ウォルとビョル
山川タロー
第1話
宇宙は粒子と波動でできている。宇宙はエネルギーで満ちておりエネルギーは物質でもある。物質は真空状態でごく短い時間に生成と消滅を繰り返している。ウォルとビョルははるか昔から存在しており光のような存在である。粒子と波動の両方の性質を持っている。はるか昔から大爆発によって無数の宇宙を創造してきた。ウォルとビョルは宇宙の意識を進化させるために宇宙を作って来た。宇宙には時間がない。
一つの宇宙の中の一つの大銀河団の中の、地球で呼ばれているところの銀河系に地球はあった。地球では地球時間で四十億年前に生命が誕生し、現在地球を飛び出す程度に知能を発達させていた。しかし地球人は意識の進化という点ではまだまだ未発達であった。精神は自己中心的で各地で紛争を繰り返し、二酸化炭素を大量に吐き出し地球を汚染していた。生物の多様性を喪失させ地球を破滅へと追いやっていた。
しかしそれもウォルとビョルによって仕組まれた宇宙の進化の過程だった。このままでは地球人は滅亡する。この存亡の危機に際し精神を発達させ滅亡を回避することによってもう一段高いレベルに地球人は進化することができる。肉体の欲望に捕らわれない意識の高揚に目覚めさせることがウォルとビョルの目的なのだ。
地球は気候変動の危機の中にあった。二十世紀に入り人口が爆発し閉塞した世界の中で食糧危機に陥り人間の排出する二酸化炭素によって温暖化が進行した。特に北極の温暖化が他の地域の2倍の速度で進行しそのため偏西風が大きく蛇行し始めた。そのため各地で異常気象が多発し洪水、干ばつ、熱波、山火事が多発した。山火事はさらなる温暖化をもたらし赤道付近は人間が住めなくなった。人間は高緯度地方へ民族の大移動を始めた。
ヒサシは七十歳になっていた。会社を定年退職し五年が過ぎていた。年金生活は生活するのがやっとだった。朝起きてご飯を食べ散歩をし、買い物をする。ただそれだけの生活だったが会社にいたときよりなぜか幸せを感じていた。穏やかな生活だ。人との接触がない。人間関係に煩わされることがない。これが幸せだと感じる要因かもしれない。
ヒサシは散歩をするとき物思いに耽りながらすることが多くなった。宇宙について考えるのだ。宇宙について考える時欠かせない理論が量子力学だ。物質は観測されない限り同時に至る所に存在する。存在の共有だ。これが宇宙多元論の基礎理論だ。そして光に象徴されるように物質は粒子と波動の両方の性質を持つ。宇宙はエネルギーで満ち溢れておりエネルギーは物質だ。アインシュタインの有名な式E=mc、エネルギーは質量に光の速度を乗じて求められる。つまり宇宙は情報で満ち溢れている。そして宇宙はすべての事象を記憶している。
ヒサシは散歩するときよく上を見る。上には青空と時々雲が見える。時には月が東の空とか真南とか西の空に見える。ヒサシは考える。今見ている世界がヒサシの宇宙なんだと。見えていない世界は本当に存在しているのかどうか分からない。量子力学によると物質は観測されて初めて存在が確定する。観測されないと無数に存在し存在が確定しない。とにかく今見ている世界を大切にしようとヒサシは考えた。
宇宙はすべての事象を記憶している。ヒサシは父ヒロシと母ヤスエの間に生まれた。生まれた時兄が三人いた。ヒサシと歳の離れた三人の兄だった。六人家族だった。そのうち二人が結婚し家を出て行った。そしてヒサシも会社に就職しそのうち転勤族になり家を出た。三人家族になり父が亡くなり長男が亡くなり、母が亡くなり実家に主がいなくなった。兄弟三人が残った。
父も母も大正生まれで、父は大正八年生まれ、母は大正十五年生まれだ。二人は東京大空襲の昭和二十年に結婚した。戦争の真っただ中であった。
当時の世界人口は二十三億人、西暦2022年11月現在八十億人を超えた。地球上の至る所に人類がひしめいている。その食糧を確保するために森林を破壊し農地に変えてきた。漁業資源を取り尽くしてきた。二酸化炭素を排出し温暖化を進行させてきた。結果海の酸性化が進行し、洪水、干ばつ、熱波といった気候変動が世界各地で猛威を奮い始めた。
ウォルとビョルは注意深く地球を見守っていた。今までもそうだしこれからもそうだ。彼らは宇宙の進化のため生命の進化を注意深く見守る。人類のさらなる進化のために注意深く見守る。けっして手を差し延べたり助けたりしない。人類自身の進化を促すだけである。気候変動は人類の進化の過程で起こるべくして起きた。人口増加もそうだ。しかし人口はある時点で減少に転じる。国によってはすでに減少に転じている国もある。ヒサシの住む日本もそうだ。日本の人口はすでに減少に転じている。数年後には現在の七割の人口になるだろう。成長は永遠には続かない。
日本の捕鯨やイルカ漁が世界から避難されることがある。日本の反論は牛肉や豚肉がよくてなぜ鯨やイルカがなぜダメなのかと。捕鯨やイルカ漁は日本の食文化なのだという主張だ。
ここにきて人類は食文化を見直さなければならない局面にきた。牛や豚を飼育するための放牧地や飼料を育てるための農地を確保するために森林を破壊し続けてきた。そのために生物の多様性が喪失し地球は滅亡に向かっていた。
人類はようやく自然との調和を目指し始めた。電力は太陽光、風力、地熱発電といった再生可能エネルギーに限定した。原子力も核廃棄物を捨てるところが地球上どこにもないという理由で廃止された。肉類は代替肉が主流となり植物中心の食生活に変わっていった。動力は燃料を使わず電磁推進システムが開発された。マイクロ波光子を反射させるだけで電力を推力に変換するシステムだ。もう燃料を消費して二酸化炭素を大気にばらまかなくてもよくなった。宇宙空間の移動も燃料がいらなくなった。エンジンの軽量化を実現することができた。
森林は元に戻り始めていた。大規模なプランテーションは廃止された。すると自然と草が生え始め森林が出現した。自然には復元力があるのだ。海も元に戻り始めた。漁業資源は厳格な管理の下で利用されるようになった。海のサンゴ礁も元に戻り始めアマゾンの森林も地球の酸素供給源としての役割を復活させた。
北極海の氷が再び出現し始めた。すると不思議なことに絶滅したと思われていたホッキョクグマの個体が発見され徐々にその数を増やし始めたのだ。同じように絶滅したと思われていたサバンナの大型獣、ライオンやハイエナ、チーター、キリン、シマウマなどの動物も発見されその数を増やし始めた。自然が復活した。人間は自然との調和を最重要テーマとして取り組み始めた。人間の幸福は自然との調和にあるとした考えが世界の常識となった。
ウォルとビョルは地球を観察していた。無数の宇宙の中でまた一つ生命の進化を発見した。地球だ。地球人は次の進化の段階に入った。肉体の欲望から解放され意識が肉体から解放され始めた。
最初の取り組みは科学の力を借りなければならなかった。超小型チップを脳内に埋め込みテレパシーを実現することから始まった。そのうちコンピューターの情報を脳で直接受け取ることができるようになり人間は寝ながら仕事ができるようになった。しかし脳は運動をしないと活性化しない。脳を必要とした最初の段階では人間は運動を定期的に行わなければならなかった。
人間は平均寿命が百歳を越えたあたりから肉体の限界を感じ始めていた。そして肉体のパーツを人工物に変え始めた。最初は皮膚や皮下脂肪、次に食道、胃、小腸や大腸といった内臓を、そして心臓を人工物に変えた。最後は脳であった。脳を人工物に変えることによって人間は飛躍的に寿命を延ばした。しかし永遠ではなかった。物質は存在する限り限界がある。いずれ老朽化し消滅した。
その頃にはAIが進化しAIが人間とほとんど同じ機能を持ち始めていた。悲しみや喜びといった感情も持ち始めていた。しかしAIも人間と同じように老朽化し消滅していった。
ウォルとビョルは人間の意識が十分進化をしたのを見て人間の意識と接触することにした。人間の意識は宇宙と一体となった。宇宙に時間はない。ただ存在するだけだ。宇宙と一体となった人間の意識は無数の宇宙のどこにでも行けた。ヒサシの意識も宇宙の中にいた。家族の意識も母親の意識も祖母や祖父の意識も宇宙の中にいた。宇宙は無数の意識で占められていた。
ヒサシの意識はある宇宙の一つの惑星にいた。ヒサシの意識は光と同じような性質を持ち、粒子であり波動であった。その惑星には空気もあり生命が誕生してから四十億年が過ぎていた。そこにはすでに高度な文明を築く生命体がいた。地球と同じように家族を中心とした社会を築いていた。その中の一つの母体にヒサシの意識は入って行った。それと同時にヒサシは突然明るい部屋の中に取り出された。ヒサシはなにがなんだか分からなかった。居心地が良かった状態から突然ストレス状態に晒されたようだ。不快感が押し寄せひたすら泣き叫ぶしかなかった。それでも時間と共に安らぎが訪れ深い眠りに入って行った。
ウォルとビョル 山川タロー @okochiyuko
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