第36話 ジンとソフィアの馴れ初め

「イルちゃもマコちゃの2つ上とはいえ、まだまだ幼い部類なのよね。けれど、ずば抜けた思考力もさることながら、その振る舞いはもう立派なレディーのものよね? マコちゃなんて、ついこの間、ようやく芽吹きかけた、まだまだ蕾の妖精ちゃんだから、レディーとしてはまだまだなのよ。イルちゃのお導きがあらんことを期待してるわよ?」


「任せてください。言われなくてもそうするつもりでいたし、私もマコちゃんから教わりたいことがたくさんあるから、私に教えられることなら、惜しみなく注ぎ込むつもりなので。何より、マコちゃんは尊敬もするけど、もう可愛くて仕方がないんですから」


「ふふ、ではお願いするわね? ところでマコちゃ? その分身の術でいろいろ聞きたいことがあるの。あ! イルちゃも聞いててね?」


「は、はい」

「え? なぁに、ママ」


「あ、まずねぇ、イルちゃの恥じらいを解消してあげたいこともあるから、その姿から、そのまま別の分身モデルに変更できる?」

「うん。できるかどうかはやってみないとだけど、誰にする?」

「そうねぇ、誰でもいいのなら、まずはパパに変化してみてよ」


「りょ! どるるん」

「おー! なんか喋って身体も動かしてみて?」

「わかった。うーんと」


 パパになりきって、一言。


「ソフィア、愛してる、ぜぇ?!」


 あぁ、ど失敗? 語尾を噛みつつ、しどろもどろ系? うぅ、締まらない! 本物のパパもコソッと吹いてるよ。


「うぷっ、あははは、その顔その声でぐっとくる台詞なんだけど、その口調と表情! あははは、おかしい。ギャップがぁ、あははは、マコちゃ、可愛すぎ~」


 うくっ、一瞬で顔が火照るのがわかる。このゲラゲラ空気、早く消えて!


「そ、そこまで笑う?」

「あぁ、あー、ひー、ひー、ふぅーっ、ごめんごめん。マコちゃはやっぱりいい! なんか持ってるよね? スター性っていうの? うんうん」


 ママ、まだお腹押さえてるし。それにラマーズ法? 何でそれ? 今使うところなの?


「そ、それ、お笑い系のでしょ?」

「あー、ふぅーっ、そうとも言うけど、まぁいいじゃない。才能は無いよりあったほうが」


「ヴー、そりゃあそうかもしれないけど、もぅ!」

「まぁまぁ、機嫌直してさぁ、次はケインでお願いね?」


「りょ! どるるん」

「おー! いいね。またなんか喋って身体も動かしてみて?」


「きゃー、マコちゃんの矢、キューピットの矢に射抜かれたわ! これが世に聞くズキューンというやつなのかしら? あぁ、胸が熱いわ。もうマコちゃんにメロメロみたい」


「うぷぷっ、あははは、似てる似てるーっ! あの時のケインだぁ。その口調も表情もまんまだ! あははは、おかしい。あははは、女優もイケルよ。マコちゃ、サイコー!」


 突然物真似されたケイン。


「わ、私?」


 さっきとは違い、賞賛されてるっぽい?


「そ、そんなに似てた?」

「うん。あははは、こ、今度のは違うからね? はぁはぁ、ケインそっくりだったからよ? で、でも、そんな台詞と表情まで、良く覚えてたわねぇ」


「いや、大概のことは憶えてるけど、すごく印象的だったから、つい。ごめんね? ケイン」


 ケインは大人なのか、あまり狼狽えないようだ。ただ、少し腑に落ちない様子。


「あ、うん。大丈夫だけど、私、そんなにあっけらかんだった?」

「うん。マコちゃがしてくれたケインの物真似、そっくりそのままよ」


「あはは、そうなんだぁ。ちょいと恥ずかしい」

「ケインのそういう表情豊かなところ、大好きなんだ。だから心にも残ってるんだよね?」


「もぉ、フォローしてくれてるんでしょ? 私も大好きよ? マコちゃんのそんな愛らしいところ」

「うん」


「じゃあ、マコちゃ! 次は私よ?」

「りょ! どるるん」


「おー! うん。バッチリ。またなんか喋って身体も動かしてもらいたいけど、私の場合はそんなおもしろいエピソードはないでしょう? うふふん」


 そうなんだよね。ママはなかなか失敗する姿をみせない。ママだけズルい。よーし、マコの全力をもって、ちょっぴり恥ずかしいシーン、探してみせるよ! スキャン開始! 全速力で! んーん、お?! なにこれ? うはっ!


「わかった。うーんとね。そんなことはないよ」

「ふーん。じゃあ、やって見せてよ」

「わかった。いくよ!」

「どうぞ?」


 よし、ママをどぎまぎさせてやる! たぶんこれは想いの丈を全力でぶつけた愛の告白なのではないだろうか? このフレーズが脳裏をかすめたとき、わなわな震えちゃったもん。


「あなたと出会えたことは、偶然が重なった結果だと思うけど、でも偶然なんかじゃなく、これはもう運命が引き寄せた必然の出会いなのではないか? って思えて仕方がないの。あなたは運命の人よ。あなたのいない人生なんて考えられない。ずっと一緒にいてくださいね。そして末永くよろしくお願いします」


 この記憶によると、三つ指ついてペコリとするらしいから、やってみた。


 ・、・、・、ゆっくりとママの顔が紅潮していくのがわかる。パパも豆鉄砲でも喰らったような顔だ。


「なな、ななによ、これ! なんでマコちゃが……」


「さぁ? マコは知らないけど、記憶の隅にあったの。シャナと同調したときに流れ込んできたやつかな? ママの声ってわかるけど、映像がないから細かい状況まではわからないけど、シャナの語り口なのか、三つ指ついてってあったからやってみたの」


 マコの言葉に、恥じらいの表情は残しつつも、安堵の表情が混じるママ。


「あ、あぁ、そうなのね。コホン。それはね、偶然の、本当に偶然が重なり合って出会えたその日だけど、お互いに一目惚れだったのかなぁ。その夜には運命のままに愛を誓い合った、そのときの私からの言葉だけど、ケインがよく言う、鷲掴みにされちゃった瞬間があっての思いなの。話してて照れちゃうわね? うふふふ」


 え? 最初慌ててたよね? 頬の紅く染まるその深みも今まで見たことのない様相に思えた。なのに、どこからか、ふと我を取り戻して、誰にでもあるような照れ笑いにすり替えられようとしている。


 「ソフィー、ステキ!」


 イルはハートの目をしてウットリしている。ケインは以前から聞きたかった、パパとママの馴れ初めの片鱗が思いがけず聞けたことが嬉しいのか、きゃーきゃー騒いでる。


 「きゃー、ソフィア、素敵よ! 普通の生活をしていたら、絶対にたどり着けないわよ、そんな言葉のような心の境地になんて。どんな偶然があったの? 何が必然なの? そんな運命を思わせるようなシチュエーションなんて。あー、ドキドキしちゃうわ~」


 華やぐ二人の状況とは裏腹に、マコだけは敗北感のさなかにあった。


 どこを間違った? さっきの状況を記憶から振り返る。キュルキュル (巻き戻し)…


 あ! ここだ! 映像がないから細かい状況がわからない、ってマコが言った瞬間、ママの瞳の緊張がフッと緩んだように見える。


 あぁ、映像があるか、前後の状況がわかるなら、ことの真相はわかるのかもしれない。でも映像がないのは確かだし、記憶のかけらなんて、こんな断片化情報は、本人じゃなきゃ前後関係がわからないからなぁ。仕方ないのかなぁ?


 ううん、諦めたらそこで終わりよ! って、どこかで聞いたセリフ。でも、ほんとにそうだ。ここで諦めたらマコが廃るってもんだぜ!


 もう一度、高速スキャン! ん? こ、これは! ママのじゃないけど、うはっ! イ、イケるのでは?


「ママ、コレならどうよ!」

「あら? 諦め悪いわよ、マコちゃ」


 あ、ほら、やっぱり。ママは勝ち越してるような認識になってるよ。すかさずパパに変化、てぃ!


「どるるん」


 みんなの意表を突けてるこの機を逃さず語り始める。


「好きです。愛しています。結婚してください。初めて見たときから一目惚れです」


「え?」


 ママが驚き、パパは驚きと恥ずかしさで口はハクハク、目は零れ落ちそうなくらいに大きく見開いている。かまわずマコは続ける。ちょっと長いから噛まないようにしなきゃだよ。


「き、君のことをどこの誰かも、何が好きで何が嫌いかもよく知らないし、君みたいな可愛い子が振り向いてくれる訳ないし、既に心に決めた恋人がいるのかもしれない。でも、会って間もない短い時間だけど、記憶を失っている、まさに素の君を見て、今まさに素っ裸の君を前にして、目に見えている今の君以上の本当の君がいるのかもしれないけど、今の君未満の君がいることはない。今後、これ以上の君を知るしかない以上、今の好きから、それ以上の好きになる未来しか思い当たらない」


 え? 裸なんだ。どんなシチュエーション?


 と思いながら語っていると、ママの目が大きく揺らぐ。瞬きすることなく、ゆらゆらと涙が溜まっていき、溢れ、零れ落ちていく。


 綺麗! なんて素敵な泣き顔なんだろう。瞬きなど忘れたかのように、一瞬たりとも見逃してはならない、とばかりの真剣な眼差しを向けてくるママ。


 パパは、おそらく、これ以上ないくらいの真っ赤な顔で、俯きながら聞き入っている。2人ともまざまざと思い出しているのだろうか? 最後の一小節だ。マコは続ける。


「その愛らしい顔、声、仕草、思いやる心。打ちのめされた敗北感しかない。君のすべてを一生をかけて見ていたい。そして守っていきたい。心からそう思う」


 ……


 聞き入って、感極まるママだったが、ふと我に返り、パパに駆け寄り、抱きつく。と、見る側からも熱さが伝わってきそうな激しいキス。あちゃー、見ているこっちが恥ずかしくなるほどだけど、目が離せない、そんな二人の素敵な光景。


 他の二人も同じように思っているのか、視線を外せず見とれている状況だ。


 少しだけ空気が落ち着いたところで、マコが口を開く。


「ママ、ごめんなさい。そこまで泣かれるなんて思ってもいなかったから……」


「いいのよ、マコチャ。そりゃあ、みんなにも聞かれるなんて、恥ずかしすぎる状況ではあるけど……パパのプロポーズの言葉だったの。でも、そのときは背後から話すパパの言葉を聞くだけで、振り向くことができなかったのよ。それが今、マコチャのおかげで、パパの話す姿を見ながら、もう一度パパからの言葉を噛み締めることができた。もう一度、あのときの言葉が聞けるなんて、思ってもいなかったから、嬉しすぎて嬉しすぎて。うん。言葉にならないわ。ありがとう、マコちゃ。思いっきりしてやられた感じだけど、嬉しさのほうが勝るから、全然悔しくないわ」


「あ、やっぱり勝負してたんだ。でも、状況はあんまりわかってないけどね」

「あぁ、ママの民間機撃墜事件は知ってるわよね?」

「うん」


 そこからのママは、ケインやイルにも事情を知ってもらうためもあり、事件の経緯について、次のようなことをつらつらと語り始めた。


・北方聖十字教の司教の息子がN国王室への接触を図る際に魔女の存在に感づき、ママへの謀略を企てたこと。

・その一端として超能力軍事利用を目論む北の軍事大国:V国調査員の接近を促したこと。

・日本への交換留学生としての移動経路でイタリアに立ち寄ることになったこと。

・そのイタリア到着直前の地中海上空で、テロリストによる民間機撃墜事件に巻き込まれたこと。

・魔力行使により、その乗客の多くを救いつつも、謀略から逃れるために南方に離散したこと。

・離散・飛翔して不時着した南アフリカの草原で魔力枯渇状態により絶命の危機に陥ったこと。

・そこで巡り会い、蘇生を試み、命を取り留めてくれたのがパパ。しかしママは記憶を失っていたこと。

・パパの献身的介護で回復していくママは、ボロボロの身体にもかかわらず入浴を願ったこと。

・入浴は叶ったが、身体が動かせずパパに救援要請し、パパはアイマスクにて入浴補助。その中で、些細なやりとりを経て、パパは感極まりプロポーズを敢行してしまったことに繋がる。


 その後は、パパにより回復・増強し、記憶まで取り戻して家庭を築き今に至る。


「と、まぁそんなわけで、当時、身体が動かずにパパのプロポーズの言葉は背後からのものだったから、それをキチンと正対して聞くことができた。こんなに嬉しいプレゼントはないわ。本当にありがとう、マコちゃ」


「うん。聞きたかったらいつでも言ってね?」

「ありがとう、マコちゃ。そうねぇ、できればビデオに残しておくのも手よね?」

「それ、いいかも」


「ソフィア? とても数奇な、そして過酷な運命に翻弄されながらも、今こうして、しっかりと前を向いて頑張る姿。胸を打たれたわ。そんな中でも、あなたたち夫婦の出会いの稀少さは、どんな派手なドラマだって霞んで見えちゃうわよね? 私、決めたわ! 私の残りの人生は全て、あなたたち親子に注ぎ込みたい。それは守ったり助けたりもあるけど、私自身の欲望として、あなたたち親子の行く末を見届けたい。あなたたち親子の一番近くで、その顛末を、その一喜一憂を、この目に焼き付け、この手に同じ感触を抱き、もし朽ちるときが来ても、そのときはともに朽ち果てたい。私は一ノ瀬文庫の一番の読者であり、支え続けるサポーターであり、運命共同体でありたいと思う。イルもマコちゃんと共に歩みたいと言ってたでしょう? だから、正確には一ノ瀬ファミリー&イルになるわね。ソフィア? そんなスタンスでもかまわないかしら?」


「え? えぇ、ケインが自分のためにする選択なら、私たちはそれを尊重する、というような話を以前にしていたと思うけど、そこは変わらないから、どんなスタンスを取ろうと異存はないわよ? ただね? 私たちはあなたたち親子を一生をかけて全力で守る、そういう決意をもって迎え入れ接しているつもりだから、実の家族よりも、ずっと家族らしい、本物の家族として暮らしていけると思っているの。だから、そんなに肩肘張らずともいいのかな? って思ってるわ。それに、あなた自身、そんな傍観者ではいられないくらい、忙しくなるわよ? うふ?」

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