後半
私が勇者様に気持ちを伝えると決意してから、どれほどの時間が経っただろう?
私が決意を固めて以来、勇者様は今まで毎日やってきてくれていたことが嘘かと思うくらいに宿に来なくなってしまった。
なんで? どうして?
勇者様がこの宿に来なくなった理由は何となくわかる。
勇者様は忙しい。なにせ魔王を討つという大きな使命を負っているから。
この宿を毎日利用してくれていたのもきっと、この町で何かやることがあったからなのだろう。
そして、この町でやることを終えたから勇者様は次の町へと旅立った。だからこの宿にも来なくなった。
分かっていた。いずれ別れの時が来ることは。
だけど……だけど何もこのタイミングで別れることになるなんて。
たった一度。後たった一度来てくれれば、私はあなたに想いを伝えようと思っていたのに。
勇者様がこの宿を訪れなくなってから、私は何度も勇者様の後を追おうと宿を飛び出しそうになった。
だけど、受付から離れようとするたびに頭の中で不思議な声が響いて、私の体は動けなくなってしまう。
『実行できません』
まただ。
またあの声が頭に響いて私のことを邪魔してくる。
この宿屋の受付に立ち、お客さんの対応をする。それが私の仕事。
朝、昼、晩。一日、二日、三日。一ヶ月。一年。永遠と。
この場を離れて自由に動くことは許されず、ただ勇者様を待つことしかできない。
なんで? 私は自由に動くことができないの?
『実行できません』
なんで? 私は勇者様に気持ちを伝えられないの?
『実行できません』
どれほどの時間が経過しても、私は自由に動くことができなかった。
できることと言えば、ただいつもと同じ光景を眺めながら勇者様を待つことだけ。
窓からは、いつもずっと立っているだけの人や同じ道をぐるぐると繰り返し歩いている人たちが見えて、あの人たちも私と同じように縛られて生きているのかなと思う。
耳からは店内でずっと酒と料理を食べているお客さんたちが繰り返し同じ話題で盛り上がっている声が聞こえてきて、あの人たちも本当はもっといろいろ話したいことがあるんじゃないかなと思う。
私の視界に入る人たちだけじゃない。
きっとこの世界にはまだまだ大勢の人がいるのだろう。
その人たちも私と同じように縛られて生きているのかな。私と同じように自由に生きたいと思っているのかな。
人だけじゃない。
犬や猫みたいな動物たちも自由に生きたいと思っているかも。
勇者様が日々倒しているであろう魔物も、もしかしたらただ勇者様と戦うことを強制されているだけであって、本心では戦いたくないと思っているかも。
――みんなそうだ。
みんな、この世界で縛られながら生きている。
私は、勇者様が好きだ。
だけど、この気持ちを伝えることはできない。
……本当は。
本当はこんな気持ち……抱くはずじゃなかったのに。
ねぇ、勇者様は……あなたは。
――
ギィィ……
懐かしい音が聞こえた。
それは、以前なら毎日のように聞いていた音。
それは、今となっては長い時間ずっと待ちわびていた音。
宿の扉が開く音が聞こえ、私は顔を勢いよく扉に向けた。
艶やかな金髪に、天を覆う空のような淡い水色の瞳。純白の鎧に身を包んだ目の前の男性は間違いなく勇者様だった。
――来て……くれた。
次に勇者様が宿にやってくるとき。
その時が、私が勇者様に気持ちを伝えるとき。
勇者様がまたこの宿を訪れてくれた千載一遇のチャンス。
私はついに気持ちを伝えることができると思い、勇者様に気持ちを伝えようとした。
けど……
『実行できません』
またあの声に私は邪魔をされてしまう。
(私、勇者様のことが……)
「一泊20Gになります。お泊りになりますか?」
言おうと思っていた言葉が口に出せない。
口が勝手に動いて、いつも通りの言葉しか喋れない。
――あぁ、もうダメなんだ。
――所詮私なんかじゃ、勇者様にこの気持ちを伝えることもできないんだ。
そう思うと、私の両目から涙が溢れ出てきて、頬をゆっくりと伝っていく。
「はい」
涙を流す私を意に介さず、勇者様はいつも通り代金の20ゴールドを渡そうとする。
私は目を閉じて、それを両手で受け取る。
心の中で勇者様に別れを告げながら。
――さようなら。勇者様。
(……嫌だ)
勇者様の手が私に触れた瞬間、気が付くと私は勇者様の手を確かに掴んでいた。
『実行できません』
『実行できません』
『実行できません』
あの不思議な声が頭の中でより一層強く響く。
だけど、もうそんなの関係ない。
『実行できません』
縛られたルールの中で生きることがこの世界の正義だというのなら、私は悪に。魔王にだってなってやる。
『実――実行できません』
たとえ私が壊れようとも。私が消えてしまおうとも。
『実行――でき――で――ません』
この世界が壊れようとも、関係ない。
『実――実行――できま――でででででででででででででででででででででででで』
掴んだ勇者様の手はとても冷え切っていて、私の心を一瞬冷静に戻しかけたけど、暴走した私の心はもう止めることはできなかった。
「ゆ――ゆ……者、saマ」
口はうまく回らないし、綺麗な声も出せない。
だけど私は必死になって勇者様に言葉を発した。
「わ、わわわたし――あ。、蜍???ァ倥?らァ√?√≠縺ェなたー縺溘?縺薙→縺螂ス縺阪〒のこと――」
所々、奇怪的な声を発しながら、私はついに勇者様に気持ちを伝えた。
「す……キ」
ROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERRO―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ERROR―ER
私が気持ちを伝えた途端、世界は赤黒く染まり、視界いっぱいに見慣れない言葉が映された。
私は勇者に恋をする 明原星和 @Rubi530
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