現代社会では妙な力は使い過ぎるな

現代社会では妙な力は使い過ぎるな

 男は内心ため息をつきながら通勤電車に乗り込む。

−−いつもの場所取られた……。

 恨めしそうに電車の扉付近を眺める。

 そこにいれば乗り換えがスムーズにいくのだが。

−−変わってくんねえかな?

 そう願った瞬間、男はいつもの定位置である扉付近にもたれかかっていた。

−−……は!?

 先程いた場所からいきなり扉付近にワープしたような感覚。

−−どういうことだ!?

 戸惑う男。

 そして先程いた位置に目を向けると、扉付近に立っていた男が戸惑いながらキョロキョロと周囲を見ている。

 自身の周囲もちらほらとギョッとしたようにこちらを見ていた。

−−場所が入れ替わってるのか!

 戸惑いつつも、男は納得した。



 定位置にもたれかかったまま、男は降車駅まで着いた。

−−やっぱ毎回乗り換え時間ギリギリだな。……さっきの場所が入れ替わる能力……使えたりすんのか?

 ダメ元で、線路を挟んだ向かい側にある乗り換える電車のホームにいる大学生らしき青年に向かって念じてみた。

 すると、男は乗り換えるホームにいた。

−−マジか! これなら余裕で乗り換え間に合う!

 男は喜び、乗り換える電車に乗った。


 人と場所を入れ替える能力を手に入れた男は、その能力を使いまくった。しかし、不法侵入や正規料金を払わず駅に入るなどの不法行為は絶対にしないと決めている。また、場所の入れ替わりはなるべく同性である男性だけにしている。女性や高校生以下の子供には迷惑をかけないようにしているのがその男のポリシーだ。

 周囲からしたら、目の前にいた人が急に別人になるのでかなり戸惑う者もいた。また、男により勝手に場所を変えられた者は非常に迷惑そうだったが、男はそんなことは知ったこっちゃないのである。


 この日も男は通勤中、場所入れ替え能力で少し離れた位置にいる脚を大きく広げている中年男性が座っている席を奪った。

 中年男性はいきなりのことで戸惑い周囲に「どうなってるんだ!?」と喚き散らしていたが、男は全く気にしない。

−−脚を広げてたせいで隣の女性が迷惑そうにしていたんだぞ。こういう男がいるせいで俺みたいな女性に迷惑や危害を加える意思のない男まで悪く言われるんだ。天罰だと思っておけよ。

 それどころか男は喚く中年男性に蔑んだ笑みを向けていた。


 また、満員電車の中にて。

 男は女性に迷惑をかけないよう、場所入れ変え能力は女性には使わないようにしていた。

 しかし、目の前に痴漢されそうな女性がいた。

−−これは俺の力を使うしかないな。

 男は痴漢に狙われた女性と場所を入れ替わった。

 すると、痴漢とおぼしき男はギョッとしたように男を見る。

「何か?」

 男はわざとらしく痴漢を挑発する。

 すると痴漢はチッと舌打ちをし、手を引っ込めた。

−−ざまあみろ! お前みたいな男がいるから俺みたいな善良な男までも女性から悪者扱いされるんだ! そのままとっととくたばればいい!

 男は痴漢を蔑んだように鼻で笑った。

 そして痴漢されそうになっていた女性にふと目を向ける。

 女性は戸惑ったようにチラチラと男の方を見ていた。

−−まあ、別に感謝されなくてもいい。……こうやって俺はこの力を人助けにも使ってるんだ。多少この力で場所入れ替えて席を奪っても別に文句言われないよな。

 男はフッと笑った。



 数日後、会社にて。

 この日、男は仕事中やたらと視線を感じていた。

 少し気味悪く思いながらも、いつも通り仕事を進める男。

 そして昼休み。

「なあ、これってお前だよな? SNSに流れて来たんだけど」

 同僚にいきなりスマートフォンから流れている動画を見せられた。

 それは駅で男が他人と場所を入れ替える瞬間が映されていた。

「何で!?」

 男はギョッとした。

「やっぱりお前か。他の動画もSNSにアップされてるぞ。んでバズってる」

 同僚は苦笑し、他の動画も見せる。

《これマジやばい! 瞬間移動みたいなやつ目の前で見た!》

 なんて呟きと共に男が電車内で場所入れ替え能力を使い椅子に座っている中年男性と入れ替わるところが動画としてアップされている。

 そして更に書き込みがある。

《これマジで迷惑》

《自分は座れていいだろうけれど入れ替わられた側は絶対「は!?」ってなる》

《俺被害に遭ったことある。いきなり隣のホームに飛ばされて大学遅刻した。マジ最悪》

−−は? 迷惑? 法を犯したわけじゃねえんだから。

 男は書き込みを見て不機嫌そうに顔を顰めた。

「てかこれマジで肖像権の侵害じゃねえか」

 男はイライラしながら呟く。

「まあ……な。でもここまで拡散されてると消すの難しいぞ」

 男が映っている動画は何万件も拡散されている。

 そして別の社員が慌てたように男に話しかける。

「ねえ、貴方何かやらかした? 電車内での行為でうちの会社に苦情来てるみたい。みんな貴方の名前出してる」

「は!?」

 男は目を大きく見開く。

「ああ……お前、本名と住所、それから勤務先とか出身校まで晒されてるぞ」

 同僚からスマートフォンの液晶を見せられ、男は頭が真っ白になる。

−−何でだよ!? 俺本当に法を犯したわけじゃねえのに何でこんなことになんだよ!?


 その後、男は会社にいられなくなり退職。更に自宅は動画配信者などが待ち構えており、平穏な日常生活を送ることが出来なくなってしまった。


 現代社会で妙な力を使うと碌なことがないのである。

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