第13話

 待ち合わせの駐車場に、信一郎の車は既にあった。

 由美を見つけ、信一郎がヘッドライトをつける。


 由美は信一郎の車に向かい全速力で走り、助手席に転がり込んだ。


「出して! 早く!」

「え。あ、ああ」


 驚いた信一郎がとぼけた声を出す。

 由美は持っていた鞄を抱きしめた。

 信一郎が車を出す。


「どした。お前、汗だくだぞ」

「旦那に見つかった」


「え?」

「旦那に捕まりそうになった」


「・・・」

「もみ合いになって、階段から落ちた。旦那は・・・脱臼してるかもしれない」


 明の右肩には脱臼癖があった。


「脱臼って」


 言いながら信一郎がバックミラーで後ろを確認する。

 追ってくる車も人もなかった。


「大丈夫かよ」


 明のことだろうか? 自分のことだろうか?

 信一郎の顔つきがみるみるこわばっていく。


 これで後戻りできない。単なる旅行では済まなくなったのだ。

 由美は信一郎の反応を窺う。


 信一郎は由美を見ずに、ハンドルを握っていた。

 信一郎の携帯が鳴った。


 胸のポケットから出し、画面を確認している。

 由美が聞いた。


「誰?」

「嫁」


 信一郎が後ろの席に携帯を放る。

 その顔つきは厳しかった。


 信一郎はそれから何も言わず、ただ車を走らせた。

 高速にのった車はすごいスピードで走っていく。


 夫に追われるようなドジを踏んだ自分に腹を立てているのか。

 捨ててきた妻に申し訳ないのか。それとも追って電話してくる妻にうんざりしているのだろうか。


 だったら優しくしてよ。私だって無傷じゃないんだから。


 闇の中で由美は信一郎を睨みつける。

 信一郎は変わらず厳しい顔をしていた。


 その厳しさは車のスピードと同様増すばかりだ。


 これからの生活を思って暗澹とした気持ちになっているのだろうか。


 それが信一郎を鬼のような形相にしているのだろうか。


 深夜の高速、周囲を走っている車は大型のトラックばかりだ。

 仕事で走る車に囲まれて、自分たちは何をしているのだろう。


 由美も暗澹とした気持ちになる。


 私達は、どこへ行くんだろう。どこまで逃げれるんだろう。


 由美は流れるヘッドライトもまばらな高速道路の先を、目を凝らしてじっと見つめた。

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追いかけてヨコハマ 梅春 @yokogaki

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