第2話 春:ゆっくりと深呼吸

4月

新学期、新生活、新しい人間関係

そこに今日俺は飛び込んでいくんや。

そう思ったらもうなんや、なんかもう、あかんくて。

出社の3時間前に起きて身支度済ませて予定よりも少し早い満員電車に乗り込んだ。


なんでこんなに人いるんや、学生も働いてる人も

言うても俺も今日からその仲間かと思うとニヤけてしまう。

はー、緊張する。

先週のオリエンテーションで部署が発表され、今日からそこで働く。

会社に入り、自分がこれから働く部署を前にして何回か手のひらに人を書いて飲み込んだ。


「よし…。おはようございます!本日からお世話になります!!」


覚悟を決めて扉を開け中に一歩入り

深く頭を下げての挨拶

よっしゃ、決まったはずやわ。


「はいはい、今日からの子だよね?」


そうい言うて近付いてきたのは癒し系のお姉さん

この人が俺の教育係?思うてワクワクしとったら


「あ、丁度来たよ。教育係が。おーい、こっちこっち!」


そう言うて後ろに向けて手を振っとる。

なんや、違う人かと後ろを振り向けば思わずぎょっとしてしもうた。

黒のYシャツはピチピチで胸が弾けそうな立派な筋肉

明るいネイビーのスーツもなんや知らんけどラフに見えて

俺より20センチは高いであろうその身長と顔は

所謂怖い系、というかやんちゃ系というか、俺が関わってこんかったタイプの人!!


「あー?今日からだったか。」


「そうだよ、先週言ってたじゃない。新人くん、この大きくて熊みたいな人が教育係だから。みんなから熊さんって呼ばれてるからそう呼んであげて?」


「へ、え、熊さん…?」


「あ?」


そう呼んで言うから呼んだのにドスの効いた声と共に睨まれたんやけど!!


「熊先輩!よろしくお願いします!!」


慌てて先輩つけたんやけど、これで良かったんか…?

そう思ってたらついて来い、と言われて後ろをついていった

自分のデスクやロッカー、自販機の場所に休憩所や出退勤の仕方を教えてくれた。

んやけど…

熊先輩の見た目が怖くて頭に入って来うへん!!

やけど、2回も聞いたら失礼や…。

そう思って必死にメモしていった。


昼休憩挟んだ後デスクでマニュアル読んでて、言われて隣で熊先輩が仕事しとった。

他の人がちょいちょい熊先輩宛に質問に来るから社歴長いんかな。

そんなこと思いながらも必死にマニュアル読んでいく。


パソコン触ることなく1日目終了。

退勤のボタン押して思うたこと

俺、ここでやっていけるんかな…。


次の日になりパソコンを触り始めた。

大学でパワポ、ワードはそれなりに使ってたんやけど

エクセルが分からへん…!

頑張ってあらかじめ買ってきた本を見比べてやっていく。


「おい。」


「ひゃい!!」


隣から熊先輩に声を掛けられ変な返事をしてしまった。

熊先輩は俺をジロジロ見てから


「分からねえことあったら聞けよ、抱え込むんじゃねえぞ。」


と言われたんやけど

そう言われても何が分からないのか分からへん。


「わ、分かりました!」


元気よく挨拶だけしとこ。

分からないことが分からへんなんて言うたら怒られそうやし。

そう思いながらまた本と睨めっこ

そんな俺を見て熊先輩がため息吐いてたんは気付かんかった。


休憩は気分転換に外に出て昼飯食うてきた。

これから飯屋も開拓していこ、とか思いながら帰ってきたらなんや俺のデスク近くが騒がしい。

なんやろ?と思ってたら昨日教育係と紹介してくれたお姉さんがこっちこっちと手招きしてきた。


「なんやありました?」


「新人くん、このフォルダ触った?」


そう言ってパソコンの画面を指差し見せてくるフォルダ

それは確かに午前中俺が触ったフォルダやった。

ひゅんと顔の血の気が引いていく


「あ、は、はい…触りました…。」


「教えてくれてありがとう!ちょっとこのままこのパソコン使わせてね?」


そう言うてカタカタとキーボード操作していくお姉さん


「おい、分かったのか。」


後ろから熊先輩の声が聞こえ思わずびくっと肩を大きく揺らしてしまった。


「あぁ、新人くんが間違えてバックアップ用のフォルダ触ったみたい。」


「復旧は?」


「そうねー、2時間もあればできるかな。」


2時間

2時間も先輩方の時間奪ってしまうんか。


「お前、休憩は?」


熊先輩はデスクの椅子を引き聞いてきたので手汗をかきながらも声だけはちゃんと出さなと口にし


「あ、え、行きました…。」


「もう少し休憩してこい、お前のデスクはしばらく使えねえし。」


「は、はい!!」


そう言われれば逃げるように早足でオフィスを後にしていく。


「ちょっと、言い方きついよ?」


「いいんだよ、それより俺にも回せ。」


お姉さんと熊先輩の会話が少し聞こえたが立ち止まれん。

俺が

俺がミスしたから

先輩達に迷惑かけてもうた。


とてもやないけど休憩所に行けず

1人になれる場所と探していたら非常階段の文字が

試しにドアノブを回していけばくるっと回り外に繋がる階段が


そっと扉を閉め、数段下がってから腰を下ろし顔を両手で覆い


「はあぁーーーー。」


それはもう盛大なため息を吐いてしもうた。

なにやってるんや、俺。

パソコン触ってまだ1日目やで。

なんでこんなミスしてまうんや。


そもそも熊先輩分からんかったら聞け言うてたのに

俺聞かずに勝手に保存しとったよな。

そこがあかんやろ、なんで確認せえへんねん。

俺ほんまに…


「ほんまにアホや…。」


「そうだな。」


俺の独り言に答えてきた声

誰かと思って両手を取れば後ろに熊先輩が居った。


「く、熊、熊先輩!!」


「非常階段にいると思ったわ。お前コーヒーはブラック飲めるのか?」


「え?あ、いや、飲めへんです。」


「じゃあ、こっちな。」


そう言うて渡されたんはカフェオレの缶コーヒー

熊先輩の手にはブラックの缶コーヒーが

熊先輩が飲み始めたから俺も飲むことに


「あったかい…。」


「ここ案外ビル風すげえからな。」


熊先輩はそう言いながらブラックの缶コーヒーを飲み進めとった。

俺はそれを見ながらもちゃうやん、言うことあるやん!と慌てて立ち上がり頭を下げた。


「ご迷惑、おかけし申し訳ございません!!」


「どんな迷惑か分かってるのか?」


う、そ、それは…


「分かって、ないです…。」


「お前は保存するのを新しいフォルダにする筈がバックアップ用のフォルダに保存していた、それをするとバックアップが取れなくなるから地味に困るんだ。」


「そうなんですね…。」


「保存先が分からねえならなんで聞かなかったんだ。」


それは…、聞きにくいからですなんて言えへん。

どうしようかと缶コーヒーを握りしめていたら違ぇよな、と熊先輩は頭をガシガシ掻いて


「俺のせいで聞きにくかったんだろ、威圧感はあるし、感じ悪いし怖がられるし。」


「いや、あの!」


違います!は言えへん、やって俺が思ってること全部言うてくれたから。

どないしようと熊先輩に目線を向けたら苦笑いを浮かべていた。


「悪いな。教育係なのに聞きにくいとか最悪な先輩じゃねぇか、格好悪いな。」


「格好悪くなんかありません!!」


熊先輩の言葉を遮るように言えば驚いたように瞬きしてる様子に口が止まらんかった。

カフェオレの缶コーヒーをぎゅっと握りしめながら止まらない言葉を続けていく。


「熊先輩は、初日からちゃんと出勤退勤とか教えてくれて、休憩とか気にしたりしてくれ俺のことちゃんと見てくれました!!俺が悪いんです、俺がちゃんと聞かへんかったからミスしたんです。俺のせいなんです!!」


そうや、全部悪いのは俺や。

まだまだ口が止まらなそうだったが、止めてくれたのは熊先輩の手だ。

ゴツい手で頭を撫でてくれた。


「なんだ、お前。俺のことフォローしてくれるのか。」


「フォロー言うか…、ほんまのことですやん。」


「違うだろ、フォローするのは俺の役目だ。教育係の役目なんだよ、お前は分からないことは俺なり他の人に聞いたりして不安なことも聞いたりすりゃ良い。その為の教育係であり先輩なんだからよ。」


そう言う熊先輩はでもありがとうな、と付け足してくれた。

そうやよ、俺はもっと頼らな。

俺はまだ社会人なりたてのペーペーなんやからなんでも聞かな。


「俺、今日からちゃんと熊先輩に聞きます!他の先輩とかにも!」


「よし、よく言った。そんじゃ最後の仕上げだ、大きく深呼吸を3回しろ。」


深呼吸?と思ってたらおら、早くしろ。と急かされたので深呼吸していくことに


「大きくな、背中に息入れるくらい大きく吸ってそれを全部大きく吐き出せ。」


言われるがままに大きく深呼吸をしていく。

1回目、深呼吸に必死

2回目、少し慣れてきた

3回目、吐き出す時に綺麗な夕日が見えた。


「めっちゃ綺麗…。」


「ここビル風はあるけど、この夕日が好きで俺もよく来るんだわ。」


熊先輩も夕日を見ながらはにかんでいた。

熊先輩も好きな場所なんや。


「大丈夫だ、さっきのは直った。でも礼は必ず言えよ?お前はミスしてもいい、俺がちゃんとフォローしてやる。分からないことは聞け、それ以外は全力でやれ。」


夕日を浴びながら言う熊先輩の言葉響いた。

めっちゃかっこええやん!

俺もこんなん言うてみたい!

いやいや、まだ言われる方やわ。


「分かりました、ちゃんと聞きます!やから指導お願いします!」


「おう、それでいい。戻るぞ。」


ふと時計を見たら時間にして15分くらいのこと

それでも15分前とは違うスッキリとした感じ

話すことって大事なんや、頼ることも

なんでも一人でできないんやし。

頼っていこう!


そんなこと思いながら熊先輩について行き復旧作業してくれた皆さんにお礼を言って回った。

よっしゃ、俺もかっこええ社会人になれるよう頑張るで!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四季の物語 埜田 椛 @riku_momiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ