勇者パーティーに潜入していた魔王軍四天王の一人ですが、魔王様に帰って来いと言われたのにパーティーを追放してもらえず、今日も裏で頭を抱えています

黒井へいほ

帰りたいのに追放してもらえない!

 オレの名前は火のフォーゴ。魔王軍四天王の一人だが、今は勇者の仲間として旅をしている。

 別に、魔王様を裏切ったわけではない。これは、潜入工作というやつだ。

 あの時、じゃんけんに負けなければと思いながらも任務を行い始め、すでに2年の月日が経っていた。


 先ほどの戦闘で腕に火傷を負った勇者ソルに、瓶の中身をぶちまける。


「死にたくねぇならちゃんと避けろ! 雑魚勇者が!」


 ソルは小さくなりながら、腕に薬を塗りつける。


「ごめん……」

「ソル。謝らなくていいのよ。フォーは怒ってるんじゃなくて、心配してるだけだからね」

「うん、分かってるよ。すぐに薬をかけてくれたからね」


 僧侶のメリスは、ソルの腕に回復魔法をかけながら、なぜかオレを擁護するような言葉を吐く。それに、分かってるよとソルの野郎が答えることも気分が悪かった。

 オレは苛立ちを抑えきれず、ただ叫ぶ。


「フォーじゃねぇ! フォーゴだ! 略すな! それと心配もしてねぇ! 勝手に解釈すんな!」


 それでも苛立ちは消えず、地面を踏みしめながらその場を離れることにした。


「フォー? どこに行くんだい?」


 声を掛けて来たソルへ、ハンッと鼻を鳴らす。


「一々てめぇに言う必要があんのか」


 今まで黙っていた魔法使いのティエラがポツリと言った。


「周囲の警戒。フォーは気が利く」


 事実だが事実だと認めたくないオレに、ソルは治療を受けながら笑顔を向けた。


「いつもありがとう、フォー」

「誰が見回りなんてするか! ただの散歩だ、散歩!」


 話せば話すほど腹が立つので、それ以上は会話をせずに移動した。



 物陰に潜んでいるやつがいないか。睨みつけながら、手の大槌を木にぶつけながら歩く。

 ガンガンと音を立てていれば、先にこちらを襲って来る。後は、ストレスを発散するためだ。


 それにしてもこの2年、ずっとこの調子だ。

 取り返しがつかないほどに嫌われ、パーティーを追放されれば魔王様の元へ戻れる。そう考え好きにやっていたのだが、どうしても追放してもらえない。いや、むしろ好かれている感じすらある。訳が分からない。


 野営で使えそうな枝を拾いつつ考えていると、目の前に赤い眼をした黒い鳥が降り立った。


「また報告か? 順調に勇者は強くなってやがる。クソッたれと伝えておけ」


 普段はこれで飛び立つのだが、なぜか黒い鳥は飛び立たず、パカッと嘴を開けた。


「久しいな、フォーゴよ」

「そのお声は魔王様!?」


 オレは慌てて片膝を着く。いつの間にか周囲には高度な結界が張られている。誰かに聞かれる心配もなさそうだ。

 頭を下げながら続く言葉を待っていると、黒い鳥が言った。


「もう勇者の仲間として潜む必要は無い。戻って来い。ただし、勇者へ余計な疑いはもたせるな。計画に狂いが生じる」

「仰せのままに!」


 黒い鳥は空へ飛び立つ。

 ついにこの時が来たと、オレは拳を握る。

 ソルたちへ、オレが魔王軍の四天王だと疑われずにパーティーを追放されればいいだけの話だ。

 とても簡単なことだと笑いが止まらなかった。



 戻ったオレは、拾って来た枝を放り捨て、ソルの顔に指を突き付けた。


「おいソル! よく聞け!」

「うん、なんだい?」

「雑魚の面倒を見るのはウンザリだ! パーティーを抜けさせてもらうぜ!」

「うん、ダメだよ」

「ハンッ、分かればそれでいい。オレはオレの道を……なんだって?」


 予想と違う答えだった気がして顔を見直すと、ソルは両手で×の字を作っていた。


 ……? ダメ? なぜ?


 少し考えたが、勇者ってのは甘い性格をしている。一度仲間にしたやつを引き止めないわけにもいかないのだろう。

 なるほどと納得し、いつか使おうと思っていた言葉を投げつけた。


「うるせぇ! ぐだぐだ言ってんじゃねぇ! 犯すぞ!」


 勇者ソルは女だ。というか、パーティーで男はオレだけだ。

 貞操が危ないとなれば、残しておくわけにもいかない。


 勝利を確信していたのだが、3人は目を丸くしていた。

 また、予想となにかが違う。

 不思議に思っていると、ソルが赤ら顔で言った。


「ももももしかしてボクを好きになっちゃったからパーティーにはいられないってこと!?」


 なぜそういう思考に至ったのかが分からない。

 オレはこのパーティーに愛そうが尽きたみたいなことを言った。

 それでもダメそうだったので、犯すぞとまで言った。

 明らかに危険人物だ。仲間に置いておくべきではない。

 しかし、なぜか男女の惚れたはれたの話をソルはしている。


 少し考えてみたが、そうなった理由には至れなかった。

 悩んでいるオレに、ソルはモジモジとしながら言う。


「でも、ほら、ボクは旅の途中だからさ。子供とかできちゃったら困るだろ? 17歳のお母さんってどう思う? お腹が大きくても式って大丈夫かな?」


 まるで結婚するかのようにソルは話している。

 それに恐れを感じていると、先ほどまで黙っていたメリスが膝を着き、祈るようなしぐさを取った。


「フォー。あなたに言うべきことがあります」


 メリスは20歳。ソルよりも歳を重ねているし、敬虔な信者だ。女を犯すなどという言葉を見逃せるはずもなかったのだろう。


 よし、これで追放される流れに戻ったな。

 ニヤリと笑いながら、メリスへ言う。


「言うべきことだぁ? いいぜ、聞いてやるよ」


 メリスは静かに、祈るように言った。


「ソルではなくわたしが相手をいたします。それでどうでしょうか?」

「……?」


 少し待てと手を前に出し、会話を止めてから考える。

 オレには、メリスの言葉の意味がよく分かっていなかった。野蛮な男は信用できない。パーティーにいれたことが間違いだったのです、と言ったんだよな?

 腕を組み、首を傾げる。いまだ混乱したまま、メリスに聞いた。


「つまり、こんなやつは必要無い。どこへでも立ち去れってことか?」

「そんなことは言っていませんが?」


 なら、どういうことだろうか。

 まるで意味が分からず、このパーティーの知恵の要であるティエラ頼ろうと目を向ける。

 彼女はいつものようにどこかボンヤリとした表情のまま、オレにこう言った。


「ワタシがいいの? 別にいいけど」


 ふぅっと息を吐く。

 空は青い。流れる風は心地よい。

 オレは集めた枝を足で踏みつけ、一番重い荷物を背負いながら、彼女たちに行った。


「そろそろ移動するぞ。全力で走れば野営しなくても済みそうだからな」

「え? ボクとの結婚の――」

「わたしがお相手を――」

「ワタシにはそういう知識も――」

「ぐだぐだ言ってねぇで走れ! 行くぞ!」


 普段は体力を温存しているが、それを忘れれば街まで走ることも可能だ。1人ならばもっと楽なのだが、それは言っても始まらないことだろう。

 なにも考えず走ることは、悩みを後ろへ振り払えるようで、少しだけ気持ちも良かった。



 空が紫色に染まり始めたころ、オレたちは街へ到着した。

 宿屋で4人部屋を1つとり、近くの店で食事を済ませる。風呂も浴びれば後は寝るだけだ。

 全力疾走はさすがに疲労が大きかったのだろう。3人は横になればすぐに寝息を立て始める。

 オレはそれを確認した後、部屋の外に出て、いつものように扉の前へ座った。


 なぜこうなったのか。

 少し冷静になって考えてみれば分かる。

 オレは今までも、追放されようとしていたが失敗していた。魔王様からの連絡を受け嬉しくなってしまっていたが、それは成功する要因にはならない。


 頭を抱えていると、天井をすり抜けて入って来た黒い鳥が目の前に降り立つ。今度は青い目のやつだ。

 多いときは、違う目の色をした黒い鳥が、日に4羽も報告しろと訪れる。

 勇者は重要案件であり、報告を密にしたいのかもしれないが、それなりに鬱陶しいとも思っていた。

 だが今は、そんな気持ちを隠して報告をする。


「勇者たちへ悟られずにパーティーを脱退するのは困難。追放されるように動いているが、いつになるかは未定。疑われても良いのであれば、単身で戻ることはいつでも可。報告は以上だ」


 黒い鳥は鳴きもせずに飛び立っていく。

 その背を見ながら、少しだけ羨ましさを覚えた。



 これはオレが魔王軍へ戻るために、勇者パーティーを追放されるまでの、苦難の物語である。

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勇者パーティーに潜入していた魔王軍四天王の一人ですが、魔王様に帰って来いと言われたのにパーティーを追放してもらえず、今日も裏で頭を抱えています 黒井へいほ @heiho

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