第5話 容疑者、そして証言
イゼルスから次に連絡があったのは、それから一週間後のことだった。
とは言っても、本人の名で連絡があったわけではない。婚約破棄の一件は既に王家に伝えられ、正式に受理はされていないものの時間の問題だと言われている。城下にも噂は広がっているようだし、この状況でイゼルスがレティシアと連絡を取り合うのは不自然だった。
代わりに連絡をよこしたのはカイルだ。王太子とその婚約者であった二人の警備の関係上、カイルとルーナは普段から手紙で情報交換をしていた。お互いにその気は全くないが、周囲には恋仲なのではないかと噂されている。主同士の不和の中でもけなげに愛を育む従者たちの文通を怪しむ者は誰もいなかった。それに目を付けたレティシアが二人に頼み込み、状況の共有のための連絡を任せたのである。
ルーナから手紙の到着を聞かされたレティシアは、さっそくその内容に目を通した。最後に会った日の別れ際、イゼルスに確かめるよう頼んだことの結果を確認するためだ。
「リュエル大臣に、アミル次期侯爵、ソーン神父……なるほど、この三人ね」
レティシアがイゼルスに頼んだのは、婚約破棄の申し入れが表沙汰になる前に王家の周辺の人物にそのことについて意見を問うことだ。その中で他と違う反応をする者がいれば教えてほしいと。
レティシアが思うに、犯人の目的はレティシア本人の失脚かアーネット公爵家の廃家。もし前者ならば、レティシアとイゼルスが婚約破棄をした時点で目的は達成される。当然、その申し入れがあったことには手放しで賛成するはずだ。しかし目的が後者であった場合、レティシアが聖女やイゼルスから今すぐに離れることは不都合だろう。内々に尋ねた時の反応であれば、それが率直に表れるかもしれないと思った。
カイルの手紙によると、尋ねた貴族のほとんどは「優秀なレティシア嬢が王妃になられないのは残念だが、聖女と王家の関係を考えると致し方ない」という反応だったらしい。レティシアの予想通りの結果だ。前の人生でレティシアに向けられた言葉は、おおむねそういった内容だった。しかし、カイルが報告してくれた三名だけは違う反応を示した。
リュエル大臣は「聖女の力などという何の根拠もないもののために、長年教育して素晴らしい女性に育て上げたレティシア嬢を引きずり下ろすなどありえない」という意見だそうだ。この人物は普段から聖女の伝説に懐疑的である上、娘がレティシアの教育係を務めている。娘の成果、そして一族の誇りを台無しにされるのが我慢ならないのだろう。
次に挙がったアミル次期侯爵は「王室から正式な打診がある前に自分から破棄を申し入れるというのは時期尚早なのではないか」という反応だったらしい。病気の父親に代わり政務に就く彼は、年若いながらも非常に計算高く権威を重んじることで有名だ。家格が上の公爵家が失脚して上のポストが空くのを狙っているのではないか、という噂はレティシアも以前から耳にしていた。家ごと失脚することを願っているとしたらこの人物だろうとレティシアは踏んでいる。レティシアが婚約破棄を申し出たことを批判しつつもその地位を手放すのは早いと言うのは、アーネット家の後釜を狙う者であれば自然な態度だ。
最後に挙げられたソーン神父は「素晴らしいご判断だ」と手放しに絶賛したという。協会は聖女を信奉する立場だから、こうした発言が出るのは仕方ないと思っている。ようやく現れた聖女・メイの立場を早く押し上げようとしていたはずだから、この展開は願ったり叶ったりなのだろう。
(……まあ、予想通りかしら)
世論がほぼ一つに固まっている状況で違う見解を述べるのはリスクを伴うことだ。非公式の場でのやり取りであっても、王太子という要人に対して軽い気持ちでそれをすることは考えにくいだろう。それこそ早いうちに状況を変えたい理由がなければ。
だから、レティシアはこの質問をすることをイゼルスに頼んだ。この状況に対してひときわ強い考えを持っている者をあぶり出すために。状況を把握したレティシアは、この三人を中心に詳しいことを調べるつもりだった。
(婚約破棄の申し入れをしている以上、王室の周辺では派手に動けないのが難点だけれど……これからどう調査を進めようかしら)
レティシアが手紙を手に思案していると、席を外していたルーナが戻ってきた。ぱたぱたと小走りで、少し慌てている様子だ。どうしたのかと問うと、ルーナは一礼して話し始める。
「お嬢様、それが……リリス・リュエル女史が、お嬢様にお会いしたいと」
「リリス先生が? それはまた急ね……。もしかしたら、婚約破棄の打診について家臣の方々にも話が回っているのかしら」
意外な展開に、レティシアは少し驚いていた。リリスはレティシアの教育係で、婚約破棄の話に否定的な反応を見せたリュエル大臣の娘である。未来の王妃となるレティシアの教育にはそれはもう熱心だったから、婚約破棄の話が表に出れば心を痛めるのは想像に難くない。しかし、王室が決めた教育係である彼女が未来の王妃ではなくなるレティシアに直接会いに来るとは思っていなかった。
とはいえ、三人のことを調べようとしているレティシアにとっては渡りに船だ。
(穏やかな話とはとても思えないけど……でも、今リュエル大臣にどういう風に話が伝わっているのかは気になるわね)
そう思ったレティシアは、ルーナに彼女を客間に通すよう伝えたのだった。
「納得がいきませんわ」
アーネット邸の客間でレティシアと向かい合ったリリスは、開口一番そう言い放った。眼鏡の向こうの潔癖そうな目は、まっすぐにレティシアを見つめている。
「わたくし、王太子殿下の伴侶にふさわしいのはレティシア様の他にはいらっしゃらないと思っていますの。あなたはとにかく優秀で、何でも予想以上の出来でこなしてくれて……。聖女にも少しだけお会いしましたが、王妃が務まるとは到底思えませんでしたわ」
早口でそうまくし立てるリリス。恩師の変わらない様子に安心しつつも、レティシアは苦笑いを返すほかなかった。彼女が一通り話して息をついたのを見計らって、レティシアは口を開く。
「先生がそう言ってくださって嬉しいです。でも、私自身も聖女の伝説には興味がありましたし……殿下に何か言われたというわけではないんです」
「わたくしはそうは思いません。聖女なんて確かめようのない何百年も昔の伝承なんですから。我が家の家訓は“目に見えるものだけを信じよ”なんですの」
きっぱりとそう返しつつ、苦虫を嚙み潰したような顔をするリリス。
家訓、ということは、リュエル大臣も同じ考えなのだろうか。少し気になったレティシアは、そのことについて尋ねてみることにした。
「家訓……ということは、リュエル大臣からの教えですの?」
「ええ。父は特に家訓を大事にしていましたから、聖女のことは端から信用していなくて……そのせいで私だけ聖女の伝説を聞かせてもらえなくて、お友達に呆れられたこともありましたわ」
「まあ……」
「今回のこともそうですけど、それより前から“聖女”と聞くだけで嫌な顔をする人で。昔何かあったのか聞いても何も言ってくれないんです」
そんな風に話しながら、リリスは「でも」と続ける。
「わたくし、父のその考えは間違ってないと思うんです。救ってくれる存在がいつか現れるなんて信じているよりも、目の前で頑張っている人の方がずっと信頼できますから。……レティシア様のことも、聖女よりも信頼のおける王妃になれるよう指導したつもりです」
「先生……ありがとうございます」
リリスの言葉に頷きながら、レティシアは昔のことを思い出していた。かつてレティシアが投獄されたときも、表立って味方はできない中で「信じています」という手紙をこっそりと届けてくれたこともあった。彼女は曲がったことが大嫌いで、何より信頼を大事にする人なのだ。そこに父であるリュエル大臣の教育が大いに影響を与えていることを考えると、大臣が何らかの陰謀でレティシアを貶めようとしているとは考えにくかった。
とはいえ、大臣が聖女に示す強い忌避感には少し引っかかる部分もあった。家訓とは言っていたが、リュエル大臣の父は早くに亡くなっているはず。彼が自身の経験から家訓として語るようになった可能性は十分にある。
リュエル大臣の過去に、聖女に関わる何かが起きていたのか……それは逆に言えば、国中が聖女の伝説を信じ、今まさに熱狂していることにも関わってくるように感じられた。
そこで、レティシアはリリスにもう少し探りを入れてみることにした。
「私、聖女のお話を信じるがあまり、自分の頑張りをないがしろにしていたかもしれません。もっと心を強く持たなければなりませんね。そのためにもリュエル大臣の語った家訓について詳しく聞きたいのですが、良かったらまた聞かせてくださいませんこと?」
「もちろんです! 次は父から詳しい話を聞いてまいりますね」
約束を取り付け、レティシアはリリスを送り出した。だが、婚約破棄が正式に承認されれば、彼女と会うことも不自然に見られることになるかもしれない。その前に状況を整理しなければと、レティシアは思考を巡らせるのだった。
令嬢探偵~二度目の処刑はご免被りたいですわ!~ 藤沢ありん @arinfujisawa
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