだ。そうとしか思えなかった。もし退学処分とか、あのカメレオンたちに下ったら復讐とか、されるのかもしれない。いつ死ぬともしれない。殺されるのかも。
お母さん。学校の優しい友達。
誰かがくれてた優しい世界。その日常に、篠原はどうしようもなく手を伸ばしたくなった。
「時よ戻って」
「アンタ何言ってるの。無事でよかったでしょ」
「もうカメレオンに会いたくないの」
「だから、は?――何それ。ふざけてんの?マジで言ってんの?あーも。それより、パーカー貸してあげるから、着な」
都留はいい加減にパーカーをかぶせた。それはまるで怖い世間から隔離するかのようでもあった。
「ありがとう。あと安全な場所、くださ……」
震えから歯がカチカチと鳴って、篠原は自分で自分の馬鹿さ加減に笑ってしまった。
「なんでもっと気をつけなかったんだろう。テストが赤点だったからって、それで私、とても自暴自棄になってて、危ないことが起こるってわかってて。私――」
どうしてSNSなんてしちゃうんだろう。
安易に死にたいとか、言っちゃダメだよ。ダメだ。
「私ね、名前が夕日なんだ」
ふいに、都留がつぶやく。
青ざめてた篠原はパーカーにくるまりながら、へ?と反応した。
「赤点テストみたいな、赤い名前。なーんつて」
「夕日って。あ、貴方、あの都留君っ?」
「あのって何」
「だって学校じゃ有名人だから。というか、覚えてないの?私、貴方に小学校のとき告白して振られたの」
「うわ、マセガキだな。ガキが何やってんの。はず」
「あとお知らせの紙とか、家まで届けたこともあるんだけど……。都留君、そのとき熱みたいだったから、でもね、すこしお話できて」
「うーん。覚えてない」
「そんなぁ」
がっくりする篠原に反し、嘘。覚えてる。と都留の方は内心で舌をだしていた。
偶然にも、この夜の学校に居合わせてよかったとすら思っていた。
それもそうだろう。なんせ、彼女が都留を変えたのだから、その恩返しができたようなものだった。
「でも、そっか。都留君が助けてくれたんだ。本当にありがとう」
「いいよ。それより私に妙な気を起こさないように」
「えー?起こさないよぅ。へへ」
ボルケイノ ぐーすかうなぎ @urano103
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