とあるマンションの一室
@shoki0410
マジシャン
母から聞いた話だ。僕の姉は小さいころよく幽霊を見ていたらしい。本人は全く覚えがないようだが、夜中に誰かと会話をするように話しながらベランダに向かって歩いて行ったり、誰もいないはずの場所をずっと見つめていたりしていたらしいのだ。本当に幽霊が見えていたのかはわからないが、霊感が遺伝が関係しているのなら信じられない話ではない。なぜなら実際僕も幽霊を見たことがあるからだ。
僕がまだ幼稚園児ころは、家族みんな和室に布団を敷いて同じ部屋で寝ていた。和室からはドアを挟んで玄関から入ってすぐの薄暗い部屋、襖を挟んでリビングと台所が見える。
その日は父親はまだ仕事で帰っておらず、母と姉、弟と一緒に布団を敷いて、寝ようとしていた。玄関側のドアは寝るときも開けているが、襖はいつも閉めて寝ていた。
「そろそろ寝なさい」
家族で今日あった出来事を雑談していたら、母がそう言った。時計を見るともう9時を過ぎている。幼い僕や弟は8時から9時までに寝るよう言われているのだ。
「はぁい」
まだ話したりないが、そろそろ眠気が限界に近づいてきている。仕方ないからそろそろ寝よう。そのまま寝てしまえばよかったのだが、その日はなぜか襖を開けてリビングを覗こうと思ったのだ。
スーと小さな音を立てながら襖が開いた。いつもと変わらないリビングを見て、リビングの横にある台所に目を向けた。
「…なんだあれ?」
流し台がある所に何かがある。電気がついていない真っ暗な空間にある‟それ”をじっと見つめた。
「っ!!」
思わず息を吞んだ。物だと思っていた‟それ”は物なんかではなく人間だった。暗闇の中で佇む彼(彼女)は身長は190㎝程ありそうな長身で、スーツ姿でシルクハットをかぶっており、手には杖のようなものを持っていた。マジシャンのような恰好をしているがよく見ると中身はただの人間ではなく骸骨だった。理科室の人体模型にマジシャンの格好をさせたような姿だった。どうしてこの家にそんな奴がいるのだろうか。そんなことを思って見ていると、その骸骨がこっちを向いた––気がした。
「うわっ!」
急いで開いていた襖を閉じた。
「ちょ、ちょっとお母さん、やばいって!」
「ちょっと、うるさい!」
驚きのあまり大きな声を出してしまい、寝かけていた弟の目を覚ましてしまった。でも今はそれどころではない。
「ごめんごめん、でもほんとにヤバいんだって!」
今度は声量に注意しつつ説明した。
「そこのキッチンになんか骸骨がいる。マジシャンみたいな変な格好してる人が立ってんの!」
「何言ってんの...見間違えじゃない?いいから寝なさい」
いきなり「骸骨が家の中で立ってる」なんて話されても信じれないのも当たり前だろう。しかし実際見てしまった身としては信じてもらえないのはすごくもどかしかった。
「信じれないなら見ればいいじゃん!」
と言いながら襖を少し開けた。またあの骸骨がこっちを見るかもしれないと思うと怖かったが、それ以上に母に信じてほしかった。
「ほらあそこ、キッチンのシンクがある所になんか立ってるでしょ?」
「どこ?やっぱりいないじゃない」
僕が話している間に消えてしまったのか?それとも元々僕の見間違えだったのか?恐る恐る僕も台所の方を見てみる。骸骨はまだ先程と同じ位置に佇んでいた。骸骨の顔は正面を向いている。自分達が見られていなくてほっとした。しかし、あんな長身で目立つのに母は気づいていない。
「ほらいるじゃん!あそこだよ?よく見て」
骸骨がいる辺りを指差してもう一度確認したが母はいないと言う。母には見えていないのだろうか。自分しか見えていないのかもしれないと思うと余計に怖かったが、すぐに姉の存在を思い出した。小さいころに幽霊をよく見ていたという姉ならばあの骸骨も見えるかもしれない。
「ねぇ、お姉ちゃんも見てみて。キッチンに何かいるでしょ?」
「キッチン?特に何もいないけど...」
どうやら姉も見えていないらしい。家族で一番霊感がある姉が見えていなのだから、誰も信じてくれないだろう。僕の言葉は信じてくれないのかと思いながら諦めて最後にもう一度台所を見直して襖を閉めた。
翌日目を覚ますと、いつも通り顔を洗って朝ご飯を食べた。昨日の話は誰もしなかった。
これは後から聞いた話なのだが、僕たちが住んでいたマンションの部屋はモデルルームだったらしく、僕たちがその部屋を買うまでは沢山の人が出入りしていたらしい。あの骸骨は過去にモデルルームを見学しに来た人が連れてきた霊なのだろうか。
骸骨の幽霊を見た出来事が起きた数年後に家庭の事情で引っ越すことになり、引っ越し先では霊的な現象は全く起きていない。
ただの僕の見間違えだったのか、それとも夢を見ていただけなのか、今となっては確かめることはできない。
とあるマンションの一室 @shoki0410
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