第4話 絶対、叶う、愛

 熱に浮かされたように、沙里は歩き続けた。やっとの思いで、下山し、ゆらゆらと陽炎の昇る、灼熱の路面を、沙里は進む。

 裸足だった。靴は、ぼろぼろになってしまったから、脱ぎ捨てた。

 まだ、初夏だというのに、どうして、これほど暑いのだろう。

 しかし、そんなことは、気にならないほどに、沙里の情熱は燃え立っていた。自分を置いてきぼりにした、小百合先輩への怒りもあった。

 でも、許してやろう。許してやるのだ。そうすれば、小百合先輩だって、沙里の想いを受け入れてくれるはずだ。

 通行人が、沙里を見るたびに、ぎょっとした顔をして、ささささっと、避けるように道を開ける。誰も彼もが、沙里をあからさまに避けるような態度に、苛立ちはしたが、気にならなかった。土まみれの服を、一度、ぱんぱんとはたくと、いくつもの土塊が、ぱらぱらと落ちた。

 小百合先輩の家まで、もうすぐだ。ずん、ずん、と地面を踏みしめるようにして、沙里は進んでいく。そして、やっと、小百合先輩の家の門までやってきた。

 沙里の背の、半分ほどしかない鉄製の門の前で、庭の方を覗き込むように見た。そうしたら、庭でちょうど、花いじりをしていた小百合先輩がまるで、恐ろしい怪物でもみるような視線で、沙里を見つめ返してきた。

 どうしてっ!

 小百合先輩だけは、わたしのこと分かってくれていると思ったのに。あんなに、優しくされたことは、人生で初めてだったのに。

 沙里は、自分の体に比べて、ひどく小さく思える門を、力任せに揺すった。

 誰だって、沙里のことを見れば、怖がるのだ。高校生なのに、身長が二メートル近くあって、その上、ぶくぶくと太っている。せめて、少しでも痩せようと、部活にも入り、登山も始めた。

 そんな、沙里の前向きな姿勢を、神様は見ていたに違いないのだ。小百合先輩という女神に、出会わせてくれたのだから。

 両開きの門が、ガタン、と音を立てて内側に開いた。

 ずん、ずん。

 沙里は、巨体を、揺らすようにして小百合先輩の方へと、近づいていく。小百合先輩は、恐怖に顔を引きつらせ、後ろに尻もちをついた。遠目にも、がたがた、震えていることが分かる。いやいやをするように、顔を振っている。

 どうして、そんなに怖がることが、あるのだろう。沙里を置き去りにしたことに、後ろめたさを感じいるのだろう。きっと、沙里が、怒って復讐にやってきたとでも思っているのかな。

 でも、大丈夫だから、小百合先輩。許してあげる。だから、そんなに、怖がらないで。

 小百合先輩の、すぐそばまでやってきて、

 「小百合先輩」

 語尾を、少しだけ上げて、出来るだけ優しい声で、言った。小百合先輩を見下ろすような感じになってしまって、心苦しいけれど、でも、しょうがないよね。 

 沙里は、いたいけな子供を見るような、優しい目線を小百合先輩に向けながら、ずずっと右手を差し出した。

 さあ、つかまって。起こしてあげる。

 そのとき、耳をつんざくような悲鳴を、小百合先輩が発した。その悲鳴が、あまりにも強烈で、沙里は両手で耳を塞いだ。

 小百合先輩の瞳から、大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちていた。

 「なんで・・・・・・お願いだから」

 なんで?

 なんでって。

 「先輩、怖がらないで。わたし、もう、怒っていないから」

 沙里は、一言一言、噛み締めるように、言った。

 「やめて・・・・・・そんなはずない・・・・・・」

 そんなはずはないって、先輩、何を言っているの? 本当なんだよ。怒ってないんか、いないんだよ。

 沙里は、にっこりと、笑ってみせた。

 「もう、十日よっ! もう、十日経っているの!」

 え? 何を、言っているのだろう、小百合先輩は。もう、変なこと、言わないでよね。まさか、小百合先輩と登山したあの日から、十日が経ってるなんて、そんなことあるはずないもの。

 だって、こうやって、わたしは、先輩に会いに来ているんだもの。

 だって、この愛は、絶対、叶う、愛なんだもの。

 そうよね、先輩。

 沙里は、何だか、むしゃくしゃして、顔から髪から、ぼりぼりと掻き毟った。

 だって、これは絶対叶う愛なんだもの。

 髪の毛がぼさっと抜け落ち、小百合先輩の眼前に落ちた。土まみれの髪の毛には、白い小さな虫がびっしりとたかっていた。頭皮に付着した、蛆虫が。

 ぜったいかなうあいなんだもの――

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絶対、叶う、愛 黒木 夜羽 @kirimaiyoru

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