第37話 ソフィアの謀

「話が大きく脱線しちゃったわね? まぁ、それを含めての予定調和なのかもしれないけどね? それでマコちゃ? 分身の入れ替えや、分身での動き、表情やいろいろな表現力がどのくらいかを見てみたかったから、いろいろとオーダーしてみたのだけど、いくつか質問してもいいかしら?」

「いいよ、なんでも聞いて?」


 ひとまず、リモート分身ちゃんは閉じて、自分本体に戻ってママの話を聞くことにする。


「ありがとう。じゃあ、まずは分身の作り方なんだけど、難しいの? 私でもできそうかな?」


「さぁ、どうかな? ただ、分身の姿を生み出すだけでも、たぶん、まずは立体的な物の見方とそんなイメージの創生力が必要で、それも写実的なものの見方ができないとだね? その次に、表面の質感みたいなものはまた違う資質な気がするけど、それがないと生きてる感じから遠ざかると思う。マコは2人の血を引いてるのだから、パパかママのどっちかはそういう資質を持ってるってことだよね? 試しに作ってみればわかるんじゃない?」

「どうやって?」


「えっとね、あ? みんなも一緒にやってみない? できることが増えると、いろいろ応用も利くと思うよ?」

「そうだな、賛成! オレもやってみたいな」

「私も!」

「イルもチャレンジしたい!」


「みんな便乗するのね。いいことだと思うけど、みんなに負けそうなことが怖いかな?」

「ママァ、怖じ気付くなんて、もう若くない証拠だよ?」


「そ、そうよね。でも、これは美術の得意不得意みたいなもので、才能的な要素が大きい気がするのよね? 私、写実的って得意じゃなかった気がするもの。どっちかというと、デフォルメなイラストのほうが得意かも」


「まぁ、やってみようよ。まずはオーラを全身から外側に大体均一に放ってみて? あぁ、当然だけど、ママとパパは問題ないね。イルとケインは魔力量がまだ大きくないのかな? オーラの放つ厚みがちょっと足りないかもだけど、このまま続けるよ? 要はマコにスキャンされたときの反対のことをやればいいのね。先ずはじぶんを包むオーラで、その形を立体的にイメージするの。それができたら、今度はそれぞれの部位がどのようなものか、押したり撫でたりして確かめるの。そこまでできたら、今測り取ったオーラの鋳型の中に、別のオーラを注いで、風船のようにふくらませる感じ? できる人はその鋳型を、例えば1/12くらいに縮小して作るようにすれば、みんなが見比べやすくていいかも、だよ」


「できたよ、こんな感じか?」

「おぉ、パパ、早いし上手いね? あれ? でも質感が雑な感じかも? マネキンならこれでもいいのかも?」


「あぁー、ママの可愛い!? アニメの世界から飛び出してきたようなフィギュアになってるよ。写実的ではないけれど、これはこれでアリだよね? デフォルメって、それはそれで難しいもんね。それにこの質感は本物以上に見事だよ? ママァ、このフィギュア、スキャンしてもいい?」


「い、いいけど、私のは写実的ではない、すなわち本物には程遠い、いわゆる失敗ってことね? うーん。やっぱり私にはリアリズムが欠けてるのかなぁ?」


「スキャン完了! やったぁ! これでママのフィギュアはいつでも出せるよ。あれ? なんでママ落ち込んでるの? こんなに可愛いのが作れるのは、もはや才能だよ。それに写実的な観点なら、頑張れば、そのうちできるようになると思うよ?」


「本物に見えなきゃダメなのよね」

「ん?」


 ママは、本物に見えなければNGらしい。


「マコちゃん、今のイルにはちょっと難しいみたい。魔力量がまだ少し不足してるのか、頭を作ったら、身体を作る余裕がなくなって、小さくしか作れなくて、超頭でっかちの2~3頭身みたいなのができちゃった。なんか赤ちゃん用のお人形みたいだよね? ちょっとショックかも」


「え! すごいよ、イル。すごく可愛いい。確か今、日本でこういう思い切ったデフォルメキャラが静かなブームを呼んでいたと想うよ。これはもう、才能だよね?」


「うぅ、フォローしてくれているのが、嬉しいけど、ちょっとイタい私を実感しちゃうよね」

「違うよ、イル。ホントなんだよ」

「え? そうなの?」


「って、あれ? ケインは平面のイラストになっちゃったの? ママみたいなアニメキャラみたいで凄く可愛いのだけど」

「あぁ、マコちゃん。私、立体化するには、ちょっと魔力量が不足気味みたい。仕方ないから平面で作っちゃった、アハハハ」


「そうだね、ケインはゆっくり地力を付けていけばいいと思うよ? たぶんママみたいな方向性に進む気がするけどね」

「わかったわ。ありがとう、マコちゃん」


「オレには質感がちょっとうまく掴めてないなぁ。キチンと検証してモノにしないといけないな。まだまだマコトに負けるわけにはいかないからな」

「そうだよね。パパが検証を始めると次第にモノにできていくのは、今まで実証済みだもんね?」


「おぅ、けれど、やっぱりマコトはパパとママのいいとこ取りのハイブリッド版なんだな? スゴいな、マコトは」

「エヘヘ」


「じゃあ、マコちゃ? 今の私にリアル分身は作れないことがわかったから、次のステップに進むわよ?」

「うん。それはいいけど、しようとしている何かが見えてこないよ。何か企みでもあるの?」


「そうね、そろそろ話してもいいか。ママが謀略のターゲットにされてるのは知ってるよね?」

「うん」


「そのおかげで国にも帰れずコソコソしていたわけだけど、そろそろケリをつけなきゃいけないなと思うの。まぁ、このままの生活も悪くはないのだけど、マコちゃが大きくなってきたから、そろそろここの生活も潮時なのよね?」


「え? そうなの? 引っ越すことは知ってるけれど、マコが大きくなってくことが原因なの?」

「それだけではないけど、一番大きな理由はそれね。ここで暮らす人たちには失礼だけど、ここはあらゆる水準が低すぎるもの。これから急激に成長して、銘刀の鋭さをもったシャープなマコちゃになっていくはずが、錆びてバキバキに折れるナマクラ刀に成り下がっちゃうのはいやでしょう」

「うーん、確かに」


「話を戻すわね? そこでV国調査員は国外だから、いったん置いといて、わたしの母国であるN国への行動の妨げとなっているのが、北方聖十字教の司教の息子、ケネト。こいつを何とかしないといけないのよ」

「そうだよね」


「ケネトも北方聖十字教も、私や王国を陥れようとする、私たちからすれば絶対に許せない悪い奴らには違いないんだけど、今のところ犯罪を犯しているわけではないのよ。ただ、ヤツらは目的を達成するためだけにV国調査員をけしかけた。その手を汚すことなく、人の尊厳や命すらも何とも思わない、許し難く卑劣極まりない行為なのよ。それでも、奴らのおかげでジンに巡り会えたことを功績と捉え、差し引いてもお釣りがくることを考えれば、これ以上の手出しはしない前提ならチャラにしてもかまわない。けれどヤツらが退くことはまずない。わたしの消息を知れば、奴らが謀略を仕掛けてくると考えるのが自然なのよ」


 何かに引っかかりをおぼえたのか、パパが口を挟む。


「あぁ、ひとついいかな?」

「なにかしら? あなた」


「たぶん、ソフィアもわかってはいると思うけど、そのケネトは自身を取り巻く世界での正しいことを信じて行動しているだけで、おそらく悪人ではないと思うんだ。いろいろな思いが至らないから、ソフィアを苦しめる現実があるわけでそのことを懲らしめることは大事だと思うけど、本人や家族や周囲の人たちに、後々まで禍根が残るようなことがないようにね」


「わかってるわよ。繰り返すけど、私は手出しをしてこないならチャラでかまわないもの」

「うん、念のために言っただけだから、確認できてよかったよ」


 意思の共有がとれたところでママは話を続ける。


「そこで、まだまだ策は練る必要はあるけれど、例えば、私が攫われるという状況が発生したとしたら、その現行犯の現場を押さえるだけで、それはもう、言い逃れようもない、決定的なダメージを与えられると思うの。普通の人でもそうなのに、仮にも王女の私を攫うということは、王室、ひいては王国への反逆行為よ? 組織そのものの壊滅は免れないと思うわ」


「でも、本当に攫われるのは怖いよね。じゃあ、どうしたらいいのか懸命に考えるけど、暗中模索で五里霧中。打開策が全くイメージできなかったの」


「そんなところにマコちゃが分身の術を披露してくれたでしょう? もう目から鱗が飛び散ったわよ。安全面の懸念はほとんど解消したわ」


 街のギャングならまだしも、教会に身をおく者が人攫いなんてそうそうやらないのではないだろうか? マコは疑問をぶつけてみる。


「うん。そういう分身の使い方はいいと思うよ。でも、それでなくても、自らの手は汚さない、警戒心の強いケネトなんでしょう? 人を攫うような大胆な真似はしないのじゃないかな? 回りくどくても、またV国調査員へのタレコミという手段に出ると思うのだけど」


「そ、そうなのよ。鋭いわね、マコちゃ。でもそれだとケネトとの間に何の接触も生まれないから、手出しもできず、一方的にやられ放題になるだけよね? そうすると、やられないために、いつまでもいつまでも、ずぅーっと日の当たらない場所に籠もって、びくびくしながら生きていくしかないわ? それは耐えられないから、うふ。 (……嵌めるのよ……)」


 ママの呟きは小さかったけど、危ない響き、みんなの耳にはしっかり届いたようで、各々の表情が変化するのがおもしろい。


「は、嵌め……ママ、王女の使う言葉じゃないよ?」

「あら? そんな言葉、ママが使うわけないじゃない。でもまぁ、何にせよ、自分は傷つかず、穴蔵の安全地帯の中から指示だけ出して人を操るような姑息な輩は許しておけないのよね? キチンと穴から出してあげないとね、うふん。楽しみね」


 パパは苦笑いしてるから、パパには何となく行く末は見えているのかな?


「ソフィア? まぁ、ほどほどにね」

「ふふ。わかってるわ。話を戻すわよ? そこで、次のステップなんだけど、自分で作れないなら、『マコちゃに作ってもらえば解決!大作戦』よ? つまり、マコちゃが自分のオーラで作った分身を私が操れるか、または、私のオーラを素材にマコちゃが私の分身を作れるかどうかよ?」


「なるほど。じゃあ、やってみようか」

「てぃ! どるるん」

 ママの分身ちゃんを出して、ママに手渡す。

「ありがとう、マコちゃ。何度見ても精巧な上にまるで生きているかのような質感。とても素敵! 素晴らしいわ!」

「エヘヘ。じゃあ、マコとは繋がってないから、ママのオーラで包み込んで、まずは繋がるイメージを持ってみて?」


「わかったわ。包んで、っと、繋がる? よくわからないわ? マコちゃ」

「マコも他の人のオーラに繋がったことはないから、よくはわからないけど、その分身ちゃんは、マコの生体エネルギー、すなわちマコそのものなんだよ。だからマコに意識を通わせるように、いつものママの慈愛の心で包み込むように接してくれれば、うまくいきそうな気がするんだけど」

「なるほど。そうね、物として見ていた気がするわ。試してみるわね」


「マコちゃ、ママよ? あぁぁ、ホントだわ。受け入れてくれたみたい。今マコちゃの思いと融合しているような感じよ? ぁぁ、何ともいえない意識の会話みたいな? 素敵! ぅゎぁぁぁ、光の濁流の中にいるみたい」


「あぁ、良かった。じゃあ、そのままママの意識ごと分身ちゃんの中に入っていくようなイメージでやってみて?」

「えぇ、こんな感じかしら? あ! あぁぁぁ!」


 ママの声が途切れた! そう思った次の瞬間、分身ちゃんに息吹が宿る。っと、急に体の分だけ小さいけれど、ママの意識が籠もった声で喋り始めた。


「は、入れたわよ! マコちゃ。スゴい。み、見えるわ!」

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