第38話 リモーティング ソア

「あぁ、でも、私の本体は、生気が抜けて完全なお留守状態なのね。マコちゃ、同時には動かせないの?」


「うーん、マコだって、分身の術が使えるようになったばかりだから、まだ何も検証できてないの。だから、ママの今の状態もちょうど良い検証機会なんだ。試しにいろいろやってくれると嬉しいな? 今だったらパパもいるでしょう? それなら、行き詰ったときでも論理的な見方で分析・検証してくれるから、解決の糸口を掴めることが多いんだよ?」


「そう。そこまでの信頼を得ちゃうほどパパは凄いのね?」


 改めてパパに向き直るママ。


「あなた? 本体と分身ちゃんの両方を動かしたいのだけど、何か妙案はないかしら?」


「お、おぅ。ソフィアからそんなふうに頼られるのは、そうそうないからちょっと嬉しいもんだな。うーん、そうだな。解決に直結しないかもしれないけど、ひとつの考え方の理解と、ふたつの試行錯誤が頭に浮かんだけど、そう楽しい話でもないし、少し難しい概念があるかもしれない。それでも話を聞く気はある?」


 みんな迷いなく即答で返す。


「もちろんよ」

「マコは当然興味あるから聞きたいな」

「イルも一緒に聞かせてください」

「私も聞きたいわ。ちょっとでもみんなに追いつきたいし、イルに置いてかれたくないもの」


 一枚岩のごとく、一斉に説明を促すみんなの視線に一瞬たじろぐパパだけど、一息ついて、説明を始めた。


「こほん。わかった。まず本体と分身の両方を動かすわけで、もしも二つの別々の意識があれば、それぞれをフルに動かせると思う。けれど、それだと、仮に元が一人の人間の意識だとしても、別々の意識になってしまうのなら、それはもう別人格になってしまうということだよね。それはもう、分裂したクローンとも言えるし、神の領域を侵害することにも等しいと思う。それに仮にその新しい別の人格を生み出してしまったとしたら、それはもう新しい命と変わらないから、もう消すなんてこともできなくなるよね? そもそもそういうことをしたいわけではないと思うんだ」


「うん。そうだよね」

「おそらくやりたいことはひとつの人格・意識でふたつの身体を操りたい、ということだと思うんだ」

「そう。まさにその通りよ」


「コンピュータの世界でマルチタスクという言葉があって、同時に複数のことを処理する能力のことなんだけど、ひとつのCPUで複数のことを同時に進めることが可能で、既にこれは実現済なんだ」


「ほぅ、機械に倣えよと。そういうことなの? パパ」


「まぁ、待て、マコト。でも実際には、CPUが如何に凄かろうと、同じ瞬間に複数のことをやれるわけではないんだ。ではどうしているかというと、時分割、タイムシェアリングといって、細かい時間単位で処理を分けて、少しずつ、交互に処理を進める方式なんだ。わかりやすい例だと、右手と左手で同時に違う文字を書こうとすると、目で両方の文字を書く動作を細かく交互にチェックしながら進めることになると思うけど、まぁ、そういうことがやれるかどうかだと思うんだ。ここまでが考え方? というか概念のお話ね」


「そ、そうよね? 確かにそういうことがしたいのは間違いないわ」


「ここからが試行錯誤のお話で、一つ目は、さっきの時分割の制御を最初はゆっくりでいいから、意識の向き先を交互に移動させていく練習を積み重ねること。まぁ、学習効果狙いだね。さっきの例で言うなら、両手で異なることをやろうとしても、最初は絶対にうまくいきっこない。ただ、諦めずに繰り返してると、だんだんとスムーズにできるようになっていき、その動作の違うところが浮き彫りになっていくのを実感し始めるんだ。おそらく、最初はすべてが別の動作としてのギクシャク感だったところから、繰り返す内に脳の中では、類似部分と差違部分が仕分けされていき、どんどん差違部分の包囲網が狭まり、真の差違部分を特定するところが、さっきの浮き彫りの実感となるんだ。反対にそれ以外のところは既に知っている、息をするくらい自然にできていた動作になるよね。そういう学習効果によって、タイミングややり方の違いだけを気にすればよくなるから、両手で異なることを行うことも、いつかはスムーズにやれるようになるんだ。というか、両手で違う動作なんて、日常生活ではそれがほとんどで、既に多くのことを体得していることからもわかるよね?」


 まださまざまなことが経験不足なマコにとっては、パパのそういう噛み砕いた説明が腑に落ちて、ちょっとした感動が生まれる。ほんとになるほどだね。


「あ、あ、あ、そうだよね。本当だね。何をやるにも両手どころか、全身で全く異なる、しかもよく考えるとけっこう複雑な動作なんだけど、特に意識もしないでできている。食べること一つをとってもそうだけど、スポーツなんかはその最たるものじゃない? ス、スゴいんだね? 学習効果、恐るべし」


 マコの反応を確かめて、パパは説明を続ける。


「もう一つは、また別の話になるけれども、さっきのマコトのオーラで形作られた分身に対して思いのままに操る前に、マコトの生体エネルギーに対して、会話を交わすような接続手続きのような手順が必要になっているように見えたけど、おそらくこれが自分自身の生体エネルギーであるなら、その接続手続きが必要なくなるんじゃないかと思うんだ。だから、ソフィアが自分で作れないのなら、もう一つの方法、ソフィアの生体エネルギーに対して、マコトが形作る部分を担当する、ということができるのであれば、そのほうが手続きがない分、距離が近くなるから、時分割もかなり容易になるのではないかと推測しているんだ。だから、ソフィアオーラをマコトが成形するという方式もチャレンジする価値は高いと思うんだ」


「なるほど。そうね。とても理に適ってるわ、あなたの考え方。これがマコちゃの力を急速に押し上げているパパの検証と解析能力なのね? 心の底から納得するわ。じゃあ、早速だけど、マコちゃ? このママフィギュア? のリアライズ改造? よろしくお願いね?」

「うん。ちょっとやってみるよ」


 マコはママフィギュアをオーラで包み、リアル版フォルムへの変形を試みる。


 が、いやいや違うでしょ。既に形造られたママフィギュアへの一方的な変形って、拷問を強要しているようなもので、もし痛覚があるのなら、これ絶対に痛いよね? それに出っ張ったところは引っ込められたとしても、その逆はできるはずがない。


「いやいや、ママ? マコだけでできるはずはないよ。マコはリアルママフォルムの鋳型を作っておくから、その中にママフィギュアの形を解いたオーラを流し込む? というか、鋳型の中で風船を膨らませるように、鋳型の形になるように、ママの力で作らないと。マコの鋳型は、うまく作れないママが形をトレースするためのガイドラインでしかないんだから」


「あぁ、それもそうよね。あ? でも少し違うんじゃない?」

「え? どこが違うの?」


「マコちゃの言うようにやれば、おそらくリアルフォルムは解決すると思うの。でも、それだと質感までは再現できない気がするわ。マネキンだったらそれでもいいかもしれないけれどね」


「あぁ、それもそうかもだけど、じゃあ、どうするの?」


「ママが思ったのはこうよ。まずマコちゃが作る鋳型にママのオーラを流し込み、トレースしたリアルフォルムを型取るの。次にママがそこに意識を移して、鋳型が保持している質感までをママが意識しながら、内側から鋳型に押し当てるように逆生成するの。これである程度は再現できると思うけど、たぶんそれだけではまだ不充分で、最後にマコちゃがママを測定したときのあれ。オーラマッサージをやってもらうのよ。リアルな質感は、圧したり圧し返したり、弾んだり、どの程度まで伸び縮みするかまでを再現できてこそだと思うのよ。そう思わない?」


「おぉ、ママらしくない緻密さだね? なるほど、そうかもしれないね。じゃあ、それでやってみようか?」

「えぇ、お願いするわ。というか、ママも意外に緻密なのよ」


「そ、そうだっけ? じゃあ、ママの分身ちゃん、ソアだっけ? へその緒みたいにオーラで繋がれた状態のを作ってみて?」

「わかったわ。こうかしら?」


「うん。それでOK。じゃあ、マコのオーラで包むよ?」

「はい、お願い」


「今包んだから、フォルムをやや解いてくれる? 鋳型で強引に押し込めるわけだから、少し柔らかい状態ね? オーラは繋がったままだよ?」


「こうかしら?」

「そうそう。じゃあ、ママの鋳型。ほい、作ったから、鋳型いっぱいまでフォルムを膨らませてくれる?」


「今もうやってるわ。あぁ、こういう形なのね? 私が作るものとの違いがけっこうあるみたいね。あぁ、なんとなくしっくりとくるフォルムだわ。マコちゃの造形力の凄さが伝わってくるみたいよ」


「リアルフォルムが大体形成できたみたいだから、私の意識を移してみるわ。あ! あぁぁあ」


 移った側、即ちソアの口から言葉が発せられ始める。


「こ、こんな感じなのね、自分のオーラだと、確かに一体感みたいなものが違うみたい。じゃあ、もう少し鋳型との整合、まさしく摺り合わせね? それを図ってみるわ。あぁ、どんどんリアル感が増してくるのがわかるわ。もう本物の私の身体との違和感がほとんどないもの……大体こんな感じかしら? じゃあ、マコちゃ? のアレ、ちょっとゆっくり、じっくりめでお願いできるかしら?」


「りょ。いくよ?」

「えぇ、お願い」


「ぅわぉ、来た来た、これこれ。少しフォルムを緩めてと。あははは、こそばゆいマコちゃ、私も少し動くわよ? あははは、あは、あは、あ、うん、んん。質感高めるにはこれが一番かもね? ふーっ、んんっ、あん、うん、んん。お尻と胸と二の腕と太腿と頬。身体の一番柔らかいところがいっぺんに揉まれちゃうんだね。ふーっ、んんっ、こ、この全身への高周波マッサージみたいなの? これがいちばん気持ちいいわ。んんんん、うん? ……あれっ? 終わったの?」


「うん。終わり。一通りのことは全部やり取りできたと思うけど、どう?」

「うん。身体がすっかりリラックスできてるわ。ふぁー、気持ちよかった」

「そう? 良かったね。でも、そんなことは聞いてないよ。オーラは解くね」


「は? 私としたことが。ごめんごめん。すっかり気持ち良すぎて……えーと、うん。身体への馴染み具合は本体とまったく遜色ないわ。というか、無さすぎて、どっちが本体か判らなくなりそうで怖いかも?」

「じゃあ、ソアに意識を少し残しつつ、本体に戻れそう?」


「あぁ、そうだった。やってみるわね?」

「もう! まだ惚けているんだね」


「あ! ぁぁあ、すごいすごい。視界が二つあるのがややこしいけど、同じ動きなら、ほら? 同期を取るまでもなく、動かせるわ。ただそれぞれの周囲が違うから、転んでしまわないかがちょっと怖いかな? 別の動きは、うーん。できそうだけど、さっきパパが言ってくれたように、ちょっと繰り返しての反復訓練で差違を認識する必要がありそうね」


「あ! 今少しだけ、違う動きを意識してできたみたい。あとは訓練あるのみね」


「おぉ、良かったね? ママ。今のそのソアを自分のオーラ内に格納しておけば、いつでもソアを登場させられるし、それが難しいなら、ちっちゃくしてポケットにでも携帯しておくしかないね?」


「その格納するというのは、まだちょっとわからないから、いったんは縮小携帯しようかしら?」

「ソフィー? 裸じゃ心許ないでしょう? はい、下着」


「あ、ありがとう、イルちゃ。あ! イルちゃの下着もオーラなのなら、一緒に縮小させておけるんじゃない?」

「あー、それいいね、ママ。裸の分身ちゃんだと、恥ずかしすぎて使いどころがないなぁ、って思っていたけど、イルの下着なら最初から着けていられそうだから、問題解決するかも? ママ? 試してみてくれる?」


「そうね。よしっと、履かせたから、下着ごとサイズ縮小っと。あぁ、できたわ。イルちゃ、ありがとう。それで早速お願いしたいわ。私が持っている服でいいから、同じ形のものをまずは一着、作ってくれないかしら?」


「わかったわ、ソフィー。あとで大至急かかるわね」

「ありがとう、イルちゃ、助かるわ」


「イルイルーっ、マコのも一着、至急ね? できればかっこいいヤツか、運動しやすそうなヤツね?」


「マコちゃん? わかったけど、最初はふりふりヒラヒラのヤツだよ? 乙女の恥じらいも身に付けなきゃだめだからね」


「えー! マコはカッコいいのがいいのになぁ」

「ありがとう、イルちゃ。早速お導きが始まってるのね」

「どういたしまして、ソフィー」


「うーむ、マコは格闘系の武道着がよかったんだけどなぁ。まぁ、いいや。それよりさ、分身ちゃんに使い道があるのなら、名前があった方が便利だと思うんだ。ママとイル以外は付いてないでしょう?」


「あー、そうね。ないと紛らわしいし、○○の分身ちゃん、っていうのも煩わしいもんね? ママも賛成よ。そうしたらケインはケンじゃ男の子になるからケイ? がいいかしら? マコちゃは後半部でコト? ジンは漢字の別の読み方でヒトシって読めるからそれがいいわね」


「あー、ママ、ナイスアイデア! それにママ以外は漢字にすると可愛い気がする。えーと、ケインがけい、マコがこと、イルが瑠衣るい、パパはまぁいっか。ママのソアはそのままで、ママのフィギュア版はソアと分ける意味と何となくエア? 空気みたいなイメージからそらにしたいかな?」


「いいんじゃない? けいこと瑠衣るいにソアとそら、そしてヒトシね。うん、それでいこう!」

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