第4話 困った男
「では、早速じゃが面接を行うぞ」
「待て待て待て待て」
どうしてこうなった。
おかしい。記憶に空白がある。そう考えないと状況に説明がつかない。
確かに俺は”スネークシガレット”とかいう【魔法菓子】によって生み出された蛇に捕獲されて、そのまま店の中に連行されていった。
そこまではいい。ちゃんと覚えている。
でも、そこからのこれは意味が分からない。何で面接を受ける流れになってるの? 聞いてないんだけど?
「冗談じゃよ。面接なんぞせんでもお主なら即採用じゃ」
「そこはむしろ否定しろよ」
思わず反論を口にしながら、記憶を何度も巻き戻す。
けれど、頭の中に浮かび上がる情景はまるで役に立ってくれない。店内に連れ込まれて即椅子に座らされて、開口一番にあの言葉だ。
一体どこで婆さんの琴線に触れたのか。あれか。道端販促ショーか。そんなに催しとして気に入ったか。
「何やら心底不思議がっておるが、別におかしな話では無かろう? 大手の店はどこもお主を欲しがっていると思うぞ?」
「嘘つけよ。出会い頭に子どもに泣かれる凶悪顔の冒険者だぞ? 接客に余りにも不敵だろ」
「まだ気にしておるのか……それはお前さんが駆け出しの頃じゃろ? 今はそうでも無かろうに」
うるせえ。大げさだと思うなら一度味わってみやがれ。自分を見た瞬間に大声を上げて泣きじゃくる幼子の姿はめちゃくちゃ心にクるぞ。
「全く大雑把なのか繊細なのか……いや、後者じゃろうな。困った男じゃよお主は」
淀んだ目で見つめていると、微笑ましそうな表情で出来立ての飴玉を渡してくる。
有難く頂戴すると、優しい味付けが口いっぱいに広がって少し落ち着いた。美味しい。
やはり荒んだ心には美味しいものと甘いものが一番なのだと実感する。
気分が安定した今は、目の前のこと以外にも意識が向くのを実感していた。
明るくポップな内装。甘い香りが漂う店内。棚に所狭しと並べられたお菓子。輝かんばかりの笑顔で出迎えてくれる店員たち。
”ニルネルさんの魔法菓子店”が誇る洗練された店構えだ。
週ごとに飾りつけや配色も変わるとあって、お客さんはそこも楽しみながら買い物が出来る。
今週はピンクと白の二色で壁が彩られ、綿あめで出来た動物が天井を飛び交っている。入店してくる子どもたちは、皆目を輝かせて嬉しそうな表情をしていた。
「ふゥ……さて、落ち着いたところで本題は何だァ? こんなわざわざ拉致するような真似して」
「うむ。まあ端的に言えば近況を聞きたいんじゃよ。お主今まで何しておった?」
「前みたいに国外で【ダンジョン】に潜ってた。というか、出立前に伝えてなかったかァ?」
そんな幸せいっぱいの光景を尻目に、ニルネル婆さんとの会話は続いていく。
彼女から次に示された話題は、俺が二年前から始めた新たな試みについてだ。
【ダンジョン】遠征。
冒険者とは【ダンジョン】という未知を切り拓いていく者。そんな思想も相まって、自分の見識を深めるために行っている活動である。
そもそもの話、冒険者が一所に留まっているというのは珍しい。世界中を巡って、己に適した環境の【ダンジョン】を狙って攻略していく。
ここ最近の情勢でその不文律に変化が生じてはいるが、それでも地元に留まり続ける俺の方が異色な部類なのだ。
だから、冒険者として特におかしな話ではない筈なのだが。
「あんなもの言われた内に入らんわい。なんじゃ、毎度お前さんときたら『ちょっと他国に行ってきます』とだけ言い捨てて出ていきおって」
訂正。おかしかったのは俺の伝え方でした。確かにそれだと聞かされた方は気になってしょうがないだろう。反省はしてます。
「でもなァ。どうせ帰って来るのに、わざわざ面識ある人全員に行き先伝えておくのもどうかと思うのよ。もう俺だって立派な二十歳なんだしさ」
「嘘をつくでないわ。その程度の理由であれば、いくらかは行方を知る者もいよう。だが、遠征と称して国を出た後のお前さんの居場所を知る者はおらん。ただの一人も、じゃ」
段々と雲行きが怪しくなってきて、冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
実に都合の悪い展開だ。出来る事ならすぐにでも離脱したい。
でも、この状況で逃げ出すのは疚しいことがあると言っているようなもの。
取り敢えず、どうにかならんかと背後で受付をしている店員さんに目で訴えかけてみる。すかさず口元に指で×印を作られた上に首を振られた。
「ハァ。本当にお主は不器用じゃのぉ。どうせ儂らに心配かけぬようにと、余計な気を回した結果なのじゃろうて。それが分かっていたからこそ、周りの皆も余計な口出しは控えておった」
「………………」
「じゃが、此度は流石に見過ごせん。半年もの間、お前さんはどこで何をしておった? 本人からの便りはなく、ギルドの情報網にもかからん。これを無視するなというのは無理な話じゃぞ」
聞けば聞くほどに耳が痛くなる事実が、次々と突き立てられていく。
それと同時に、何故あえて拉致するようなことをしたのかも理解が及んだ。
要は帰還して十日と一日が経っているにも関わらず、仕事ばかりで碌に顔を出さない馬鹿者に機会を与えてくれたのだろう。
実際に、この国に戻って来た時から目を背けていた問題ではあったのだ。少し前まで消息不明であったことをどう説明するのかと。
悩んで、迷って、その末に【冒険者ギルド】に直行して仕事をかっぱらっていた。
気付けば知人どころか友人や家族にも碌に顔を出さずに、ギルド経由で帰還を知らせてそれっきりである。
だが……それもここまでということだろう。婆さんにここまでお膳立てされてしまっては、もはや腹を括るしかない。誤魔化すのを止め、正直に今の自分が言えることを伝えなければ。
「婆さん。ありがとう。それとごめんなさい。今回の遠征で起きた事は、俺の口からは言えないんだ。言えば他国のゴタゴタに巻き込む。俺も次にあの国へ向かえばどうなるか分からん」
そうして心を決めて口にしたのは、話せないというただ一点だけだった。詳細を語らず、不穏な言葉を並べ立てるばかりの姿はこの人にどう映って見えるだろう。
不誠実だと思われただろうか。呆れて物も言えないと失望を抱かれただろうか。
もしそうであれば悲しいが、諦めてくれるなら構わない。
例え見放されることになろうとも、大切な人たちがいなくなるよりずっといい。己の冒険の果てに誰かが犠牲になる様など、もう二度と見たいとは思わないから。
……さあ、覚悟は決めた。後は全ての言葉を受け入れよう。
俺は俯きそうになるのを堪え、下向いていた視線を持ち上げる。
視界に映り込んだのは、ジト目のニルネルさんと綿菓子のワニ。なるほどこれは相当怒って、ってワニ? 何で?
「あでっ!? あだだだだだッ!?? ちょっ、え、何コレ!? 痛覚にダイレクトで来るんすけど!!?」
「孫特製の”フワフわにっく”じゃ。近々売り出すことになるパーティ用の【魔法菓子】じゃぞ?」
「いやっ、そういうことじゃな……! いででででッ!? 歯ぎしりしないでワニ君マジで痛い! 君めっちゃ歯の造形細かいねッ!!?」
思わず転げまわりたくなる痛みが鼻先から迸る。
どう考えても市井に向けて販売する商品が持ち合わせていい攻撃力ではなかった。衝動的にぶん投げたくてしょうがない。
でも、婆さんから聞かされた内容がその行動を押し留める。下手な真似をして、新発売の商品に悪評が付く事態だけは避けなければいけない。
結果として、取れる選択は席から立ち上がって身悶えすることだけであった。
もう先ほどまであった張り詰めた雰囲気も完全に霧散してしまっている。
「全く、見捨てられた子犬のような顔をしおってからに。儂らがお前さんとどれだけの付き合いだと思っておる。言いそうなことなどある程度察しがついておるわい」
緩み切った空気の中で、ニルネルさんが見せる反応はどこまでも親愛を感じさせるものだ。表情に呆れを多分に含みながら、いつまでも瞳に慈愛を帯びている。
その顔からは、先達としての凄みを感じさせた。
心に掲げた信念のままに、長き時を生き抜いてきた強者の風格が。
どうやら、俺はこの人をまだ見くびっていたらしい。
いつだって悩める子ども達の味方でいる。その生き方に殉じてきた偉大な菓子職人が、この程度で引き下がる訳がなかったのである。
「だから、どうしても喋りたくないと言うのならば仕方ない。せめて危ないことから遠ざかるように、出来る限りの悪あがきを行うとしようかのぉ?」
昔から俺たちの無茶を見届け、支えてくれた隣人が微笑む。
背後で接客に勤しんでいたはずの店員さん達の圧が増していく。
ここからが正念場だ。
冒険者として活動を続けていくために、乗り越えなければいけない試練。相手が一丸となった”ニルネル婆さんの魔法菓子店”であれば、相手にとって不足はない。
「さあ、とびっきりの悪ガキに進路指導だよ! 許されたかったら店を手伝って、ついでに流れで就職しちまいなあ!!」
「心配かけたのは謝るけど、ノリで職場決められるのは御免被りてぇなァ!!」
心配をかけた分は身体で返す。従業員になるのは断固拒否。
手渡されたエプロンを受け取って、俺は臨時の職場へと飛び込んでいく。
目標は早期に退職すること。期限はニルネル婆さん他この場にいる皆さんが満足してくれるまで。
通算三回目の遠征で犯したポカを、清算するための労働が始まる。
再起者たちの英傑続譚 ~バッドエンド後の冒険を~ 御伽之ネムリ @nekaki
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