第二十五話

 2日目と3日目も無事に終え、ついに学園祭最終日。

 そろそろキャンプファイヤーが始まるという時間帯に、俺は屋上で一人校庭の様子を眺めていた。

 そこには大勢の男女で溢れかえっていて、中には男同士、女同士でペアを作っている生徒もいた。

 ちなみに俺が屋上にいるのは、何となく会長や右京と対面するのが嫌だったからだ。二人が一緒に踊ることになったとき、素直に笑っていられる自信が俺にはない。

 応援すると決めたはずなのにな、と俺は嘆息した。

 会長はどこだろうかと見渡すも、姿を視認することは叶わなかった。

 そもそも右京を誘えたのかどうかも分からない。

 下を眺めてはボーッとするという工程を繰り返していると、唐突に屋上の扉が開かれた。


 「……翔くん、こんなところにいたんですか」

 「右京……?」


 右京はスタスタと歩み寄ってくると、俺の隣に腰を下ろした。

 

 「どうしたんだ? なんか用か?」

 「はい、探していたんです」

 「……探してた?」


 「なんで?」と思ったが、それよりもまず聞いておくべきことがあったので先にそれを質問しておく。


 「右京はフォークダンスのペア決まったのか?」

 「……決まってますよ。以前、好きな人がいるって言ったじゃないですか。まだ誘えてはいませんが」

 「ああ、そうだった。好きな人いたんだったな」


 俺の言葉に、右京は何故か悲しそうな顔をした。

 だが、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 会長がちゃんと誘ったのかどうかが気になっていた。


 「……なんか、女の人には誘われたのか? 身近にいる人でもなんでも」


 「ああ」と右京は露骨にげんなりとした顔をした。

 彼が女嫌いだというのは有名な話だ。


 「誘われましたよ。……会長にも誘われました」

 「……断ったのか?」

 「断りましたよ。普通に誘ってくるだけならまだしも、袈裟固めされながらですよ? OKするはずがありません」

 「それは……気に毒にな」


 やはりテンパってしまったようだ。

 ていうかテンパったら袈裟固めってなんだよ。しないだろ普通。


 「あー……右京。俺から一つお願いなんだが、一瞬でいいから会長と踊ってやってくれないか?」

 「え、嫌ですよ。それに僕、他に踊りたい人がいますし」

 「だよなぁ……」


 こればかりは無理強いはできない、か。

 ふと屋上の扉の方に目を向けると、そこに人影があることに気が付いた。

 

 「……会長?」


 何やってるんだろう、あんなところで。

 アレでバレていないとでも思っているのだろうか。

 会長は片目を屋上の扉の隙間から覗かせていた

 あんなのはたから見てもバレバレだ。

 右京は校庭に目を向けているため会長の存在には気が付いていない。

 ともかく、ここは会長にもう一度フォークダンスに誘うよう言ってみるとしよう。

 俺が誘うよりも、会長本人から言われるほうがまだOKされる見込みはあるだろう。……まあ、もしOKされるとしたらその場合は恐怖のためだろうが。

 会長の方に歩を進める俺だったが、右京が言った一言でピタリと足を止めた。


 「それに僕、会長のことあまり好きじゃないんですよ。苦手っていうか、関わりづらいっていうか……」

 「……」


 ……なんて贅沢なやつなんだ、と思った。

 右京は依然として校庭を眺めているため、俺の表情にも気が付かない。

 ふと会長を見てみると、隙間から覗かせている片目を見開いて固まっていた。

 ……いや、だが正直、右京がこう思うのも仕方がない。

 会長には会うたびに袈裟固めをされ、意味不明な行動を取るから苦手意識が芽生えるのは当然だ。

 それでもこの時の俺は、どうしようもなく右京にいらついた。

 俺なんて意識すらされていなかったというのに……。

 この感情を適切に表す言葉はなんだろうか……恐らくはひがみだろう。

 俺は会長が付近にいるのも忘れて、低く呟いていた。


 「会長はお前が好きなんだよ……」

 「……え?」


 口にした時、自分で何を言ったのか分からなかった。

 数秒して、俺は自身が言うべき言葉ではなかったことを自覚した。

 焦って扉の方に目を向けると、既にそこに会長の姿はなかった。

 ……おいおいおいおい、何やってんだよ俺……。


 「右京すまん! あとで戻るからそこで待っててくれ!」

 「え、ちょっと、翔くん!?」


 俺は屋上の扉を勢いよく開け放ち、会長の姿を探した。

 しかし校内は広く、さらには会長が何階にいるのかも分からないため、居場所を特定するのは難しい。

 会長の行きそうな場所と言っても、俺には全く予想できなかった。

 会長のことが好きだと言っているわりに、俺は彼女のことを何も知らないのだと自覚させられる。


 今回、俺は大きな失敗をしてしまった。

 頭に血が昇ったからといって言うべき言葉ではなかった。

 校舎内を走り回っていると、志保の姿があった。

 

 「……あ、し、翔くん」

 「あっ、志保、会長どこ行ったか知らないか!?」


 食い気味に問うと、志保は遠慮がちに生徒会室の方を指さした。


 「か、会長ならさっき生徒会室にいましたけど……」

 「ほんとか!? サンキュー!」

 「あっ、翔くん……」

 「ん、どうした?」


 振り向きざまに聞き返すも、しかし志保は悲しそうな笑顔で首を振った。

 

 「い、いえ、なんでもありません。頑張ってくださいね」

 「……おう」


 本当に、志保にはどこまで見通されているのだろう。

 昔から感の鋭い奴だとは思っていたが……。

 俺は生徒会室に到着すると、ノックもせずに扉を開けた。

 会長は足を抱え込んで地べたに座っていた。

 そのあまりにも悲痛ひつうな表情を見て、胸がえぐられたような気持ちになった。

 

 「……あ、翔くん」


 その声にはいつもの覇気がなかった。

 震えた声は極限までかすれ、消えてしまいそうだった。

 この惨状さんじょうを作った張本人である俺は、どうしようもないほど胸が痛くなった。



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 伏見ダイヤモンド

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