9 ハナビシトモエ「練習が辛いから吹奏楽部で裏方やってますが、そろそろ練習しないといけないみたいです。」

全五十四話(本編五十二話) 完結済  24,038文字


公開 2023/09/19


現代ドラマ


中編



 吹奏楽は吹奏楽でも、マーチングバンドを舞台にした作品。

 ただでさえ「文化系体育部」と呼ばれる吹奏楽部ですが、マーチングバンドのハードさはまた別格という感じです。それが証拠に、そこそこレベルの高い運動部員が体験入部してみたら一日で逃げ出した、というような話が、あちこちの学校でまことしやかに囁かれている……とかいないとか。

 で、この小説ですが、毎度の手抜き紹介で恐縮ながら、作者ご本人の言葉を引用してみましょう。


 主人公の光は練習嫌いで、一年生のうちは頑張りました。

 しかし二年生になり、喘息の影響で吹奏楽から心が離れていきます。一年生の末から、いつかやめてやる。絶対にやめてやると思いながら退部が出来なくなっていく。後ろ向きながら成長もします。(「はじめに」から)


 実はこの文章だと全体の半分未満のストーリーしかありません。楽器が吹けない(ということにしてある)のでマネージャーの仕事を任されて、でも内心では「明日にも退部届を出してやるっ」と呪いの言葉を吐き続ける辺りは、ほとんどコメディ小説のノリ。高校の、一応強豪校ということになっているので、部員たちへの練習量もプレッシャーも尋常ではなく、部活運営のそういうブラックな面を観察している主人公の心は、いよいよアイロニカルになってきます。

 という感じで、黒っぽいお笑い基調を維持しつつ、盛り上がりで感動的な展開になるのかと思いきや。

 全然違うんですよ。いや、クライマックスでエモさ爆発というのはその通りなんですが、とにかく後半で話の雰囲気が一気に変わります。でも、不自然な感じは全然なく、作り手が悩みに悩んだ結果、話がどんどん面白く迷走していってるような、そんな物語構成なんですね。

 そして、その果てに来る見事な着地点。主人公が三年間の部活動の総括として踏んだ舞台、その光景とは。序盤の点景描写のような文章が、最後にこんなところへ行き着くとは。これはもう読んでもらうしかありません。ある種予定調和的な感動をひたすら盛り上げることがお約束になっている吹奏楽小説の群れの中で、本作のストーリー構造は類型のない異彩を放っていると呼べるのではないでしょうか。

 ただ、ここでちょっと改めて本作の文字数を確認していただきたい。二万五千字弱の中編、ですね。

 率直に言うと、三年間の部活動をつぶさに描写できる分量ではありません。まあ本作のストーリーの大部分は二年生の一年間分だけなんですが、それでもやや駆け足っぽい語り方になってしまいます。日頃からどっぷりとプロ作家の長編を嗜んでいる方は、この種の「ウェブ小説っぽい」簡潔さにはちょっと物足りない気がするかも知れません。

 実はこのあたりの点については、湾多自身、コメントでえらそーなことをご本人にぶつけています 笑。ハナビシさんからは、それは丁寧にご返信いただきました。それでどういう結論が出たということもないのですけれども……湾多本人としては、「ラノベではなく文芸小説寄りのレーベルを意識したスタイルで、十万〜十五万字ぐらいの内容に仕上げるべき物語」という意見を今も保ち続ける一方で、一連の物足りなさを横においても、この物語は最高に面白いという気持ちに偽りはありません。

 湾多のようなオールドスタイルにこだわらず、今どきのウェブ小説スタイルもそれとして楽しめる方なら、文句なしに夢中になれる作品なのではないでしょうか。

 やや古めの世代の方には、とにかく十二話まで読んでみてくれ、と言いたいです。その先は多分、一気読み必至ですよ w。

 あ、それと最後に。本作はリアルな部活もの小説であると同時に、2020年前後の世相を切り取った「コロナ期文学」の側面があります。まさにその時期の高校生たちとほぼ同世代の作家からの、一種の記録文学としての読み方もできるかも知れません。


→ 「練習が辛いから吹奏楽部で裏方やってますが、そろそろ練習しないといけないみたいです。」https://kakuyomu.jp/works/16817330663404219856




ポイント紹介

  良くも悪くも大シリーズダイジェスト紹介映像のようなスピード感 ****

  キャラクターの作り込みの深さ ****

  これも一つのイタい青春 *****

  ネガティブ系吹奏楽小説の新境地かも *****


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