第七幕 蛇足

「ルビー国殲滅隊に告ぐ」

今まさに寝袋に入ったがやはりホヌが読んだメモの言葉が気になる。なんせルビー国は私が所属する国だから。別に愛国心があるわけでは無いが、なくなると世界各国の政治やら秩序が崩壊する。世界の中心とも言える国だから。


今はホヌの言う“おっさん”がどれくらい私たちに関わってくるかが二ヶ月後の運命を握っている。今でこそ協力的態度だが、私たちの情報はあらかた探っていたようで敵対したくはない。いずれどちらにも脅威になり得る存在としての警戒は怠ってはならない。


ホヌはもう寝たのかな?今日は本当に色々あったなあ。あーー!考えることだらけで頭がおかしくなりそう!でも、土台はこれで整った。早く寝よう。朝起きたらまたピアノを弾いてもらおう。それくらいで良い。普通にすごそう。今は伝道師として。



__次の日

 朝はピアノの点検がある。

この言葉はどうやら安いものではないらしい。…そして村人はヒマらしい。


「いーや!この音はふさわしくない」

「わたしの耳には丁度良く聞こえるが?」

「オマエの耳がおかしいだけだろ」

「とにかく平均律ならもっと高い」

「単音ひとつ聞き取れないなんて」


どうやら今はピアノの音を決めているらしい。今の音は『ラ』だ。


「だからオマエに任せたくないんだ!」

「おじいさんの耳がこんなに老いていたなんて。」

「わしは生涯現役じゃ!」

「まったく。これだから…」


一体この大きなグランドピアノを調律するのにどれくらい時間がかかるんだろうか。そして毎朝コレなのかあ。


「ねえ!そこの…えーっと、あれの人!」


今呼ばれた?あれの人ね…

「はい伝道師です…呼びましたか?」


「うん、呼んだ。ねえ、確かうた歌えたよね?」


「まあ。一応」


「と言うことは音に詳しいよね?」


「それなら…まあ詳しくはありますね。」


「じゃあこの音は高いですか?それとも低い?」


「まさか、これ一つひとつ聞かれるんじゃないでしょうね?」


「私たちではケンカになるので」


「だからわしがリーダーやるのに…」


「まあまあ。旅人さんの答えを聞きましょう。」


しまった。ホヌを巻き込みたくないあまり私が質問責めだ。まあ、それなら…

「効率化を図るためにこうしましょう!音を皆さんに聞き取ってもらいます。その際、私がこの中の一人だけ正しく聞き取れていた人をリーダーにします。」


「旅人さんと同じような音感を持っている人がリーダーになる、ということですか。して、リーダーはまとめ役のようなものでしょうか?」


「ええ。まあそんな感じです。たった今考えついたので、詳しいところは後ほど考えましょう。とりあえず決めていきますね」


ピアノか。久しくさわってないな。元々商売のために必死に練習してたからなあ。自分の声の方が売れることに気づいてからはまったく弾いてないんだよな。ホヌもまだ寝てるし目覚ましがてらちょっと弾こうかな…


「これは…」

「う、ウソじゃ…まさか」

「ところどころ荒いけど…でも」


ざっとこんなもんかな。ピアノの音っていいよね。

「割と良いところまで調律出来ているじゃないですか。問題なのは…ああ、当ててみますか、合ってない音。調律師ならこれくらい当然でしょう…って、どうしました?」


「どうしたも何も…その曲は」

「おぬし…い、いやあなた様は…」

「もしかして」


『神の使いの方ですね?』


「…え?みなさんどうしたんですか?」


「その曲は…昔村に来た旅人さんが弾いていたんです。なんでも神の曲と呼ばれていたそうですが。まさか…村の様子を見にきてくださったんですか?」

「いや、そうとしか思えんぞ」

「これはこれは…とんだご無礼を」


「いや…その…」

これは困った。いや、言い訳が面倒だ。下手なウソをついても後で話が噛み合わなくなりそうだ。

「その曲のタイトルは『信仰』だよ。」

「ホヌ!」

「おはよー先生。」

「ごめんなさい…いい目覚めではなくて」

「ううん。そんなことよりこのタイトルだよ!この曲は信仰心のある若者が神に振り向いてほしくて作られたんだよ。これだけ複雑な音だと流石に神様もびっくりしたんじゃないかな?」


「へー。そうだったんだ!」

「教えてくれてありがとう」

「ぜひ我らも弾いてみたい一曲ですね」


ホヌが起きていなかったらと思うと冷や汗が止まらなくなる。ありがとうホヌ!

ホヌは村人に見えないようにウィンクしてみせた。


「そうだなー、じゃあぼくたち朝はこの曲を弾くね。ぼくたち形に残すことができそうにないから、しっかり覚えてね」


“朝の目覚め”がこの曲の本当のタイトル。まさにぴったりだと思った。



ひと段落してホヌがこちらにむかって来た。

「センセイ、どうしてピアノ弾けること教えてくれなかったの?」

「え、それは…」

「私も気になります!」

「ユウレイさんまで…」仕方がない。恥ずかしいけれど。


「それは…ホヌの演奏が好きだからです」


__っはずかしい…。自分で弾く方が確かに音もリズムも正確。でもホヌのピアノはそれ以外に何か惹き込まれるものがある。耳を貸さずにはいられない。つい聞き入ってしまうので、ホヌにはなにか特別な力があるんじゃないかと思っている。


「っ…ありがと」

ホヌもまんざらでもないような表情。

声こそ出していないがユウレイさんもあたたかく笑っている。


はあ、朝からなんだかつかれたな…




視点:ホヌ

何日か過ぎた。あれから結局センセイは子どもと会っていないしおっさんもなにも言ってこない。ただ相変わらず協力体制。あそこにもう一度行ってみようか?いや、なんだかセンセイが乗り気じゃないのが気になるなあ。勘“だけ”はいいからな。

「勘だけで悪かったですねー」

あ。

「え?あーいやーそのーなんというか。ね?」

「まあ、今日も張り切っていきましょう!ね?」

いつのまにか声に出てしまった。

「はい…ガンバリマショー」

このままあの子どもの話はとてもじゃないけと出来ないな。


「…ホヌさん。ちょっと」

こちらに向かって手まねきするユウレイさん。村を徘徊していたはずだけど?


「私、気になってみてきました。洞窟のなか。」

「え?暗くてよく見えないって…」

「入り口のランタンを使わせてもらいました」

あー、また忘れてた。ユウレイさんは物には干渉できるんだったよね。

「あの子のようす、見てきましたよ」

「え?どうだった?」

「…子どものすがたでした。それも、この前よりもずっと幼くなって…」


より幼く?それが本当で、もしもあの論文通りなら…


[瀕死の状態になったから時間を狂わせた]

時狂病が発症したことになる。だからと言って何かが変わるわけでもなさそう。とりあえず様子見でいいか…


「すいません!だれか…たすけて!」

図書館の扉を開けたのは滝のような汗を流すおっさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脇役のオペラ 千世 護民(ちよ こみん) @Comin3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ