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 昨年のー……十一月末くらいですか、公開した動画で、削ギ面ってあったのを憶えてますか?

 はい、こちらの写真なんですけどね。家族写真に写り込んだ、顔面が削ぎ落とされたかのような霊。これを投稿していただいた方曰く、この写真は母子三人で撮ったもので、こんな人物はそもそもいなかったー、みたいな話は前回もしたので詳しくはそちらを参照していただくとしてー。

 この写真の霊について、もしかしたら関係あるんじゃないかなっていう話が、この地方の古い話なんかを調べてたらヒットしたのでね。今日はそれを紹介するね、っていう動画です。

 時期は昭和のー……まあ初期、ですね。この写真が撮られた地方にね、ちょっとデカめのヤクザ……とはまた違うんですけど、いわゆる、ならず者一家ってやつがありました。まあ、ちっちゃくて古い反社組織です。

 それでそこに、嬰助えいすけって下っ端がいました。嬰児の嬰に、えーと……助けるで、嬰助。この下っ端がこの話の主人公ってことになります。

 ある年の年末、酒の席で、嬰助がちょっとした粗相をやらかします。親分にいでたお酒をね、お猪口から溢れさせて、もうビチャビチャにしちゃうんですね。

 それでまあ、そんなマジギレとかではないんだけど、打擲ちょうちゃくされたわけです。みんな酔っ払ってるノリでね、リンチってことですね。ほんと、ろくでもない話なんですけど。

 それでヘロヘロに弱った嬰助は、若い衆にこう、抱えられてね、庭にあった蔵に放り込まれます。嬰助はね、怖がりだったんです。だからまあちょっとした罰として、ひと晩暗い蔵の中に閉じ込めちまおうっていう、まあ、何でも考え無しなんですよ……こんな連中なんて。かんぬきをしっかり掛けたら、あとはもう、ほっぽって宴会の席に帰っちゃったんですね。

 でまあ、ここまでだったらね、ひどいはひどいけど、ひどいねってだけで済んだんです。

 ただ、ここでひとつ不幸があった。蔵の中にね、どこから入ってきたのか、ちょっと凶暴な野良犬が迷い込んじゃってたんです。リンチで意識が朦朧としてた嬰助でしたが、鋭い痛みが走って目を覚まします。犬が、嬰助の腹に噛みついたんですね。

 突然のことに何が何やら分からなかったけれど、がむしゃらに暴れて、とりあえずは犬を引き剥がすことに成功して……でも、嬰助にはここがどこなのかも分からない。どうも、狭い建物のなからしいとは察したけれど、あとはもう、自分は犬に噛まれたんだということすら暗闇のなかでは十分に把握できなくて。ただそこに、自分とは別の何かがいるということだけ。

 こうなるともう、怖がりだとかそんな話じゃない。同じ目に遭えば誰だってそうなるように、嬰助は半狂乱になって、泣き叫びながら助けを求めます。壁や戸を手当たり次第に叩いて、誰か、誰か、と懇願するけれど、アニキも親分も応えてはくれない。そのうち手も喉もボロボロになって……犬はそんな嬰助を、低くうなって威嚇する。

 嬰助の精神が限界を迎えようとしていたまさにその瞬間。見上げたその目に、小窓が映りこみます。蔵の壁高く、外光を取り込むために作られた、ちーいさな窓です。当然出入り用のサイズなんかじゃないし、泥棒対策でもしているのか、牢屋みたいな木の縦格子が掛かっていて、その横幅は肩幅どころか、顔よりも狭い。

 希望というにはあまりに細い蜘蛛の糸でしたけど、嬰助にはもう、それにすがるしか道がなかった。

 壁に爪を立てて這い上がって、飛びつくように格子をこう、掴んでね。どうにか隙間にねじ込もうと、力一杯顔を押しつけます。当然痛みはある。けれど足下では、犬がけたたましく吠え立てはじめていて、嬰助はもう痛みどころじゃなかった。

 恐怖に煽られ、加減が分からなくなって、力任せにやっていると顔が少しずつ前に進んでいる気がする。もっと、もっと、と力を込める。体の構造的にどう考えても先がないんだけど、そんなことももう、嬰助には分からない……。

 そうして、やがて夜が明けて、思い出したように蔵へやってきたならず者たちは、小窓の格子で顔を潰して死んでいる嬰助の姿を発見します。古い話なので死因が何とかは正確には分からないけれど、頭蓋骨が砕けて脳とかも潰れていて……まあ、要するにこれが、例の写真の霊みたいになってた、っていう話、なんですけど……いや、可哀想ですよね。

 この、まあ事故とも言える嬰助の死をみんな大いに悲しんで、下っ端のものとは思えない大きな葬式なんかもあげたみたいですけど、それでも呪いはあったのか、一家はこの後、なぜだか色々と上手くいかないことが続いて、結局その親分の代で潰れることになったそうです。

 ……それでね、ここからはちょっと不気味な話なんですけども。

 蔵に迷い込んで、嬰助を追い詰めた例の犬ね、嬰助の死体が見つかったときもずっとその足下にいたって話なんですけど、こいつがその後も、夜中にちょくちょく蔵に入っては、嬰助が死んでいたあたりに向かって吠えつづけるようになったんですって。

 それであんまりうるさいし、不愉快だから殺してしまおうか、なんて話が出てきていた矢先、朝になって蔵を覗くと、中で、例の犬が死んでいて……なんだなんだ、と近づいて見てみると、首の後ろに、えぐり取ったような傷痕があった。

 誰もひと目では、それがなんの傷だか分からなかったんだけど、なんだか見たこともあるような、思い当たる節があるような気がして、ああでもない、こうでもないと言いあううちに、嬰助と仲がよかった下っ端の一人が、あ、と気がついた……。

 この傷、まるで、人間がここに噛みついて、千切り取った痕みたいなんだ……って。(了)

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雨受けの、溢れる先の、削ギ面の、口。 玉手箱つづら @tamatebako_tsudura

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