JACKER

強面紳士

序章 “猟犬”

鬼の子

#1-1



 灰と煙が立ち込める広々とした大地。

 辺り一面に灰が雪のように舞う。

 焦げついた衣服が所々に散乱し、灰塵が積もる。

 灰の中には人の形に見えるようなものもある。

 焼け焦げた匂いが鼻を刺す。


 灰と煙の中に銀色の眼をした大柄な男が膝をついているのが垣間見えた。

 彼は、横たわる女性を抱き抱えている。

 女性の身体は灰に塗れ、グッタリしていた。

 男の隣には、寄り添うように片膝をついて彼の肩に手を置くスキンヘッドの巨漢。

 煙を払いながら目元を抑えている。

 女性を抱き抱える銀眼の男は、力無く肩を落とし項垂れていた。


 不意に、銀眼の男が顔を上げる。

 彼の瞳は鋭く光り一点を見つめていた。

 それは諦めと決意が入り混じったような力強い眼差しであった。


 その直後、二人は背後に何者かの気配を感じる。

 気配の方へ振り返ると、黒い影が二人に向かって襲い掛かって来た......。



--10:11



「!?......またか......」



 男は飛び起きる。

 顔の汗を拭いながら、緩やかな癖のある髪を無造作に掻き上げると、彼は静かにベッドから出た。


 ベッドルームは、無機質なコンクリート打ちっ放しの部屋で、奥にキングサイズのベッドがある。

 調度品や家具は、必要最低限しか置かれておらず、広い部屋がより広々と感じられた。


 男が、ベッドサイドテーブルに置かれたリモコンを取りスイッチを入れると、遮光カーテンがゆっくりと開いていく。

 レールの上を滑車が走る音と共に、鋭く眩しい朝の日差しが差し込む。

 窓の外に高層ビル群が広がる。

 彼は、窓の前に立って大きく伸びをした。

 筋骨隆々な身体が朝日で光沢を帯び、全身の傷跡がより生々しく浮かび上がる。


 不意に、布団がもぞもぞと動き始めた。



「もう......朝?」



 美しい女性が布団から顔を出す。

 男は背中を向けたまま、彼女に声を掛ける。



「ピザでも食うか?」


「えっ、朝から? 遠慮しとく」


「そうか」



 そう言うと男は、ベッドの正面のガラスドアの前に立つと、右の壁にあるパネルに手をかざす。

 彼が中に入ってしばらくすると、シャワーの流水音が聞こえて来た。


 男の名前は夜城紫乃介ヤシロシノスケ

 ゆるやかな癖のかかった黒い髪と整えられた顎髭、銀色の眼に彫りの深い強面が特徴的な色男。

 この物語の主人公である。



--



 中央共存特区。

 かつて東京湾と呼ばれていた地域が埋め立てられ、湾の真ん中に人工島が建設された。

 そこは、まるでもう一つの首都かのように高層ビル群からスラム街まで様々なエリアを内包し、日々様々な目的を持った人々が往来する。


 海岸線に沿って長大な環状線が敷かれており、島を外から眺める事は出来るが、島自体が壁と呼べる程の巨大な堤防で囲まれているため、外から島の中の様子を知る事は出来ない。


 本土の都市部に繋がるいくつかの大きな幹線道路が橋渡しに敷かれ、島の出入口へと繋がる。

 幹線道路の傍には歩道橋があり、検問所は常に武装した警備員に守られ、出入場を制限している。


 普通の人が行き来する分には何の問題もない。

 人であるならば......。



--8:45



 とある検問所。

 往来する人々が機械に手をかざしていく。

 平日の朝だけに、大勢が行き交う。

 武装した警備員が詰所と機械の周囲を警戒しながら歩き回っている。



「出られないじゃないか!」



 中年男性と思われる怒号が響く。

 機械が赤く光り、警告音を発している。



「どうやって入ったんですか?」



 警備員の一人が男性に問いかける。



「どうやってって、入れたんだから出られるのは当然だろ! 何で機械が反応しないんだ!」


「確認致しますのでこちらへ......」



 警備員は男性を宥めながら詰所へ誘導する。

 彼は興奮冷めやらぬまま着いて行く。


 次の瞬間......。


 不意に、地響きと共に周囲に響き渡る轟音。

 詰所が爆発し、辺り一面を吹き飛ばす。

 爆風は、警備員も中年男性も行き交う人も機械も、全てを巻き込み、破壊し、瓦礫と共に吹き荒ぶ。

 灰と砂埃が舞い、一帯を覆い尽くす。

 女性の悲鳴、子供の泣き声。

 逃げ惑う人、立ち尽くす人。

 響くサイレン、崩れる瓦礫。

 辛うじて息がある人が、立ち上がろうともがく。

 既に息がなくグッタリした人も見受けられた。



「......こ、こちら......ゲート......爆発が......」



 警備員の一人が無線に呼び掛けるも、惨状の説明をする間も無く力尽きてしまう。

 次第に人の声が掠れていく中、サイレンだけがけたたましく鳴り続けていた。



--10:33



 正面に巨大なモニターが置かれた部屋。

 傍に出入口と思われるドアがあり、モニターに向かって十数人分のデスクが並べられている。

 ヘッドセットを着けた職員達が、正面のモニターを確認しながら手元のパソコンで仕事をしていた。

 職員の声や機械の通知音が引っ切り無しに鳴る。

 時折、数人が部屋の中を忙しなく行き交う。


 異種対策統制庁、通称“TEN”。

 人類と異種の間を取り持つ内閣府の外局機関の一つであり、特区における政府と言える存在である。


 モニター傍のドアから老齢の男性が入って来る。

 きちんと整えられた白髪で、威厳を感じさせる姿勢と面持ちをしている。

 彼の姿を見るや否や、室内の全員がその場で直立で立ち止まり、彼の方を向く。

 彼は部屋の奥のデスクに着くと、正面のモニターの方へ向き直った。


 彼は岩國丈士イワクニジョウジ

 TENの現長官である。



「状況を報告してくれ」



 そう言って丈士は自分の椅子に腰を掛ける。

 彼が座った事を確認すると、全員がすぐに持ち場へ戻り仕事を再開し始めた。

 タブレット端末を持った若い男性職員が、彼の元へ駆け寄る。



「かなり悲惨な状況です......」



 そう言って若い職員が手元の端末の画面を、正面のモニターに向けてスワイプする。

 するとモニターに十数名の個人情報のリストと事件現場の写真と思われる画像、そして何かの設計図のようなデータが表示された。

 写真の中には女性や子供、人間とは異なった容姿と思われるものが含まれている。



「ふざけた真似を......」



 丈士は言葉と共に立ち上がる。

 目には怒りを蓄えていた。

 彼はデスクに置いた拳を強く握り締める。



「目星は付いてるのか?」


「はい。ですが......」



 部下の男性は、続けるのを躊躇った。

 丈士が静かに彼に詰め寄る。



「何だ?」



 そう問い掛けられ、彼は再び口を開いた。



「あの男が絡んでいるようなんです......」


「またか......」



 丈士は、溜め息混じりで椅子に深く腰を下ろすと、デスクの受話器を取りダイヤルする。

 呼び出し音の後、女性の声が聞こえて来た。



『Nine Roomsです』


「仕事を頼みたい」



--10:28



「何でだよ? もういいわ」



 特区の中心街にあるペントハウス。

 玄関から、二階分吹き抜けた広々としたリビングが繋がり、その中央に艶のある焦茶色の革張りの巨大なL字型のソファが置かれている。

 ソファの前にはウォールナットの一枚板で作られた美しいコーヒーテーブル。

 正面には巨大な全面ガラス張りの窓があり、庭とも言える程の広いバルコニーが見える。

 窓の外には高層ビル群。

 リビングの傍にはバーカウンターもある。


 所々間接照明が置かれているが、リビングの中央の天井から吊るされたシャンデリアの光で、部屋全体が照らされている。


 バスローブ姿の紫乃介が、今は珍しくなった紙媒体のピザ屋のチラシをテーブルに放りながら文句を吐き捨てていた。

 彼はイヤホンを外してテーブルの上に置く。



『何か不都合でも?』



 女性の機械音声が彼に声を掛ける。


 声の主はS.A.R.A.。

 正式名称がStrategic Autonomous Response Assistantである自律型の人工知能だ。



「ミックスはミックスでも、全トッピングをミックスしてる訳じゃないんだとよ。追加料金頂きますーとか有り得ないだろ」


『ピザ頼んだ事ないんですか?』



 最もなツッコミである。



「アイツが居るのにおれが頼む訳ないだろ」



 紫乃介はタバコの煙を燻らせながら、脚をコーヒーテーブルの上に投げ出している。

 そこは吸殻だらけの灰皿やスナックの袋や雑誌などが乱雑に放ってあり、散らかっていた。



『そんな体たらくでは彼女に怒られますよ』


「いいの、おれの家なんだから」



 玄関のドアが開く音が聞こえる。

 ブーツで大理石の床を蹴る音が足早にソファの方へ近付いて来る。

 音はソファの傍で止まった。



「何ですかこれは」



 声のトーンで分かる呆れた表情。


 彼女は朝堀華蓮アサホリカレン

 艶やかなブラウンの髪を結い上げた、スラっとして背が高く引き締まったスタイルで、目鼻立ちの整った精悍な顔立ちの美女。


 華蓮はテーブルの方へ目をやると、溜め息混じりで紫乃介に声を掛けた。



「帰ったか」


「帰ったかじゃないですよ! 何ですかこの有様! 少し目を離しただけなのにどうやってここまで散らかせるんですか!」



 矢継ぎ早に小言を言い始める華蓮。

 紫乃介は全く気にする事なくタバコを吸う。



「一人でいる時の過ごし方は何度も教えましたよね? 私が不在の時はS.A.R.A.の言う通りにしなさいとあれ程言ったのにこんな......」



 華蓮の説教は止まらない。

 そこに通知音が鳴る。



『通信です』


「仕事か?」


「ちょっと誤魔化さないで下さい! まだ話は終わりじゃないですからね! そもそも......」


『Nine Roomsです』



 S.A.R.A.が通信に応える。

 華蓮の説教はまだ続いている。



『仕事を頼みたい』



 スピーカー音がリビングに響く。

 声の主は渋く落ち着いた声色だが、少し苛立ちにも似た感情が垣間見える口調をしていた。

 紫乃介は、テーブルの上のイヤホンを左耳に着け、華蓮は左耳を軽く抑える。



「どうした? 今日も一段と暗いなジョージ」



 声の主は、TENの長官の丈士だった。

 華蓮は既にその場から姿を消している。



『軽口も聞き慣れるものだな、シノ。ただ......今回に関しては明るく話せるような状況じゃなくてな』



 丈士の声に、状況の複雑さが見え隠れする。


 華蓮がどこからともなく戻って来た。

 彼女は紫乃介に向かって小さなケースを投げる。

 どうやらコンタクトレンズケースのようだ。


 二人はケースを開け、中のコンタクトレンズを左目に装着すると彼らの視界にヘッドアップディスプレイが表示された。

 そこには次々と様々な情報が流れて来る。



『既に情報収集を始めているようだな』


「ウチにはS.A.R.A.がいるからな。それに丁度カレンも帰って来てたところだ」


『そうだったのか。それなら一安心だな』



 そう言って丈士は話を続けた。


 どうやらTENは、今朝方発生したとされる検問所の爆発に関して捜査を始めているとの事。

 既に、報道で事故として報じられているが、TENはくだんの爆発が、何者かによって人為的に引き起こされたものだと考えているようだ。

 事故にしては、不審な点が多過ぎると言う。



『こういう厄介な事件は後を絶たんな』


「それでメシ食ってるおれたちには何も言えねえよ。まあ、無くなるに越した事はないけど」


『何か分かったら連絡を』


「ああ、分かった」



 丈士は通信を切る。

 紫乃介は、溜め息を吐いてソファに深く座り直し、タバコを取り出すと無造作に火を着けた。

 最初の一服を深く吸い込み、ゆっくり吐き出す。

 煙が大きくゆったりと消えて行った。



--10:48



 紫乃介は、バスローブのままベッドの前にいる。

 ベッドの上には洋服や装備品が、理路整然と置かれている。

 彼がローブを脱いで投げようとした瞬間、部屋の外からか華蓮の声が聞こえて来た。



「ローブはそこら辺に放っぽり投げないで、ちゃんと横に掛けて下さいね!」


「超能力者かよ」


「全部聞こえてますから!」


「地獄耳かよ」


「そうです!」


「マジか」



 彼は気怠そうにローブを床に落とし、ベッドの上の装備品を確認しながら、出発準備を進める。


 黒で統一された服に着替えた紫乃介。

 最後に手斧を右脇のホルスターに納め、寝室のドアまで向かうと、その傍に置かれたハンガーラックから黒のコートを手に取り部屋を出る。


 彼がコートを羽織りながら、リビングの傍の階段を下りると、既に華蓮がソファの横で待っていた。

 雑然としていたテーブルの上は綺麗に片付けられ、彼女の立ち姿が臨戦体制と言った雰囲気を纏う。



「ローブちゃんと掛けました?」


「ああ」


「本当ですか?」


「ああ」


「後でチェックしますから」


「何でだよ」


「信用してないので」


「ざけんな」



 紫乃介はバーカウンターに向かい、カウンター上に置かれたウイスキーのボトルを手に取ると、その隣のグラスへ軽く注いで一気に飲み干した。



「景気付けだ」


「まだ昼前ですよ?」


「一杯だけだろ」


「一緒です。私は飲みません」


「はいはい」



 紫乃介はボトルと空のグラスを置く。

 彼が玄関へ向かうと、華蓮は後に続いた。


 ペントハウスの玄関は、ビルのエレベーターと直接繋がっている。

 紫乃介が近付くと、ひとりでにドアが開く。

 そして、中へ乗り込む二人。

 エレベーターのドアが閉まる。

 暫しに沈黙の後、華蓮が口を開いた。



「どうして脱いだら脱ぎっ放し、食べたら食べっ放しなのに、タバコの吸殻はちゃんと灰皿に捨てるんですか?」


「そんな事今聞くなよ」


「答えて」


「火事になったらダルいだろ」


「アナタの後始末もダルいんですけど」


「うるせえ」



 再びエレベーターのドアが開くと、紫乃介は逃げるように足早にエレベーターから降りて行く。

 華蓮は、落ち着いた様子で彼に付いて行った。


 ロビー傍のカウンターからコンシェルジェが二人に爽やかに声を掛けて来る。

 彼は、好々爺といった笑顔で二人を迎えた。



「おはようございます、夜城様」


「おはよう、爺や」


「おはようございます。いつもお早いですね」


「華蓮様。いつもお美しいですね」


「ありがとう」


「お二人とも、お気をつけて」



 紫乃介はそのまま出入口へ向かう。

 華蓮はコンシェルジェに軽く会釈して彼に続く。


 紫乃介が出入口の回転ドアを押す。



「何でおれだけいつも名字なんだ?」


「愛想がないからじゃないですか?」


「その口塞ぐぞ」



 ビルの外は、人々や車が忙しなく往来している。

 二人は軽口を掛け合いながら、そんな喧騒の中へと消えて行った。



--



「がはっ......く、クソが......」


「言葉遣い」



 薄汚れた地下室。

 コンクリート打ちっ放しで、部屋の明かりは電球が一つ剥き出しのまま吊るされているだけ。

 壁中に染みがあり、所々水漏れが起きており、至る所に苔が生えている。

 錆びた鉄とカビの匂いが鼻を刺す。


 部屋の真ん中には縛られた男がいる。

 彼はパイプ椅子に座らされ、身体は血だらけ。

 白いシャツが血で真っ赤に染まって、引き裂かれたかのようにボロボロになっている。

 呼吸は荒く浅く、グッタリしていた。


 縛られた男の前に別の男が立っている。

 丁寧にしつらわれたであろう燕尾服を纏う、肩甲骨辺りまで長い髪に、青白い肌をした長身細躯の男。

 彼の右手からは血が滴っていた。



「言葉は言霊。言葉遣いにはその人の人間性が表れるものだよ」



 立っている男は縛られた男に話しかけながら、椅子の周りをゆったりと歩いている。

 そして、時折縛られた男を触ると、顔を殴る。

 縛られた男は口から血飛沫を吐く。

 立っている男は、上着のポケットからチーフを取り出すと、自身の右手を拭った。



「......よく言うぜ......人間もどきが」



 縛られた男はそう言いながら、唾を吐き捨てる。

 燕尾服の男は溜め息を吐きながら、再び男を殴る。



「差別的な言葉は弱さの表れですよ」


「......知るか......」



 燕尾服の男が今度は大きく振りかぶった。


 その時、部屋のドアが開け放たれた。

 燕尾服の男の動きが止まる。


 どっしりとした足音が二人に近付いて来る。



「もういい。下がれ」



 力強くも静かに響き渡るドスに効いた男の声。

 その声を聞いた燕尾服の男は、振りかぶった右手を引き、再びチーフで拭った。

 そして入って来た男に会釈をすると、部屋を出る。

 入って来た男が縛られた男の前に立つ。


 二メートルはあろう巨体にたてがみのような髪をした、まるで獅子のような猛々しい男。



「本来のおれはこういう野蛮なやり方は好きじゃないんだけどな。アイツがこの方法が一番手っ取り早いって言うもんだから、仕方ない」


「アイツは......ただ、楽しんでいるように......見えたけどな......お前も同類......だろ......」


「虫の息だな」



 男は部屋の奥へ行くと、別の椅子を持って来て縛られた男の前に座った。

 そして縛られた男をジッと見つめた。



「ネズミには、こうするしかないんだ。すまんなぁ。おれはお前の事気に入ってたんだが、仕方ない。他の連中に示しが付かないからな」



 そう言って男は立ち上がり、椅子を退ける。



「許せ」



 男は拳を強く握り締め、思い切り引くと、縛られた男のみぞおち辺りに向かって勢い良く打ち抜いた。


 肉が凹み、骨が折れる音がすると、凄まじい衝撃と共に縛られた男は部屋の奥まで吹き飛ばされた。

 男の身体が壁に打ち付けられると、壁にめり込み、コンクリートに亀裂が走った。

 地響きで電球が大きく揺れる。

 土埃が立ち、縛られた男の身体は力なく地面に崩れ落ちた。


 男は拳を振り解き、踵を返してドアへ向かう。

 燕尾服の男と数人の手下達が部屋に入って来た。



「始末しとけ」


「かしこまりました」



 そう言うと男は部屋から出て行く。

 ドアが閉まる音だけが静かに響き渡った。



--11:10



「私の運転の何が気に食わないんですか?」


「ブレーキ細かく踏み過ぎなんだよ。もっとスーッと出来ない? スーッと」


「自分で運転すればいいでしょ!」


「イヤダ」



 黒塗りの装甲車が車道の路肩に停まる。

 中から紫乃介と華蓮が言い争いながら降りて来た。


 検問所には[Keep Out]と表示された黄色の電子テープで、周辺が囲まれ封鎖されている。

 既に事故と発表されたためか人影はない。


 二人は周囲を確認して、そのまま電子テープを無視して真っ直ぐ現場へ入って行く。



「派手にやったな」


「亡くなった方々にはご冥福を祈るばかりです」



 詰所が大破し、粉々に吹き飛ばされた状態。

 壁は所々ひび割れており、その周辺には瓦礫の山が散乱していた。

 一連の処理は粗方終わっているものの、凄惨な現場が生々しく残る。

 爆心地と思われる場所の壁には、人の形の焼け跡がハッキリと付いていた。



「S.A.R.A.。現場をスキャンしろ」


『かしこまりました』



 装甲車の屋根から数台のドローンが浮上する。

 紫乃介が頭上に人差し指を立てて、円を描くように回すと、ドローンは数ヶ所に四散する。

 そして現場周辺をレーザーのような光でなぞる。


 二人は、現場をゆっくり歩き回っていく。

 時折瓦礫を退け、物を拾い上げては、放る。

 彼らの現場検証は無言のまま続く。


 不意に、紫乃介が気になる物を見つけた様子で何かを拾い上げた。



「データをもう一回見せてくれ」



 紫乃介の目に事故の詳細が映し出され、彼の手元にある物と同じ形の部品がデータ上にあると分かる。

 人の爪より小さなマイクロチップのようだ。



「コイツをスキャンして出処探ってくれ。恐らく海外の軍から流れて来たんだろ」



 紫乃介がチップを掌に乗せると、ドローンがそれをスキャンし始めた。



『どうやら、旧国連軍が使っていた物のようですね。遠隔起爆用のチップで、ラグが少なくジャミング等の妨害も受けにくい高性能マイクロチップです。これが何故盗品だと分かったんですか?』


「見りゃ分かるだろ、製造番号が消されてる」


「普通の人の肉眼じゃ見えませんよ」


「そうなんだ」


『スキャンの結果、数ヶ月前に軍の保管庫から大量に盗まれた物と同型の物だと分かりました』


「消された製造番号読み取れる方が驚きだよ」


『優秀なので』



 紫乃介は胸ポケットから透明な袋を取り出し、手元のマイクロチップを収めた。


 二人が辺りの捜索を続けていると、不意にイヤホンに通知音が鳴る。



『TENからの通信です』


「どうした?」



 通信元の声は丈士である。



『こっちに来てくれないか? 相談がある』



 紫乃介がドローンに再度指示を出して、ドローンを装甲車の元の位置へ戻し始める。

 華蓮は撤収の合図と受け取り、現場で見つけた物を車に積み込み始めた。



「分かった、すぐ向かう」



 二人は通信を切ると、すぐに車に乗り込んだ。


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JACKER 強面紳士 @kowashinRG91

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