鳥人達の伝説

菜月 夕

第1話


《伝説=バベル》


 《風=シルフ》が上がって来た。

 《婚儀=フライト》だ!《婚儀=フライト》だ!《結びの丘=ヒル》に行こう!長老たちが《祝福=シルフ》を送る頃だ。

 《翼=ブーケ》を取ろう!幸せを呼ぶ《翼=ブーケ》を取ろう!

 「…《丘=ヒル》にすべては始まる。《風=ゼフィル》の祝福を!《鳥=イカロス》の祝福を!

 《大空=シルフ》の恵みを二人に捧げよう。」

 二人は《丘=ザ・ヒル》の断崖から身を投じた。二人の式衣装が風に翻っる。人々は息を呑んだ。

 《決断=フライト》にかける恋人たちは跡を絶たない。何組かに1度は失敗して大怪我をすることもあるというのに。

 《恵=シルフ》だ!恋人たちに《大気=シルフ》の恵みが上がったのだ。

 翼が広がった。《風=ゼフィル》に乗って二人は羽ばたき舞い上がった。

羽根毛が散り、恋人たちは舞い降りてきた。

 《翼=ブーケ》を取ろう!《恵=シルフ》を呼ぶ《翼=ブーケ》を取ろう!《恵=ゼフィル》があったのだ…。

《決断=パッシングセレモニー》を経ない大人たちを蔑視する風潮は、《儀式=フライト》の進行と共に衰えている。

 なんとなれば、翔ぶ力も数代の前には《儀式=フライト》に於いて数時間の長きをしたのに比し、今は《風=ゼフィル》の恵みなしには風に乗るのさえままならないとなれば尚更である。

 やがて疲れ切った二人が降りてきた。《婚儀=フライト》は絶頂へと向かう。

 篝火が焚かれた。《鳥人=イカルス》達の翼は弱く、《決断=フライト》唯一度の飛翔にしか耐えられない。

 すでに《決断=フライト》により《羽根毛=ブーケ》の殆どを失った翼は無残に堕ち、鬱血さえ始めている。

 そのままにおけば敗血症をおこし、命さえ侵しかねない。

 為に、《翼=ブーケ》は外科的手法により取り除かれ、《風=ゼフィル》《鳥=イカロス》とその恵みをもたらす《大空=シルフ》に届くよう、火に投じられ、煙となし神々に捧げられる。

 こうして《婚儀=フライト》は祝宴に移っていく。


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 「おじい…。ねえ、おじい…。どうして僕たちは一度しか飛べないの…?

 もっと何回も飛べるんじゃないの…?」

 《少年=エルフ》は語り部をせかした。

 「馬鹿を云うんじゃない。わし達の《翼=ブーケ》は《儀式=フライト》一度きりで痛んでしまうのだぞ。

 《婚儀=フライト》の純潔の為にしか翔ぶことを許されていないのだぞ」

 「でも、でもおじい…。きっと練習したらもっとずっと…。」

 「まだ云うか!《空=シルフ》の罰が下りて《落伍者=アウト》となるのだぞ。

 《儀式の丘=ザ・ヒル》と成る《聖地=ポート》はこの古き《世界=イカロス》では数少なく、知られるすべては部族毎に納められている。

 時に《法=カルマ》を侵した者たちが出、《追放者=アウト》となる。

 《外来者=アウト》と成った物は、その時より《空=フライト》は失われ、各部族からも追われる者となるのだ。


 「わかったよ、《おじい=語り部》。《お話=伝説》をして…。」


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 昔、《鳥人=イカルス》達は自らの翼の力ですべての空をその掌中となし、その種族はこの《大地=イカロス》を遍く治め、兄弟であった。

 その知性は自らを神帝となしたケメルの時に栄華を究めた。

 《神帝=ケメル》はその栄華を奢り、力を広く示すため、天の更に高きを侵そうとした。

 《神帝=ケメル》は臣民を募り、その力を合わせ、5人引きの籠を何組も造り、以て高き空を目指した。

 引き手が疲れると退かせ、籠の中の者が交代して残った者たちで更に5人引きの籠を作る。

 帝ケメルはこの最後の組に残り、天を究めようとしたのだ。

 帝ケメルがあと一息で空に届こうという時、神々はその行いを咎め、嵐をおこして鳥人達を地に堕とした。

 その日より《鳥人=イカルス》達は空を翔ぶ力の半分を奪われ、美しかった翼は褪せ小さくなり、一生のうち一度を翔ぶ事がようやく出来るだけとなった。


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 《少年=エルフ》は村人の目を掠め、森の奥へと分け入っていた。

 《丘=リトル》だ!それは昨日見つけたばかりの小さな《丘=ポート》だった。

 《少年=エルフ》はその上に立ち、部族の森を振り返った。

 この《世界=イカロス》では木々は密生する傾向にあり、樹高は低い。

 《丘=ポート》の部族の家々が守るように取り囲んであり、《儀式=ザ・フライト》の祭り以外近づく者は《守人=ガード》の達くらいである。

 《鳥人=イカルス》達に帝国のあった頃はさておき、帝国の瓦解に続く部族の抗争により、《丘=ポート》の部族による分割統治が進み、更にその奪い合いによって帝国の知識も失った。

 その混迷の時代も過ぎたとは言え、未だ《聖地=ポート》を持つ部族は侵略の対象となった。

 その見張りの役としての重要性もあり、《聖職=ガード》の見張りの絶えることがない。

 《少年=エルフ》はこの《丘=リトル》で《飛翔=フライト》の練習を始めた。

 本当は今までも《練習=フライト》を隠れて行っていたのだ。


  《伝説=羽衣》


 遥か昔、この《大地=イカロス》の地には翼のない者しかいなかった。

 往事、《人間=イカルス》達はこの地において《空=シルフ》の恵みを受けることなく、細々とした暮らしがあるのみであった。

 この、その日暮らしの人間たちに《風の娘=ティンク》が、ある時風の友の鳥の姿を借り、地上へと降りたと物語は云っている。

 鳥の姿を借りる《羽根=ブーケ》を付け地上に降り、人の世を過ごした。

 《神々=ゼフィル》の娘とは言え、鳥の姿を借りたら鳥の姿に囚われる。人の姿を借りた時は人の姿に囚われる。

 《風の娘=ティンク》は、鳥の姿のもたらせた数奇な感覚に我を忘れ、不注意にも地上に捕らわれたのである。

 そこを男が助け《風の娘=ティンク》の怪我を癒したという。

 伝説によれば、この《伝承=ことわり》は、別に《空=シルフ》が人を試したのだ、とも語られる。

 伝説は《風の娘=ティンク》は、その怪我が癒える間に男に恋をした。

 《風の娘=ティンク》は、《風の友=イカロス》より受けた《羽根=ブーケ》を脱ぎ、人の姿を現し男と結ばれた。

 そして一年の間、地上に降り、子を生したと伝える。

 その後、翼を持った子供たちが生まれるのがならいとなり、《鳥人=イカルス》の地は《風=ゼフィル》の慈愛を受けるようになり栄えたと云われる。


  《伝説=アウト》


「《追放=アウト》!《追放=アウト》!」

 人々が叫んでいた。《秘密=フライト》が暴かれたのだ。

 《少年=エルフ》は《青年=エルフ》へとなっている。

 《青年=エルフ》は《追放者=アウト》として部族の森と《丘=・ヒル》を去らなければならない。

 部族の森のすぐ外はサバとなって棲むものもいない不毛の地である。

 《大森林=部族の森》は《世界=イカロス》のすべての恵みの地、そして数少ない《丘=ポート》を持つ部族達の生命線であり、帝国の時代の唯一の遺産である。

 《追放者=アウト》はこの森をでて死の砂漠へ追われるのである。森では狩られるのみであり、砂漠の彷徨が残されているのみなのだ。


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 暑い…。すでに最後の水を口にしてから何時間もたっている。

 喉は渇き、下は腫れてぼろ布のようだ。

 翼は歩みごとに絡まり付く砂塵で重く輝きを失って灰色である。

 口を開けば、そのはしから水分が失われるのは判っていても暑さのためそれをやめられない。

 気がついたら倒れていた。焼けた砂を感じたところで気を失っていた。


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 原初、海に初めて生命がもたらされた頃、それを生命と呼ばれるものと蛋白質の複雑な合成物を分け隔てたものが何かは未だに判っていない。

 しかし、生命が他の化合物と分かれてより、生命と呼ばれる化合物はその旺盛な行動力を自らのものとし、得た行動力そのものによって他の化合物から分かれ、隔たっていった。

 その行動力は生命を銀河が一回りする間もない僅かな時の間に更に複雑な生命へと姿を変えていった。

 原初の海でこのもの達が動きだした頃、その初めの動きは現在に比し動作とも癒えないものだった。

 しかし、その動きは海という媒体に助けられていた。

 海の中では重い身体を感じることなく、流れによって飛ぶ様に移動が加納だった。

 アメーバの様に単純な形体。動きが魚の様に複雑になった形体。

 移動する手段を持ち、更に大きな空間を必要としていく。

 もっと大いなる空間を。もっと自由に。やがて生命は海を出、陸へ、空へと充ちた。


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 雨だった。口を空に向ける。雨が喉に染み込んできた。

 しばらく息を整えてから身体を起こした。

 起き上がると足の辺りに水の道が出来始めており、それが゛みるみる水かさを増していく。

 《青年=エルフ》は砂山の方に身を移した。

 水道はやがて確かな流れの川になる。

 水の行き着くところにはきっと豊富な水が有るに違いない。

 《青年=エルフ》は砂漠を彷徨い始めてようやく道が出来たのだ。

 やがて《青年=エルフ》は川を降り始めた。


  《伝説=断崖−リフト》


 《熱帯雨林=ジャングル》だった。この《世界=イカロス》にこんなところが残っていたのだろうか。

 《故郷の森=大森林》とも異なる《大森林=ジャングル》があった。

 《故郷の森=大森林》の乾燥して涼しい”気”ではなく湿気が在って砂漠のときとはまた別に《羽=ブーケ》が重く、思うにまかせない。

 かえってあの広々とした空間が懐かしくなるほどだ。

 尤も砂漠に《丘=ポート》となるべくところが在るはずもなく、生きるにも難しいとなれば今を良しとしなければなるまい。

 《青年=エルフ》は獲物を探してジャングルに分け入っていた。

 鬱蒼とした木々が急に晴れ、突然に目の前に湖が広がる。

 暗いジャングルを抜けたばかりの目がその明るさと意味に呆然とし、馴れるのに一時を要した。

 《恵み=オアシス》だ!《青年=エルフ》はその湖で久しぶりに身を清める悦楽にしたり、しばらくここで身体を落ち着けることとした。


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 《満月=ルナスティック》だった。

昼間の様に明るく《湖=オアシス》が照らしだされている。

 星々の巡りから見ても夜は深い。しかし、その異様な《気=メモリ》が充ちていて《青年=エルフ》は起こされたのだ。

 湖の中央が淡く光っている。その光が広がり、《青年=エルフ》の手の届きそうなところまで近づいた。

 そうして初めて《青年=エルフ》はその光が《小妖精=メモリ》によって放たれる輝きであることに気がついた。

 その《光=メモリ》に彼は浸されその《想い=メモリ》に包まれて行った。


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 《前時代=鳥人以前》にもここに大きな文明があった。《伝承=メモリ》として残っている人間達の文明である。

 その文明は地上と空を含む生命系を掌握していた。

 そしてその最盛期には、基なる生命系からも離れ非生命系なる《宇宙=空なるシルフ》そのものへと翔ぶことすら可能とした。

 しかし、その《飛距離=ノウン・スペース》はせいぜい太陽圏の半分にも充たず、それ以上の《挑戦=フライト》は時と空間の広がりによって退けられた。

 時と空間を統べるそれ以上の技術を生み出せないその限界に至った時、人間達の文明は衰退と頽廃を始めた。

 この頽廃の時期、人間達は自らの生み出した技術によってもたらすことの出来る幻影の中に生き、《宇宙=シルフ》を目指す気概も失われた。

 その幻影の生のなぐさみの為に、生科学的人工生物なども創られたり、最後の試みとして人の遺伝子の改造も行われた。

 又、厭世観に堕ちた者達の中には二度と還らぬ《超空間飛翔=フライト》へとも旅発って逝った。

 《超空間飛翔=フライト》? そう、ある意味で人間達の文明は時と空間を超える事はできたのである。

 しかしその技術を制御することはできなかった。

 《超空間飛翔=フライト》は生体のみで大いなる《宇宙=シルフ》を翔ぶ技術だったのである。

 生体のみで空間のいずこに翔ぶか判らないフライト。それがトリップだったのである。生命を糧に翔ぶ訳だ。

 頽廃の人類。その最後の計画が《鳥人=イカルス》だった。

 トリップの感覚を持たせる為、大幅な遺伝子の改造を行った者達が創られたが、それらはその当時なぐさみに創られた人工の生命と変わらない哀れな者を生むに終わった。

 人間達の《白昼夢=文明》の後に砂漠と文明の残滓が遺された。


 満月は中天より翳って先刻の光を失った。

 《記憶因子=ニンフ》達もその伝説から出た幻でもあったように周囲には見当たらない。

 《青年=エルフ》は魔魅なる眠りより覚めた。


《過去=人の時代》の遺した《メモリ=ニンフ》について言及しておこう。

 《妖精=メモリ》達もまた、頽廃のした人間文明がその慰みの為に生んだ人工生物のひとつである。

 《超空間飛翔=トリップ》の技術が生まれ、その範疇として生体のみの飛翔である事が判った時、一番最初にテストとして超空間に送られたのはこれらの生物である。

 勿論、前述のようにこの試みで送られた生物たちは超空間で迷子になった様に消えて戻らなかった。

 唯一の成功例が《小妖精=ニンフ》である。

 しかし、《妖精=ニンフ》は知性が低く、妖精たちのトリップの成功の謎も解明できず、人間たちを遥か遠くへと導く為の手がかりとはならなかった。

 群体としてひとつのイメージを遺すメモリとしてわずかに可能性はあったが教えられたイメージは発現出来ても果てのイメージを持ってくることは出来なかった。

 彼らの遺伝子を使った生物たちも創られたが飛翔を成功させることはなかった。

 これら創られた生物たちはその支えとなる人間文明と共に消えて逝った。


 《風=ゼフィル》が呼んでいた。このジャングルに入って以来のさわやかな風だ。

 相変わらず薄暗い木漏れ日の中で風上を探す。

 前方に眩しい空間が見える。出た!《草原=サバンナ》だ。そして遥か遠くには《山脈=ザ・ヒル》が!!

 《青年=エルフ》はしばしその光景の意味するものが理解できなかったのか、それとも単にその光景に見とれたのか、そこで動かなかったがやがて《山塊=ザ・ヒル》へと向かって歩き始めた。


 これだけの《大山塊=ザ・ヒル》となればきっと《丘=ポート》が至る所に有りそうなものだが、部族の《丘=ポート》と異なり、地形が入り組み、《風=ゼフィル》が乱れ《飛翔=フライト》を邪魔する。さもなければ高さが足りないのだ。

 このころ《青年=エルフ》翼も《純白=婚姻色》に変わっていた。

 この時期を過ぎた《鳥人=イカルス》の翼はその力も美しさも褪せるばかりである。

 《青年=エルフ》はそのことを思い、ため息をつき次の嶺を目指した。

 幾つ目の嶺を超えたか、幾つ目の岩を降りたのか、とうに数を忘れたころ。妙に思い出を揺する所を歩いているのに気がついた。

 どこと言って今までに超えた岩場、休んだ山草の平場と変わりがあるわけではないのだ。

 やさしい《風=アゲインスト》が来る。それらのすべてが《記憶=デジャ・ヴュ》である。

 もしあの湖での《ニンフ=メモリ》達が幻でないなら、この《記憶=メモリ》は前時代の《遺跡=夢》であるだろう。

 《青年=エルフ》はいつか走っていた。《風=ゼフィル》は《呼び声=サイレン》の様だった。

 なだらかな丘が見える。その向こうだ。《遺跡=メモリ》を駆け抜ける。

 丘の上に着く。眺望が広がる。

 《断崖=リフト》だ!

 《上昇気流=ゼフィル》が上がってくる。

 《青年=エルフ》は身繕いをする。

 《飛翔=フライト》だ!!

 《翼=ブーケ》が風邪を受けて広がる。風が翼を巻き込み身体が大地から間隙の中に飛び出す。この大地の《大間隙=リフト》をいつまでも飛べるのだ。

 否、《青年=エルフ》が翔んでいるのは大地の《間隙=リフト》ではない。

 人間達の超えることのなかった星々の《間隙=リフト》だった。

 《羽根毛=ブーケ》が舞い広がる。《光子帆=オーラ》の様だ。

 広がった《翼=ライト・セル》に《光=ゼフィル》を受ける。

 《青年=エルフ》は今、《星々の空=シルフ》を翔んでいた。




 《伝説=メッセージ》は終わった。

 語り部は眠った《少年=エルフ》に《羽根毛=ブーケ》をかけて星空の下に出た。

 《鳥人=イカルス》が渡るべき《星々の空=シルフ》があった。

 語り部のお爺はいつもの様に昔の夢を想った。

 《祭り=フライト》の名残り火が《伝説=メッセージ》そのものの様にくすぶっている。

 お爺は火の始末をしてみなの様に眠りについた。


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鳥人達の伝説 菜月 夕 @kaicho_oba

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