第二十六話

 俺は無言で会長の隣に腰掛けた。

 横顔が赤茶色の髪で隠れ、その表情はうかがえない。

 もうすぐ夏だというのに、地べたはひんやりと冷たく感じた。

 

 「……会長、すいませんでした。変なこと口走って」

 「……」


 会長は何を言うでもなくボーッと自身のつま先を眺めていた。

 そっと会長の手がつま先に触れた。

 ……俺はこれ以上、彼女に何を言えばいいのか分からなかった。

 会長は明らかに作り笑いと分かる表情を俺に向けた。

 

 「……右京くんがアタシのこと好きじゃないってのは知ってたけど……改めて言われるとやっぱり辛いなぁ……」

 「……」


 その表情があまりにも痛々しくて、俺は会長から目を逸らしてしまう。

 罪悪感で胸がいっぱいになった。

 

 「好きなんだよ、ほんとに……」


 会長の目から再び涙があふれ始めた。

 それを隠すかのように会長は膝を抱え込んで顔をうずめた。

 ふと、ここで告白すれば少しは慰めになるだろうか、などという最低な考えが思い浮かんだ。

 俺はその考えを振り払うかのように首を振った。

 今の俺には会長に告白する権利などない……あるはずがなかった。


 「あの、会長」

 「……なに?」

 「……俺も好きな人がいるんですけど、最近振られたっていうか、振られたみたいな感じになって……」

 「……保健室の先生?」

 「いや違いますから。……とにかく、その人は俺のことを意識もしてくれてないんです。会長は、苦手って言われただけじゃないですか。嫌いとまでは言われてないんだから、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ」

 「……」


 顔を上げた会長の頬は涙で湿っていたが、それでも先ほどよりはマシな表情になっていた……と思う。

 それから俺は会長と色々な会話を交わした。

 右京との出会いに始まり……好きなところまで。

 俺の想い人の話にもなったのだが、それが会長だと気付かれないよう慎重に話した。

 そうしてキャンプファイヤーの残り時間が30分に差し迫った頃、会長は「よいしょ」と立ち上がった。

 

 「翔くん、アタシ告白しに行ってくる」

 「……は!?」


 何を言われたのか分からず、俺は会長を見上げた。

 告白……? 今から……?

 

 「いや、でも……」

 「言いたいことは分かるよ。でも、もうアタシ3年生だし、後悔したくないんだ」


 会長は懐から以前購入したハンカチを取り出した。

 

 「それに、誕生日プレゼントもまだ渡せてないしね。ついでにこれも渡してくるよ」

 「……ッ」

 

 ……強い人だな、とただただそう思った。

 結果を知ってなお、戦おうというのだから。

 俺はこの人のこういう部分に惚れたのだということを思い出した。

 俺もついていこうとすると、手を突き出した会長に制止された。

 

 「アタシ、一人で行ってくる。だから翔くんはここで待ってて」

 「……」


 会長の目は決意の色で染まっていた。

 それで、何を言っても無駄なのだと察した。

 俺は素直に頷く他なかった。

 



 ……どのくらい時間が経過しただろうか。

 会長が生徒会室を出ていってもう30分は超えるはずだが、未だ戻ってくる気配はない。

 ずっと地べたに座っていたからだろうか。

 予想外の寒さに足をさすっていると、突如生徒会室の扉が開いた。

 現れたのは会長だった。

 結果はどうだったのかと問おうとし、帰ってきた会長の表情で全てを察してしまう。

 目は赤く腫れ、頬はひどく濡れていた。今も涙は流れている。

 その手にはハンカチを握っていた。

 会長は悲しげな笑顔を俺に向けた。


 「……振られちゃった」

 「……ッ」


 以前の俺は、こんなものを望んでいたのだろうか。

 会長にこんな顔をしてほしかったのだろうか。

 ……そんなわけがなかった。

 

 「翔くん、ちょっと後ろ向いててもらえるかな」

 「……」


 俺は無言で会長に背を向けた。

 するとそこに、何かがのしかかった。

 驚いて顔だけで振り返ると、会長は俺の背中に顔をうずめていた。

 会長の肩は小刻みに震えている。


 「……もう少し、このままで」

 「……はい」


 志保にしてもらったから、これがどれだけ効力を為す行為なのかが俺には分かる。

 会長の熱を感じ、俺の鼓動は早くなった。

 胸の高鳴りを覚える権利など、今の俺にはないというのに……。

 会長にこの音は聞こえまいかとハラハラしていると、そっちばかりに気を取られたのか……。


 ___ぷぅ。


 「……………」

 「……………」


 腹が爆発して出してしまった音。

 俺たちは二人して黙り込んだ。


 「……翔くん」

 「……すいません」


 穴があったら入りたい、とはこのことだろうと思った。




 翌日。

 生徒会室に行くと、既に会長が席に座っていた。

 会長と簡単な挨拶を交わし、俺も自身の席につく。

 パソコンを起動させた俺は、昨日のことに触れるべきか否かと悩んでいた。

 会長のことを思うのなら、触れるべきではないのだろう。

 でもこのままというのもなんだかスッキリしない。

 悶々もんもんと考え込んでいると、いつの間にか俺の席まで来ていた会長は高らかに言った。

 

 「翔くん翔くん! 今日はパンフレット持ってきたんだけど、これどれが良いと思う!?」

 「……え?」


 反射で聞き返すと、会長は俺に遊園地のパンフレットを突きつけた。


 「もー鈍いなぁ。右京くんをまたデートに誘おうと思ってるんだけど、アタシだけじゃ決められないから、翔くんに手伝ってもらおうと思ってね!」

 「……えぇと」


 俺にパンフレットを手渡し、そのままダンボールに入った紙束を漁る会長。

 信じられない、といった様子で俺は訊いた。


 「あの、会長は気にしてないんですか? 昨日のこと……」

 「……まあ、気にしてないわけじゃないんだけどね」


 会長は手にしたパンフレットをめくりながら答える。


 「実は昨日、右京くんに言われたんだよね。好きな人がいるから付き合えないって」

 「それじゃあなんで……」

 「でも、だからってアタシが諦めなきゃいけない理由にはならないでしょ?」

 「……ッ」


 この言葉に、俺がどれほど救われたか分からない。

 胸のうちが晴れた気がした。

 悩んでいた心から邪気が消失していくような気分になった。

 相手に好きな人がいたからといって、それが諦める理由にはならない。

 会長自身に、好きでいてもいいのだと言ってもらえた気がした。

 楽しそうにでデートスポットを吟味ぎんみしている会長を見ていると、思わず笑顔がこぼれてしまう。


 「ねえねえ翔くん! こことか良いんじゃないかな!? ……って、なんで笑ってるの?」

 「……なんでもないです」


 やはり、会長はこうでなくては___そう思った。



第一章END

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 伏見ダイヤモンド

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憧れの生徒会長を恋い慕う生徒会書記、屋上に呼び出されたので告白されるのかと思いきや、生徒会副会長との恋路を手伝ってほしいと懇願されてしまった。 伏見ダイヤモンド @hushimidaiyamondo

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