ダストワーム

コヒナタ メイ

第1話

ダストワーム


                                コヒナタメイ


ゴミは人間にしか作ることができない、それがゴミだと判断できるのは人間だけなのだ



1. 誕生


 ジャンボジェット機が入れるほどの大きな実験室の中に、体長五十メートルの巨大な生物が横たわっていた。生物の身体は円柱形で細長く、直径は五メートルだった。身体に手足はなく、焦げ茶色の表面は湿っていて弾力があった。生物の身体の側面には様々な電極やファイバースコープが刺さっていて、実験室の壁際に設置された様々な機器とコードで繋がっていた。

 生物の一方の端には直径三メートルの口が開いていて、口の内側に三十センチメートル程の楔型の歯が奥に向かって無数に生えていた。生物の口の前には、うず高く積まれた廃棄物が置かれていて、生物はそれを貪り食っていた。ダンプカーによって運ばれてくる廃棄物を研究所の職員がパワーローダーを使って生物の前方に置いていた。

生物の口の反対側にある直径三メートルの肛門から、さらさらの土が勢いよく噴射されていた。土は高さ十メートル程の山を作っていて、研究所の職員が土をホイールローダーで実験室の外に運び出していた。実験室の外では別の職員がその土をショベルカーでダンプカーに積んでいた。

 この研究所は政府が不燃性廃棄物や産業廃棄物を無害化することを目的とし、東京都青梅市の梅ケ谷峠を開発して作ったものだった。所内には巨大な生物を研究する実験室の他に、生物の排泄物である土を分析する施設や、その土を使用して農作物を育て、その農作物の分析を行う施設があった。実験室側壁の上部には生物を見おろせる窓がついた研究室があり、総理大臣、関係省庁の大臣、事務官僚の面々が、研究所の責任者である辻博士から説明を受けていた。

「我々は様々な生物の遺伝子を組み換えることにより、この生物を作り出すことに成功しました。この生物は口から様々な廃棄物を取り込み、体内で消化し、土にして肛門から排泄します。この土は安全で良質なもので、高品質な農作物を作ることができます。」

度の強いメガネをかけた辻博士は生物を見ながら説明した。年齢は六十才で、痩せた身体に長白衣を羽織っていた。辻博士は遺伝子工学の第一人者で、政府から廃棄物を無害化する生物の開発を委託され、六年の歳月をかけてこの生物を完成させたのだった。

林総理大臣、原農林水産大臣、木本環境大臣や各省庁の担当官達は窓から廃棄物を食べる巨大な生物を見ていた。

「素晴らしい。これで、この国のゴミ問題が解決する。」

がっしりとした体格の林総理大臣が言った。真っ黒に染めた髪の毛は七十二才という年齢を感じさせなかった。林総理大臣は環境保全に力を注ぎ、第一次、第二次内閣で高い支持率を得ていた。第三次林内閣の目玉政策は“アグレッシブ環境保全”というもので、科学技術やICTを活用して環境保全を目指すものであった。以前から不燃性廃棄物や産業廃棄物処理時に排出される二酸化炭素やダイオキシンなどによる環境破壊、産業廃棄物の不法投棄による土壌汚染などが問題となっており、不燃性廃棄物や産業廃棄物処理のインフラ整備は急務となっていた。

「この生物は人工のものしか食べないのかね?」

禿げあがった頭の原農林水産大臣が強い東北なまりで訊いた。

「自分の排泄物以外は何でも食べますが。」

辻博士が答えた。

「これよりも大きくなるのかね?」

原農林水産大臣が生物を見ながら訊いた。

「これが最大です。この生物は体長五十メートルまで成長し、十年程生きます。」

辻博士が答えた。

「一日の処理能力はどれくらいですか?」

スラリと背の高い木本環境大臣が訊いた。

「二十四時間フル稼働で一日約五十トン程度処理できます。」

辻博士が答えた。

「危険性は無いんですか?」

木本環境大臣が訊いた。

「ほぼミミズと同様の生物ですので、心配はありません。ただ、体内には強酸性の消化液とバクテリアが入っているので、身体が損傷するとそれが外に放出されます。」

辻博士が答えた。

「生物が、この処理場で管理されていれば問題ないですよね?」

木本環境大臣が言った。

「そうですね。ただ、この生物には常に餌を与え続けてデータを取っていて、空腹時のデータは取っていません。この生物が空腹になった時にどうなるかはわかりません。」

辻博士は言った。林総理大臣は声をあげて笑い

「この国から廃棄物がなくなる日など来るわけがない。この生物が空腹になることなんてないのだ。」

と言った。辻博士は愛想笑いして林総理を見た。

「ところで、この生物の名前は決まっているのかね?」

林総理大臣は訊いた。

「いえ、決まっていません。」

辻博士は答えた。

「ゴミを喰うミミズか、ゴミは英語でダスト、ミミズはワームだな、ダストワーム。この生物の名前はダストワームでどうだろう?」

林総理大臣が言うと、大臣や官僚達は大袈裟に拍手した。

「では、このダストワームを主要都市の廃棄物処理場に配置しよう。」

林総理大臣は丸い顔に満面の笑みをたたえて言った。


 一年後の二〇二二年十一月一日、主要都市の廃棄物処理場に配置されたダストワームが稼働を開始した。東京都のダストワームだけは、研究所を廃棄物処理場として、実験に使われていたダストワームがそのまま利用されることとなった。主要都市に配置されたダストワーム達は廃棄物を食べ続け、肛門から土を噴出し続けた。

 林総理大臣はテレビ番組や、インターネットCMに出演してダストワームの広報活動を行った。

「燃やせないゴミを安全な土に変える奇跡の生物!それがダストワームです。皆さんどんどん燃やせないゴミを捨ててください。」

林総理大臣が言い終わった後にダストワームが廃棄物を食べ、肛門から土を噴出する映像が流れた。

 政府は粗大ゴミ収集料金を減額できるよう自治体に補助金を交付した。粗大ゴミの収集料金が安くなったことで、国民はどんどん粗大ゴミを捨てて新しいものを購入した。景気は良くなり、企業は古いビルを壊して新しいビルに建て替えた。解体された古いビルもダストワームの餌となり、ダストワームが空腹になることはなかった。産業廃棄物の不法投棄は激減し、林総理大臣は国民から高い支持率を得た。あらゆる業界から多額の政治献金を得た林総理大臣はその金を権力の維持に費やした。すべてが順風満帆に進んでいた。



2. 供給過剰


 ダストワームが稼働をはじめてから一年後の二〇二三年十一月七日、政府の定例閣議でダストワームが議題に上がった。

「東京都のダストワームが排出する土の供給が過剰となり、対応を検討する必要があります。」

木本環境大臣は言った。

「何だ、土の供給過剰って?」

林総理大臣が憮然とした表情で訊いた。

「ご承知のとおりダストワームが排出する土は、主に東京湾の埋め立てに使用していますが、当初の予定よりも廃棄物の量が増えたため、ダストワームが排出する土の量も増え、埋め立てが完了してしまいました。他に東京湾に埋め立て地を作る余地はありません。」

木本環境大臣が言った。

「そんなこと、最初から想定できなかったのか?」

林総理大臣が憮然としたまま訊いた。

「東京都のダストワームは当初の予定よりも四倍の速さで稼働しているため、排出される土の量も四倍になり、四年で埋め立てるところを一年で埋め立ててしまいました。早急に土を廃棄できる場所を探す必要があります。」

「東京都に場所は確保できないのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「はい、土を廃棄する場所はもうありません。」

木本環境大臣が答えた。

「となると、他県に廃棄場所を提供してもらわなければなりませんね。」

沢崎官房長官が言った。

「他県はすでに自分の地域のダストワームから出される土の廃棄場所を確保していますから、新たに東京から排出される土を引き取ってくれと言っても簡単には了承しないと思います。」

木本環境大臣が言った。

「でも、ダストワームから排出される土は良質なものだから農業に適しているんだろ?農地を増やせば良いじゃないか?」

林総理大臣が言った。原農林水産大臣が立ち上がり

「ご存知のように、我が国の農業は衰退の一途をたどっています。農家の高齢化と後継者の不在、それに伴う耕作放棄地の増加…。そんな状況下での農地の造成は矛盾があります。」

と言った。閣僚達各々が首をひねった。

「北海道に有償で引き取ってもらうのはどうでしょうか?」

沢崎官房長官が言った。

「難しいですね。北海道は土地が広いと思われがちですか、道内のほとんどの平地が活用されていて山間部以外は用途が決まっています。また、北海道にもダストワームが配置されていますので、県知事は東京都の土を引き取ることに難色を示すのではないでしょうか?」

松山内閣府特命担当大臣が言った。

「じゃあ、どうするんだよ!」

林総理大臣が叫んだ。閣僚達はビクっとして、俯いた。

「福島第一原発付近の土地を買い取って整地し、土を廃棄すると言うのはどうでしょうか?」

沢崎官房長官が言った。林総理大臣は嬉しそうに

「いいね!どうせあの辺に住民は戻れないんだから、国で土地を買い上げてそこに土を廃棄しよう。」

と言い

「で、土地代はいくらぐらいなの?」

と続けた。有働財務大臣が薄くなった登頂部の髪の毛を気にしながらノートPCを叩き

「相場は一平方メートルあたり五千円弱です。このような状況なので二千円ほど上乗せして七千円を提示するのが妥当ではないかと思います。」

と答えた。

「高いな、あんな土地一平方メートルあたり千円でいいよ。」

林総理大臣は言った。

「それでは住民の気持ちを逆撫でするのではないでしょうか?」

木本環境大臣が言った。

「何でだよ。福島第一原発は廃炉までに何百年、いや何千年かかるかわからないんだぞ。あの辺の土地なんて持っていたってしょうがないじゃないか。国で買い取ってやるって言っているんだから、喜べってんだ。」

林総理大臣は声を荒げた。閣僚たちに緊張が走った。

「しかし、一平方メートルあたり千円では安すぎます。住民達は原発事故のためにあの土地を離れることになったのですから。」

木本環境大臣は言った。

「おう、お前はあそこの住民が原発事故のために住みかを追われた被害者みたいに言うけどな、原発っていうのは住民の合意があってはじめて建てられるんだぞ。原発建てた後は自治体にいろんな補助金が入って住民は恩恵を得ていたんだ。重大事故が起きたから、原発反対だなんて虫が良すぎるだろ。」

林総理大臣は怒鳴るように言った。木本環境大臣は私立大学で環境学の教授を勤めていたが、第三次林内閣の目玉政策である“アグレッシブ環境保全”というスローガンを達成するために内閣に登用された。はじめのうちはこの国の環境保全に貢献できればと意気込んでいたが、林総理大臣が傲慢で閣僚達を下僕のように扱っていることや、環境保全を進める政策の裏で様々な利権を貪っていることを知り、国へ貢献したいという意欲はすぐに失せてしまった。

「では、福島第一原発付近の土地の買い上げを一平方メートルあたり千円で福島県と交渉いたします。国土交通省が交渉にあたります。」

沢崎官房長官が言った。唯一の女性閣僚の倉田国土交通大臣が頷いた。

「どれくらいで土地の買い取りの目処がつきますか?」

木本環境大臣が訊いた。

「さあ、やってみないとなんとも言えません。」

容姿端麗の倉田国土交通大臣が神妙な顔つきで答えた。

「東京都のダストワームから排出される土の廃棄場所は四カ月で一杯になります。それまでに廃棄場所を探していただかないと…。」

木本環境大臣が言った。

「四カ月で土地の買収はできそうかね?」

沢崎官房長官が倉田国土交通大臣に訊いた。

「頑張ります。」

倉田国土交通大臣は真剣な顔つきで答えた。沢崎官房長官は

「頼もしいな。」

と満面の笑みで言った。

「もし、四カ月で土地の買収が進まないときはダストワームの稼働はどうしますか?」

木本環境大臣が林総理大臣に訊いた。

「土地が買収できるまで稼働を停めとけばいい。最悪あれが飢え死にしたって新しいのを作ればいいだけのことだ。」

林総理大臣が吐き捨てるように言って会議は終了した。


 一カ月後、倉田国土交通大臣は大臣室に官房長の荒木を呼びつけた。荒木が部屋に入ると倉田国土交通大臣は机の上に置いた鏡を見ながら念入りに顔に浮かんだシミのチェックをしていた。今年四十才になる倉田国土交通大臣は元女優で、代表作は女性代議士の活躍を描いた映画“ポリティクス☆レディ”だった。沢崎官房長官は彼女の大ファンで、彼女が衆議院議員になったのも入閣したのも彼の力によるものであった。

「荒木です。」

「ダストワームの土を福島県に送る件どうなりましたぁ?」

付け睫を整えながら倉田国土交通大臣は訊いた。

「はい、福島県知事はやはり土を受け入れるのは難しいと言っています。」

頭頂部まで禿げ上がった背の低い五十才の荒木は、自分よりも能力が無いのに大臣となった倉田国土交通大臣を心の中で軽蔑していたが、それを表に出すことはなかった。

「どうしてですかぁ?」

「はい、こちらが提示した金額が安すぎるというのと、原発廃炉の見通しがたたない中で土地を売却すれば、あの地に戻れないことを自らが認めることになる、といった地元の反発があるからだそうです。」

荒木はハンカチで汗を拭いた。

「へー、そうなんですか。じゃ、難しいですねぇー。」

倉田国土交通大臣は外国製のリップクリームを唇に塗りながら言った。


二〇二四年三月一日閣僚会議から四カ月が過ぎ、青梅市の廃棄物処理場は操業停止となった。その日からダストワームに廃棄物は与えられなくなった。



3. 脱走


 それから一ヶ月後の四月三日午前九時、青梅市の廃棄物処理場の入場門にある詰所の中で居眠りをしていた高齢の警備員は、背後から聞こえてくるドドドドドという大きな音に気づいて目を覚ました。詰所からでた警備員が音の聞こえてくる方向を見ると、巨大な茶色い塊が自分の方に向かって来るのが見えた。危険を感じた警備員は道路の端にある雑木林の中まで走って木の陰に隠れた。茶色い塊は廃棄物処理場にいたダストワームだった。ダストワームは詰所を一呑みにすると道路に出て、巨体をくねらせながら北に向かって峠を下っていった。警備員は震える指で警察に電話をかけた。


 午後一時、内閣は緊急閣僚会議を開催し、ダストワームの対応について協議した。

 大会議室の壁に大型モニターが設置され、長机がロの字型に配置されていた。内閣の閣僚達は長机を囲むように座っていて、各省庁の官僚が壁際に並べられたパイプ椅子に座っていた。会議場の中に林総理大臣が足早に入ってくると内閣閣僚と官僚達は立ち上がって頭を下げた。林総理大臣が沢崎官房長官と石渡防衛大臣の間に座ると閣僚たちは着席した。

 藤田警察庁長官は大型モニターの横に立って一礼すると、モニターの反対側でノートPCを操作する担当官に目で合図を送った。モニターに青梅市和田町の家屋を食べ、肛門から土を噴出しているダストワームの映像が流れた。

「東京都青梅市和田町二丁目の廃棄物処理場に設置していたダストワームが処理施設を捕食し、この地から脱走しました。ダストワームは梅ケ谷峠入口交差点を右折し、都道四十五号線を東に進んでおります。現在四十五号線沿いの家屋やビルディングを破壊、補食しながら東京方面へ時速二メートルほどの速さで進んでいます。周辺並びにダストワームの進行方向の住民には避難勧告を出し、全ての住民の避難が確認されています。現在までに被害者は出ておりません。」

藤田警察庁長官が言った。

「木本君、青梅のダストワームは稼働させていなかったの?」

林総理大臣が木本環境大臣の席を見ると、木本環境大臣の姿はなかった。

「木本はどうした?」

林総理大臣は沢崎官房長官を見た。

「はい、彼は体調不良で休養しています。」

沢崎官房長官は答えた。

「あの野郎、首だ首。」

林総理大臣は歯ぎしりしながら言った。

「ダストワームは一カ月前より稼働させておりません。」

壁際に座っていた環境省官房長の彦田が立ち上がって言った。痩身で背が高かった。

「福島県に土を捨てる件はどうなったんだ?」

林総理大臣は倉田国土交通大臣を見た。倉田国土交通大臣はすっと立ち上がり腰を九十度の角度で曲げ

「大変申し訳ありません。福島県と交渉してまいりましたが、金額の折り合いがつかず、福島県に土の引き取りを受け入れていただいておりません。」

と叫ぶように言った。壁際に座っている荒木は目と口は大きく開け(女優ってすごい)と思った。

「金額の折り合いがつかないって、そこを何とかするのがあなたの仕事でしょう。」

林総理大臣は呆れたように言った。

「申し訳ございません。」

倉田国土交通大臣は頭を下げ続けていた。

「やはり土地代一平方メートルあたり千円というのは安すぎたのではないでしょうか?」

沢崎官房長官が倉田国土交通大臣を庇った。

「何だ、俺が悪いみたいじゃないか?」

林総理大臣は沢崎官房長官を睨んだ。

「いえ、そういうつもりはございません。」

沢崎官房長官は頭を下げた。

「総理、脱走したダストワームへの対応が先ではないでしょうか?」

藤田警察庁長官が間に入った。林総理大臣は憮然とした表情で

「もういい、先に進めてくれ。」

と言った。倉田国土交通大臣はいそいそと椅子に座った。

 藤田警察庁長官が担当官に合図すると画面が切り替わり、青梅市の地図が表示された。

「ダストワームは、この付近の家屋やビルディングを補食しながら東方向に進んでいくと考えられます。都道四十五号線は東へ向かうほど建物が増えていくため、補食しながら進むダストワームの進行速度はさらに遅くなると考えられます。」

藤田長官はモニターに表示された地図にレーザーポインターの光を当てながら言った。

 林総理大臣は隣に座っている石渡防衛大臣の肩を肘で小突いてニヤリと笑った。背が高く無表情な石渡防衛大臣はゆっくりと総理に顔を向けて頷いた。

「大変なことになったなー。」

笑顔で言う総理を見た閣僚達は眉間にシワを寄せた。林総理大臣は兵器マニアで、数年前に他国から航空母艦を購入しようと言いだしたことがあった。その時は閣僚達による説得で航空母艦の購入には至らなかったが、今回も林総理は何かとんでもないことを企んでいるのではないかと閣僚達は思っていた。

 ドアがノックされ、警備員に案内された辻博士が部屋に入ってきた。閣僚達は辻博士に注目した。

「遅くなりました。」

辻博士が頭を下げると

「ようこそお茶の水博士、あんたの作ったアトムが大変なことになったぞ。」

林総理大臣が言った。辻博士は首を傾げて

「失礼ですが総理、私の名前は辻で、私が開発した廃棄物を処理する生物の名前はダストワームです。ダストワームという名前は総理自身が命名されたはずですが…。」

と言うと、林総理大臣は耳をピンクにして

「もういい、冗談のわからない奴だな。さっさと座りなさい。」

と叫んだ。閣僚達は笑いをこらえながら眉間に皺を寄せて辻博士を見た。辻博士が林総理大臣の後ろに置かれた椅子に着席すると、画面に“ダストワーム駆除作戦”の文字が表示された。

藤田警察庁長官は一つ咳払いして

「では、警察庁で作成したダストワーム駆除作戦について説明いたします。」

と言った。画面が切り替わりダストワームの画像が表示された。

「まず、ダストワームの口の前に十トントラック十台分の廃棄物を置き、ダストワームの進行を止めます。都道四十五号線の西側からクレーン車と牽引トラックを乗り入れ、ダストワームの肛門側の前で停車します。クレーン車でダストワームの身体に金属製のワイヤーロープを巻きつけ、牽引トラックで引っ張って産業廃棄物処理場へ運びます。」

画面には産業廃棄物や重機の画像が追加されていった。藤田警察庁長官は言い終えると辻博士を見ながら

「辻博士、いかがでしょうか?」

と訊いた。辻博士は立ち上がり

「まず、ダストワームは体重が千トン近くあります。皮膚は硬くできていますが、金属製のワイヤーを巻きつけて力を加えると身体が引きちぎれると思われます。」

と言った。

「引きちぎって持っていけば良いだろ。」

林総理大臣は振り向いて言った。

「ダストワームの体内には、廃棄物を溶かすための強酸性の消化液と廃棄物の毒物を無害化するバクテリアが入っており、身体を引きちぎるとそれらが空中に放出されます。」

辻博士は林総理大臣に向かって言った。

「何でそんな危険な物作ったんだ!」

白髪の三上厚生労働大臣が激しい口調で言った。

「なんで作ったかですって?造ってくれって言ったのはあなた方です。私はダストワームの危険性について説明したのに、心配することはないと言ったのはあなた方じゃないですか?」

辻博士は反論した。

「他にダストワームを移動させる方法はないのですか?」

太った桐島総務大臣が辻博士に訊いた。真っ黒に染めた髪に油を塗っている。

「ダストワームを台車に載せて引っ張る方法がありますが、台車に巨体を載せる方法が課題となります。持ち上げることは不可能ですし、ダストワームの進行方向に台車を置いて待っていたら、台車が食べられてしまいます。」

辻博士は首をひねりながら答えた。閣僚達も首をひねった。辻博士は

「今現在ダストワームがいる場所に廃棄物を与えながら、そこに新たな廃棄物処理場を作り、周りを迂回するように道路を作るなどのインフラ整備をすればいいのではないでしょうか?」

閣僚達の目は輝いたが、林総理大臣は机を強く叩き

「ダメだ!それでは我々がダストワームに屈したみたいじゃないか。ダストワームを移動させることができないから、そこを迂回するようにインフラ整備するだと?あんな怪物は自衛隊の戦車で木っ端微塵にしてやればいいんだよ。」

と怒鳴るように言った。閣僚たちは顔をしかめた。辻博士は驚いて目を開いた。

「なあ、自衛隊の戦車ならあの怪物を粉々にできるだろ?」

林総理大臣は石渡防衛大臣に訊いた。

「戦車では粉々にするのは難しいです。」

石渡防衛大臣は金属が擦れるような高い声で答えた。

「じゃあ、ミサイルとか使っちゃう?」

林総理大臣は目を輝かせた。

「ミサイルを使用するのであれば、戦闘ヘリから空対地ミサイルを発射するのが妥当だと思います。八発でダストワームを焼きつくすことができます。」

石渡防衛大臣はわずかに鼻をひくつかせて言った。

「それだったら、危険な消化液もバクテリアも消えてなくなるよな?」

林総理大臣は辻博士を見て訊いた。

「さあ、ミサイルの威力については私の専門外ですが、ミサイルの火力で消化液とバクテリアを燃やすことができれば問題ないと思います。」

辻博士は顔をしかめて言った。

「総理、自衛隊のミサイルを使うのは如何なものかと思います。」

桐島総務大臣が立ち上がって言った。身体も声も震えていた。林総理大臣は桐島総務大臣の目をじっと見つめながら

「いいのかな?桐島君、私に歯向かったりして。」

と言った。すぐに桐島総務大臣はうつむいて

「いいえ、今の発言は撤回いたします。」

と言い、勢いよく椅子に座った。林総理大臣は俯いている閣僚達を見回して満足げに微笑んだ。林総理大臣は就任早々に内閣機密費を使って閣僚達のスキャンダルを調べあげた。林総理大臣が調べあげた閣僚達のスキャンダルは彼らの政治生命だけでなく、彼らの社会的地位を奪うほどの破壊力があり、閣僚達は林総理大臣に歯向かうことができないのだった。

「それでは、これからすぐにダストワーム攻撃の準備を進めろ。明日にはダストワームをミサイルで破壊すること、暴走するダストワームを地獄の業火で焼きつくすのだ!」

林総理大臣はてきぱきと言った。

「破壊したダストワームは、どのようにしますか?」

石渡防衛大臣が訊いた。林総理大臣は辻博士を見た。

「やはり、土の中に埋めるのが妥当だと思います。」

辻博士は答えた。

「埋めた後の土壌汚染の心配はないのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「はい、爆発によって消化液とバクテリアが燃えてしまうのであれば、それを埋めたところで環境への影響は少ないと思います。」

辻博士が答えた。

「ダストワームは最初にいた廃棄物処理場の敷地内に埋めるのが妥当でしょうか?」

沢崎官房長官は辻博士に訊いた。

「そうですね。他に選択肢は無さそうです。」

辻博士は答えた。

「暴れまわっているダストワームは破壊するとして、新しいダストワームはどれくらいで使えるようになるのかね?」

林総理大臣が辻博士に訊いた。

「そうですね、研究所で一から作るので一年くらいかかります。」

辻博士は答えた。

「よし、破壊したダストワームは青梅の廃棄物処理場に埋めること。爆発で破壊された家屋などは新しいダストワームに食べてもらうので処分場に置いておくこと。急いで取りかかってくれ。」

林総理大臣は足早に部屋を出ていった。閣僚達は椅子に座ったまま俯いていた。



四. 業火


 翌日、テレビ日日は昼のワイドショー“ダントツ”でダストワーム特集を放送していた。ダントツは平日の午前十一時から午後二時までのニュースバラエティーで政治の闇や社会の歪みに鋭く斬り込むことをモットーにしていた。痩せた身体に細身のスーツを纏ったアナウンサーの藤枝は大型モニターの左側に立ち、三人のコメンテーターはモニターの右側の椅子に腰かけて並んでいた。

「東京都青梅市の廃棄物処理場から脱走したダストワームは青梅市和田町周辺の家屋や施設、電柱などを破壊しながら東京都心に向かって進んでいます。現場上空の漆原さんと中継が繋がっています、漆原さん。」

藤枝が言うと、大型モニターにヘリコプターから撮影されたダストワームの姿が映し出された。

「はい、現場上空の漆原です。私は今、青梅市和田町二丁目の上空にいます。ご覧頂けるでしょうか、ダストワームは家屋や施設、電柱などを口で噛み砕き呑み込みながら東に向かっています。後部にある肛門からは排泄物である土が噴出しています。」

漆原が叫ぶように言った。

「漆原さん、ダストワームはどれくらいの速度で進んでいるのでしょうか?」

藤枝が訊いた

「はい、ダストワームはですね、昨日最初にいた場所から東に向かって五十メートルほど進んでいます。ですから、時速にすると二メートルと言ったところでしょうか?」

漆原が答えた。

「わかりました。引き続き取材をお願いします。」

藤枝はそう言うと、コメンテーターのほうに向かって

「花田さん、ダストワームが廃棄物処理場から脱走して、青梅市から東に向かって進んでいるということですが、これについてどう思われますか?」

と訊いた。小太りの花田弁護士は、汗で鼻から滑り落ちる眼鏡を押し上げながら

「そうですね、ダストワームは東京都内に向かって進んでいます。青梅市から東京都内までは五十キロメートルほどの距離があるのですが、東に向かうほど家屋や施設が増えていきますので進む速度は遅くなっていくと考えられます。ただ、ゆっくりとはいえ建物や家屋を破壊して行き、いずれは東京都内まで進むわけですから、早急な対策が必要だと思います。」

と答えた。藤枝は大袈裟に頷いて

「なるほどなるほど、東にいくほど家屋や施設が多くなるので、ダストワームの進む速度は遅くなる、だけれども早く対策を講じないと、いずれ東京都内がダストワームによって食いつくされてしまう危険性があるってことですね?」

花田は頷いた。藤枝は隣に座っている生物学者の武内に向かって

「本日は以前ダストワームを開発する研究所に勤務されていました武内博士にお越しいただいております。武内さん、ダストワームを移動させて元いた場所に戻す必要があると思われますが、政府はどうやってダストワームを移動させると思われますか?」

と訊いた。

「ダストワームを移動させることは容易なことではありません。ダストワームはミミズみたいな生物で知能はありませんから、調教して言うことをきかせるなんてできません。体重は千トンほどあるのですが、身体は柔らかいのでクレーンで吊ろうとしてワイヤーなどを撒いたら、その部分が切れてしまいます。」

痩せた身体に派手で特殊な色のジャケットを羽織った武内は早口で答えた。髪はボサボサで、度の強いメガネをかけていた。

「なるほどなるほど、私なんかダストワームの鼻先にエサとなる廃棄物を処分場まで並べて誘導するといいと思うのですが、どうでしょうか?」

藤枝は訊いた。

「無理だと思いますよ。ダストワームは何せミミズの親玉みたいなものですから人の思うようには動いてくれません。あなた、ミミズに言うこときかせることできますか?」

武内はまた早口で言った。

「いやー、ミミズを操るなんて考えたこともないです。笛を吹いて言うことをきかせるなんてできないのですか?」

藤枝はとぼけた顔で手に笛を持つ仕草をした。

「あれはヘビでしょう。」

武内は言った。会場内にいる観客は大袈裟に笑った。

「藤枝さん、藤枝さん、聞こえますでしょうか?」

漆原の声が聞こえた。

「はい、漆原さん。何でしょう?」

「ただいま、警視庁から我々の乗っているヘリコプターに退去命令が出されました。」

漆原が言った。

「退去命令ですか?何か動きがあるんでしょうか?」

藤枝が訊いた。

「わかりません、警視庁の担当者は我々のヘリコプターに現在の場所から百メートル離れるよう言っていますので、我々は現在の場所よりも北側に百メートル離れます。」

漆原が答えた。

「警察はなぜ取材用のヘリコプターを百メートル離すと思われますか?」

藤枝の問いに対し漆原は

「さあ、理由については教えていただいていません。あ、新たに北東の方角から四機のヘリコプターがやって来ました。ダストワームに向かって行きます。どうやら自衛隊のヘリコプターのようです。」

モニターには四機の自衛隊の戦闘型ヘリコプターが映し出されていた。

「漆原さん、自衛隊のヘリコプターがダストワームに接近しているのですね?」

「はい、自衛隊の戦闘ヘリコプターがダストワームの北側の上空で停止しています。」

モニターにダストワームの北側の上空でホバリングしている自衛隊のヘリコプターが映し出された。

「自衛隊のヘリコプターは何をするのでしょうか?ダストワームにミサイル攻撃でもするつもりですかね?」

藤枝は少し笑いながら訊いた。

テレビ日日のヘリコプターに乗ったカメラマンは、ダストワームの前でホバリングする自衛隊の四機のヘリコプターを望遠カメラで撮影していた。

突然、自衛隊のヘリコプターから八発のミサイルが発射され、ダストワームに命中した。ミサイルはダストワームに着弾したと同時に爆発し、大きな火柱が上がった。ダストワームの身体から炎が上がった。

「なんということでしょう!今、自衛隊のヘリコプターがダストワームに向かってミサイルを放ちました。ダストワームの身体は炎に包まれています。」

漆原が叫んだ。ダストワームから炎が上がる映像が流れた。

「漆原さん、自衛隊のヘリコプターがダストワームをミサイルで攻撃したのですね?」

藤枝が訊いた。

「はいそうです。」

漆原が答えた。

「みなさん、たった今自衛隊のヘリコプターがダストワームをミサイルで攻撃しました。」

藤枝は言って、コメンテーターの方を向き

「いやー、ちょっとビックリしましたね。どう思いますか花田さん。」

と訊いた。花田は

「そうですね、自衛隊の兵器を生物駆除のために使用するのは如何なものかと考えてしまいますね。他に方法はなかったのでしょうかね?」

と答えた。藤枝は

「法的に問題はないんですか?」

また花田に訊いた。

「法的に問題あると思います。」

花田は答えた。藤枝は

「なるほどなるほど、でも、ダストワームが暴走して建物や家屋を食いつくして、まあ、何というかそれが国家への脅威と考えるってことは難しいでしょうか?ゴジラなんかでは自衛隊がミサイルで攻撃していますよね。」

また花田に訊いた。

「あれは映画ですから、ダストワームはゴジラとは違って進行速度も遅いですし、口から放射性物質は吐かないですし、私はもっと別な駆除方法があったのではないかと思いますが。」

花田は答えた。

「なるほどなるほど、では、ダストワームを駆除する他の方法はあったのでしょうか、武内さんこのあたりどう考えられますか?」

「他に方法ですか?それは難しいですね。ただ、ダストワームは皮膚呼吸をしているので放水して呼吸困難にさせることはできます。ただ体長が五十メートルもあるので、全身に放水するのは難しいですね。政府はダストワームにミサイルを撃ちこんで破壊するのが手っ取り早い方法だと判断したのだと思います。」

「なるほどなるほど、政府はダストワームに自衛隊のヘリからミサイルを撃って手っ取り早く破壊したのですね。今のを見てどう思った中川くん?」

奇抜な髪型と服装をしたタレントの中川は

「僕、ゴジラめっちゃ好きでー、なんか今の見ていて興奮しました。日本の自衛隊格好ええなーと思います。」

中川は興奮しながら答えた。

「はい、そろそろ時間となります。ダストワーム今後どうなるのでしょうか?明日もこの時間にダストワームの続報をお届けしたいと思います。みなさん、ありがとうございました。」

藤枝が言うと、出演者達は頭を下げた。


「なんか、大変なことになっているね。ゴジラみたい。」

害獣駆除用品などを取り扱う株式会社ACに勤める三十五才の鎌田大樹は二つ年下の妻、彩に向かって言った。その日、休みだった鎌田は妻の彩と娘の芽依と自宅リビングのテレビでダントツを見ていた。鎌田の家は小平市にあり、青梅市からは三十キロメートル程離れているが、ダストワームが東に進んできたら、この地も安全とは言えない。

「そうね、ゴジラみたいね。ダストワームがこっちの方に来ると怖いなって思ったけど、死んじゃったからもう大丈夫ね。」

二才になる娘の芽依は鎌田を見て

「ゴジラって何?」

と鎌田に訊いた。

「ゴジラっていう怪獣のお話があってね、怪獣のゴジラはとても大きくて街を壊しちゃうんだよ。ダストワームっていう生き物が建物を壊しているからママとパパはダストワームがゴジラみたいだなって思ったんだ。」

鎌田は身振り手振りを交えて言った。

「芽依ちゃんのお家もダストワームに壊されちゃうの?」

芽依は心配そうな目で鎌田を見た。

「大丈夫だよ。今、ダストワームは死んじゃったから。」

鎌田は優しい目で芽依を見た。

「良かった!」

芽依は鎌田に抱きついた。鎌田は優しく芽依の頭をなでた。


 三時間後、陸上自衛隊の処理担当部隊は、バラバラになったダストワームの死骸をショベルカーで大型のダンプカーに積んでいた。ダストワームの身体はほとんどが焼けていたが、燃え残った部分もあった。ダストワームの死骸を積んだ自衛隊のダンプカーは西に向かい、梅ケ谷峠入口交差点を左折し、元々ダストワームが置かれてあった廃棄物処理場に運んだ。処理部隊は廃棄物処理場の敷地に大きな穴を掘り、そこにダストワームとダストワームが食い散らかした廃棄物を一緒に埋めた。この廃棄物処理場には新しく作られたダストワームを置く予定だった。


 テレビ日日はその日のニュースで自衛隊のヘリコプターがダストワームにミサイルを発射する映像を繰り返し放送した。SNSでは“林首相やばくない?”がトレンド入りし、ネットニュースのコメント欄にも批判的な意見が多く寄せられていた。政府の定例会見で自衛隊の兵器を使ってダストワームを攻撃したことについての質問が相次いだが、沢崎官房長官は、暴走したダストワームは国民の脅威となっており、国民の脅威を取り除くために自衛隊の兵器を使用したのであって、今回の兵器の使用は適切なものであったと答えた。

 翌日の新聞は、ダストワーム駆除のための兵器使用について、政府への批判的な記事が多く掲載され、元閣僚経験者の怒りのコメントなどが記載されていた。官邸のぶら下がり取材で記者の前に立った林総理大臣はいつものように記者達を見下す目で見ていた。

「首相、ダストワームへの自衛隊の兵器使用について多くの国民が政府への不信感を持っています。法的にも問題があるとの指摘がありますが、どのようなお考えでしょうか?」

記者の質問に対し林総理大臣は

「不信感を持つ国民がいる…ですか?ダストワームは暴走して街道沿いの家屋を破壊していたのです。あのまま我々が放っておいたら被害は拡大して、東京都内にも影響が及んだかもしれません。あなた、それでもいいのですか?国民への脅威を取り除くためにダストワームを破壊した私の判断が間違っていますか?」

林総理大臣は質問した記者を睨み付けて言った。

「ダストワームを除去する他の方法について政府は検討されたのでしょうか?」

他の記者が質問した。

「もちろん検討しましたよ。ただ、あの方法が最も適切であると我々は判断しました。もういいですか?」

林総理大臣は足早に去っていった。

その後テレビやSNSなどで政府がダストワーム駆除のためにミサイルを使用したことについて議論されたが、しばらくするとその話題は消え去っていった。



五. 復活


 三か月後の七月五日午前六時、大型バイクに跨がった男が都道四十五号線を西に向かって走っていた。男が梅ケ谷峠入口交差点を左折し、坂を上っていくと路上に細長い物体が蠢いていた。物体の手前でバイクを停めた男が、その物体をよく見ると道に広がった沢山の大きなイモムシのような物体が身体を小刻みにくねらせてゆっくりと坂を下ってくるのが見えた。

「うわー、なんだこりゃー!」

男は叫びながらバイクをUターンさせ坂道を下り、梅ケ谷峠入口交差点でバイクを停め、ポケットからスマートフォンを取り出して警察に通報した。

 小さなダストワーム達は都道四十五号線の沿道にある家屋を物凄い勢いで食べはじめた。通報を受けた青梅警察署のパトカーが到着し、警官は沿道に住む市民を避難させた。小さなダストワーム達は大きなダストワームよりも俊敏に動き、梅ケ谷峠よりも西側の和田町二丁目と梅郷一丁目、二丁目、三丁目付近に霧散した。青梅警察は梅ケ谷峠入口交差点と梅の公園入口に警官を配置して警備に当たった。記者会見を開いた青梅警察署長は新たなダストワームと思われるものが梅郷付近に出現したことと、付近住民を避難させたことを伝えたが、詳細については調査中として、記者からの質問に答えることはなかった。


 午前九時、政府は緊急閣僚会議を開催した。辻博士も招聘された。

藤田警察庁長官が現在の被害状況を説明した。モニターに道路に広がって進むダストワーム達が表示された。

「こちらは梅ケ谷峠入口交差点よりも南側にある建設現場に設置された防犯カメラの映像です。坂道を下ったダストワーム達は梅ケ谷峠入口交差点まで行かずに西側の道を都道四十五号線方向に進んで行きました。」

映像が切り替わり

「こちらの画像は避難誘導中に青梅署の警察官が撮影したものです。体長一メートルほどのダストワームが青梅市和田町二丁目と梅郷一、二、三丁目付近の家屋を補食しています。」

藤田は言った。

「大きなダストワームは梅ケ谷入口交差点を右に折れて東に向かったのに、小さなダストワーム達は西側に向かった。何か理由があるのだろうか?」

沢崎官房長官は呟くように言った。

藤田警察庁長官はモニターに周辺地図を表示させた。

「単純に道が細いためではないでしょうか?大きなダストワームはこの道を通れずに梅ケ谷峠入口交差点まで進み、小さなダストワーム達は細い道を通れるので西側の道を進んだと思われますが…。」

辻博士は言った。

「なるほど、大きなダストワームはこの道を通れなかったのですね。」

藤田はモニター上の地図を指して言った。

「その小さなダストワームはどれくらいいるのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「はい、防犯カメラの映像を解析し五十四体のダストワームを確認しています。」

藤田警察庁長官は答えた。

「ダストワームはバラバラにして、土に埋めて終わりになったはずだろ?」

林総理大臣がまるで辻博士の責任であると言わんばかりに、彼に向かって訊いた。

「はい、ミサイルを撃たれたダストワームの細胞のほとんどが死滅しましたが、バラバラになっても死滅しきらなかった細胞が新たなダストワームになったと考えられます。新たなダストワームは埋められていた廃棄物を補食して地中で成長し、地上に現れたものと考えられます。」

辻博士が言い終える前に

「バラバラにしたダストワームに留めを指さなかったからいけなかったってことか?」

林総理大臣は辻博士を責めた。

「そうですね、完全に細胞が死滅していなかったと思われます。」

辻博士は答えた。

「何でそういうこと教えてくれないのだ。埋める前に言っといてくれればこんなことにならなかっただろ。」

林総理大臣は辻博士に向かって言った。

「私は会議の後、石渡防衛大臣にダストワームはバラバラになっても、細胞を完全に死滅させる必要があり、そのためには、ダストワームの身体の破片を炭になるまで焼いたり水に長時間つけておく必要があると説明しました。」

辻博士は石渡防衛大臣を見た。

「我々は、ダストワームがミサイル攻撃によって完全に破壊されたと判断し地中に埋設しました。ダストワームが分裂して蘇ったことは想定外のことであります。」

石渡防衛大臣は力のある目で辻博士を見返して言った。

「私はダストワームの細胞を焼いたり水につけたりして完全に死滅させなければいけないとあなたに言いましたよね。あなた聞いていなかったのですか?」

辻博士は少し声を荒げた。

「もちろん聞いていました。私は現場でダストワームの身体の破片を見て、これは完全に細胞が死滅したと判断したのです。」

石渡防衛大臣は林総理大臣を見ながら答えた。

「じゃあ、これは石渡防衛大臣の責任ですね総理。」

辻博士は林総理大臣を見た。

「まあまあ、石渡君だって一生懸命やっているのだから、この件はそれくらいにして今は新たに出現したダストワームへの対応を考えようじゃないか。」

林総理大臣はにんまりとして言った。閣僚達は眉間に皺を寄せながら林総理大臣を見た。

「前回の攻撃でダストワームを完全にやっつけられなかったのが問題だったな。この小さなダストワーム達を細胞まで死滅させるために必要な兵器ってあるの?」

林総理大臣は石渡防衛大臣を見た。石渡防衛大臣は立ち上がるとモニターの横に立ち

「そうですね、廃棄物をこの付近の中心に置いてダストワームを集め、そこに多数のミサイルを撃ち込んで、その地を焼き尽くす方法が良いと思われますが。」

石渡防衛大臣は鼻をひくつかせて言った。閣僚達は一斉に林総理大臣を見た。

「なるほど、前回は火力が足りなかったからダストワームを焼きつくせなかったんだな。今度はもっと派手にやる必要があるということだ。」

林総理大臣はニンマリした。閣僚達の眉間に深い皺ができた。

「よし、あの辺一体を焼き尽くすくらいのミサイルを撃ち込もう。」

林総理大臣は石渡防衛大臣を見て言った。

「おやめ下さい総理!」

岡野法務大臣が叫んで立ち上がった。痩せた身体は震えていた。閣僚全員が彼を見た。普段は温厚な岡野法務大臣が大きな声を出したので閣僚達も林総理大臣も驚いた。

「何だ岡野、俺に歯向かうつもりか?」

林総理大臣は岡野法務大臣を睨み付けた。

「ダストワームを攻撃するのに自衛隊の兵器を使うのを止めてほしいと申しております。」

岡野法務大臣は林総理大臣を見返した。閣僚達は二人を交互に見た。

「何でダメなんだよ、あの化け物を消すためにはミサイルで攻撃するのが一番手っ取り早いんだよ。それとも、お前は他に良い方法知っているのか?」

林総理大臣はまた睨み付けた。

「それは、今から方法を考えます…。」

岡野法務大臣は口ごもった。

「これから考えるだって?こうしている間にもあの化け物は周辺の家屋を食い散らかして、でかくなっているんだよ。のんびり考えている時間なんてないんだ!」

林総理大臣は凄んだ。

「私も、これ以上自衛隊の兵器を使用するのは反対です。」

桐島総務大臣が立ち上がった。三上厚生労働大臣、原農林水産大臣が続き、林総理大臣と沢崎官房長官、石渡防衛大臣を除いた閣僚全員が立ち上がった。倉田国土交通大臣は腰を少し上げて沢崎官房長官を見ていた。

「きさまらぁ!」

閣僚達の造反を受け、激昂した林総理大臣の血液は高速で全身を駆け巡った。

「うぅ…。」

唸りながら林総理大臣は左胸を押さえて膝と片方の手を床についた。

「救急車を呼べ。」

沢崎官房長官は秘書官に命じた。すぐに秘書官はスマートフォンの画面を叩いた。

「大丈夫だ」

林総理大臣は蒼い顔で声を絞り出した。

「いいえ、すぐに病院で診てもらいます。」

沢崎官房長官はキッパリと言った。林総理大臣は心臓に持病を抱えていた。

「はぁ、はぁ、でもダストワームの件がある。」

林総理大臣は呻いた。

「安心してください総理、我々が必ずダストワームを駆除します。」

沢崎官房長官は、膝をつき苦悶の表情を浮かべる林総理大臣に言った。

数分後に到着した救急隊が、林総理大臣を担架に乗せて部屋から出ていった。岡野法務大臣は沢崎官房長官と小声で話した後

「林総理大臣が病院で療養されている間、私が首相代行となります。皆さんどうぞよろしくお願いします。」

と言って閣僚達の前で頭を下げた。閣僚達も岡野法務大臣に向かって頭を下げた。

「では、早速ダストワームの駆除方法について検討します。」

岡野法務大臣が言うと、藤田警察庁長官がモニターの横に立った。モニターにはダストワームがいる青梅市梅郷付近の地図が表示された。

「駆除方法を検討する前にマスコミへの情報開示はいかがいたしましょう?第一報は新たなダストワームが出現したとだけ伝えましたが…。」

藤田警察庁長官が言った。

「廃棄物処理場に埋めたダストワームが復活したとなったら、マスコミは政府の大失態と騒ぐでしょうね。」

桐島総務大臣が言った。

「マスコミにはできるだけ情報は流さないようにしたいな。」

岡野法務大臣が言った。

「しかし最近はSNSが発達して大手のマスコミ以外からも情報は拡散されます。SNSで誤った情報が拡散すると大変なことになります。」

桐島総務大臣が言った。

「ダストワームの件から国民の注意を反らす必要がありますね。」

岡野法務大臣が首を傾げて言った。

「計画停電はいかがでしょうか?産油国からの燃料の調達が困難となり、夏場の電力需要急増を見込んで、政府が計画停電を計画しているとマスコミに流すのです。」

桐島総務大臣が名案を見つけたといった表情をした。

「なるほど、計画停電ですか、それは国民の注意を引きますね。」

岡野法務大臣も名案を見つけたと言った表情をした。

(福島の時と同じだ)彦田は思った。福島第一原発事故当時、環境省課長だった彦田は原発事故の対応を担っていた。

「では、早速計画停電の準備を進めます。」

桐島総務大臣は総務省官房長の長谷川を見ながら言った。小太りの長谷川は桐島総務大臣の目を見て頷いた。藤田警察庁長官は

「では、駆除について検討しましょう。」

と言って岡野法務大臣を見た。

「ダストワームの弱点を教えてください。」

岡野法務大臣が辻博士を見た。

「そうですね、ダストワームはミミズと同様に皮膚呼吸しているので、体表面に水がかかると呼吸ができなくなります。ダストワームに水を浴びせて殺すことはできます。」

辻博士が答えた。

「ダストワームにどれくらい水を浴びせれば死ぬのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「ダストワームは二分間全身に水を浴びると絶命します。」

辻博士は答えた。閣僚達は目を輝かせたが、同時に最初に脱走したダストワームに水をかけ続けて殺せば良かったのではないかとの思いが胸をかすめた。

「消防車や放水車で小さなダストワームに水を浴びせるのは難しくなさそうですね。」

岡野法務大臣が桐島総務大臣を見た。

「そうですね、ダストワームの近くに消防車を配置して水を放水するのは可能です。」

桐島総務大臣が言った。長谷川が手を上げて立ち上がり

「消防車をダストワームの近傍に配置し、放水することは可能ですが、消防車からの放水できる距離は約三十メートルとなっております。ダストワームに水を浴びせている間に手負いのダストワームが消防車を襲うことはないのでしょうか?」

と質問した。

「襲うことはないと思われますが、水を浴びて暴れることはあります。おっしゃるように消防車を襲うことは考えられなくもないです。」

辻博士は答えた。

「水以外に電気ショックも効果があります。それだけで絶命させることは難しいのですが一時的に仮死状態にすることができます。」

辻博士が言った。

「一時的とは、どれくらいですか?」

岡野法務大臣が訊いた。

「そうですね、我々の実験では一メートルのダストワームに百ボルトの交流電流を十秒間流して、約三十分間仮死状態となることを確認しています。」

辻博士はタブレットPCを弄りながら答えた。

「ダストワームに電気ショックを与えて、仮死状態にしてから、消防車で放水して絶命させるのが良さそうですね。」

沢崎官房長官は岡野法務大臣を見ながら言った。

「電気ショックってスタンガンみたいなものなのですか?」

岡野法務大臣は原農林水産大臣を見た。原農林水産大臣は農林水産省官房長の木内を見た。木内はゆっくりと立ち上がり、タブレットPCを操作するとモニターに、2つの尖った金属がついた棒が表示された。

「これは、害獣駆除用の電気止め刺し棒です。イノシシなどを殺処分するときに用います。」

木内は得意気に説明した。

「じゃ、その棒をダストワームに刺して電気ショックを与えて仮死状態にしてから水をかけて殺せばいいですね。電気ショックで仮死状態にしておいたダストワームを都道四十五号線上のこの辺り、梅ケ谷峠入口交差点付近に持ってきてはしご車で放水して絶命させればいいのではないのでしょうか。」

モニターに表示された地図にレーザーポインターの光をあてて沢崎官房長官が言った。

「絶命したダストワームはどうしますか?放っておくと、分裂するんですよね。」

桐島総務大臣が訊いた。

「そうですね、ダストワームをそのまま地中に埋めると前回と同じことになります。水の中に一日つけておけば、すべての細胞が死滅します。その後に地中に埋めれば問題ないでしょう。」

辻博士は答えた。

「では、死んだダストワームをプールに放り込めばいい。」

桐島総務大臣が言った。彦田が

「産業廃棄物運搬車を使用しては如何でしょうか?大型のコンテナ車でしたら、少し加工すれば水を張っても漏れることはありません。水を張ったコンテナ車一台ですべてのダストワームを積載できます。これを峠入口の交差点に置き、重機を使ってコンテナ車に積み込むというのはどうでしょうか?」

と言った。

「確かに、その大型のコンテナ車であればダストワームの死体を積載し、そのまま廃棄物処理場まで運搬できます。」

長谷川が言った。辻博士が

「水を張ったコンテナ車にダストワームを沈めるのは良い案だと思います。ダストワームの身体は絶命すると体内から強酸性の消化液を放出します。コンテナ車の水の中に中和する薬品を入れておけば、消化液は無害化されます。」

岡野法務大臣に向かって言った。

「いいですね、様々な課題をクリアできそうです。」

沢崎官房長官は笑顔になった。

「一つよろしいですか。」

藤田警察庁長官が手を上げた。

「なんですか?」

沢崎官房長官は藤田警察庁長官を見た。

「青梅署員からの報告では、朝八時に現場を確認したところ、ダストワームは三十五体を目視できましたが、十九体は行方不明になっているそうです。」

藤田警察庁長官は言った。

「行方不明って、どこに行ったんだ?」

沢崎官房長官が訊いた。

藤田警察庁長官はモニターに表示された地図をレーザーポインターで示しながら

「ダストワーム達は梅ケ谷峠入口交差点から西側に向かい、散り散りとなって家屋などを補食しています。都道沿いと南側にいるものは確認できているのですが、北側にある谷川の脇は茂みになっていて、この辺りを調査できていません。北側には多摩川があり、川沿いは崖になっていて、ダストワーム達がここから転落すると多摩川に落ちて流れて行く可能性があります。」

と言った。閣僚達は渋い顔をしたが、有働財務大臣だけは嬉しそうに

「いいじゃないですか、川に落ちたら溺れて死んじゃうんだから。」

と言った。

「溺れ死んだダストワームの体内から消化液が流れ出ると一大事です。」

辻博士は岡野法務大臣に向かって言った。

「では、川沿いの崖からダストワームが落ちないように対策を練る必要がありますね。」

沢崎官房長官が言った。

「害獣駆除用の電気柵を張れば良いのではないでしょうか?」

木内は岡野法務大臣を見て言った。

「電気柵ですか、良さそうですね。川沿いだけではなく、東側と西側を囲うように電気柵を設置すれば、ダストワームがこの範囲から外へ移動するのは難しくなります。」

辻博士も岡野法務大臣を見て言った。

「なるほど、電気柵ならダストワームも食べることはできないですね。」

岡野法務大臣は笑った。

「早速、電気柵を手配します。」

原農林水産大臣が言うと、桐島総務大臣が

「我々で手配しますので該当業者を紹介して頂けますか?」

と言い、長谷川が木内の元へと向かった。

「では、今の話をまとめて内閣府でダストワーム駆除計画書を作ってください。今回のダストワーム駆除は総務省主導で行い、火器は使用禁止とします。駆除計画は極秘とし、マスコミに情報を流さないでください。」

岡野法務大臣は念を押すと沢崎官房長官を呼んだ。


 営業車で千葉の県道を走っていた鎌田のスマートフォンが鳴った。鎌田がスマートフォンをハンズフリーにして電話にでると相手は営業部長の三浦だった。

三浦:「鎌田君、今どの辺?」

鎌田:「はい、成田の辺りを走っています。」

三浦:「すごい発注あったんだけど。」

鎌田:「何ですか、すごい発注って?」

三浦:「総務省が電気柵三キロメートル分張って欲しいって言ってきたんだよ。」

鎌田:「三キロメートル分って、電線は四本必要だから十二キロメートルですよ。」

三浦:「そうなんだよ。しかも一切値引きなし、全部定価で買ってくれるって。」

鎌田:「納期と場所は?」

三浦:「明日の朝五時、青梅市の梅郷ってところ。」

鎌田:「えー、朝五時ですか?じゃ、一回営業所に戻ってトラックで倉庫に行って支柱と電線トラックに積み込んで現場に向かいます。営業所に泊まることになりますよ、部長。」

鎌田は顔をしかめた。

三浦:「後、電気止め刺し棒三十本。」

鎌田:「三十本?何に使うんですか、そんなに沢山。」

三浦:「ダストワームの駆除だよ。」

鎌田:「ああ、朝のテレビで新たなダストワームが出たって、やっていましたけど…。」

三浦:「情報統制かかっていて、テレビは逃げ出したダストワームについての詳細は伝えてないんだけど、逃げ出したダストワームは五十四体いるらしい。うちも情報漏らさないのを条件に契約しているから、このことは絶対に人に言うなよ。」

鎌田:「わかりました。それで、五十四体のダストワームってどれくらいの大きさなんですか?」

三浦:「一メートルくらいだって。それで、電気ショックに弱いから電気柵と電気止め刺し棒を使うらしいよ。」

鎌田:「なるほど。一メートルくらいだったらそんなに恐くなさそうですね。」

三浦:「そうだな、今回の件上手くいったらボーナス弾むから、よろしく頼む。」

鎌田:「承知しました。」

鎌田は電話を切ると、ハンドルを回して練馬区にある営業所に向かった。



六. 討伐


 正午、消防総監の内藤と消防司監の串田は長谷川に呼び出された。長谷川は総務省主導でダストワームを駆除することが閣議決定されたため、消防隊員を組織してほしいと内藤と串田に申し入れた。内藤と串田は、ダストワーム駆除は特殊な技能・能力を有する消防救助機動部隊が適任と考えた。串田は内閣府が作成したダストワーム駆除計画書を持ち、官房長室に同席していた辻博士と二人で多摩地域の西側を管轄する第九方面消防救助機動部隊が常駐する八王子消防署へ向かった。

 串田と辻博士が八王子消防署に到着したのは午後三時を回っていた。

 二人が第九方面消防救助機動部隊の部屋を訪れると、日焼けした黒い顔に太い眉毛をつけた消防司令長の前田と顔まで引き締まっている消防司令補の小倉が迎え入れた。串田は二人に辻博士を紹介し、ダストワーム駆除計画書を渡した。二人はそれを熟読した。

「なるぼど、計画については理解できましたが、なぜ我々にお鉢が回ってきたのですか?」

前田が串田に訊いた。辻博士が事の顛末を話した。

「なるほど。そんなことがあったのですね。」

前田は言った。

「その計画書見て問題はないだろうか?」

串田は訊いた。

「計画は問題ないと思います。必要な機材は手配していただけますよね?」

前田は串田に訊き返した。串田はタブレットPCの画面に地図を表示し

「もちろん、総務省が全力で機材の手配かけているよ。予定では明日中に和田町二丁目交差点付近に機材を積んだトラックとか、ダストワームを運ぶコンテナ車などが揃うことになっている。」

と言った。前田と小倉は串田の指先を目で追って頷いた。

「人員は足りるかな?第八方面に応援に来てもらおうか?」

串田の問いに前田と小倉の顔は暗くなった。前田は小倉の顔をちらっと見て

「いえ、我々だけで大丈夫です。お心づかいありがとうございます。」

と言った。多摩地域の西を管轄する第九方面消防救助機動部隊と多摩地域の東を管轄する第八方面消防救助機動部隊は反目しあっており、特に第八方面の司令官補の反町は小倉を敵視していた。

「そうか、でも何かあるといけないから第八方面の部隊も待機させておくね。」

串田は言った。

「承知しました。」

前田は苦虫を噛み潰すような顔をしながら言い

「では、隊員たちに計画の説明をします。会議室までご案内します。」

と言って立ち上がった。

 会議室には二十名の隊員たちが椅子に腰かけていた。小倉と前田が部屋に入ると隊員たちは立ち上がって直立不動の姿勢を取った。串田と辻博士が続いた。

 会議室は隊員達の前の壁にホワイトボードが設置してあり、右側には五十インチのモニターが一つ置かれていた。小倉がモニターに青梅市梅郷付近の地図を表示した。

「総務省から、第九方面消防救助機動部隊にダストワームを駆除する指令が下された。現在五十四体のダストワームが青梅市和田町と梅郷の家屋等を補食している。ダストワームがいる和田町と梅郷から西は上り坂、南側は峠、北側は川となっているため、この地の家屋を喰いつくした後、ダストワーム達は必然的に東側へと進行していくと考えられる。ダストワーム達が東へ向けて進行していけば三多摩地区、そして都内への被害が懸念される。我々は全てのダストワームをこの地で駆除し、都民の安全を守らなければならない。隊長は前田が務め、小倉主任が現場の指揮にあたる。駆除の対象となるダストワームの特徴を知るために、ダストワーム専門家の辻博士にお越しいただいている。辻博士お願いします。」

前田は言った。ツイードのジャケットを着た辻博士がタブレットPCを小脇に抱え立ち上がった。

「辻です。よろしくお願いいたします。」

隊員達は辻博士を見た。辻博士はホワイトボードの前に立ちマーカーを巧みに使ってダストワームの身体を描き、ダストワームの特徴とこれまでの経緯について説明した。

「何か質問のある方?」

説明を終えた辻博士が聞くと隊員の岡田が手を挙げた。

「ダストワームは人を攻撃しないのですか?」

「ダストワームは積極的に人を襲いませんが、食べ物を取り上げられたり、水をかけられたりすると暴れるかもしれません。」

辻博士は一歩前に出て答えた。

「暴れるというのは?」

小倉が訊いた。

「そうですね、回転したり、身体をくねらしたりすることでしょうが、動きは緩慢で容易に避けることが可能です。」

辻博士は答えた。

「ダストワームに触っても平気ですか?」

隊員の中西が訊いた。

「問題ありません。少しぬるぬるしていますが…。」

辻博士は答えた。

「では、ダストワームの駆除作戦について説明する。」

小倉が言うと精悍な顔付きの浅野が手を挙げて立ち上がり

「ダストワームの駆除は警察や自衛隊の仕事ではないでしょうか?我々の任務は人命を救助することであり、このような化け物を駆除することではないと思います。」

と小倉に向かって訊いた。

「ダストワーム駆除計画は政府からの指示だ。我々は政府からの指示に従い、ダストワームをこの地で駆除しなければならない。ダストワームが成長し拡散すれば、東京都は莫大な被害を被ることになる。ダストワームを火災と考え、駆除を火災の鎮火というふうに考えてもらえないだろうか?」

小倉は、辻博士から聞いたダストワーム駆除が消防隊に回ってきた理由を話す訳にはいかなかった。

わずかな沈黙があり

「我々消防士は火を消すのが仕事です。小倉さんの言うように、ダストワームが炎なら、炎を消しましょうよ。」

ムードメーカーの中西が言った。小倉が黙って浅野を見ると、浅野は小さく頷いた。小倉はモニターの横に立ち画面にペンをあてながら

「よし、では作戦について説明する。辻博士が先ほどおっしゃったとおり、ダストワーム達は現在、青梅市の和田町二丁目と梅郷一、二、三丁目の家屋等を補食している。和田町と梅郷さらに畑中の住民はすでに市内の避難所に避難していて、青梅警察署が付近の警戒にあたっている。ダストワーム達がこの付近から移動したとの報告はない。

まず初めにダストワーム達の移動を制御するため、ダストワーム達のいる和田町と梅郷付近を囲うように電気柵を張り、通電する。

次に、この梅ケ谷峠入口交差点付近に、はしご車を配置し、ダストワームに放水する準備を整える。この地にはダストワームを入れる廃棄物処理用大型コンテナ車と、ダストワームを持ち上げるショベルカーを配置する。

次に、ダストワームの身体に電気止め刺し棒を刺して通電する。十秒間通電するとダストワームは三十分間仮死状態となる。仮死状態となっている間に担架を用いてダストワームを梅ケ谷峠入口付近に運ぶ。はしご車でダストワームに二分間放水して絶命させ、絶命したダストワームをショベルカーの前まで運び、ショベルカーで持ち上げ、コンテナ車に入れる。水の中に入ったダストワームの細胞は二十四時間で完全に死滅する。すべてのダストワームをコンテナ車に入れたら、コンテナ車を梅ケ谷峠にある産業廃棄物処理場に搬送する。作戦は明朝四時より開始とする。尚、駆除作戦は極秘とし、くれぐれも外部に情報を流さないこと、以上解散。」

小倉が言うと隊員たちは立ち上がり部屋を出ていった。


 翌朝四時、八王子署に集合した第九方面消防救助機動部隊隊員は特殊車両に乗り込み、青梅市和田町へと向かい、現地に五時前に到着した。青梅署の警官が和田町二丁目交差点から梅の公園入口までの都道四十五号線と日の出から梅ケ谷峠に抜ける都道二百三十八号線を通行止めにしていた。和田町二丁目交差点に立つ警官は第九方面消防救助機動部隊の車両を見ると通行止めと書かれたバリケードを避けてくれた。隊員達は梅ケ谷峠入口交差点の東側に車両を止めた。前田はマイクロバスの後部座席を取外し、複数のモニターや無線などを積み込み、簡易的な司令室とした。

 小倉と浅野はダストワームのいる和田町二丁目に向かって歩いていった。小倉が梅ケ谷峠入り口交差点に立っている警官に付近の状況を聞くとダストワームは警戒区域以外に出ていないとのことだった。小倉と浅野は警官に会釈して指令室に戻った。

前田と並んだ小倉が、机の上に近辺の地図を置いた。浅野と中西が並んで前田と小倉に向かい合って座った。小倉はペンで地図を示しながら

「警戒している巡査の話では、ダストワーム達はこの和田町と梅郷付近から出ていないようです。電気柵の業者が到着したらすぐに柵を建てましょう。」

と言った。バリケードの前で警戒にあたっている警官が無線で害獣駆除業者の来訪を告げた。

小倉が指令室まで車を回すよう指示すると、

四トンのパネルバンが指令室の前に止まり、男が降りてきた。

「私、害獣駆除製品を取り扱う株式会社ACの鎌田と申します。」

作業着の男は名刺を差し出して言った。

「電気柵の業者の方ですね、朝早くからすいません。」

前田は名刺を受け取った。

「電気柵と電気止め刺し棒の使用方法を隊員に説明してもらえますか?」

と言った。鎌田はトラックの荷台の扉を開けて機材を取り出した。


 午前五時十分、指令室の前に集合した第九方面消防救助機動部隊の隊員達の前に前田と小倉と作業着の男が立った。

「電気柵を取り扱う会社の鎌田さんだ。こちらの方と協力して作業するように。」

前田は作業着を着た男を紹介した。鎌田は電気止め刺し棒と電線を前に並べ、話をはじめた。

「株式会社ACの鎌田です。弊社は害獣駆除商品の販売、設置を行っております。今回は電気柵と電気止め刺し棒をご用意しました。電気柵は主にイノシシや鹿などの害獣が農地に入らないようにするためのものです。電気柵設置の手順ですが、地面に穴を掘り、この鉄製の支柱を刺していきます。次に支柱に巻くように電線を張ります。最後に通電すれば完了です。ダストワームは地を這うように進むため、電線は地面から十センチ、十五センチ、三十センチの高さに張れば良いと思います。次に、電気止め刺し棒について説明します。これはイノシシなどを殺傷する能力があります。本体にバッテリーを接続し本体のスィッチを入れ、このように先端をダストワームの身体に押し付けると通電します。」

鎌田はダストワームに見立てた砂のうに棒を刺して見せた。小倉が

「電気柵は梅ケ谷峠入口交差点より西側に設置する。都道を挟んで南側は傾斜地の手前まで、北側は崖の手前から西側に伸ばして梅の公園入口交差点まで設置する。西側は都道を挟んで梅の公園入口から南の傾斜地まで設置する。コンクリートの道路に支柱をさす時は掘削機を使う。作業は二人一組で一人は電気止め差し棒を持ってダストワームの警戒に当たるように。浅野を班長とする一班は西側に、中西を班長とする二班は東側に設置しろ。では、作業開始。」

と言うと、隊員たちは電気柵と電気止め刺し棒が積まれたトラックの前に集合した。鎌田が渡した支柱を隊員達は貨物車に積み込んだ。一班は梅ケ谷峠入口交差点の前に進み、二班は和田橋を超えて、突き当たりの青梅街道を西に下り、神代橋を渡って梅の公園入口交差点に進んだ。

一班も二班も先に傾斜地から交差点までに支柱を立て、電線を張って通電した。それが終わると都道を挟んで北側に支柱をさしていった。川沿いは土の地面だったので掘削機を使わずに支柱をさすことができた。


 ダントツでは、ダストワーム特集を組んでいた。画面右上には“新たなダストワーム出現?”と表示され、大きなモニターの左側に立った藤枝が

「現在、新たなダストワームが出現したと言われている青梅市和田町と中継が繋がっています。中継先の漆原さん。」

と言うと路上に立つ漆原が

「はい藤枝さん、現場の漆原です。私は今、青梅市和田町に繋がる和田橋の前にいます。この先に見える交差点は、都道四十五号線に繋がるのですが、ご覧いただけるでしょうか?交差点に侵入できないようにバリケードが張られ、数名の警察官が警戒にあたっています。」

と神妙な顔つきで言った。

「漆原さん、警視庁は記者会見で新たなダストワームと思われる生物を発見し、付近住民を避難させたといっていますが?」

「そうなんですね藤枝さん、この先に向かって右側、方角で言うと西側になるんですが和田町二丁目の一部と梅郷一丁目~三丁目に避難勧告が出されていまして、付近住民の方は少し離れた小学校の体育館などに避難されているということです。」

「漆原さん、今回はヘリコプターに乗っていないのですね?」

「そうなんです藤枝さん、今回は取材規制が厳しくなっておりまして、ヘリコプターやドローンでの取材が出来ない状態となっています。」

「わかりました、引き続きよろしくお願いいたします。」

藤枝は"新たなダストワーム出現!"と表示されたモニターの地図の部分に指し棒を当てながら

「えー、新たにダストワームが発見されたということです。場所はここ、青梅市の和田町と梅郷付近ですね。視聴者の方から我々に情報提供がありまして、ちょっとそちらの映像をご覧いただけるでしょうか。」

画面にはドライブレコーダーの映像が流れた。画像は撮影している車両が坂道を登って行くように見え、路上に複数の焦げ茶色の細長い物体があるように見えた。

「この画像は、昨日の朝六時に立川市にお住いの田所さんという方がバイクに乗って青梅市を走行中に撮影したものです。撮影した田所さんとビデオ通話が繋がっています。田所さん。」

藤枝が言うと画面は短髪の男を映した。

「はじめまして、田所と申します。」

「田所さんはバイクで走行中に、小さなダストワームと思われる生物を発見されました。その時の状況を教えていただけますか?」

藤枝は訊いた。

「はい、私が梅ケ谷峠に向かってバイクを走らせていると、路上に何か蠢くものを見つけました。私がバイクを停めてそれを良く見ると沢山の細長い生物が坂を下ってくるのが見えました。私は怖くなってバイクをUターンさせて坂道を下りました。」

田所は答えた。

「なるほどなるほど、登坂で田所さんは沢山の細長い生物を発見したということですね、細長い生物はどれくらいいたのでしょうか?」

藤枝は訊いた

「そうですね、幅は十センチくらいで道幅いっぱいにいて、それが二列になっていて…。」

田所は頭を傾げた。

「なるほどなるほど、並んでいた生物の間隔はどれくらいですか?」

藤枝の問いに

「えっと、二~三センチ位ですかね。」

田所は答えた。

「なるほどなるほど、幅十センチメートルに二+二センチメートルで十四センチメートルの物体が四メートル幅の道路に並んでいたとすると四百センチメートルですから幅十センチメートル+四センチメートルの間隔で二十八体が二列ということは五十六体ぐらいと考えられるのですが、いかがでしょうか?」

画面は田所が撮影したドライブレコーダーの映像に切り替わった。

「そうですね、それくらいいたかもしれません。」

田所は首を傾げながら答えた。

「田所さんありがとうございました。」

藤枝が言うと

「失礼します。」

と言って田所は頭を下げた。スタジオの映像に切り替わり、藤枝は

「映像はもうひとつあります。」

と言い、別の画像が映し出された。それは五体のダストワーム達が青梅市消防団 第四分団第三部と書かれた建物に群がっているものだった。

「こちらは、昨日の朝九時に撮影されたものです。梅郷二丁目にお住まいの方が避難場所に向かう途中に撮影されたものです。えー、避難された方に警察からは詳しい説明は無く、とにかく避難するようにとのことでした。色々と不可解なことが起きています。まずはダストワームと思われる生物について武内さん、教えて下さい。」

モニターの左側に並んだコメンテーターの武内を見た。

「はい、この画像に映っているダストワームは大きさが一メートルくらいに見えますね。これはダストワームの赤ちゃんです。」

武内は言った。

「赤ちゃん、ということは先日破壊されたダストワームが卵を産んだのですか?」

藤枝は目を丸くした。

「いえいえ、そうではなくて、先日ダストワームは自衛隊のミサイルによって破壊され、梅ケ谷峠の廃棄物処理場に埋められました。おそらく埋められたダストワームの細胞はすべてが死滅していなかったのでしょう。死滅しなかった細胞が増殖して、新たなダストワームになったと考えられます。」

武内は得意気に答えた。

「なるほどなるほど、例えばミミズを切ったら分裂してそれぞれが生きちゃうっていうあれですか?」

「ま、そういうことになります。」

武内は答えた。

藤枝はモニターの地図に指し棒を当てながら

「そうすると、小さなダストワーム達は、この廃棄物処理場から南側に下ってきて、この道から和田町方面にやって来たということでしょうか?」

と訊いた。武内は

「そうですね。おそらく、そうだと思います。」

「武内先生、今後ダストワーム達はどうなっていくのでしょうか?」

藤枝は聞いた。

「うーん、ダストワームはこの地域の家屋を食い荒らしていき、家屋が無くなると西側と東側に歩を進めていくと思います。」

武内は答えた。藤枝は地図を指しながら

「なるほど、なるほど、ダストワーム達はこの付近の家屋を食い荒らして食べ物である家屋が無くなると東と西に分散していくと考えられるわけですね。いつまでこの付近にダストワーム達はいると思われますか?」

「そうですね、ダストワームはさほど大きくないので、家屋を食べ尽くすまでに時間がかかると思われます。三日から五日くらいでしょうかね。」

武内は答えた。

「そうすると、小さなダストワーム達は三日から五日はこの付近にいると思われるということですね。まだ、このダストワームは小さいのですが、ダストワーム達の成長スピードはどれくらいでしょうか?」

藤枝は聞いた。

「ダストワームは五十メートルの大きさになるまで一年を要します。この小さなダストワームが大きくなるまでに一年は必要でしょう。」

武内は答えた。

藤枝は花田を見て

「花田さん、あの付近の住民の方に詳しい説明をせずに、警察は避難指示を出したということですが、これについてはどう思われますか?」

と訊いた。

「うーん、避難指示は政府が対応を協議する前に警察が出しています。これは、この小さなダストワームと思われる生物が沢山出現して、これがどれだけ危険なものかはわからないけれども、とりあえず付近の住民は避難させようといった感じではないでしょうか?」

花田答えた。

「なるほどなるほど、この小さなダストワーム達がどれだけ危険かはわからないけれども、もし何かあったらいけないので、住民には避難してもらおうと、そういうことですね。」

藤枝の問いに

「そうですね。」

花田は答えた。

「なるほどなるほど、この小さなダストワームはどれだけ危険だと思われますか?武内さん。」

藤枝は武内を見た。

「うーん、ダストワームっていうのは元々ミミズですから危険性は無いと思いますね。大きさも一メートルですから何か大きな棒で叩けばやっつけられそうですけどね。ただ、建物を食べるのでその辺は危険ですかね。」

武内は答えた。

「なるほどなるほど、小さなダストワームはそれほど怖がらなくて良さそうだと、そういうことですか?」

藤枝の問いに武内は黙って頷いた。

「先日はダストワームを自衛隊のミサイルで攻撃しました。今回政府はどんな方法でダストワームを退治すると思われますか?中川くん。」

藤枝は中川を見た。

「いやー、この間はダストワームをミサイルで攻撃してゴジラみたいでメッチャ格好良かったんですけど、今度のダストワームは小さいのでミサイルってわけにいかないでしょうね、火炎放射器とか使ったりして。」

中川は嬉しそうに言った。

「火炎放射器使ったら家屋も燃えちゃうよ。」

藤枝は顔をしかめて言った。

「えー、新しいニュースが入って来ました。政府は今夏、燃料の確保が難しくなることが予想されるため、電力需要が急激に増加する八月に計画停電の実施を検討しているとのことです。」

 彩はリビングのテレビでダントツを見ながら鎌田のことを思った。鎌田は昨夜家に帰らず直接現場に行くと連絡をしてきた。彩がどこに行くのかと尋ねると、青梅だと言っていた。鎌田はダストワームが出現した場所に行っているかもしれない。彩は鎌田のスマートフォンに電話をかけたが、繋がることはなかった。スマートフォンを握りしめながら、彩は棚に置かれた写真立ての中で笑う鎌田を見た。


 正午、前田と小倉は司令室で浅野と中西から電気柵設置の報告を受けていた。

少し離れたところにいた鎌田は、二人の報告が終わると前田の前に立ち

「では、私はこれで失礼いたします。何か不都合有りましたら名刺の方にご連絡下さい、飛んで参ります。」

と言ってトラックに乗り込み、去っていった。

数分後、バリケード前の警官が無線で辻博士の到着を告げた。前田が通すように言うと、辻博士を乗せた研究所のワゴン車が司令室の前に停まった。辻博士は二名の助手と一緒に降りてきた。

「お疲れ様です。」

前田が声をかけると

「お疲れ様です。助手の佐久間と日吉です。」

と助手を紹介した。一人は痩せた背の高い女性で、肩までの長い髪をヘアバンドでまとめていた。「佐久間です、よろしくお願いいたします。」

表情を変えずに女性が言った。

もう一人はメガネをかけた背の低い小太りの男で足元までの白衣を着ていた。

「日吉です、よろしくお願いいたします。」

小太りの男は愛嬌のある笑顔で言った。

「捕獲したダストワームを調べるための簡易的な研究室を作りたいのですが?」

辻博士が訊くと

「テントでいいですか?」

小倉は質問で返した。

「ええ、簡易的なものですから。」

辻博士は答えた。

「では、指令室の横にテントを張りましょう。」

小倉は答え、隊員達と貨物車の中からテントを運び、指令室の横にテントを張った。テントの下にはブルーシートを敷き、脇にもブルーシートを張った。辻博士のワゴン車から運びこんだ機材と、天井に吊るした電灯をポータブル電源に接続すると簡易的な研究室が完成した。

前田は腕時計を見ながら

「よし、そろそろ次の作戦を開始しよう。」

と言った。小倉は隊員を召集した。

十二時三十分、召集された隊員の前に立った小倉は

「それでは次の作戦に移る。まず、都道付近にいるダストワームに狙いを定め、捕獲していく。一班は西側から中心に向かって、二班は東側から中心に向かって進むように。十七時にはこの地に集合すること、以上。」

浅野率いる一班は西側へ、中西率いる二班は東側に向かった。

二人一組に別れた二十名の隊員は、一人が電気止め刺し棒を持ち、一人は担架を持っていた。隊員達のヘルメットには通信機能を持つビデオカメラが取り付けてあり、司令室のノートパソコンで隊員達の行動を確認することができた。指令室の中で前田と小倉と辻博士は隊員達から送られる画像をモニターで見ていた。

 中西のヘルメットに付けたカメラは都道四十五号線の沿道を映していたが、沿道にあったと思われる家屋や施設はすでにダストワームに捕食されていて、小さな土の山ができていた。中西が西に進むと、家屋に群がっている二体のダストワームを発見した。中西は無線で

「主任見えますか?ダストワーム大きくなっているみたいです。」

と言った。小倉は

「本当だな、百十三センチには見えないな。」

と答えた。中西は一体のダストワームに狙いをつけ電気止め刺し棒を構えると

「では捕獲します。」

と言って、ダストワームの身体の中心に電気止め刺し棒を突き立てた。前田と小倉は固唾を飲んでその姿を見た。電流が全身にかけめぐったダストワームは激しく身体をバタつかせた。中西は電気止め刺し棒をダストワームの身体に押し続け、十秒ほどでダストワームは動かなくなった。

「やりました。ダストワームゲットです。」

中西は言うとペアを組んでいる小川とハイタッチした。

「ポケモンじゃないんだから。」

小倉は言うと小川のカメラに映った中西は親指を立てて笑った。

「そのままで待っていてくれ、今からそっちに行く。」

小倉がそう言うと、辻博士も私も行きますと

言って二人は司令室から出て行った。

小倉と辻博士はダストワームの横に並び、膝を曲げた。

「想定よりも大きいですね。」

辻博士が言いながらメジャーでダストワームの長さを測った。

「二百八センチメートルあります。想定では百十三センチメートルだったので、百センチメートルほど大きいようです。」

辻博士は呟くように言った。

「成長するスピードが早くなっているってことですか?」

小倉が訊くと

「詳しく調べてみないとわかりませんが、その可能性はあります。」

中西と小川は仮死状態になったダストワームを転がしながら担架の上に載せて担ぎ、簡易研究室まで運んだ。研究室の中で佐久間と日吉が機材のチェックをしていた。

辻博士と日吉は研究室に運ばれたダストワームの死体の大きさと重さを調べ、佐久間は分析装置のセッティングをした。大きさは二百八センチメートル、重さは六十三キログラムだった。

吉田と安岡が放水場所に運んできたダストワームも二百センチメートルを超えていた。

吉田は小倉に向かって

「思っていたよりも大きいですね。」

と言った。

「そうなんだよ。」

小倉は肩をすくめて言うと司令室に引き返した。

はしご車は中谷隊員が操作していた。放水場所に置かれたダストワームは、はしご車から放水され完全に絶命した。吉田と安岡はそのダストワームを持ち上げ、ショベルカーのバケットに置いた。相馬がショベルカーを操作し、ダストワームの死体を水で満たされたコンテナ車に入れた。ダストワームの死体は力無く水の中に沈んでいった。

小倉が司令室に戻ると、前田がモニターを見つめていた。

「大分大きくなっているようだな、あれは。」

前田がモニターに映るダストワームを指でさして言った。

「そうみたいです。今、辻博士が中西と小川が捕獲したダストワーム調べています。」


辻博士はダストワームの身体の一部を切り取り、専用の機器で遺伝子変異について調べた。

「やはり、細胞分裂のスピードが早くなっているようだ。」

辻博士は機器から出力されるデータを見ながら言った。日吉は

「成長するスピードが速いってことですか?」

と辻博士に訊いた。

「このグラフを見てください。この個体は前日の二倍大きく成長しています。」

辻博士は答えた。そして

「私はこのダストワームが、一日十三センチメートル大きくなったものだと思っていました。つまり、昨日はダストワームが誕生から八日たったものだと思っていました。ところがこのダストワームは誕生から四日たったものだったのです。昨日は百四センチメートルだったものが、二倍の大きさになり、二百八センチメートルの大きさになったのです。一日ごとに前日の二倍の大きさになりますから明日は四百十六センチメートルになると思われます。」

辻博士はそう言った後、司令室の前田と小倉にダストワームの成長スピードが上がっていることを話した。

「そうですか、できるだけ早く捕まえないとまずいことになりますね…。」

前田は苦い顔で呟いた。

「今日の作業を延長して、できるだけ多くのダストワームを捕まえますか?」

小倉が訊いた。

「うーん、そうしたいところだが、隊員たちは朝四時からフルで動いている。無理はさせられない。」

前田は顔をしかめた。

 ダストワームの身体は想定よりも大きかったが、捕獲作戦は順調に進み、隊員達は都道付近と南側のダストワームを次々に捕獲していった。

午後四時、小倉は無線を使ってショベルカーを操る相馬に

「どれくらい捕獲した?」

と訊いた。相馬は

「現在三十体です。」

と答えた。

「後二十四体か…。」

小倉は呟きながら前田を見て

「都道付近のダストワームは全て駆除しました。この後どちらの方から攻めますか?」

と訊いた。

前田は腕時計を見ながら

「北側は茂みがあって捜索は難航しそうだ。時間も後一時間しかない。南側を先に攻めよう。」

と言った。小倉は頷いて、浅野と中西に無線で伝えた。二つの班は南側の斜面に向かって進んでいった。

隊員達は南側一帯を調べ、次々とダストワームを捕獲していき、南側にいた全てのダストワーム捕獲に成功した。

時刻は午後五時となり、隊員達は指令室の前に集められた。

隊員の前に立った前田は

「本日駆除したダストワームは三十五体で、残りは十九体となった。明朝五時より北側を捜索し、ダストワームを捕獲する。今日はゆっくり休み、明日に備えてくれ、以上。」

と言った。隊員達は車両に乗り込み、八王子消防署へと向かって行った。

前田と小倉は指令室に戻り、前田が串田に電話をかけた。

「おう、前田君どうだいダストワーム駆除作戦は?」

串田が訊いた。

「はい、ダストワーム五十四体のうち三十五体を駆除しました。残りの十九体は明日駆除する予定です。」

串田:「そうか、半分以上駆除できたんだな。ご苦労さん。じゃ、頑張って。」

前田:「司鑑殿、それが困ったことがありまして…。」

串田:「なんだ、困ったことって?」

前田:「駆除したダストワームは思ったより成長していました。ダストワームの体長は二百八センチメートルで、辻博士が推定していた百十三センチメートルを大きく上回っていました。辻博士に調べてもらったところ、成長スピードが上がっていることがわかりました。」

串田:「どれくらい上がっているの?」

前田:「博士によると、大きさが前日の二倍になっていくそうです。つまり、今日は二百八センチメートル、明日は四百十六センチメートル、明後日は八百三十二センチメートルと言った感じです。」

「えー、そりゃまずいな。えーと、そうすると五日目には五十メートルになるってことだぞ。」

串田は電卓を叩いて言った。

前田:「そうなります。」

串田:「早くダストワームを捕獲しないと、えらいことになるな。」

前田:「そうですね。」

「第八方面に協力を依頼するから、共同でダストワームの捕獲作戦を進めてくれ、いいな。」

串田は強い口調で言った。

「わかりました。」

電話を切った前田は小倉に向かって

「串田さん第八方面と一緒にやれって言ってきた。」

と言った。

「やむを得ないと思いますが、第八方面が暴走しないか心配ですね。」

小倉は苦虫を噛み潰した顔をした。


 鎌田はいつものように自宅駐車場に車を停め玄関を開けた。

「ただいま。」

鎌田が言うと芽依が玄関まで走ってきた。

「パパお帰りなさい。」

芽依が鎌田に抱きついた。後から彩がやって来て

「お帰りなさい。」

と言った。彩の目には涙が浮かんでいた。



七. 援軍


 翌朝五時、三台のポンプ車が指令室の前に止まった。先頭車両の後部座席から二人の男が降り、肩をいからせながら指令室に向かってきた。前田と小倉は指令室の中から二人の男を見た。第八方面消防救助機動部隊、消防司令長の中田と消防司令補の反町だった。大柄な中田は顔の作りも大きかった。引き締まった身体の反町は顔も引き締まっていた。切れ長の眼と口角の上がった薄い唇がサディスティックな雰囲気を醸し出していた。

「おはようございます。本日から協力させていただきます第八方面の中田です。本日より第八方面消防機動部隊の十二名が皆様のお手伝いをさせていただきます。」

中田は不敵な笑みを浮かべて言った。

「同じく反町です。よろしくお願いします。」

反町は小倉を睨むような目で言った。

第九方面と第八方面は旧知の関係であったが、中田と反町はわざと初めて会った時のような挨拶をした。

「よろしくお願いします。」

前田と小倉は頭を下げた。

「さて、ダストワームって言ったっけ、ミミズのお化けみたいなやつ。串田さんから第九方面に協力するよう言われたんだけど、お宅らはどれだけ捕まえたの?」

中田が前田に訊いた。

「はい、昨日までに全五十四体中、三十五体を駆除しました。」

前田が答えた。

「ふーん、そうすると残りは十九体か。」

何故か中田は口を尖らせた。

「そうなります。」

前田が答えた。

「で、そっちはどうやってダストワームを捕まえてるの?」

中田は小倉を見た。

「はい、この電気止め刺し棒をダストワームの身体に刺し、通電して仮死状態にし、はしご車で放水して絶命させて水をはったコンテナ車に入れています。」

小倉は電気止め刺し棒を手に持って説明した。

「なんだか、めんどうくさいことやっているなぁ。直接水かければ良いじゃん。そんなことやっているから昨日のうちに全部駆除できなかったんだよ。」

反町が吠えた。

「この方法は内閣府が作成した計画書に基づくものであり、我々は計画書に従ったまでです。」

前田が言った。

「おー、おー、おー、おーっ!さすが優等生は違うな。だがな、ああいう計画書って言うのは現場に行ったことが無い奴が書いてるんだ。実際の困難な現場にはそんな机上の空論通用しねえんだよ!」

今度は中田が吠えた。前田と小倉はいやな予感がした。

「俺達は直接ダストワームに放水して、奴らをぶっ殺す。死体は放置しておくから、そっちで片付けろ。それでいいな。」

中田は前田の顔に自分の顔を近づけて言った。

「辻博士によるとダストワームは成長速度が速くなっていて、昨日は二百八センチメートルでしたが今日は四百十六センチメートルになるそうです。」

前田は言った。

「でもダストワームの動きは緩慢なんだろ、動きが緩慢だったら大きさなんて関係ねえよ。」

反町が吐き捨てるように言った。

「駆除の様子をビデオカメラで撮影するのでこれを隊員の頭に装着させてください。」

小倉はビデオカメラが入った箱を反町に渡した。反町は舌打ちしながら箱を受け取った。

「じゃ、俺達は西側を攻める。お宅らは東側をじっくりと攻めてくれ、すぐに西側のダストワームを取りつくした俺達がそっちに向かうことになるけどな。」

中田が地図に指を当てながら言い、反町と二人で司令室を出て行った。


 反町の合図で第八方面消防機動部隊の隊員達は先頭のポンプ車の前に集まった。中田と反町は第八方面の隊員達の前に立ち、反町が

「これから、ダストワームの駆除を行う。ダストワームは全身に水をかけると二分で絶命する。ダストワームを発見したら、ポンプ車から二分間放水しろ。絶命したダストワームは第九方面が片付けるから放置しておけ。」

言うと隊員達は声を揃えて返事をした。反町は続けて

「十九体のダストワームは都道四十五号線より北側に潜んでいる。我々は西側のダストワームを駆除し、第九方面は東側を駆除する。西側のダストワームの駆除が終わったら東側の第九方面の駆除を手伝うように。」

と言うと隊員達は、また声を揃えて返事をした。


指令室の前に立つ前田、小倉と第九方面の隊員達の横をけたたましくサイレンを鳴らしながら第八方面消防救助機動部隊のポンプ車三台が走り去っていった。反町は後部座席の窓から路上に立つ小倉を睨み付けていた。

前田は第九方面の隊員達を集め、前に立つと

「本日から第八方面消防救助機動部隊もダストワーム駆除作戦に参加することとなった。十九体のダストワームは北側に潜んでいる。第八方面消防救助機動部隊は北西側のダストワームを駆除する。我々は北東側のダストワームを駆除する。ダストワームの身体は成長するスピードが速く、本日は四百十六センチメートルになっていると予想される。隊員達は四人一組で捕獲にあたれ、以上。」

と言った。第九方面の隊員達も大きな声を揃えて返事をした。


中田と反町は都道を西に向かい、他の隊員はその手前から北側に向かった。

反町の横に座る中田は右側の梅郷市民センターに食らいついている四体のダストワームを発見した。

「手始めにあれをやっつけましょう。」

反町が言うと、運転する谷が梅郷市民センターの駐車場まで車を進めた。ダストワームは軽乗用車程の大きさになっていた。もう一人の隊員の畑と谷は駐車場に止めたポンプ車のホースを伸ばして、消火栓と繋いだ。その後、ポンプ車からホースを伸ばして放水の準備をした。

中田と反町はポンプ車から降りてダストワームを見た。中田が

「前田の奴ダストワームが大きくなっているって言ってたけど、大したことねえな。」

と言うと反町は

「本当ですね、ちゃちゃっとやっちゃいましょう。」

と言った。

「よし、じゃダストワームやっつけようぜ。」

中田が言うと反町は谷に放水の指示をだした。谷は梅郷市民センターを補食するダストワームに向けて放水した。

水を浴びたダストワームはもだえるように身体を回転させた。中田と反町は口角を上げて、苦しむダストワームの姿を見た。谷は隣にいるダストワームにも水を浴びせた。水を浴びたダストワームはくるりと反転し口を開け粘り気のある黄色い液体を吐き出した。黄色い液体は谷の全身を覆った。谷の衣服はみるみるうちに溶けていき、剥き出しになった身体も溶けていった。黄色い液体を吐き出したダストワームは身体を上下にくねらせながらボンプ車に体当たりした。ポンプ車は衝撃を受けて大きくへこんだ。持ち手を失ったホースは放水しながらクネクネと暴れた。ダストワーム達は水を避けるため北側に逃げて行った。

「なんだ、こいつ!」

中田は叫びながらポンプ車の後ろへ行ってかがんだ。反町と畑が中田に続いた。

「谷くん溶けちゃいました!」

畑が叫んだ。

「落ち着け、畑もう少し遠くに逃げよう。」

中田達は都道まで走り、歩道橋の残骸がある場所で座り込んだ。

中田は無線で司令室の前田に向かって

「どうなってるんだ!ダストワームの奴、口から何か吐き出したぞ。動きもスッゴク素早いし。」

と叫んだ。

「ヘルメットに付けたカメラの画像を見ました。口から何か吐き出したようですね。昨日はそんなこと無かったんですが。」

前田は言った。

「どうするんだよ、谷が溶けちゃったぞ。」

中田は動揺を隠せなかった。

「救急車を送ります。」

「お前馬鹿か、救急車もダストワームにやられちまうだろ。」

中田の不用意な言葉に腹が立った前田だったが

「とにかく、今からそちらに向かいます。」

と言った。

 第八方面消防救助機動部隊隊員の小島と野口は中田達より少し東側の家屋を貪る四体のダストワームを見つけた。小島がポンプ車のホースを消火栓に繋ぎ、野口が一体のダストワームに向けて放水した。次の瞬間、目標にしていたダストワームの隣のダストワームが突然振り向き、野口に向かって突進してきた。野口は向かってきたダストワームに放水しようとしたが、ダストワームのスピードは早く、大きく開いた口で野口の頭に食らいついた。野口は頭を食われたまま手足をバタつかせていたが、他の三体のダストワームが野口の身体の下部に食らいついたため、動けなくなった。

「わー!」

小島は叫びながら後方に退いた。ポンプ車に乗っていた掛川と水谷も車両から降りて南に向かって走って行った。小島は無線で

「小島です、野口がダストワームに喰われました。」

中田に震える声で連絡した。

「何、野口が喰われた?奴は無事なのか?」

中田の問いに

「身体を喰われました、ダメみたいです。」

小島が答えた。

中田:「他の隊員は無事なのか?」

小島:「自分と掛川と水谷は都道に向かっています。」

中田:「わかった、俺達は都道の西側にいる。そこまで来い。」

小島:「わかりました。」

中田は前田に無線で

「おい、野口がダストワームに喰われたぞ。お前ダストワームがこんなにヤバイ奴だって言ってなかったよな!」

と叫んだ。

「昨日はそんなことなかったのですが…。」

前田は言った。

「お前が、あの化け物がヤバイ奴だって教えとけばこんなことにならなかったんだぞ!」

中田は発狂した。

前田がモニターを見ると、中西のカメラがダストワームの姿を捕らえていた。前田は無線で中西を呼び出した。

「中西、聞こえるか?」

中西:「はい、聞こえます。橋の近くでダストワームを発見しました。これから捕獲しようと思います。思ったより大きいですね。」

前田:「捕獲は中止だ。すぐに指令室に引き上げろ。」

中西:「え、中止ですか?わかりました。そちらに戻ります。」

前田は他の隊員にも無線で捕獲中止を伝えた。

中田は無線で部下の岡村に捕獲中止を命じた。まもなく、ポンプ車に乗って岡村、山田、石原、杉岡の四名の隊員が歩道橋の残骸の前にいる中田達の前へとやってきた。

救急車が中田達の前に止まり、小倉が降りてきて、

「中田さん、大丈夫ですか?」

と訊いた。小倉の問いに中田は軽く頷いた。

「谷隊員の場所まで案内してもらえますか?」

小倉が訊くと、中田の表情に躊躇いが見えた。

「俺が案内する。」

反町が立ち上がった。小倉と二人の救急隊員は反町に続いた。反町は梅郷市民センター入口に向かう坂をあがり、覗き込むように駐車場を見るとダストワームの姿はなかった。ポンプ車から伸びたホースは暴れながら放水を続けていて駐車場は水浸しになっていた。反町はポンプ車のバルブを閉めて水を止めた。

「水をいやがって別のところに行ったんでしょうね。」

小倉が言った。反町が谷のいた場所に行くと谷の全身の骨だけがその場にあった。

小倉はトングを使って持ってきた容器に骨を入れた。

「埋葬するのか?」

反町の問いに小倉は

「辻博士にダストワームが吐き出した液体の成分を調べてもらいます。」

と答えた。反町はダストワームに車体をへこまされたポンプ車に乗って中田の元へと向かった。


「どうしたんですか?」

指令室に入ってきた浅野と中西は前田に訊いた。

「第八方面の隊員がダストワームの攻撃にあって、被害を受けた。」

前田は口から液体を吐き出すダストワームの動画を見せた。

「なんだ、こりゃ…。」

浅野と中西の目は大きく見開いた。

「第八方面はポンプ車からダストワームに放水したが、近くにいたダストワームが液体を吐き出したそうだ。液体を浴びた谷隊員は絶命した。他に野口隊員は身体を喰われて絶命した。」

前田は眉間に皺をよせた。浅野と中西は目を大きく開き前田を見た。

「もうダストワームの捕獲はやらないのですか?」

中西は訊いた。

「今日のダストワームは昨日のものと明らかに違う。これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。」

前田は首を振りながら言った。

「遺体のある現場をドローンで確認したいです。」

中西が言った。

「そうだな、場所を教える。あまり近づくとドローンも喰われるかもしれないから気をつけろ。」

前田がモニターに表示されたポンプ車のGPSの位置を教えた。中西が野口が襲われた場所にドローンを飛ばすと、四体のダストワームが野口の身体に群がっていた。

「人食いダストワームだな。」

浅野は前田に向かって

「野口の遺体の回収は困難です。」

と言った。モニターでドローンから送られた画像を見ていた前田は

「今あそこに行くのは危険だ。遺体搬送は諦めよう。」

と言った。浅野は頷いた。

「もう捕獲はできないが、ダストワーム達の動きを監視する必要がある。南側の斜面にWebカメラを取り付けてくれ。」

前田は言った。

「わかりました。」

浅野はそう言って指令室から出ていった。

 前田は串田に電話をかけた。

「おはよう、ダストワーム退治はもう始めたか?」

串田は言った。

「朝早くすみません。第八方面と合同でダストワームの駆除を進めていたのですが、第八方面の二名の隊員が殉職しました。映像を串田さんのパソコンに送信しています。」

前田は言った。

「殉職、ちょっと待ってくれ。えー殉職って…。」

串田は慌てて自分のノートPCを立ち上げた。

「画像あった。わー、何だこりゃ!」

前田:「ダストワームが体内の消化液を吐き出したものと思われます。隊員の頭に食らいついたダストワームもいます。詳しくは辻博士に調べてもらいます。」

串田:「総務省に隊員の殉職のことを報告するから、すぐに報告書にまとめてメールで送ってくれ。」

前田:「承知しました。すぐに送ります。」

串田:「で、これからどうする?」

前田:「隊員の安全を一番に考え、駆除は中止しています。もう我々の手に負える相手ではありません。」

串田:「そうだよな、わかった。何か必要な物はある?」

前田:「はい、ダストワームは体当たりして消防車を損傷させました。巨大化したダストワームが電気柵に体当たりして破壊しないか心配です。電気柵の強化が必要だと思います。」

串田:「そうだな。ダストワームが大きくなったら電気柵を乗り越えるかも知れないしな。わかった、それも総務省にあたってみる。そうだ、くれぐれも今回の件は他言無用で頼むよ。隊員が死んだなんて知れたら大変なことになるからね。中田君にはこっちから言っておくから第九方面の方はよろしく頼む。」

串田は電話を切るとすぐに内藤に電話をかけた。


 午前六時、枕の横に置いてある鎌田のスマートフォンが鳴った。画面を見ると三浦からの電話だった。

「おはよう。」

三浦は朝から元気だった。

「おはようございます。どうしたんですか、こんな朝早くに?」

三浦:「また、青梅の現場に行ってくれる?」

鎌田:「え、これからですか?」

三浦:「そう、なる早で頼む。電気柵を強化したいんだって。」

鎌田:「強化ですか?」

三浦:「支柱を強化して、電気柵を増やしたいそうだ。支柱は向こうで用意するから電線だけ追加したいって。」

鎌田「電線だけでいいんですか?」

三浦:「そう、電線だけ。どうやら、電気柵を高くするみたいだ。今ある電気柵は生かして、高くなった分追加するんだろう。とにかく急いで来て欲しいって。」

鎌田:「群馬の倉庫まで行かないとですね。」

三浦:「そうだよな…。」

鎌田:「わかりました、今すぐに出れば昼ぐらいには行けると思います。」

「悪いな、よろしく頼む。」

三浦はそう言って電話を切った。鎌田はまだ寝ている彩と芽衣を起こさないように家を出ていった。


中西と浅野は南側の斜面に数台のWebカメラを取り付けた。そこから電波で送られた画像は指令室のモニターに表示された。

 指令室の前に救急車が停車し、中から黒いバッグを抱えて小倉が出てきた。小倉は指令室の横にある辻博士の簡易研究室に黒いバッグを置いた後、指令室に入った。

「ご苦労さん、遺体はどんな感じ?」

ノートPCを叩いている前田が訊いた。

「きれいに骨だけになっていて、その骨も溶けかかっています。早く辻博士に見てもらったほうが良いですね。」

小倉は答えた。

「辻博士はすぐに来るそうだ。」

前田は言った。

「ダストワーム達はすぐに大きくなって、あの付近一帯を食いつくします。ダンプカーで都道付近に廃棄物をまいて、そこに奴らを集めるというのはどうでしょう?」

小倉は言った。

「あの映像見るとダンプカーも襲われる気がするけど。」

前田は渋い顔で言った。

「リモートコントロールで操縦できるダンプカーだったら安全ですよね。」

小倉が言った。

「リモートコントロールか、それならいいと思う。串田さんに訊いてみよう。」

前田は串田に電話をかけた。

午前七時、中田と反町が司令室に入ってきた。中田は

「俺達は署に戻る。」

と憔悴しきった顔で言った。反町は(まるでこうなったのはお前のせいだ)と言わんばかりに小倉を睨んで指令室を出ていった。二人と入れ替わりで辻博士が入ってきた。

「遅くなりました。」

辻博士は言った。前田は液体を吐き出すダストワームと隊員に食らいついたダストワームをモニターに表示した。辻博士は目を大きく開いてそれを見た後、小倉と一緒に研究室に入り、遺体の骨の一部を削ぎとり、試験管に入れて分析装置にセットした。

「やはりダストワームが吐き出したのは消化液のようです。」

辻博士は言った。小倉は

「ダストワームは口から消化液を吐き出すことができるんですか?」

と訊いた。

「私が開発したダストワームは口から消化液を吐き出すことはできませんでした。」

辻博士は答えた。

「なぜ、ダストワームは消化液を吐き出したり、隊員の頭を食べたりしたのでしょうか?」

小倉が訊いた。

「放水されて命の危険を感じたダストワームの防御行動かも知れません。」

辻博士が答えた。

「身の危険を感じたダストワームが反撃に出たということですか。」

小倉がまた訊いた。

「そうです。」

辻博士は顔をしかめた。


午後二時、指令室の前に四トントラックに乗った鎌田が現れた。小倉が駆け寄ると鎌田は運転席から降りてきた。

「ご苦労様です。また呼び出しちゃってすみません。」

小倉が言うと

「いえ、大丈夫です。逆に遅くなってすいません。在庫なくて、群馬の倉庫まで取りに行っていました。」

鎌田が言った。

「明日、この間立てた支柱の近くに、地上高五メートルの支柱を立てます。そこに追加で電線を張っていきます。」

小倉が言うと

「新しい支柱には、先に下側に電線を張り、後から前に張った電線を支柱から外して上側に張っていけばいいと思います。」

と鎌田は言った。

「そうですね、それでいきましょう。支柱に電線巻く作業もこちらでやりますので電線だけ置いといてください。」

小倉は言った。小倉は鎌田に、ダストワームの成長速度が上がったことや消化液を吐くこと等は話さなかった。

「わかりました。」

小倉と鎌田はトラックの後方まで進み、鎌田は荷台の扉を開けた。隊員たちは荷台から電線を運んだ。



八. 発案


 翌朝、緊急閣僚会議は八時から開催された。林総理大臣が座っていた椅子に岡野法務大臣が座っていた。閣僚や官僚達の机の上に、文頭に赤字で“極秘 会議終了後回収”と書かれた前田が作成した報告書が置かれていた。モニターの前に立った桐島総務大臣が話し始めた。

「青梅市梅郷付近でダストワームの駆除にあたっておりました、東京消防庁第八方面消防救助機動部隊員の二名が死亡しました。詳細について報告いたします。」

長谷川は前田が作成した報告書を淡々と読み上げた。

「消防隊員がダストワームに殺されたことを世間が知ったら大変なことになるぞ。」

岡野法務大臣は配布された報告書の端を掴んで言った。

「もし、この件が明るみになった場合、八百万人の東京都民が避難行動をすると予想され、それによる二次災害が懸念されます。また、全国各地で稼働しているダストワームへの市民からの反対運動も沸き起こることが予想されます。」

長谷川が言った。

(福島の時と同じだ。)彦田は思った。

「消防隊員には当該事例を他言しないように指示してあります。」

桐島総務大臣が言った。

「隊員の親族はどうする?隊員の死亡を隠蔽するなんてことができるのか?」

岡野法務大臣が訊いた。

「海上での救助訓練中に行方不明になったことにすれば良いのではないでしょうか?そうすれば親族へ遺体を渡す必要が無くなります。」

石渡防衛大臣が言った。

(福島の時と同じだ。)彦田は思った。

「遺体は骨だけになっていて、それもどんどん溶けていっているということです。これの処置はどういたしましょうか?」

桐島総務大臣が岡野法務大臣に訊いた。

「辻博士にお願いするしかないだろう。彼の研究室で保管してもらう以外の方法を思いつかない。」

岡野法務大臣は答えた。閣僚達は頷いた。

「では、遺体は辻博士の研究室で保管していただくよう依頼します。」

桐島総務大臣は言った。

「辻博士の研究室に予算をつけよう。保管用の新たな研究室を作ってもいい、とにかく辻博士にもこの件は内密にとお願いしよう。」

岡野法務大臣が言った。

(福島の時と同じだ。)彦田は力なく首を振った。

「ダストワームは非常に危険な生物に変化し、捕獲することは困難となりました。現在消防隊員はダストワームの捕獲を中断しており、今後の対応について検討する必要があります。青梅市の現場でダストワームの調査にあたっている辻博士とビデオ通話が繋がっています。」

桐島総務大臣が言い、モニターに辻博士が表示された。

「お疲れ様です。今、青梅の現場付近にいます。」

辻博士が言った。

「博士、ダストワームが吐き出した液体は何だったんですか?」

桐島総務大臣が訊いた。

「はい、亡くなった消防隊員の身体の一部を切り取って調べたところ、ダストワームの消化液と同様の成分が検出されました。ダストワームは口から自身の消化液を吐き出して隊員にかけたのだと思われます。そちらで画像を見ることはできますか?」

辻博士の問いに対し

「はい、動画を再生します。」

長谷川がパソコンを操作して、画面にダストワームが口から吐き出した液体が谷の身体にかかる映像を表示した。閣僚達の目が見開いた。

「ご覧のように吐き出された消化液は五十リットル程の量で、隊員の全身にかかりました。隊員の身体は骨を残して、全てが溶けていきました。その骨もしばらくすると溶けていきました。他に全身を喰われた者もいます。」

辻博士が言うと、野口の頭がダストワームに喰われる映像が流れた。映像を見ていた閣僚や官僚達に戦慄が走った。

「どうしてこんなことになったのですか?」

岡野法務大臣が訊いた。

「考えられるのは遺伝子変異です。地中に埋められたダストワームの細胞から新たな個体が作られていく過程で、攻撃的な能力を持つことになったと考えられます。消防隊員の放水で、身体に水を浴び身の危険を感じたダストワームの防御反応が過剰に働き、放水している消防隊員に消化液を浴びせたり、隊員を食べたのだと考えられます。」

辻博士は答えた。

「報告書にはダストワームの成長が速くなっていると書かれています。」

桐島総務大臣が訊いた。

「はい、捕獲したダストワームの細胞を調べたところ従来のものよりも成長が速くなっていることがわかりました。ダストワームは一日ごとに倍に成長します。昨日のダストワームの体長は四メートルほどでしたが、今日は八メートル、明日は十六メートルに成長し、四日で最大の五十メートルになると予想されます。

閣僚達の顔に驚愕の色が浮かんだ。

「博士は、このダストワーム達にどのように対応すれば良いと思われますか?」

岡野法務大臣の問いに辻博士は

「明日になるとダストワームは十六メートルを超えます。大きくなった身体で暴れまわり、消化液を吐き出すダストワームに電気止め刺し棒を使用することは危険です。ダストワームの寿命は十年です。この地を新たな廃棄物処理場として廃棄物を与え、十年間見守っていくのが得策だと思います。」

と辻博士は答えた。

「しかし博士、十九体のダストワームに与える廃棄物の量を確保する困難さと、ダストワームが排出する土の廃棄場所の検討は困難を極めます。」

岡野法務大臣は渋い顔をした。

「それは、このダストワームを作った国の責任です。エサを与えられず凶暴化したダストワームが東京都を食らいつくす姿を想像してみてください。そうならないようにするには、ここを廃棄物処理場にするしかないのです。」

辻博士の話を聞いた閣僚達は静かに頷いた。岡野法務大臣は辻博士に

「わかりました。博士ご意見ありがとうございました。」

と言った。辻博士は頭を下げ画面から消えた。

岡野法務大臣は閣僚達に向かって

「では、あの地を新たな廃棄物処理場としましょう。廃棄物が足りなくなったら海外から輸入し、排出された土は廃棄物を輸出した国へ戻すという契約を締結しましょう。よろしいですね。」

と言った。閣僚達から異論が出ることはなかった。

「では、早速準備を進めてください。それと、今回の件は決して外部に漏らさないようにお願いいたします。」

岡野法務大臣はそう言って部屋を出て言った。


 午前十時、前田と小倉が南側に取り付けたWebカメラの映像を指令室のモニターで見ていると、北に潜んでいたダストワームが姿を現した。

「ダストワーム達が北から南の方に向かっていますね。」

モニターを見ながら小倉が言った。

「北側にエサが無くなって南側のエサを食べに行くのだろう。」

前田が言った。南側は早めにダストワームを駆除したため、家屋が残っていた。ダストワームは続々と都道を超えて南側に進んで行った。前田は中西にドローンを飛ばさせた。小倉はドローンで撮影された画像をモニターで確認した。

「一、二、三・・・十九。十九体いますね。」

小倉は前田を見た。

「今なら電気柵を強化できるな。」

前田は言った。

 午前十一時、指令室の前田が電話をとると、相手は串田だった。

「総務省から連絡があった。ダストワームがいる和田町周辺を廃棄物処理場にすることが閣議決定されたそうだ。」

「ダストワームをこの地に残すってことですか?」

前田は訊いた。

串田:「そうだな、内閣はあれを駆除するのは危険だと判断したんだ。」

前田:「我々はこの後どうすれば良いでしょうか?」

串田:「廃棄物処理場にするためにはダストワーム達をこの地に留めておくことと、一般人が誤ってこの敷地内に入らないようにする必要がある。近いうちに、君達が立ててくれた電気柵の外側に大きな塀を構築することになるだろう。その前に電気柵を強化しておけばいい。ま、君達がやろうとしていたことをやるだけなんだが。」

前田:「承知しました。北側にいたダストワームは現在南側に移動しています。南側の家屋を食べつくすまでに時間がありますので、その隙に電気柵を強化できると思います。ただ、ダストワームが南側の家屋を食べつくした後は廃棄物を都道付近に補充していかなければなりません。」

串田:「総務省に確認したのだが、リモートコントロールで操縦できるダンプカーは明日には用意できるそうだ。とりあえず、廃棄物はそっちに送っておくからリモートコントロールで操作できるダンプカーが到着したところで、それを運べばいい。」

前田:「承知しました。」

串田は電話を切った。

「リモートコントロールで操作できるダンプカーは明日届くそうだ。廃棄物は今日ダンプカーで運んでくるので、どこかに置いておいて、明日リモートコントロールで操作できるダンプカーに乗せてダストワーム達の前に運ぼう。」

前田は小倉の顔を見て言った。小倉は家屋を食べるダストワーム達の映像を見ながら

「そうですか、ダストワーム達の食べる勢いが増しているので、明日までに南側の家屋を食べつくすかもしれません。やっぱり、都道付近に廃棄物を撒きましょう。ダストワーム達が南側の家屋を食べている間は大丈夫だと思います。」

と言った。前田は顔をしかめて頷いた。


 正午、指令室の前に廃棄物を積載した十トンのダンプカーが停車した。小倉はダンプカーの運転手側のドアにかけより

「ご苦労様です。ここからは自分が運転してゴミを降ろしたら戻ってきます。」

と言って運転手を降ろし、運転席に乗って梅郷市民センター前まで車を進めた。都道付近にダストワームの姿はなかった。小倉はダンプカーの荷台を上げて積まれた廃棄物を路上に落とすと、すぐに西に向けて走り、交差点を右折して青梅街道を通って指令室の前に戻った。浅野、中西が小倉に続き都道にダンプカー十台分の廃棄物を撒いた。


 午後二時支柱となる十メートルの鉄柱を積んだトレーラー十台が到着した。相馬がクレーンを使って支柱をトラックに積み替えた。

隊員達はダストワーム達が南側にいる間に北側の電気柵の強化を進め、午後八時に北側の電気柵の強化が終了した。


 午後八時、岡野法務大臣、沢崎官房長官、藤田警察庁長官は法務大臣の執務室のソファーに座っていた。

「消防官死亡の件は林総理に報告しますか?」

沢崎官房長官が岡野法務大臣に訊いた。

「報告しなければならないとは思うのだが…。」

都内の大学病院で心臓の冠動脈バイパス手術を行った林総理大臣は一週間後に退院する予定だった。

「林さんが消防官の死亡を知ったら、彼は必ず我々を攻撃してきます。そして消防官死亡の件を公表しないことをエサに、我々に無理難題を言ってくるに違いありません。」

岡野法務大臣はため息混じりに言った。

「最も知って欲しくない人に報告しなければならないとは。」

沢崎官房長官が呟いた。しばらくの沈黙の後、

「私に考えがあります、私にお任せください。」

藤田警察庁長官が言った。

岡野法務大臣と沢崎官房長官は不安げな目で藤田警察庁長官を見た。


 翌朝五時、司令室の中で前田と小倉は中西が飛ばしているドローンの映像を見ていた。体長が十六メートルに成長したダストワームは、南側の家屋を食べつくし、都道に対して直角に並び、昨日小倉たちが撒いた廃棄物を食べていた。ダストワーム達は肛門を南に向け土を排泄し、南側にできた土の山は高くなっていった。

午前十時、リモートコントロールで操作できるダンプカーが到着し、小倉と浅野と中西は業者から説明を受けた。

 廃棄物を積んだダンプカーが指令室の前に止まった。浅野と中西がダンプカーの運転席の横まで行き、廃棄物を梅ケ谷峠入口付近に降ろすように指示した。降ろされた廃棄物はショベルカーを使ってリモートコントロールで操作できるダンプカーに積みかえた。浅野がリモートコントロールでダンプカーを操作して梅の公園入口付近で廃棄物を降ろした。ダストワーム達は目の前のエサを食べることに夢中で、リモートコントロールダンプカーには目もくれなかった。

 隊員達は南側の電気柵の強化作業を進め、十時までに電気柵の強化は終了した。支柱の高さは五メートルあり、五十メートルに成長したダストワームに対応していた。

 前田は串田に電話をかけた。

「お疲れ様です。先ほど電気柵の設置が完了しました。」

前田は言った。

「お疲れ様、電気柵の強化もう終わったの?流石だね。」

串田の声は嬉しそうに聞こえた。そして

「昼ごろに環境省の担当者がそこに行くから引き継ぎをしてくれる?」

と続けた。

「承知しました、失礼します。」

前田は言って電話を切った。


 

九. 竜神


 午前十一時、黒塗りの大型セダンと白いバンが指令室の前に停車した。大型セダンの後部座席から黒いスーツを着た男が、白いバンからは作業着を着た二人の男が降りてきた。前田と小倉は指令室から出て男達の前に立った。

 黒いスーツの男は名刺を差し出し

「環境省環境再生・資源循環局の園田です。」

と名乗った。キッチリとなでつけた髪の毛と痩せた身体が神経質な雰囲気を醸し出していた。

前田と小倉が園田に自己紹介すると、

「内閣はここを廃棄物処理場とすることを閣議決定いたしました。我々環境省環境再生・資源循環局が廃棄物処理場建設を担当いたします。現在、第九方面消防救助機動部隊様の御尽力によってダストワームは制御されていると伺っております。我々が業務の引き継ぎをいたします。」

園田は言った。前田は小倉の前に手を差しだし

「承知しました。では、こちらの小倉が引き継ぎしますので。」

と言った。

「では、引き継ぎをお願いいたします。尚、この事業は民間活力の一貫として、業務を外部業者に委託することとなりました。こちらは環境省が業務を委託した廃棄物処理業者の方です。」

園田は作業着を着た男を紹介した。

「株式会社パイサン代表の樋口です。廃棄物処理業務全般を行っています。こっちは営業部長の根田です。どうかよろしゅうお見知りおきを。」

五十台後半と思われる作業着を着た大柄の男は名刺を差し出して言った。薄くなった髪の毛に油をつけて後ろに流していた。

「根田です、よろしくお願いいたします。」

身長は低いが引き締まった身体をしたもう一人の作業着の男も名刺を出して言った。切れ長の三白眼は、ただならぬオーラを出していた。小倉は二人から滲み出る、ただならぬものを感じながら

「引き継ぎの前にお聞きしたいのですが、我々が捕獲して水の中につけてあるダストワームの処理もそちらが請け負うのですか?」

と訊いた。

「ええ、我々が処分しますので、しばらくそのままにしておいてください。」

樋口は言った。小倉は園田、樋口、根田に業務の引き継ぎを行い、コンテナ車の前に立った。

「このコンテナ車に三十五体のダストワームの死骸が入っています。荷台は水で満たされています。水の中にはダストワームから排出される強酸性の消化液を中和する薬剤が入っています。」

と言った。園田はコンテナ車の近くまで行き、小倉に向かって

「中を見れますか?」

と訊いた。

「そのハシゴをつたって登れば見ることはできますが…。」

と言いながら園田の革靴を見た。革靴でハシゴを登るのは難しい。長靴を貸すことも考えたが小倉は

「はしご車に乗りましょう。私が操作するので。」

と言った。小倉と園田は、はしご車のバスケットに乗った。小倉がバスケットを操作してコンテナ車の上空で止めた。

「すごい量ですね。」

タブレットPCで写真を取りながら園田は言った。

「これは、二日目に捕獲したので小さいですが、日を追うごとに大きくなっていきます。ちょっと今のダストワームを見てみますか?」

小倉は言った。

「ええ、お願いします。」

園田は右手でタブレットPCを抱え、左手でバスケットの縁を掴みながら言った。小倉が慣れた手付きで操作すると梅ケ谷峠入口の上空からダストワームを見ることができた。

「どうです、大きいでしょう?」

小倉の問いに

「本当ですね、確かに大きい。」

園田はタブレットPCでダストワームを撮影しながら言った。

 突然雷鳴が轟いたかと思うと、勢いよく大粒の雨が降ってた。小倉は空を見上げながら

「あー、これだ。これでダストワーム死んじゃうぞ。」

と叫んだ。園田はタブレットPCを上着の中に隠して

「何ですか?」

と訊いた。

「見てください、あれを。」

小倉は、雨にうたれて、のたうち回るダストワームを指差した。この数ヶ月雨が降っておらず、誰もがダストワームが雨にうたれて絶命することを想像できなかったのだった。

 びしょ濡れの小倉と園田が指令室に戻ると、前田が笑顔で迎え入れた。前田は園田に向かって

「大変でしたね、タオルです、どうぞ。」

と言ってタオルを渡した。園田は渡されたタオルを受け取り、タブレットPCを机の上に置いてタオルで画面についた水滴を拭き取り動作確認した。

「よかったー、死んでない。」

小倉は真っ裸になって、タオルで身体を拭きながら笑った。

「ダストワームは全滅だ。」

前田はモニターを指して言った。小倉がモニターを見ると、そこには身体をくねらせたままの姿勢でピクリとも動かないダストワームの姿が映し出されていた。

園田は

「ダストワームは本当に死んでいますか?」

と前田に訊いた。

「雨が降りだしてから十分経っています。辻博士は、ダストワームは二分間水を被ると死ぬって言っていましたから、たぶん死んでいると思いますよ。」

司令室の前に辻博士を乗せた研究所の車が停車した。

「いやー、すごい雨ですな。」

司令室に入ってきた辻博士は言った。

「先生、ダストワームは死んでいますかね?」

前田が訊いた。辻博士はモニターの中の動かないダストワーム達を見ながら

「一応一時間は様子を見ましょう。ダストワーム達が雨にあたってから一時間後に私が検死します。」

と言った。

「遺伝子変異で水に強くなるとかは考えられないですか?」

前田が訊くと

「それは無いでしょう。いや、しかし何があるかわかりません。」

と辻博士は口をへの字に曲げて答えた。

ダストワームが雨にうたれてから一時間後、辻博士と佐久間、日吉、小倉、園田は雨合羽を着て都道を西に向かって歩いた。一番東側に横たわっているダストワームの傍らに五人は並んで座った。辻博士はダストワームを軽く叩いたり揺すってみたが何の反応もなかった。辻博士は肛門の前に座ると日吉から銀色の細長い棒を受け取り肛門に指した。銀色の細長い棒から伸びるコードはノートPCに接続されていた。辻博士はノートPCの画面を見ながら

「完全に死んでいます。」

と言った。辻博士は他の十八体のダストワームも調べ、全てのダストワームが死んでいることを確認した。

 午後四時、四人は司令室に戻った。園田はすぐに彦田に電話をかけた。前田も串田に電話をかけた。

串田:「凄い雨だね、ダストワームどうなった?」

前田:「お疲れ様です。ダストワーム全部死にました。」

串田:「あー、そう良かった。そうだよな、雨に当たれば死ぬよな。引継ぎは終わった?」

前田:「終わりました。」

串田:「じゃ、もうそっちでやること無いな。」

前田:「はい、無いと思います。」

串田:「じゃ、帰っても大丈夫だな。」

「ありがとうございます。」

前田は電話を切ると隊員達に撤収を命じた。隊員達は全ての機材と装備品を車両に積み込み八王子署へと戻った。


「何だか、拍子抜けしちゃいましたね。」

司令室だったマイクロバスを運転しながら小倉が呟いた。

「そうだな、あっけない幕切れだったな。」

助手席に座る前田も呟いた。しばらく二人は無言だったが、

「谷君と野口君のことを思うと胸が痛みますね。彼らは国の為に働いたのに。」

小倉がまた呟くように言った。

「…。」

前田は下を向いたまま何も答えなかった。


 午後六時、政府は緊急閣僚会議を開催した。

園田から報告を受けた彦田がモニターの前に立った。

「本日の降雨によって、青梅市梅郷付近にいたダストワームは十九体全てが絶命したそうです。」

閣僚達は色めき立った。

「そうだよ、雨に打たれれば死んじゃうんだよ。何で気がつかなかったんだろう。」

桐島総務大臣は言った。

「ともあれ、あの場所を廃棄物処理場にしなくても良くなりましたし、ダストワームのために他国から廃棄物を輸入するなんてことも無くなったので良かったじゃないですか。」

岡野法務大臣は笑顔で言った。

「そうなると、ダストワームがいた青梅市和田町と梅郷の復興ですね。」

沢崎官房長官は鋭い目で岡野法務大臣を見た。岡野法務大臣も沢崎官房長官を見返した。

「あの付近はどれくらいダストワームに喰われたんだ?」

沢崎官房長官は彦田を見た。

「はい、園田によると和田町二丁目の西側、梅郷一、二、三丁目の家屋のほとんどがダストワームに補食され、ダストワームの糞である土のみになっているとのことです。」

彦田は答えた。

「ま、そんなに広くはないけれども何か施設を、レジャーランドみたいなものを作る計画を考えてもいいかも知れないですね。」

沢崎官房長官は岡野法務大臣を見ながら言った。

「そうですね。和田町と梅郷周辺の土地の所有者で土地を手放してもいいという方がいたら、何か施設を作る計画を考えても良いですね。現場の状況を把握することが肝要です。明日関係省庁の事務方で現場を見てきてもらえますか?その後復興計画を練りましょう。」

岡野法務大臣が言った。




十. 復興


 翌朝九時、和田町周辺は快晴だった。朝から気温が上がり、ダストワームの死骸の前にいる園田と樋口と根田の額には汗が吹きだしていた。根田はメジャーでダストワームの体長を計り

「十六.六メートルありますね。十九体もいるからコンテナ車に入り切らないですね。」

と言った。東の方から辻博士が佐久間、日吉と一緒にやってきた。

「おはようございます。」

辻博士は爽やかに挨拶した。樋口は会釈した。

「先生、ダストワームが大きすぎてコンテナ車に入らないのですが…。」

園田は言った。

「なるほど、確かにこのサイズではコンテナ車に入れるのは難しいですね。」

辻博士は答えた。

「身体を切り離すのはダメですかね?」

根田が訊いた。

「絶対だめです。身体の中から有毒な液体が出てきてしまいます。」

辻博士は言った。

「この近くにプールはありませんか?」

辻博士は訊いた。園田はタブレットPCを叩くと

「近くに小学校のプールがあります。」

園田が言った。根田はメジャーでダストワームの横幅を計り

「幅は一.六メートルか、二十五メートルプールだと全部いけますね。」

と言った。園田は彦田に電話をかけた。

「園田です、ダストワームを沈めるのに小学校のプール使いたいのですが?」

彦田:「コンテナ車に入らないのか?」

園田:「はい、ダストワームが大きすぎて入りません。」

彦田:「わかった調整してみる。」

電話を切った園田は背後から肩を叩かれ、振り向くと彦田がいた。

「わ、ビックリした。官房長来ていたのですか?」

園田は眼をしばたいた。

「ははは、ごめんごめん。昨日の閣議でここを復興することに決まって、復興計画作るから現場見てこいって言われてな。」

彦田はいたずらっぽく笑った。

都道の西側には黒塗りの大型セダンが並んでいた。

「そうなんですね。うちの仕事はダストワームが喰い残した廃棄物や土の処理なんかですかね。」

園田は言い

「でも、官房長がわざわざ出向かれなくても…。」

と続けた。

「君じゃ不安でね。」

彦田が言うと園田はえーっと言って俯いた。

「冗談だよ、冗談。」

彦田は笑った。

「ダストワームを見たいと思ってね。」

彦田はダストワームを見ながら言い

「ずいぶんでかいんだな。」

と続けた。

「そうですね、三十五トン位あると思います。」

辻博士が言った。彦田は辻博士に会釈した。辻博士も彦田に会釈した。

「三十五トン?」

樋口と根田は目を合わせた。樋口が

「三十五トンじゃユニックでは無理だな、ラフタークレーン呼ぶようだぞ。」

と言うと

「そうですね、小学校まで距離があるのでラフタークレーン二台をここと小学校に置いて五十トントレーラーで輸送したいですね。」

根田が答えた。

「すいません、追加で車両が必要になるのですが…。」

樋口が園田に訊くと

「そちらで手配していただいて構いません、後日請求書をこちらに回してください。」

園田は答えた。樋口は早速知り合いの業者に電話をかけて、ラフタークレーンとトレーラーの手配をした。

辻博士は園田と根田に向かって

「クレーンで持ち上げるのであれば、頑丈な布をダストワームの身体の下に敷き布ごと持ち上げてそのままプールに沈めればいいと思います。」

と言った。

「これだけの大きさの物体を吊り上げる丈夫な布を手配するのは大変そうですね。どうします?」

園田は彦田を見た。

「ヨットの帆ならいけますかね?」

彦田は辻博士を見た。

「良さそうですね。」

辻博士は答えた。

彦田は知り合いの業者に電話をかけ

「良さそうなのがあるから明日届けてもらうね。」

と園田に言い

「これから、今後の対応について打ち合わせがあるから同行してくれる。今日はダストワームの移動できないでしょ。」

と続けた。彦田と園田は辻博士と樋口に辞去して西に向かって歩いて行った。辻博士は佐久間と日吉と共にダストワームの調査を続けた。樋口と根田はダストワームのエサとして撒かれていた廃棄物を自社のコンテナ車に積んで武蔵村山市にある廃棄物中間処理工場に運んでいった。

 梅郷市民センターと、その北側にある小学校の損壊は激しくなかった。総務省は梅郷市民センターを仮の事務所として使用することとした。総務省、国土交通省、環境省などの官僚達は事務所に上着や荷物を置くと現場を確認するために外に出た。

 青梅市の西田総務課長が先導して南西側の梅の公園入口交差点から南の斜面沿いに向かって歩き始めた。官僚達はタブレットPCを抱え、西田課長の後を、ぞろぞろと歩き出した。園田以外の課長達はタブレットPCでやたらと付近を撮影していた。彦田は荒木と長谷川と三人で並んで歩いた。三人は同期で入省当時から繋がりがあった。普段から身体を鍛えている彦田は汗一つかかなかったが運動不足の荒木と長谷川は汗びっしょりになっていた。ほとんどの家屋がダストワームに補食され、ダストワームの排泄物である土の山が所々にあった。

「これくらいの広さがあれば沢崎さん肝いりのレジャー施設ができそうですね。」

長谷川が言った。

「そうだな、温泉掘るかもしれない。」

荒木が言った。

「あまり、儲かりそうもないけどな。」

彦田が言った。

「経営成績なんて関係ないだろ。税金使って開発して、建設会社から献金してもらうのが目的なんだから。」

長谷川が言った。

「マイクロ東京オリンピックってところだな。」

荒木が言った。

「岡野さん、林さんがいない隙に商売広げるつもりかな。」

彦田が言った。

様々な省庁に情報源を持つ長谷川は含み笑いをした。

官僚達は和田橋の手前で左折し、西に向かった。西田は北側の家屋もほとんど無くなっていることを教えてくれた。西田の先導で南側に向かい、急な上り坂を越えると左側に小さな鳥居と祠が見えた。彦田は西田に向かって

「すいません、あれは?」

と訊いた。西田は

「ああ、これは八幡神社です。ダストワームは神社を食べなかったのですね。」

と言って笑った。彦田は

「先に行っていてください。」

と西田に言って八幡神社に向かった。長谷川と荒木が続いた。彦田は鳥居をくぐり小さな祠の前に立った。

「どうしたお前、神社マニアか?」

長谷川は彦田に訊いた。

「おかしくないか、ここだけ残るなんて?」

三人が周りを見渡すと周囲には何もなかった。

「確かにここだけ食べられてないね。」

長谷川は彦田を見た。

「まさか偶然だろ、偶然。」

荒木が口を尖らした。

「ダストワーム達はここに神が祀られていることを知っていたのだろうか?」

彦田は続けた。

「かも知れないね。」

長谷川が言った。

「おいおい、オカルトだぞ。」

荒木は驚いた表情をした。

「今回の政府の対応って福島の原発事故の時と同じだと思わなかった?」

彦田は長谷川を見た。

「確かに、福島の原発事故時の対応と似ていたね。」

長谷川も彦田を見た。

「俺は政府の対応見て、福島の原発事故を思い出していたんだ。あの事故は何か神秘的な力が働いたんじゃないかなって俺は思っている。」

彦田は祠を見つめながら言った。

「何をバカなこと言っているんだ。」

荒木は彦田を心配した目で見た。

「神秘的な力って?」

長谷川は訊いた。

「三号機の貯蔵プールにはMOX燃料が入っていた。原発を稼働させた時にできるプルトニウムが入ったMOX燃料がね。その三号機で大きな爆発が起きた。地震の多い日本で原発を動かすと大きな事故が起きるから、原発をやめろって神様が言っているのかなって思ったんだ。」

彦田は長谷川を見て言った。

「そんなことあるわけないだろ。お前頭おかしくなったのか?」

荒木が言った。

「事故は神のお告げだったって訳だ。」

長谷川が言った。荒木は長谷川を見て

「お前まで何を言っている。俺達がオカルトを言うなんて許されることではないぞ。」

と言った。

「まあ、原発事故が神のお告げでは無いにしろ、福島第一原発の事故は、地震の多い日本で原発を動かすと重大な事故が起きることを証明したよね。」

長谷川は彦田を見て言った。

「福島第一原発付近の住民は本当に気の毒だよね。事故のせいで住み慣れた町に戻れなくなったのだから…。でも、この国にはまだ三十三基も原発がある。そのどれかが福島の原発みたいな事故を起こしたら、その自治体の住民は大きな被害を被ることになるんだ。これから大きな地震がこの国に絶対起きないなんて誰が言えるんだよ。」

彦田は抑えていた気持ちを吐き出すように言った。

「お前ら何を言っているんだ。原発政策は国民の代表である国会議員が責任を持って進めているのだ。俺達はその政策について意見する立場にはないぞ。」

荒木は口を尖らせた。彦田と長谷川は悲しい目をして荒木を見た。荒木は驚いた顔で二人を見た。園田が西側から走ってきた。

「そろそろ打ち合わせの時間です。」

息を切らしながら園田が言った。彦田も荒木も長谷川も顔をしかめて園田の元へ進んだ。


 ダントツでは計画停電の特集を放送していた。藤枝は関東の地図を表示したモニターを示しながら

「海外から燃料の輸入が難しくなっているとのことで、今回の計画停電は相当大規模なものになりそうです。花田さんどう思われますか?」

「はい、やはり資源の乏しい日本は海外の資源に頼るしかないんですね。再生可能エネルギーは太陽光や風力が知られていますが、地熱や波の力を利用した発電もあるんです。日本は火山国ですから地熱発電も期待できますし、島国ですから波力発電も期待できます。再生可能エネルギーで水素を作り、その水素を使って発電する水素社会が実現できれば、状況はかなり変わって来るのではないかと思います。」

花田は持論を唱えた。

「なるほどなるほど、再生可能エネルギーは地球温暖化を抑制することも期待されていますね。ちょっと待って下さい。新しいニュースが入って来ました。えー、先程政府は燃料需給の目処がたったため、計画停電は中止すると発表しました。」

藤枝は花田を見て

「計画停電中止だそうです。燃料需給の目処はそんなに変化するものなのですか?」

と訊いた。

「世界情勢は不安定となっていますから、こういった状況になることもありえます。」

藤枝は驚いた顔で

「え、もう一つ新しいニュースがあるの?えー、政府は青梅市で新たに発見されたダストワーム全てが死んでいることを確認したそうです。武内さんどう思われますか?」

「昨日は豪雨がありましたから、それでダストワームが死んだのだと思われます。」

「なるほどなるほど、昨日の雨は凄かったですからね、あの雨に打たれてダストワームは死んだのですかね。えー、政府は今回被災した和田町、梅郷地域を復興する計画を発表しました。ま、何はともあれ、ダストワームによる不安は解消されたということでしょうか?え、もう一つ新しいニュースがありますか?」

画面は女性アナウンサーを映し出した。

「林総理大臣病状悪化のニュースが入って来ました。関係者によりますと、林総理大臣は心臓のバイパス手術を受けるために入院中でしたが、本日未明に容体が急変し、現在意識不明になっているということです。」

画面は藤枝に切り替わった。

「えー、林総理大臣が意識不明ですか?今日はニュースがてんこ盛りだな。」

と言った。


 ダントツを見ていた彩は、隣の部屋でお絵描きをしている芽依に向かって

「芽依ちゃん、ロウソク使わないから片付けよう。」

と言った。芽依は

「はーい。」

と言って彩の元へと走ってきた。

彩と芽衣は計画停電のために用意していたロウソクを片づけた。


 翌朝九時、辻博士と日吉は小学校の校庭に置かれたタンクローリーからホースを伸ばしてダストワームの体内にある消化液を中和する薬品をプールの中に入れた。

根田は園田が用意したキャンバス生地の大きな布をダストワームの横に並べた。部下の増田と柿内はホイールローダーを使ってダストワームの死骸を転がし、布の上に置いた。布の両脇にある穴から鉄筋を通し鉄筋にワイヤーをくくりつけてラフタークレーンで吊り上げ、五十トントレーラーに乗せた。トレーラーは小学校の校庭に置いてあるもう一つのラフタークレーンの横に停車し、もう一台のラフタークレーンでダストワームの死骸を吊り上げ、消化液の入った水で満たされた小学校のプールに沈めた。作業は順調に進み午後三時には十九体のダストワームを小学校のプールに沈めることができた。

 辻博士はコンテナ車の中に沈んでいる三十五体のダストワームの死骸を調べ、細胞が完全に死滅していることを確かめた。次にコンテナ車に入った液体を調べ、これも安全であることを確認し、園田に報告した。コンテナ車はそのまま、梅ケ谷峠にある廃棄物処理場へ行き、荷台を満たしている液体を抜き取ってタンクローリー車に入れ、ダストワームの死骸を埋めた。


 翌朝九時、辻博士はプールに沈めておいたダストワームの死骸を調べ、細胞が完全に死滅していることを確認し、プールを満たしている液体をホースで抜き取り、小学校の校庭に停めたタンクローリー車に入れた。ダストワームの死骸はラフタークレーンで吊り上げられトレーラーに積まれて梅ケ谷峠の廃棄物処理場へ運ばれ、埋められた。最後のダストワームがラフタークレーンで上空に吊り上げられた後、根田はプールの底に光っている物体を見つけた。根田がプールの底を歩いて物体をよく見ると、それは金色の丸い玉だった。根田が物体を一つ持ち上げると、大きさは十センチメートル程でずっしりと重みがあった。

「こりゃ、あの化け物が食い残したお宝かも知れねえな。」

根田は金色の玉を数えると三十一個あった。根田は麻袋に玉を入れ、会社のバンに積み込んだ。


翌日、林総理大臣の病状悪化を重く見た自自党は、すぐに総裁選を行い岡野法務大臣が総裁に選ばれ、岡野総理大臣が誕生した。


 二日後の午後一時、山形県知事選挙に立候補した自自党の候補者が街宣車の上に乗って街頭演説をしていた。応援に駆けつけた岡野総理大臣は街宣車の上に立ち、支援者に向けて手を振っていた。岡野総理大臣がマイクを持って知事候補の応援を始めると、左手の方向からドローンが飛んできた。驚いた岡野総理大臣と候補者は街宣車の上でしゃがんだ。岡野総理大臣のSPがドローンを掴み、プロペラをへし折って、街宣車から離れたところにドローンを持っていき、周囲を立ち入り禁止とした。爆弾処理班が到着し、ドローンを調べるとドローンにはガムのプラスチックボトルが取り付けられており、中には土と二匹のミミズが入っていた。鑑識が土の成分を調べると土はダストワームの糞だった。山形県警は威力業務妨害の容疑で元消防隊員の小島を逮捕した。岡野総理大臣がドローンに襲撃され、被疑者が元消防隊員というニュースは日本中の注目を浴びた。警察の取り調べに対し小島は黙秘を続けた。


 午後十時、首相官邸の応接室のソファーに岡野総理大臣、沢崎官房長官、桐島総務大臣、藤田警察庁長官が座っていた。内藤消防総監と串田は少し離れた場所に立っていた。

「いやー、ビックリしましたよ。突然何か得体の知れないものが飛んできて。」

岡野総理大臣は言った。

「大変申し訳ありませんでした。首都圏はドローンの飛行制限を厳しくしていたのですが、地方では緩い場所もありまして、今後は地方でもドローンの飛行制限を厳しくしていきます。」

藤田警察庁長官は頭を下げた。

「で、この小島っていう男はダストワーム駆除作戦に参加していたんですよね。」

岡野総理大臣は内藤消防総監の方を見た。

「はい、参加しておりました。詳細は串田から申し上げます。」

と言って隣にいる串田を手でつついた。

「はい、小島は東京消防庁第八方面消防機動部隊に所属し、ダストワーム駆除作戦に参加しておりました。彼は他の消防隊員三名と共にダストワームを駆除しようとしたところ、同僚の野口隊員がダストワームに襲われて殉職しました。」

串田は高い声で言った。

「ドローンに付けたカプセルにダストワームの糞と二匹のミミズが入っていたっていうのが意味深なんですよね。警察の取り調べで何かわかったのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「いえ、山形県警によりますと、小島は黙秘を続けているそうです。」

藤田警察庁長官が答えた。

「取り調べ中に、小島がダストワームに殺された消防隊員のことを警官に話したらまずい。何とかそっちの方で話をつけられないか?」

桐島総務大臣が内藤消防総監を見た。

「承知しました。」

内藤消防総監は頭を下げながら、また串田を手でつついた。串田は顔をしかめながら頭を下げた。


 翌朝九時、串田と中田は新幹線で山形へと向かった。

「小島はいつ辞めたんだ。」

串田が訊いた。

「谷と野口がダストワームに襲われた日の翌日に退職願いを出しました。」

中田は答えた。

「奴に何か変わったことはなかったか?」

串田の問いに

「小島は野口とは仲が良かったので、野口がダストワームに襲われたことが相当ショックだったみたいです。」

中田は答えた。

 午後二時、山形警察署の面会室で待つ串田と中田の前に虚ろな眼をした小島が現れた。中田は小島の方に駆け寄り

「小島!心配したんだぞ!」

と叫んだ。串田は中田を制止した。小島が椅子に座ると、串田と中田も椅子に座った。串田は

「東京消防庁消防司鑑の串田です。少しお話させてもらえますか?」

と言うと小島は軽く頷いた。

中田は

「何であんなことしたんだ小島。」

と凄んだ。小島は口角を上げて

「中田さん、私はあそこを退職しました。もう私はあなたの部下ではないし、あなたは私の上司でもない。言葉遣いに気をつけて頂けますか?」

と言った。

「何、貴様!」

叫んだ中田を串田が制止し

「中田君、小島さんの言うとおりだ。言葉遣いに気をつけなさい。」

とたしなめた。そして

「中田君が失礼なことをしました。私から謝ります。」

と言って頭を下げた。中田は暗い目で串田を見た。

「中田から小島さんは優秀な消防隊員で、第八方面に所属して市民のために尽力してきたと聞いています。なぜ小島さんは岡野総理大臣にドローンをぶつけたのですか?」

串田は静かに訊いた。睨むような目を串田に向けた小島は

「谷、野口の死を世間に公表するためですよ。警察に逮捕されて取り調べを受ければ、そこで話したことは全部公式なものになりますよね。」

と答えた。串田は

「どうして公表するのですか?」

と訊いた。

「国はあいつらが訓練中に行方不明になったなんて嘘をついている。あいつらは国の為に化け物と戦って死んだんです。あいつらの命が浮かばれないと思いませんか?」

小島は中田を見ながら言った。中田は眉間にシワを寄せた。

「あの時は事情があってね、ダストワームが人を襲ったことが明らかになると、パニックを起こした八百万人の東京都民が避難を始めて、二次災害が起こる恐れがあったんです。だから二人の死を伝えることはできなかった。」

串田は言った。

「じゃあ、ダストワームが全滅した今なら谷と野口の死を公表しても良いじゃないですか!」

小島はまた叫んだ。串田は

「残念ながらそれは出来ない。」

と言った。

「わかりました。これから警察の事情聴取があるので、警察に洗いざらい話します。」

小島はそう言って椅子から立とうとした。

「ちょっと待ってください、小島さん。」

串田が言うと小島は串田を見た。

「何とか二人の死を公表するのを止めることはできませんか?」

串田の眉毛はまた八の字に曲がった。

「取り引きするってことですか?」

小島は串田を睨むように見た。串田は頷いた。

「金で解決しようっていうのですか?」

小島は訊いた。串田はまた頷いた。

「じゃあ、これで。」

小島は人差し指を立てた。

「一千万円か?」

中田が訊いた。小島は首を振った。

「一億円ですか?」

串田が訊いた。小島は頷いた。

「君の要求はわかった。少し待っていてください。」

串田は面会室を出るとすぐに内藤消防総監に電話をかけた。

「串田です、小島の要求は一億円です。払わなければ警察に洗いざらい話すと言っています。」

「一億円ですか…。沢崎さんに聞いてかけ直します。どれくらい待てますか?」

内藤は訊いた。

「山形県警次第です。」

串田は答えた。

「それも藤田さんに言ってみます。とにかく待っていてください。」

そう言って内藤は電話を切った。串田が面会室に戻ると中田はスマートフォンを弄っていた。

「どうでした?」

中田の問いに串田は

「とにかく待つしかない。」

と答えた。十分後、串田のスマートフォンが震えた。内藤消防総監からの電話だった。串田は廊下に出てスマートフォンの通話ボタンを押した。

「沢崎さんから承諾いただきました。小島には、内閣府から担当者が行って正式な手続きをするので取り調べには黙秘を続けるよう伝えてください。」

内藤消防総監は言った。

「わかりました、ありがとうございます。」

串田はそう言って面会室に戻った。


  午後六時、総理大臣執務室のソファーに岡野総理大臣、沢崎官房長官、桐島総務大臣、藤田警察庁長官が座っていた。四人の前に立った内藤消防総監は

「串田司鑑が小島と交渉し、小島は一億円で秘密を守ることを内諾しました。」

と言った。

「金で解決できそうですか?良かった。」

岡野総理大臣は言った。

「その小島っていう元消防隊員は、最初から金が目的だったのかな?」

沢崎官房長官が訊いた。

「わかりません。小島は面会時に、二名の隊員の死を公表しろと串田司鑑に詰めよったそうですからね。小島は仲間の死が公表されないことで、仲間が犬死したと思ったのかも知れません。」

内藤消防総監は言った。

「なるほど、仲間が国の為に命を捨てたのに、それを国が隠すなんて許せなかったのかも知れませんね。」

岡野総理大臣は自分の言葉を噛みしめた。

「ただ、小島は単純に金目当ての可能性もあります。今後は公安にマークさせます。」

藤田警察庁長官は岡野総理大臣を見た。

「他の消防隊員はどうですか?」

沢崎官房長官は桐島総務大臣を見た。

「はい、第八方面と第九方面の消防隊員は小島の逮捕を聞いてかなり動揺しましたが、串田消防司鑑と中田司令長と前田司令長が隊員達と面談し、二人の死を口外しないことを約束させました。」

桐島総務大臣は岡野総理を見た。

「ま、この件に関わった者は墓場まで真相を持って行ってもらうようだな。」

岡野総理大臣はため息混じりに言った。



十一.新種誕生


 パイサンの廃棄物中間処理工場は東京都武蔵村山市の伊奈平にあった。付近一帯は工場地帯で、様々な工場が並んでいた。パイサンの中間処理工場は百メートル四方の敷地の中に三十メートル四方の工場があり、工場に隣接してプレハブの事務所があった。事務所には社員の机が四つ並んでいて、根田の机は廊下に面していた。根田の机の上にはダストワームが入っていたプールの底に沈んでいた金色の玉が入った袋が置いてあった。根田はこの玉が金の塊だと思いこんでいて、近いうちに専門家に鑑定してもらうつもりだった。

 七月十七日、留守を任された増田と同僚の柿内はいつもどおりに業務を終え、定時の十七時に事務所から出ていった。

 ダストワーム駆除で政府から多額の報酬を得た樋口と根田は、昨日からマカオへ行ってカジノで豪遊していた。

 七月十八日午前一時、根田の机の上に置いた袋の中の金色の玉が青く光った。次の瞬間、全ての金色の玉にヒビが入り中から五センチメートルほどのダストワームが出現した。小さなダストワーム達は我先にと袋の中を這い出して、事務所の中にあるものを片っ端から食べていった。やがて事務所の中のものを食べ尽くしたダストワーム達は中間処理工場へと向かっていった。

 朝八時、増田が駐車場に中型バイクを停めて、事務所に入ると中にあった物は全て失くなっていた。驚いた増田は中間処理工場に行って中を見ると沢山のダストワームが処理工場の廃棄物を貪っていた。増田はスマートフォンを取り出すとダストワームを撮影し、根田に電話した。

 根田は枕元に置いてあるスマートフォンの振動で目を覚ました。時計を見るとまだ七時だった。マカオの高級ホテルのベッド上で身を起こした根田は

「何だよ、こんなに朝早く。」

しわがれ声で言った。

「大変です、小さなダストワームが工場のゴミ食べています。画像送ります。」

増田は画像を送信した。根田は画像を見ながら

「ダストワームみたいだな。なんで、うちの工場にいるんだ?」

と訊いた。

「わかりません、今朝出勤したら事務所の中の物が全部失くなっていて、工場を見るとダストワームがゴミを食べていたんです。」

増田は答えた。根田は事務所に置いた金色の玉のことを思い出した。

(まさか、あれはダストワームの卵だったのか?)

根田は少しはなれたベッドで大きな鼾をかいている樋口を起こしスマートフォンの画面を見せた。

「社長、大変です。ダストワームがうちの工場に出ました。」

「なんだって?」

樋口は目を擦りながら画面を見て

「何だこりゃ、何でダストワームがうちの工場にいるんだ?」

と言った。

「わかりません、増田が工場にいます。」

根田はスマートフォンを樋口に渡した。

「ダストワームはどれくらいいるんだ?」

樋口は訊いた。

「ちょっと待ってください。」

増田が工場の中を覗こうとすると、柿内が自転車に乗って敷地内に入ってきた。

「おはよー。」

柿内の声に増田は振り向いて

「工場の中にダストワームいるんだけど。」

増田が言った。

「え、ダストワーム?」

不思議そうな顔をして柿内は自転車を置き、増田の横に並んだ。

「ほら、見てみな。」

「うわ、本当だ。いっぱいいるね。」

「社長に電話したら数を数えろって言われた。」

ダストワームは暗い工場内で散り散りになってゴミを貪っていた。増田は見えているダストワームを数え、スマートフォンに顔を近づけ

「ダストワームは三十匹くらいいるみたいです。」

と言った。樋口は

「三十匹か、結構いるな。とりあえず警察に電話しろ。俺と根田はすぐ帰るから。」

と言って電話を切った。増田は警察に電話をかけた。樋口は帰り支度をしながら根田に向かって

「何で工場にダストワームが出たんだろう?」

と言った。根田は

「さあ、何でですかね…。」

と言いながら、

(プールの底から持ってきた金色の玉がダストワームの卵だったのかも知れない。でも黙っていれば、ばれないよな。)

と思った。


 緊急閣僚会議は午前九時から始まった。岡野総理大臣はドイツに外遊中だったためビデオ通話での参加となった。藤田警察庁長官はモニターに表示された地図を示しながら

「新たなダストワームが出現しました。場所は武蔵村山市伊奈平三丁目にある廃棄物中間処理工場です。現在管轄の東大和警察署が現状を確認し、付近住民を避難させています。東大和署によりますと、ダストワームの大きさは約三メートルで、数は三十体いるとのことです。工場内の廃棄物を補食しており敷地外に出た形跡はないとのことです。」

と言った。

「青梅のダストワームは全て駆除したはずだ。どうして武蔵村山にダストワームが出たのだ?」

モニターの中の岡野総理大臣が桐島総務大臣に訊いた。

「はい、確かに青梅市のダストワームは全て駆除しました。武蔵村山市に出現したダストワームは別の個体と思われます。」

桐島総務大臣が答えた。

「別の個体がその武蔵村山市で生まれたというのかね?」

沢崎官房長官が訊いた。

「青梅市和田町と武蔵村山市伊奈平は約二十キロメートル離れています。もし、青梅市のダストワームが武蔵村山市に向かって進んでいったとしたら、誰かがその姿を見つけるはずです。」

桐島総務大臣は答えた。

「ではなぜ、武蔵村山市に別の個体が出現したんだ。辻博士の意見は訊いたのかね?」

岡野総理大臣は言った。

その時、ドアが開いて辻博士が室内に入ってきた。

「遅くなりました。」

辻博士は頭を下げた。

「博士、三十体の新たなダストワームが武蔵村山市に出現しました。」

岡野総理大臣が言った。モニターには武蔵村山市に出現したダストワームの動画が流れた。辻博士はモニターの中でゴミを貪るダストワームを凝視した。

「青梅のダストワームは全て駆除したはずですよね。」

桐島総務大臣が辻博士に訊いた。辻博士は桐島総務大臣に顔を向け

「はい、全て駆除しました。このダストワームの映像を見ると青梅のものとは違うように見えます。映像を止めてください。ほら、この頭の部分、何か突起物がついているように見えませんか?」

辻博士はモニターに近よりダストワームの頭についているものを指で指した。

「確かに青梅のダストワームとは違うようですね。この突起物は何ですか?」

桐島総務大臣が訊いた。

「調べてみないとわかりません。」

辻博士は答えた。沢崎官房長官は

「何故、武蔵村山市に新たなダストワームが現れたのでしょうか?」

と訊いた。辻博士は首を捻りながら

「ここは、パイサンの廃棄物中間処理工場ですよね。パイサンは青梅のダストワーム駆除を担当していたと思いますが…。」

辻博士は彦田を見た。

「そうです、環境省が委託した会社です。」

彦田は答えた。

「駆除された青梅のダストワームが卵を産んでいて、それをパイサンの誰かが持ち帰り、工場でその卵が孵化した。ということが考えられます。」

辻博士は言った。

「ダストワームは卵を産むのですか?」

岡野総理大臣は驚いた。

「はい、一体では卵を産むことはできないのですが、青梅のダストワームは十九体いましたので交配して卵を産んだ可能性があります。」

辻博士は言った。

「博士は卵を見ていないのですか?」

桐島総務大臣が訊いた。

「はい、その時は見ていませんでした。」

辻博士は答えた。

「大至急パイサンの担当者に連絡を取って事実を確認してください。」

桐島総務大臣は彦田に向かって言った。彦田は立ち上がり

「パイサンに問い合わせたところ、樋口社長は現在海外に渡航中で、本日夜の便で日本に戻ってくるそうです。」

と言うと、桐島総務大臣は

「どこの空港だ?」

と訊いた。

「成田空港です。」

彦田は答えた。

「成田空港で樋口社長から事情を聞きます。」

藤田警察庁長官は言った。

「とりあえずダストワームをここに閉じ込めておく必要があるが…。」

岡野総理大臣が言った。

「工場の周りに電気柵を張ります。青梅で使ったものを第九方面消防救助機動部隊が保管していますので、彼らに依頼すればすぐに設置できると思います。」

桐島総務大臣が言った。壁際に座っていた長谷川が立ち上がり部屋を出ていった。

「工場の廃棄物が無くなるとダストワーム達は敷地外へ出ていってしまいます。ダストワーム達を工場敷地内にとどめておくために、廃棄物を補充する必要があると思います。」

彦田が立ち上がって言った。

「そうだな、すぐに手配してくれ。」

沢崎官房長官が言った。

「承知しました。」

彦田は廊下に出るとスマートフォンを取り出した。

「私はこのダストワームを調べたいのですが…。」

辻博士が言うと

「そうですね、今後の対応を検討するために、このダストワームを調べてもらったほうが良さそうですね。」

岡野総理大臣は言った。

「では、現場まで我々がお送りします。」

藤田警察庁長官が言うと制服を着た二名の警察官が辻博士の横に並び、博士と一緒に部屋を出ていった。入れ違いで彦田が部屋に入ってきた。沢崎官房長官は辻博士を見送ると

「さて、今度はどう対応しますか?」

と言ってうんざりした顔をした。

「工場の敷地外にダストワームが出る前に駆除する必要があります。付近一帯は工場地帯ですが、工場から西へ六百メートル行った先に横田基地があります。」

藤田警察庁長官はモニターに地図を表示し、パイサンの中間処理工場から横田基地までの距離をレーザーポインターで示した。

閣僚達は唾を飲み込んだ。

「もし、横田基地にダストワームが入ったらえらいことになるぞ。」

沢崎官房長官が呟くように言った。

「ダストワーム駆除計画を早急に立てなければなりません。青梅の経験を踏まえて総務省管轄にしましょう。」

岡野総理大臣が言った。石渡防衛大臣はすくっと立ち上がり

「総理、私は総務省が適任だったとは思いません。消防隊員達は駆除一日目に隊員の疲労を理由に一旦引き上げ、翌朝駆除を再開し、凶暴化したダストワームによって消防隊員二名の命が奪われました。我が自衛隊が誇る精鋭部隊であれば、眠ることなく作戦を遂行し凶暴化する前のダストワームを全て駆除することができたはずです。また総務省管轄にして尊い消防隊員の命を犠牲にするのですか?総理!」

とモニターの中の岡野総理大臣を見据えて吠えた。

「消防隊員にとって生物の駆除は本来の業務ではありませんでしたが、彼らなりに奮闘しました。彼らの不手際を責めるべきではないと思います。」

桐島総務大臣が立ち上がって言った。石渡防衛大臣は目を輝かせて

「なるほど、確かにダストワームの駆除は消防隊員には不向きだったのかもしれません。しかし、自衛隊の精鋭部隊は違います。新たなダストワームを一網打尽にいたしましょう。」

と言い岡野総理大臣を見た。岡野総理大臣には、青梅のダストワーム駆除を総務省管轄にしたことで消防隊員の犠牲者を出したという後ろめたさが多少あった。

「そうだな、では今回は防衛省の管轄にしよう。すぐに準備を進めてください。」

と言って眉間にシワを寄せた

「承知しました。」

石渡防衛大臣は岡野総理大臣に向かって敬礼した。

「石渡大臣はどんな駆除の方法を考えていますか?」

沢崎官房長官が石渡防衛大臣に訊いた。

「はい、基本的には青梅で消防隊員が行った方法を踏襲します。陸自の精鋭部隊十名であれば、数時間で全てのダストワームを駆除できるでしょう。電気止め刺し棒は総務省で手配できますか?」

石渡防衛大臣は桐島総務大臣を見て言った。

「はい、第九方面消防救助機動部隊にあるものを手配いたします。」

桐島総務大臣が言うと、先ほど部屋に戻った長谷川が再び立ち上がり部屋を出ていった。

「では、安全に留意して計画を進めてください。」

そう言って岡野総理大臣はモニターの中から姿を消した。



十二.突起物


 午前九時十五分、第九方面消防救助機動部隊の前田は電話に出ると相手は串田だった。

「おはようございます。」

前田の挨拶が終わる前に串田は

「おはよう、またダストワームが出たみたいなんだ。場所は武蔵村山市伊奈平のパイサンっていう廃棄物の中間処理工場。電気柵を周りに張って欲しいって長谷川さんから指示があった。」

早口で言った。

「武蔵村山市は第八の管轄だと思いますが…。」

前田の問いに串田は

「今回は特別。電気柵とか電気止め刺し棒の装備はそっちにあるし、何より第八方面が動いてくれるとは思えない。」

と答えた。

「わかりました。大至急現場に向かいます。」

前田はそう言って電話を切り、第九方面消防救助機動部隊に出動を命じ、自身も司令車に乗り込んだ。


 第九方面消防救助機動部隊は三十分で武蔵村山市伊奈平にあるパイサンの廃棄物処理工場に到着した。現場の工場周辺は東大和署の警官によって厳戒態勢が敷かれていた。前田は警官に挨拶し、第九方面消防救助機動部隊の車両を付近の道路に停めた。前田と小倉が工場の敷地に入ると入口付近で二人の男が缶コーヒーを持ちながら、タバコをふかしていた。前田と小倉は近づき

「第九方面消防救助機動部隊の前田と小倉です。こちらの工場の方ですか?」

二人のうち年齢が高そうな男が

「はい、この工場に勤める増田です。こっちは柿内です。社長の樋口と課長の根田は今海外に行っていて不在です。」

と言った。

「ダストワームはこの中ですか?」

小倉が訊いた。

「はい、三十匹くらいいます。」

柿内は答えた。前田と小倉は顔を見て会釈すると、工場の入口に向かっていった。

入口の前には二人の警官が立っていた。

前田が会釈すると、警官は敬礼した。前田と小倉は警察官に自己紹介し

「中を見ても良いですか?」

と聞くと警官は

「どうぞ、お気をつけて。」

と言った。前田と小倉が工場内に入ると五メートルくらいのダストワームがうず高く積まれた廃棄物に群がっていた。

「結構な数ですね。」

小倉が言うと前田は頷いた。前田と小倉は工場を出ると、警官にお礼を言って、工場の外に出た。前田は隊員達に電線を張るように指示した。隊員達は工場わきの道路に並んだ電柱を利用して電気柵用の電線を張っていった。

 辻博士が警視庁のパトカーに乗ってパイサンの中間処理工場に三十分で到着した。時刻は午前十時になっていた。辻博士は赤信号を高速で突っ切るパトカーに初めて乗って、生きた心地がしなかった。震える足で工場の入口に降りると、消防服を着た二人の男が親しげに辻博士に近寄ってきた。

「辻博士、こんにちは。」

前田は白い歯を見せて言った。隣で小倉が笑顔で会釈した。

「やあ、君たち、また会いましたね。」

辻博士も笑顔になった。

「新しいダストワームが出たのですね。」

前田が言った。

「そうなんです。青梅のダストワームは全部駆除したはずですから、新しいものだと思うのですが…。」

辻博士は顔をしかめた。

「調べてみますか?」

小倉は電気止め刺し棒を胸の辺りまで持ち上げた。

「お願いできますか?」

辻博士は心配そうな目で言った。

「今回は撥水性の高い防護服を装着するので、消化液を吐かれても何とかなります。喰われそうになった時は逃げればいいし。」

小倉は笑った。

「怪我の無いように頼みます。」

辻博士は言った。撥水性の高い防護服を着た中西と浅野が小倉の防護服を持ってきた。小倉は防護服を着ると三人で電気止め刺し棒を持って工場の敷地に入っていった。

「博士~。」

日吉が研究所の白いワゴン車の中から叫んだ。ワゴン車は警備を担当する警官に停車させられていた。辻博士と同乗していた警官が合図すると、日吉の運転するワゴン車が辻博士の前で停まった。助手席には佐久間が乗っていた。

辻博士はワゴン車の運転席の横に立ち

「小倉君がダストワームを生け捕りにしてくれるそうだから、それを調べよう。車を中に入れてくれ。」

と言って日吉にワゴン車の停車位置を指示した。日吉は工場の敷地内にワゴン車を停めると佐久間と一緒に車内から機材を出していった。

 小倉、中西、浅野の三名は慎重に工場の中に入ると近くで廃棄物を貪るダストワームを見つけた。大きさは五メートルほどあった。

「刺激しないで、背後から三人で電気止め刺し棒をあてるぞ。」

小倉は言いながら電気止め刺し棒の電源を入れた。中西と浅野も電気止め刺し棒の電源を入れた。小倉は右側、中西が左側、浅野が背後に立った。電気止め刺し棒を構えた小倉が

「"せーの"で行くぞ。」

と言うと二人は頷いて電気止め刺し棒を構えた。

「せーの!」

小倉が言うと三人は一斉にダストワームに電気止め刺し棒を刺した。ダストワームは暴れながら痙攣し十秒ほどすると動かなくなった。三人はハイタッチしてダストワームを近くに置いた担架で持ち上げ台車に載せて辻博士の前に持っていった。

「オーやりましたね。早速調べましょう。」

辻博士はそう言ってダストワームの組織を切り取り、慣れた手付きで分析装置にかけた。

日吉と佐久間は長さと幅を測定した。辻博士はノートパソコンに表示されたグラフを指差して

「このダストワームは、朝一時に孵化してから九時間後の現在までに五メートルの大きさになっています。孵化から四時間で一メートルまで成長し、そこから一時間に一メートル成長しています。」

と言った。

「一時間で一メートル成長するのですか?」

前田は言いながら小倉の顔を見た。小倉も前田の顔を見た。

「ということは、明日の朝には二十四メートル、明後日には四十八メートルになるってことですか?」

前田は訊いた。

「そうなります。」

辻博士は答えた。

「三十体のダストワームが明後日に四十八メートルになったら、この場所に入りきらないぞ」

前田が呟いた。前田は少し離れたところに行きスマートフォンで串田に電話をかけた。串田はすぐに電話に出た。

「おはよう、もう武蔵村山の工場に着いた?」

串田は訊いた。

「はい、現場の工場の周りに電気柵を張っています。で、小倉達がダストワーム一体を生け捕りにして辻博士に調べてもらったのですが、ダストワームの成長するスピードが前のものよりも上がっているみたいです。」

前田は答えた。

串田:「前のものより成長するスピードが上がっているって、どれくらい?」

前田:「一時間で一メートル成長します。」

串田:「一時間で一メートルって、明日には二十四メートル、明後日には四十八メートルになるってこと?」

前田:「そうなんです。」

串田:「まずいな、今の大きさはどれくらい?」

前田:「五メートル位です。」

串田:「そうすると、明日のこの時間には二十九メートルになるのか。工場の広さは?」

前田:「三十メートル×三十メートルくらいです。」

串田:「明日には入りきらなくなるな。」

前田:「そうですね。」

串田:「わかった。長谷川さんに聞いてみる。隊員達は待機させといて。」

前田:「承知しました。」

前田は電話を切ると、小倉と工場の入口へ向かった。

 辻博士はダストワームの前面についている突起物を調べた。突起物は口の周りに八個ついていた。辻博士は突起物の一つを切り取り、分析装置にかけた。分析装置に繋いだノートパソコンのモニターに棒グラフが表示された。

「突起物は、セラミックと同じスペクトルを示しています。」

佐久間が言った。

「口の周りに角でも生えてくるのでしょうか?」

日吉が訊いた。

「うーん、ここに角が生えてくる理由がわかりません。」

辻博士が答えた。

「成長すると角が尖って、敵を攻撃する武器になるとか?」

佐久間が訊いた。

「うーん、考えられなくもないですが…。」

辻博士は首を傾げた。


 午前十一時、増田と柿内は入口付近で缶コーヒーを片手にタバコを吹かしていた。今日は仕事にならないのだ。二人の黒いスーツを着た二人の男と制服警官が工場敷地内に入ってきた。制服警官は増田が警察に通報した時に現場に訪れた者だった。スーツの男達は増田と柿内の前に立ち、手に持った警察手帳を広げ

「東大和署生活安全課の堀川です。」

「同じく清水です。」

と言い、堀川が

「増田さんですね?」

と訊いた。

「はい、そうですが…。」

増田が答えた。

「工場に出現したダストワームについて、教えて頂けますか?」

堀川が訊いた。

「はい、朝、通報した後に来たそちらの人に話しましたけど…。」

増田は訝しげな顔をした。特に悪事を働いているわけではないが、警察とはあまり話したくないのだ。

「ええ、それ以外の質問でして。」

堀川は作り笑いをし

「増田さんは青梅のダストワームの駆除業務をされていますね。」

と続けた。増田は頷いた。

「あなたは、青梅のダストワームを駆除した後に、ダストワームの死骸から何かを持ち帰ったりしていませんか?」

増田の目は泳ぎ

「いえ、私は持ち帰ったりしていません。」

と言った。

「では、あなた以外の誰かが持ち帰ったりしていませんか?」

堀川の目が鋭くなった。増田は目をそらし

「どうだったかな、覚えてないな…。」

と言った。

「増田さん、大事なことなのです。本当に心当たりないのですか?」

堀川は粘った。増田はうつむき加減で

「根田さんがプールの底に何かを見つけて、袋に入れて持ち帰りました。」

と答えた。清水が手帳に必死にメモしていた。

「それはいつですか?」

堀川が訊いた。

「プールからダストワームを取り上げた後だから七月十二日だと思います。」

増田は目線を上げて答えた。

「根田さんが持っていた物の形と大きさはわかりませんか?」

と訊いた。

「さあ、俺は少し離れた所にいたからわからないな。」

増田は答えた。

「根田さんが持ってきた物はどれくらいありましたか?」

堀川は続けて訊いた。

「わかりません。ただ、根田さんが持ってきたこれくらいの麻の袋一杯に入っていたと思います。」

増田は袋の大きさを手で示した。堀川は増田を連れて辻博士の前に行き、増田に根田が持ち帰った物の話をさせた。

「なるほど、それは青梅のダストワームが産んだ卵かも知れませんね。」

辻博士は言い

「詳しいことは根田さんが知っていると思いますので彼に聞いたほうが良さそうですね。」

と続けた。堀川は辻博士に向かって

「今夜、根田さんに話を聞くので立ち会っていただけますか?」

と訊いた。辻博士は

「わかりました。」

と言って生け捕りにしたダストワームのところに戻り、仮死状態のダストワームを小倉にクレーンで吊上げてもらい水をはったコンテナ車に入れて絶命させた。




十三. 金色の玉


 石渡防衛大臣は防衛省に戻ると井原副大臣、福井政務官、陸上自衛隊の石川幕僚長を大臣室に集めた。四人はソファーに向かい合って座った。

「武蔵村山市に出現したダストワームの駆除を防衛省が担当することになった。」

石渡防衛大臣は言った。

「はぁ、ダストワームの駆除ですか…。前回はダストワームにミサイルを撃ち込んで世間に批判されましたが…。」

高齢の井原副大臣はか細い声で言った。

「今度は兵器を使わない。特戦群を集めて電気ショックで退治するのだ。」

石渡防衛大臣は石川幕僚長に向かって言った。

「兵器を使用せずに電気ショックですか、それなら青梅の時のように消防に任せれば良いのでは?」

石川幕僚長は眉をひそめた。

「青梅では消防隊員が休憩をしたために、翌日ダストワームが大きくなって凶暴化したのだ。特戦群なら、寝ないで全てのダストワームを駆除できたはずだ。」

石渡防衛大臣は言った。

「なるほど、それで特戦群を出動させたいのですね。」

石川幕僚長は頷き

「わかりました。特戦群隊員十名を派遣します。現在、対象となる隊員は米国で演習をしているので派遣は明朝になります。」

と続けた。

「明朝か…。もう少し早くならないか?」

石渡防衛大臣は聞いた。石川幕僚長は首を振り

「明朝では問題ありますか?」

と聞き返した。石渡防衛大臣は青梅のダストワームについてまとめた報告書を捲ってダストワームの大きさについて確認した。報告書には二日目のダストワームの大きさは四メートルとなっていた。

「明朝ならば問題ないだろう。すぐに手配を頼む。」

石渡防衛大臣が言うと石川幕僚長は立ち上がり敬礼して部屋を出ていった。


 前田のスマートフォンが震えた。串田からの電話だった。前田はスマートフォンの設定をスピーカーにして小倉にも串田の話を聞かせた。

「お疲れ、長谷川さんにダストワームの成長スピードが上がっているって言ったんだけど、ダストワームの駆除は防衛省管轄になったそうなんだ。」

串田は早口で言った。

「防衛省ですか…。また、ミサイル撃ち込むのですか?」

前田が訊いた。

「いや、自衛官に君達と同じことをやらせるらしい。」

串田は答えた。

前田:「え、それなら我々に任せてくれれば良いのに…。」

串田:「それがさ、防衛大臣が自衛官なら寝ないでダストワーム駆除できるから任せろって閣議で言ったんだって。」

前田:「えー、そうなんですか。」

串田:「それで、電気止め刺し棒を自衛隊に貸与して欲しいって長谷川さんが言っていて、自衛隊が来たら電気止め刺し棒渡してもらえる?」

前田:「承知しました。自衛隊はいつこちらに来るのですか?」

串田:「それは、聞いてなかったな。もっとも、防衛省で作戦を考えているから、自衛隊が何時にそこに来るか長谷川さんもわからないと思う。」

前田:「でも、時間が経つほどダストワームは大きくなるんですよ。明日には三十メートルを超えて工場に入りきらなくなって、外に出て行くかもしれません。」

串田:「でも電気柵を周りに立てたから、ダストワームは電気柵の外には出られないだろ。」

前田:「私もそうは思いますが…。」

串田:「何だ、そっちでダストワームの駆除やりたかったのか?」

前田:「いえ、そうではなく、先程小倉と二人で工場の中を観察したのですが、ダストワームが五メートルくらいの大きさなら工場のドアを閉めて工場上部の窓から放水し、水攻めすれば駆除できるのではないかと思いまして。」

串田:「なるほど、ダストワームが大きくなる前にやっつけちゃおうってことだ。」

前田:「自衛隊が何時にこちらに到着するのかわかりませんが、遅くなれば遅くなるほどダストワームは大きくなります。我々なら今すぐにでもダストワームを水攻めすることができます。」

串田:「そうだな、とりあえず長谷川さんに聞いてみる。」

串田はそう言って電話を切った。

「青梅で第八方面の隊員が死亡したので、うちへの評価が下がったのですね。さっきダストワームを捕獲した時、複数人で静かに電気止め刺し棒をあてれば、あの時も大丈夫だったんじゃないかって思いました。第八がダストワームに放水したからダストワームが暴れたんじゃないかってね。」

小倉が悔しそうに言った。

「まあ、そうかも知れんが二人の消防隊員が殉職したのは事実だからな。政府がダストワームの駆除をこちらに任せられないと思う気持ちはわかる。」

前田も悔しそうに言った。


 午前十一時三十分、工場の入口に黒塗りのセダンが停まり後部座席から黒いスーツの男が降りてきた。男は前田と小倉の前まで早足で進んできた。

「おはようございます、園田さん。また、お会いしましたね。」

小倉が言った。

「おはようございます。今日もダストワームの駆除ですか?」

園田が訊いた。

「いえ、今回我々は工場の周りに電気柵を張っただけです。ダストワームの駆除は防衛省が受け持つみたいです。」

前田が答えた。

「そうなんですか。」

園田は感心なさそうに言った。

「園田さんはどうしてここに?」

小倉が訊いた。

「ダストワームをこの場所に留めておくために廃棄物を搬入しろと言われまして…。ダストワームはこの中ですか?」

園田は工場を指さして訊いた。

「そうです、工場の中です。」

小倉は答えた。園田が

「私は工場内に廃棄物を搬入するように言われてるのですが、どうやって搬入すれば良いのでしょうか?」

と訊くと、前田は入口付近でタバコをふかしている増田と柿内を呼んだ。

「この人は環境省の園田さん、君達に話がある。」

前田が言うと園田は名刺を差し出し

「私、環境省の園田と申します。政府より、こちらの工場に廃棄物を搬入しろと指示を受けました。つきましては搬入方法を教えていただけますでしょうか?」

増田は名刺を受け取り、胸ポケットに入れると

「あそこにコンテナ車を止めて、コンテナをおいてもらえれば、こちらで工場内に廃棄物を搬入します。」

と言った。

「ありがとうございます。」

園田は頭を下げた。

 午後一時、環境省が手配した廃棄物を積んだ大型のコンテナ車が到着し、園田はコンテナ車を増田が指定した場所に停車させ、コンテナを降ろした。


 前田と小倉が工場の入口から中を覗いていると、前田のスマートフォンが震えた。串田からの電話だった。

「お疲れ、ダストワームは大きくなった?」

前田:「ええ、辻博士の言うとおり大きくなっているみたいです。現在は七メートルといったところでしょうか…。」

串田:「そうか…。やっぱり明日の朝には二十四メートルになるのかな。」

前田:「そうですね。」

串田:「工場の上からダストワームに水をかける案を長谷川さんに言ったんだけど、ダストワームの駆除は防衛省の管轄になったから難しいって言われた。」

前田:「そうですか…。自衛隊は何時頃こちらに着きそうですか?」

串田:「長谷川さんが防衛省に問い合わせている。自衛隊から直接電話がくると思うから待っていて。」

前田:「承知しました。」

前田が言うと串田は電話を切った。

串田:「自衛隊の到着が遅くなる程ダストワームは大きくなっていきます。心配ですね。」

小倉が言うと前田は眉をしかめて首を振った。

 辻博士が前田の前に来て

「青梅の時のように工場内のダストワームをWebカメラで撮影することは可能ですか?」

と訊いた。

「ええ、大丈夫ですよ。」

前田は答えた。

「では、早速お願いできますか?」

辻博士は言った。前田は

「了解です。」

と言い、小倉と二人で司令車に積んであるカメラを取りに行った。

二人は配水管をつたって工場の壁をよじ登り上部の窓を開けて工場内を覗くと、ダストワーム達が廃棄物を貪っているのが見えた。前田と小倉は窓から工場内に入り四隅にカメラを取り付けた。工場の事務所にノートパソコンを置きWebカメラを接続し、画像データをハードディスクに保存した。


午後二時、前田のスマートフォンが震えた。モニターに表示された電話番号に心当たりはなかった。

「私は防衛省、防衛大臣秘書官の安岡と申します。東京消防庁第九方面消防救助機動部隊、前田様の携帯電話でよろしかったでしょうか?」

女性の声はAI音声のように機械的だった。

「はい、私が前田です。」

前田が言うと

「今回任務を担当する隊員は現地に二〇二四年七月十九日朝五時に到着します。」

安岡は言った。

「明日ですか?」

前田は叫んだ。

「はい、そうです。」

安岡は会話を切ろうとしているようだった。

「ちょっと待ってください。ダストワームは一時間で一メートル成長しています。明朝には二十四メートルになり、駆除するのは困難になると思われます。」

前田は早口で言った。少し間が空き

「ダストワームが一時間で一メートル大きくなることは承知いたしました。では、失礼いたします。」

安岡はまた電話を切ろうとした。

「ちょっと待ってください。我々なら今すぐにダストワームを駆除できると思います。何とか我々にダストワームの駆除を任せてもらいたいのですが?」

前田は粘った。

「要望を承りました。私の上席に申し伝えます。では、失礼いたします。」

AI音声の声で安岡は電話を切った。前田と小倉は渋い顔をした。

「明日の朝じゃ手遅れだぞ。」

前田は呟いた。

「防衛省の上席に伝わりますかね…。」

小倉は訊いた。前田は

「わからん。」

と言って首をひねった。

安岡は前田の話した内容を簡単にメモし、福井政務官の執務室の机の上に置いた。

福井政務官は石渡防衛大臣と打ち合わせした後に外出し、その日は執務室に戻らなかった。


 ダントツではダストワームの特集を組んでいた。いつものように藤枝は大型モニターの左側に立ち、コメンテーター達は右側に座っていた。藤枝が

「えー、警視庁によりますと、本日、東京都武蔵村山市伊奈平の廃棄物処理工場にダストワームが出現したとのことです。現在、現場はどうなっているでしょうか?現場の漆原さん。」

と言うと画面が切り替り、汗だくの漆原が現れた。

「はい、藤枝さん漆原です。私は今、東京都武蔵村山市伊奈平の現場近くに来ています。

警視庁は、この近くにある株式会社パイサンの中間処理工場内にダストワームが出現したとの情報を受け、付近一帯に避難命令を出し規制線が張られています。この付近は工場地帯で、大小様々な工場があるのですが、すでに出動していて避難している工場に勤務する方が不安そうにこの工場を見つめています。」

漆原はいつものように話した。

「政府は、先日青梅市に出現したダストワームは全て駆除されたと発表しましたが、またダストワームが出現しました。このダストワームは青梅のものと同じものなのでしょうか?」

藤枝は訊いた。

「はい、そのあたりのことについて私、警備にあたる警察官の方に聞いてみたのですが、詳しいことはわからないとのことでした。」

漆原は答えた。

「なるほどなるほど、では武蔵村山市に出現したダストワームが新たに出現した物なのか、青梅から来た物なのかはわからないと、そういうことですね。」

藤枝は訊いた。

「はい、そうです。」

漆原は神妙な顔つきで答えた。

「漆原さん、工場内のダストワームの大きさなどはわからないのでしょうか?」

「はい、藤枝さん、先程も申したのですが工場から百メートルほど離れたところから工場を囲うように規制線が張られていますので、工場内をうかがい知ることはできません。」

「なるほど、なるほど、ダストワームの大きさはわからないと言うことですね。ありがとうございました。引き続き取材お願いします。」

藤枝が言うと漆原は頭を下げた。藤枝はコメンテーターの花田に向かい

「花田さん、また新しいダストワームが出現しました。ダストワームによる住民への避難命令は三度目となりますが、どう思われますか?」

「もう、いい加減にしろと言いたいですね。二度ならず三度も住民に避難命令を出すなんて、政府によるダストワームの安全対策が機能していないことを示していますね。」

花田は憤懣やるかたないといった表情をした。

「そうですよね、ダストワームへの安全対策が整っていれば、このような騒ぎが頻発することはないでしょうね。」

藤枝は武内の方を向き

「さて、武内さん。また、新しいダストワームが出現しました。政府は青梅に出現したダストワームは全て駆除したと発表しましたが、今回武蔵村山市に出現したダストワームは青梅の物と関係があるのでしょうか?」

と訊いた。

「政府は青梅のダストワームは辻博士が責任を持って駆除したと発表しました。辻博士はダストワームの全ての細胞の死滅を確認しているはずですから、生き残った細胞が分裂することは考えにくいですね。仮に青梅のダストワームの細胞が死滅していなくて復活したとしたら、埋めた場所である青梅の廃棄物処理場から出現するわけで十キロメートル以上離れた武蔵村山市に発生するのは考えにくい。何か別の、青梅の物とは関係ないダストワームが出現したのかも知れません。」

武内は答えた。

「なるほど、なるほど、青梅のダストワームは細胞含めて全てが死滅したはず、だから新しいダストワームが出現したと思われるということですね。」

藤枝が言うと武内は頷いた。

「しかし、武内さんね、突然どこかで新しいダストワームが出現するとなったら、これは恐ろしいことですよね。安心して眠ることなんてできなくなりますよ。」

藤枝は言った。

「そうですね。ですから政府は、今回武蔵村山市に出現したダストワームについての詳しい説明をしなければならないと思います。」

武内は言った。藤枝は中川の方を向いて

「どう、中川君寝ていたら枕元にダストワームがいたら?」

「えー、そんな怖いこと言わんといてください。そんなこと考えたら今夜も眠れなくなるわ。」

中川は大袈裟に言った。

「えー、新たなダストワームの情報が待たれます。また明日。」

藤枝はカメラに向かって手を振った。


 午後五時、前田と小倉は防衛省からの連絡を待っていたが、ついに電話が来ることはなかった。前田と小倉が工場内を見ると十メートルを超える大きさに成長したダストワームがゴミを貪っていた。

「ダストワームはだいぶ大きくなっていますね。」

小倉は前田を見た。

「そうだな、明日の朝には工場に入りきらなくなるだろうな。」

前田は言って工場の扉を閉めると、小倉と二人で司令車に乗り、他の隊員達と八王子署へ戻った。


 午後八時、樋口と根田が成田空港の入国ゲートから出たところで、堀川と清水が二人の前に立った。

「今晩は、樋口元治さんですね。」

男は訊いた。

「はい、そうですが…。」

樋口は怪訝そうに答えた。

「東大和署生活安全課の堀川です。」

男は警察手帳を開いて言った。

「同じく清水です。」

隣の男も警察手帳を開いた。

「工場に出現したダストワームについて、お話を伺いたいのですが。」

清水が聞くと

「工場に出現したダストワームのことは、こっちが知りたいねえ。俺たちは朝、工場にダストワームが出現したって増田から電話があって初めて知ったんだから、なあ。」

樋口が根田を見ると根田は

「ええ、そうですね。」

と言って目を反らした。

「とりあえず、東大和署でお話を伺います。空港まではお車でいらっしゃったのですか?」

清水が訊いた。

「いや、電車で来たけど。」

樋口が答えた。

「では、我々の車で向かいます。」

堀川と清水は樋口と根田を東大和署の車両まで案内した。


 午後十時、東大和署の取調室に樋口と根田が入ると、室内の壁際に辻博士が座っていた。

「今晩は。」

辻博士が立ち上がって言うと、樋口と根田は会釈した。樋口と根田は机を挟んで壁側のパイプ椅子に並んで座った。向かい側に堀川が座り

「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。本日十一時頃、あなたの部下の増田さんからお話を伺いました。根田さんは七月十二日ダストワームが沈められていたプールから、ダストワームを取り出した後に何かを持ち帰りましたね?」

と訊いた。根田は目を泳がせ

「さあ、どうだったかなぁ。」

と言った。

「根田さん、大切なことです。思い出してください。」

堀川の目は鋭くなり、強い口調になった。根田は樋口を見ると樋口は眉間に皺を寄せて

「いいから、知っていること全部話せ。」

と言った。根田は観念した表情で

「増田が言ったとおり、俺はダストワームが入っていたプールの底にあったものを持ち帰ったよ。」と言った。

「それは、どのようなものでしたか?」

堀川が訊いた。辻博士が堀川の横に立った。

「そうだな、これくらいの金色の玉だった。」

根田は手のひらを上に向けて言った。

「重さは?」

辻博士は続けて訊いた。

「大きさの割に重くってさ、二キログラムぐらいあったかな。だから俺はあれが純金じゃないかと思ってさ、知り合いの鑑定士に見てもらおうと思って工場に置いといたんだ。」

根田は答えた。辻博士は堀川を見て

「ダストワームの卵だと思われます。」

と言った。堀川は根田に向かって

「玉はいくつありましたか?」

と訊いた。

「うーん、三十一個あったと思う。」

根田が言うと、堀川は清水に

「すぐに報告書にまとめて署長に提出してくれ。」

と言った。



十四.精鋭部隊


 翌日の午前四時五十分、前田と小倉はパイサンの中間処理工場に到着した。前田と小倉は工場の事務所に入り、ノートパソコンを操作してWebカメラで撮影した画像を確認した。二十メートルを超えたダストワームが工場の中に重なり合うようにして廃棄物を貪っていた。ダストワーム達は自らが排泄した三メートルの高さの土の上を這っていた。

「電車の車両位の大きさになっちゃいましたね。」

小倉は前田を見た

「そうだな、こんなのが暴れたら手がつけられないぞ。」

小倉はカメラに口を向けた一体のダストワームに注目し

「口の回りの突起物が大きくなっていますね。」

と言った。

「本当だ。薄い板が並んでいるみたいだな。後で辻博士にデータを送信しよう。」

前田は言った。

 二人が下に降りると工場の敷地内に自衛隊の高機動車とコンテナ車が入ってきた。前田と小倉が車に近づくと、迷彩服を着た自衛官達が車両から降りてきた。その中の二人が前田と小倉に近づいてきた。がっしりとした体格の二人は金剛力士像を連想させた。左側の男が

「陸上自衛隊習志野駐屯地の阿川です。」

と言うと右側の男が

「同じく雲野です。」

と名乗った。二人の顔も金剛力士像のようだった。

「東京消防庁第九方面消防救助機動部隊の前田です。」

前田が名乗ると

「同じく小倉です。」

と続けた。

「早速ですが、電気止め刺し棒を借用願いたい。」

阿川が言った。前田は

「承知しました。」

と言って用意していた棒を自衛隊員に渡し、操作方法を説明した。阿川は無線などの装備を確認し、鋭い眼で前田を見つめ

「では、失礼します。」

と言って工場の入口に向かった。前田は慌てて

「工場内のダストワームは巨大化していて、この電気止め刺し棒が有効なものなのかは不明ですが…。」

阿川に向かって言った。阿川は

「巨大化とは?」

と訊いた。

「ダストワームの大きさは二十メートルを超えています。この電気止め刺し棒はイノシンなどの害獣駆除用ですから、二十メートルを超える生物に対応しているかわかりません。」

小倉が言った。阿川は雲野と顔を合わせて頷き

「ご忠告感謝いたします。」

と言ってそのまま工場の入口へ向かって歩きだした。前田と小倉は阿川達から離れて敷地の入口付近で阿川達の動きを見ていた。

阿川と雲野は工場入口を開けようとしたが、開けることができなかった。阿川と雲野は前田に向かって走って来て

「なぜ、ドアが開かない?」

と訊いた。前田は

「辻博士の話では、ダストワームの体長は一時間に一メートル成長しています。昨日の十時にダストワームの体長は五メートルでしたから、現在二十四メートルになっています。ダストワームが排泄した土は工場内で三メートル以上積もっていて、ダストワーム達はその上で廃棄物を捕食しています。ドアはダストワーム達が排泄した土に圧迫されて開かなくなっていると思われます。」

と言った。

「ダストワームの成長スピードが上がったのか…。」

阿川は言った。

「その話は昨日防衛省の安岡秘書官に伝えましたが…。」

前田は言ったが、阿川も雲野もその言葉に反応しなかった。阿川は

「電気止め刺し棒一本でイノシン一頭に有効なのですね。」

と訊いた。

「そう聞いています。」

小倉が答えた。

「あの大きさのダストワームの重さはどれくらいかわかりますか?」

阿川はまた訊いた。

「青梅で駆除したダストワームは十七メートル弱で三十五トンでした。」

小倉が答えた。雲野がスマートフォンを叩いて

「ダストワームの大きさが二十四メートルだとして百トンは超えますね。」

と言い、

「ただ、ダストワームはイノシンなどよりも電導率が高いので電気ショックの効果はありそうですね。」

と続けた。

「電気ショックをやってみる価値はありそうだな。」

阿川は雲野を見た。心配そうに二人を見つめる前田に向かって阿川は

「工場の上側から中を見たいのですが。」

と訊いた。

前田と小倉は阿川と雲野を、壁の上部にある窓に案内した。阿川と雲野は窓から中を覗いてダストワームの数を数え、工場内の構造を確認した。四人は工場の入口付近に戻り、簡単な打ち合わせをした後、阿川と雲野を正面にして他の自衛官が整列した。阿川はダンボール箱を抱え

「では、今回のダストワーム駆除作戦について説明する。工場内にダストワームは三十体存在している。当初は工場内に徒歩にて進行し、ダストワームに電気ショックを与えて仮死状態にし、ダストワームの躯体を運び水をはったコンテナ車に積んで絶命させる予定であった。しかし、ダストワームの躯体が想定よりも大きくなっているためアプローチ方法を変更する。」

と言い、ダンボール箱の上部を示しながら

「工場の屋根より進行し、天井にある鉄骨にザイルを巻いて上部からダストワームに電気ショックを与える。隊員は八名が三メートル感覚に離れて一斉にダストワームに電気ショックを与える。東側から三上、山口、嶋崎、中丸、上田、久保、前嶋、南の順で並ぶ。ダストワームに電気ショックを与えると一分間で仮死状態になり、三十分持続する。全てのダストワームを仮死状態にした後、上部より第九方面消防救助機動部隊の方々に放水してもらい、ダストワームを絶命させる。何か質問のあるものは?」

と言って少し待ったが、隊員達に質問するものはいなかった。

「よし、ではハーネスを接続して、屋根へと向かう。」

阿川が言うと隊員達は高機動車へ向かって走り出した。

 午前五時二十分、ハーネスを装着した特戦群の隊員達は工場の屋根の上にいた。阿川と雲野が電気カッターで屋根を切り取り、隊員達はそこから工場内に入り天井の鉄骨にザイルを巻き付け、ハーネスと繋いだ。全ての隊員の準備が整ったことを確認した阿川は無線で隊員達に合図した。

 前田と小倉は、はしご車を敷地内に入れてバスケットに乗ろうとしていた。前田のスマートフォンが震えた。辻博士からの電話だった。

「おはようございます。博士、早起きですね。」

前田が言うと

「ははは、今朝は七時から緊急閣僚会議があってね。そちらに参加するのです。」

辻博士は答えた。

「七時からですか、随分早いですね。」

前田が訊くと

「岡野総理がドイツにいて、会議を早くはじめたほうが、あちらには都合が良いようなんです。」

辻博士は答えた。

「なるほど、そうなんですね。今朝ダストワームの動画確認したんですけど、博士の言うように凄く大きくなっています。口の周りの突起物も大きくなっています。」

前田は言った。

「そうですか。動画を送って頂けますか?その突起物が映っている最後のところで良いので。」

辻博士は言った。

「わかりました。編集してすぐに送ります。」

前田が言うと小倉が事務所に向かった。小倉は画像を編集して、ダストワームの突起物が映っている部分だけを辻博士のスマートフォンに送信し、前田のいるはしご車まで戻った。すぐに前田のスマートフォンが震えた。

「動画ありがとうございました。ダストワームは大きくなっているみたいですね。突起物も大きくなっているようです。包丁が並んでいるように見えますね。」

辻博士は言った。

「ダストワームの口の回りにある突起物は何なのですか?」

前田が訊いた。

「さあ、わかりません。昨日は佐久間君が攻撃に使うのではないかと言っていましたが…。」

辻博士は答えた。

「なるほど、体当たりして相手を切ることができそうですね。」

前田が言った。

「では失礼します。」

辻博士はそう言って電話を切った。前田と小倉はバスケットに乗って上部の窓を開け、放水用ホースを構えた。

 午前五時三十分、八名の自衛隊員は綺麗に空中に並び電気止め刺し棒を構えていた。阿川の合図を受け隊員達は一斉にダストワームに電気止め刺し棒を突き立て電気ショックを与えた。突然刺激を与えられたダストワームは身をよじらせて暴れ、隊員達はダストワームの身体に弾き飛ばされた。電気止め刺し棒は隊員たちの手から離れ、ダストワームに刺さったままになった。衝撃は工場全体に伝わり、屋根にいた阿川と雲野は屋根に開けた穴から工場内に落ちた。しかし、阿川も雲野もハーネスを着けて天井の鉄骨に命綱を繋げていたので工場に落ちることはなく、天井からぶら下がった。電気止め刺し棒が刺さったままで電気ショックを浴び続けているダストワームは暴れ続け、衝撃を受けた他のダストワームも暴れだした。工場の壁はミシミシと音を立て、きしんだ。

「まずいことになったな。」

前田はそう言ってバスケットを屋根の上まで移動させた。阿川と雲野はロープをつたって屋根によじ登ってきた。

「大丈夫ですか?」

前田が声をかけると阿川は気まずそうに

「大丈夫だ。」

と声を絞り出した。雲野は工場の天井から宙吊りなっている隊員達を無線で呼び出した。無線を終えた雲野は阿川の側に行き

「嶋崎だけ応答がありません。意識を失っているようです。嶋崎以外の隊員は屋根の上まで登ってきます。」

と言った。前田は阿川に向かって

「このバスケットを使って救出しましょう。」

と言った。阿川は黙って頷き嶋崎が宙吊りになっている場所まで進んだ。

阿川が覗きこむと嶋崎は頭を垂れ、手を下にぶらんとして動かなかった。阿川と雲野は嶋崎のロープを掴みカラビナを外して、前田から渡されたロープに繋いだ。阿川が合図すると前田はウインチを作動させ、嶋崎のロープを吊り上げた。阿川と雲野は嶋崎の身体を屋根の上にあげたが、嶋崎の意識は戻らなかった。前田は嶋崎の身体を入れたバスケットを操作し下へと降りていった。阿川と雲野は隊員達を下に降ろし、屋根の上から工場内にいるダストワーム達を見ていた。

「電気ショックでの捕獲は難しいですね。」

雲野が訊いた。

「そうだな、放水してみるか?」

阿川は答えた。

「しかし、ホースで水を浴びせてもダストワームの身体全体にはかからないでしょうね。」

雲野は答えた。阿川は渋い顔をした。雲野は阿川から顔を反らしダストワームを見ると電気止め刺し棒を身体に刺している一体のダストワームがこちらを向いて口を開けていた。

「隊長、あれは?」

雲野が阿川に言うと、阿川もダストワームを見た。ダストワームは口を大きく開き、中から黄色い液体を吐き出した。阿川と雲野は黄色い液体に飲み込まれるように、それを全身に浴びた。阿川と雲野の身体は固まったまま溶け、そのまま工場内に落ちた。黄色い液体は阿川と雲野の身体を超えて放物線を描きながら百メートル先まで飛び、地上に落ちた。黄色い液体が落ちたアスファルトは小さな泡を吹きながら徐々に溶けていった。

 前田と小倉はバスケットから嶋崎を抱えながら黄色い液体を浴びた阿川と雲野を見ていた。小倉は顔をしかめて

「阿川さんと雲野さん消化液浴びましたね。」

と言った。前田は

「ああ、もう助からないだろうな。」

と言った。前田と小倉は嶋崎を救急車に乗せるとすぐに事務所に行った。小倉がノートパソコンを操作し、電気止め刺し棒をダストワームに刺す自衛官の動画とダストワームが黄色い液体を吐き出す動画を辻博士に送った。前田は辻博士に電話をかけた。



十五.緊急閣僚会議


 午前六時、緊急閣僚会議で石渡防衛大臣を補佐するため、いつもより早く出勤した福井政務官は机の上に置いてあったメモに目をとおした。メモの内容に驚いた福井政務官は石渡防衛大臣に電話をかけたが、石渡防衛大臣は電話にでなかった。福井政務官は執務室を飛び出して緊急閣僚会議が開催される総理官邸へ向かって走った。

 石渡防衛大臣が大会議室の前に現れたのは会議の十分前だった。福井政務官は石渡防衛大臣の側に行き耳打ちしようとしたが、背の高い石渡防衛大臣と背の低い福井政務官では、上手く耳打ちができず、石渡防衛大臣は腰を折って福井政務官の口に耳を近づけた。二人の横を通りすぎる閣僚達は、その光景を不思議そうに見ていた。

「どういたしますか?」

福井政務官の問いに石渡防衛大臣は

「特戦群なら何とかするだろう。心配するな。」

と言い、福井政務官の肩を軽く叩くと大会議室の中に入っていった。

 午前七時、藤田警察庁長官は大型モニターの横に立つと

「では、武蔵村山市に出現したダストワームへの対応についての会議を開催します。」

と言った。岡野総理大臣の顔は大型モニターの横に置かれた小型モニターの中にあった。辻博士は藤田警察庁長官の横に座っていた。藤田警察庁長官は武蔵村山市に新たなダストワームが出現した経緯について説明し

「で、ありますから武蔵村山市に出現したダストワームは青梅市のそれとは別のものだということがわかりました。武蔵村山市でダストワームを調べた辻博士にお話を伺います。」

と言うと、辻博士は立ち上がり、モニターに昨日撮影したダストワームを表示した。

「これが、武蔵村山市に出現したダストワームです。東京消防庁第九方面消防救助機動部隊の前田氏に捕獲していただきました。大きさは五メートル、重さは百キログラムほどでした。新しいダストワームの特徴は口の周りに八個の突起物が並んでいます。ダストワームの細胞を調べたところ、一時間に一メートル成長することがわかりました。こちらは今朝のダストワームです。前田氏に工場内にカメラをセットして撮影してもらいました。現在、ダストワームの体長は二十四メートルとなっています。突起物も大きくなり…。」

「ちょっと待ってくれ、ダストワームはまだ駆除されていないのか?防衛省に駆除を任せたはずだが!」

岡野総理大臣が辻博士の報告を遮って叫んだ。岡野総理大臣は昨日中にダストワームが駆除されたものだと思っていた。沢崎官房長官が

「石渡君、駆除は昨日行ったのではないのかね?」

と訊いた。

「はい、特戦群の隊員は昨日米国で演習を行っておりました。隊員達は今朝方帰国し、寝ずにダストワームの駆除に向かいました。」

石渡防衛大臣は無表情で答えた。

「特戦群以外の自衛官ではダストワームの駆除はできなかったのかね?消防士は昨日の朝に捕獲しているぞ。」

沢崎官房長官が訊いた。

「我々はこの任務は特戦群が適任と判断しました。」

石渡防衛大臣は答えた。

「昨日よりダストワームは大きくなっている。大きくなったダストワームを駆除することはできるのかね?」

沢崎官房長官が訊いた。

「彼らならやれると信じています。」

無表情のまま石渡防衛大臣は言った。辻博士が

「報告を続けてもよろしいでしょうか?」

と訊いた。

「申し訳ありませんでした博士。お願いします。」

沢崎官房長官は頭を下げた。

「これは本日五時三十分の映像です。」

辻博士が言うとモニターに工場内を撮影したWebカメラの動画が流れた。天井から自衛官がロープをつたって下に降りていた。閣僚達は固唾をのんでモニターを見ていたが、石渡防衛大臣だけは自信たっぷりに見つめていた。自衛官達が電気止め刺し棒を刺した次の瞬間ダストワームが暴れ自衛官達は宙吊りになった。電気止め刺し棒を刺されたダストワームは暴れだし、他のダストワームも暴れだした。

閣僚達からは悲鳴のようなうめき声が聞こえた。自衛官達が屋根に登って行く動画が流れ

「八名の自衛官の内七名は自力で屋根に登り、一名は前田氏に救助され病院に搬送されました。搬送された自衛官は回復しているとのことです。」

辻博士は言った。閣僚達からは安堵のため息が聞こえた。しかし、その後にダストワームが口から液体を吐き出す動画が流れ、辻博士が

「前田氏によると一体のダストワームが消化液と思われる液体を吐き出しました。液体は屋根を貫き、屋根の上にいた自衛官の阿川氏と雲野氏がその液体を浴び、亡くなられたとのことです。」

と言うと、閣僚達の安堵の声は悲鳴に変わった。

「阿川と雲野が…。」

石渡防衛大臣が呟いた。

「遺体はどうなったのですか?」

たまらず、福井政務官が訊いた。

「消化液によって溶けた身体は屋根に開けた穴から落ちてダストワームのいる工場内に落ちたとのことです。」

辻博士は答えた。

沢崎官房長官が石渡防衛大臣に向かって

「また、犠牲者が出てしまった。君が防衛省に任せろと言ったから任せたんだ。どうして昨日ダストワームを駆除しなかったんだ。特戦群がいないなら他の自衛官か、消防士に駆除させれば良かったんだ。」

と叫んだ。

「前回の報告書には、ダストワームは一日で二メートル程成長し、四メートルほどの大きさになると書かれていました。特戦群ならその大きさのダストワームの駆除は容易だと判断しました。」

石渡防衛大臣は無表情に言った。長谷川が立ち上がり

「前田から、ダストワームの成長速度が上がっているため、早く駆除をする必要があるとの報告を受けました。前田によるとダストワームが大きくなる前であれば、工場内に放水することによって絶命させることができるとのことでした。私は防衛省に検討して頂くよう安岡秘書官に伝えました。」

と言った。福井政務官の手はメモを握りしめて震えていた。

「防衛省ではそのことを検討したのかね?」

沢崎官房長官が訊いた。石渡防衛大臣は横目で福井政務官を見た。福井政務官は立ち上がり

「いえ、昨日私は一日公務で出ておりまして、安岡秘書官のメモは今朝受けとりました。」

と震えた声で言った。閣僚達の溜息が聞こえた。

「何をしているんだ君達は…。」

沢崎官房長官は吐き出すように言った。

「こんな話をしていても、しょうがありません。ダストワームへの対応を検討してください。」

岡野総理大臣がモニターの中で言った。沢崎官房長官は辻博士を見て

「博士、現在のダストワームについて教えてください。」

と言った。

「現在、工場内には体長二十五メートルに達したダストワームが三十体います。現場にいる第九方面消防機動部隊の前田さんにお話を伺います。」

辻博士は言い、スマートフォンをビデオ通話にして前田を呼び出した。モニターに前田が表示された。

「前田さん、現在の状況を教えてください。」

辻博士が言うと前田は

「ダストワームが吐き出した消化液によって工場の屋根から地面までの壁に亀裂が入りました。そこにダストワーム達が殺到しています。」

前田はカメラを回転させて工場の壁を映した。工場の壁に二十センチメートル程の亀裂が入り、その左右が膨らんでいた。中からダストワームの口が見えていた。

「そんなところにいたら危険だ。すぐに避難しなさい。」

桐島総務大臣が言った。

「わかりました。我々は電気柵の外に退避し、そこからドローンを飛ばしてダストワームを撮影します。」

前田はそう言って電話を切った。沢崎官房長官は工場付近にいる者を電気柵の外に退避させるよう指示した。そして

「博士、ダストワームが工場内にいる内に駆除することはできませんか?」

と訊いた。

「そうですね、ダストワームに水をかける方法もあるとは思うのですが、今ダストワームに水をかけると、水をかけられたダストワームが暴れて工場の外に出るのを早めることになると思います。」

辻博士は答えた。

「ダストワームが外に出る前に工場を焼き払うのが得策だと思われます。」

石渡防衛大臣が立ち上がって言った。

「火器は使用しないと言ったはずです。」

岡野総理大臣が叫んだ。

「しかし、ダストワームが工場の外に出てしまえば付近の住宅地や横田基地への影響も必至です。何とか工場内で駆除をするべきだと思います。」

石渡防衛大臣は怯むことなく訴えた。

「だめです、火器は絶対に使用しません。他の方法を考えてください。」

岡野総理大臣は怒りを噛み殺して言った。石渡防衛大臣は無表情のまま座った。代わりに桐島総務大臣が立ち上がり

「明日の夕刻、ダストワームがいる伊奈平周辺に大雨が降る予報がでています。この雨を利用してダストワームを駆除するのが得策と思えますが…。」

と言った。

「それだ、青梅の時もダストワームは大雨で絶命したのだからな。工場の屋根を取り払っておけば中にいるダストワームは駆除できますね。」

沢崎官房長官は辻博士を見て言った。

「うーん、屋根を取り外す際にダストワームが消化液を吐き出す可能性があるため、屋根を取り外すのは危険です。明日の夕刻ですと、ダストワームは五十メートルに達して工場内に留まることはできなくなるでしょう。」

辻博士は答えた。

「仮にダストワームが工場から出て付近一帯の建物を補食したとしても、ダストワームは降雨によって絶命すると思われます。周辺の地図を出してください。」

沢崎官房長官は藤田警察庁長官に向かって言った。モニターにパイサンの工場を中心とした武蔵村山市の地図が表示された。

「博士、ダストワームが工場から出たとして、明日の夕刻までにどれくらいの範囲までを補食すると思われますか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「そうですね、武蔵村山に出現したダストワームは私が開発したものよりも、かなり変質しているので何とも言えませんが、ダストワームは補食しながら進むので二百メートル以上は進めないのではないと思われます。」

辻博士は答えた。

「では、この工場を中心に半径二百メートルの位置に電気柵を張ればダストワーム達をこの地に留めておけそうですね。」

沢崎官房長官が訊くと辻博士は頷いた。

「では、現地にいる消防隊員に電気柵を延長するよう指示してください。特戦群の皆さんも手伝って頂けますね、寝ないで。」

沢崎官房長官が嫌みたっぷりに言うと石渡防衛大臣は怯むことなく

「もちろんです。」

と言った。沢崎官房長官は岡野総理大臣に向かって

「総理、いかがでしょうか?」

と訊いた。

「結構です。総務省主導で特別チームを立ち上げてダストワームの駆除を行ってください。石渡さんは今回の顛末について報告書を出してください。」

岡野総理大臣は強く言って画面から消えた。



十六.退避


 前田と小倉が事務所からノートパソコンを持ち出し、ダストワームが消化液を吐き出した電気柵の所に行くと、中西と浅野が電線の修復を行っていた。時刻は八時を回っていた。

「やっぱり電線は切れた?」

小倉が訊くと

「そうですね、消化液のついたところは切れました。何とか補修しましたけど。」

と言った。小倉は司令車にドローンを取りに行った。前田のスマートフォンが震えた。串田からだった。

「さっき長谷川さんから電話があってさ、いろいろ大変だったみたいだね。そっちは全員無事?」

「はい、こちらは無傷です。」

前田は答えた。

「緊急閣僚会議でダストワーム駆除は総務省主導になったんだ。つまり、うちが関わるってことだな。」

串田は言った。

「防衛省主導じゃなくなったのですね。」

前田は訊いた。

「それで、総務省にダストワーム駆除特別チームが立ち上がって長谷川さんがリーダーになった。それで、長谷川さんから早速指示が降りてきたよ。」

串田は言った。

「我々がダストワームを駆除するのですか?」

前田は訊いた。

「いや、それはない。政府は明日の夕方に大雨が降るからダストワームはそれで駆除できると考えている。ダストワームが巨大化して工場の外に出たとしても雨にうたれれば死ぬということだ。」

串田は言い、

「君達には電気柵の範囲を広げてほしい。図面を後で送るけど、東側は都道五十九号線、北側は伊奈平公園通り、西側は殿ケ谷街道、南側は松中団地通りを囲うように電線を張るのだ。」

と続けた。

「電線は相当長くなりそうですね。」

前田は言った。

「大体五キロメートル位あるから、三本で十五キロか、これはチームが手配をかけている。電線が届いたら電気柵を設置してくれ。それと、特別チームでダストワームを監視することになったから、ドローンで撮影した動画は特別チームにライブ送信してくれ。俺も特別チームに参加することになったからこれから長谷川さんと合流する。後で特別チームのアドレスを送るね。」

串田が言った。

「承知しました。」

前田はそう言って電話を切った。前田は中西と浅野に電気柵の範囲を広げることを伝え、現在張っている電線を一旦外すよう指示した。

 小倉が司令車からドローンを持ってきて、ドローンを工場の敷地内に飛ばし、前田と一緒にモニターを見た。工場の壁にできた亀裂は広がっていたがダストワームの姿はなかった。

「まだ、外に出てきてないみたいですね。」

小倉が言うと

「工場内の様子を見てみよう。」

前田が言った。小倉は屋根の高さまでドローンを上昇させ、屋根の隙間から工場内に入れた。電気止め刺し棒を刺されたダストワームは亀裂の入った壁を押していたが、他のダストワームは廃棄物を補食していた。ただ、廃棄物を補填する環境省の職員は、先程の退避命令によって持ち場を離れたため、廃棄物が底をつくのも時間の問題だった。

「ダストワームはエサがなくなったら外に出てくるでしょうね。」

小倉が言った。

「そうだな、電気柵の設置を急ぐ必要があるな。」


 午前九時、小倉が三台目のドローンを工場の敷地内に入れた。ドローンの飛行時間は三十分程なので、小倉は電池切れになる前にドローンを交換していた。壁の亀裂は拡大し、今にもダストワームが外に出てきそうだった。前田に串田から連絡があり、前田は特別チームにドローンで撮影した動画を送信する作業をした。

中西と浅野は電柱に巻かれた電気柵の電線を外してトラックに積み込み、都道五十九号線まで運んだ。都道五十九号線は天王橋交差点に警官がゲートを立てて通行止めにしていた。警官がゲートを開けると一台の四トンのパネルバンが入ってきた。トラックは中西と浅野の前に停まり運転席から男が降りてきた。鎌田だった。

「おはようございます。」

中西と浅野に向かって鎌田は言った。

「おはようございます。今、小倉さん呼びますね。」

中西は言うと無線で小倉を呼び出した。小倉はドローンの操作を前田に任せ、鎌田の元へと走った。

「おはようございます。」

小倉が笑顔で言うと

「おはようございます。また、お会いしましたね。」

鎌田も笑顔で言い

「うちでは電線五キロしか用意できないのですが、後は製造元が十時頃に直接持ってくることになっています。」

と続けた。小倉は

「ありがとうございます。じゃ、まず五キロを一周させますか。」

と言った。中西、浅野、小川、相馬は電線を都道五十九号線の沿道に立つ電柱に巻いていった。十時には電線を製造する業者のトラックが到着し、電線の巻きつけは十一時に終了した。鎌田は電線の巻きつけが終わると、電線が通電することを確認した。鎌田は小倉の前にいくと笑顔で

「では、私はこれで失礼します。」

と言った。小倉も笑顔で

「ありがとうございました。」

と言った。鎌田はトラックに乗って帰っていった。前田から無線が入り

「ダストワーム外に出てきたぞ。」

と言った。小倉は前田の元へと走った。


 彩は自宅でダントツを見ていた。ダントツは、昨日からダストワーム特集を組んでいた。画面右上には“またまた新たなダストワーム出現?”と表示され、大きなモニターの左側に立った藤枝が

「ダストワームが出現したといわれている東京都武蔵村山市と中継が繋がっています。中継先の漆原さん。」

と言うと神妙な顔の漆原が

「はい、藤枝さん。私は今、昨日ダストワームが出現したといわれている東京都武蔵村山市に来ています。現在、警察による規制線がこの伊奈平を囲うように張られていまして、規制線の中にお住まいの住民の方に避難勧告が出されています。私はこの伊奈平の北側にある商業施設の屋上から中継を行っております。この商業施設から工場まで少し距離があるため、望遠レンズを使って撮影しています。」

と言った。

「漆原さん、そちらからダストワームは見えるんですか?」

「藤枝さん。ご覧いただけるでしょうか、画面の中央にある工場でダストワームを発見したとのことでしたが、こちらからはダストワームの姿を確認することはできません。」

「漆原さん、昨日と変わったことはあるのですか?」

「はい、私は朝五時からこちらの施設にご無理を言って工場を観察していましたが、映像をご覧いただけるでしょうか、五時半過ぎに工場から黄色い液体のようなものが飛び出しました。」

工場の屋根から黄色い液体が空中を漂う映像がモニターに流れた。藤枝は黄色い液体に注目し

「漆原さん、この液体は何なのですか?」

と訊いた。

「それはわかりません。」

漆原が答えた。藤枝は武内を見て

「武内さん、ダストワームがいるといわれている工場から黄色い液体が飛び出しました。この黄色い液体は何なのですか?」

と訊いた。武内は首をかしげてモニターの前まで行き

「うーん、何なんですかね。ダストワームが吐き出したのでしょうか?ダストワームは物を吐き出すことはできないと思いますが何ですかね、この液体は…。考えられるとするとダストワームの消化液でしょうか?」

画像を指差して言った。藤枝は驚いた顔で

「ダストワームが液体を吐き出したのですか?」

と訊いた。

「いや、わかりませんよ。ただ、ダストワームが吐き出したとしたら消化液かなと…。」

武内は答えた。藤枝は続けて

「もし、ダストワームが消化液を吐き出したとしたらどうなりますか?」

と訊いた。

「うーん、それはえらいことになりますよ。何しろダストワームの消化液は何でも溶かしちゃうんですから。それに、この映像を見ると黄色い液体は大きな放物線を描いています。ダストワームはすでに相当な大きさに成長しているのではないでしょうか。」

武内は言った。

「なるほどなるほど、黄色い液体が大きな放物線を描いていたので、ダストワームは大きいと想定されるのですね。」

藤枝は言った。

「藤枝さん、それからですね、九時過ぎから消防隊員の方々が電柱に電線のような物を巻きはじめました。」

漆原は言い、画面には電線を巻く消防士と作業着を着た男が映っていた。作業着を着た男は鎌田に似ていた。

「大樹?」

彩は画面に近づいて良く見ようとしたが、画面が切り替わり、スタジオの藤枝の顔が映し出された。鎌田は今朝六時に彩に何も言わずに出勤していた。

(また大樹はダストワームが出現した場所に行ったんだ)

彩の心に不安がよぎった。彩は鎌田のスマートフォンに“電話して”とメッセージを送った。


 小倉は前田の元に戻り、ドローンで撮影している映像を見た。電気止め刺し棒が刺さったままのダストワームが工場の壁を突き破り、敷地へと出ていき、他のダストワーム達も壁の隙間から敷地へと出てきていた。

「ついに、工場外に出ましたね。」

小倉の問いに前田は無言で頷いた。前田のスマートフォンが震え、前田が電話に出ると

「ダストワーム出てきたな。電気柵の設置は終わった?」

特別チームのモニターでダストワームを見ながら串田は訊いた。

「はい、終わっています。」

前田は答えた。

「とりあえず、明日雨が降るまでダストワームは放置だな。」

串田は言い、少し間を置いて

「監視を強化するためにドローンを増やしたい。チームからドローンと撮影スタッフを送ったから一緒に行動してくれ。」

と続けた。

「承知しました。」

前田は言った。電気止め刺し棒が刺さったダストワームは工場敷地と道路の境界にある塀に向かって直進し塀に体当たりした。薄いトタンの塀は簡単に倒れ、そこから三十体のダストワームがぞろぞろと工場敷地外に進み、西側にある商業施設の駐車場の車両を補食していった。

 正午、特別チームのドローン撮影スタッフが機材を持って前田の元へとやって来た。前田達は司令車を基地にして数機のドローンで多方向からダストワームの撮影を行った。 

 ダストワーム達はやがて商業施設や周りにある工場を補食しながら成長していった。前田達と特別チームはその姿を見守るだけだった。


 十五時、彩のスマートフォンが鳴った。鎌田からだった。

「何?」

つっけんどんな声だった。

「何って、さっき大樹テレビ出ていたみたいだから。」

彩は言った。

「え、テレビ映っちゃった?いよいよ俺もテレビデビューだ。」

鎌田はふざけた。

「バカ、ほんのちょっと映っただけだよ。」

彩が言うと少し間が空き

「ははは、今日は早く帰るよ。」

鎌田は言った。

「わかった、待ってる。」

彩の心にあった不安は消えていった。



十七.伊奈平


 翌朝五時、第九方面の消防隊員と特別チームは交代で仮眠を取り一夜が明けた。ダストワームは五十メートル近くに成長し、周囲の建物を補食していた。数体のダストワームが電気柵に接触し、電流を感じて弾けるように身体を離した。特別チームが一角を利用している首相官邸の大会議室のモニターにドローンで撮影されたダストワームの姿が映されていた。簡易机の上にはたくさんのノートパソコンが置かれていて、チームのメンバーがそれを操作していた。長谷川はノートパソコンの一つに示された天気予報を見ていた。画面は午後四時に伊奈平周辺に大雨が降ると表示していた。

「後十一時間か…。」

 長谷川は壁際の時計を見て呟いた。辻博士が会議室に入ってきて、長谷川に向かって笑顔で

「おはようございます。」

と言った。

「おはようございます。」

長谷川も笑顔で返した。

「だいぶお疲れのようですな。」

辻博士が言うと、昨夜会議室で短い仮眠をとった長谷川は

「雨が降るまでの辛抱です。」

と返した。辻博士はモニターに近づき、補食を続けるダストワームを見て

「だいぶ大きくなりましたな。」

と呟いた。長谷川もモニターに近づき

「もうすぐ最大の五十メートルになりそうです。この口の周りの突起物は何ですか?」

と訊いた。辻博士は顎に手をあてて

「うーん、青梅のダストワームにはありませんでした。これは、武蔵村山で生まれたダストワームの新しい機能と考えられます。小さいダストワームを調べたところ突起物はセラミックに似た物質でした。形からすると刃物のように見えますね。」

と答えた。長谷川は顔をしかめて

「まさか、電気柵を切るための新機能とか?」

と訊いた。

「うーん、もし電気柵を切るための新機能として突起物が付いたとするなら、ダストワームは凄い進化を遂げているといえますね。」

辻博士は他人事のように言った。

「ただ、この突起物が電気柵を切るためだのものだとしたら、ダストワームはすでに電気柵を切っているはずです。」

長谷川はノートパソコンで電気柵にあたって弾かれるように退くダストワームの映像を辻博士に見せた。

「ダストワームは電気柵を怖がっていますから、この突起物は電気柵を切るためのものではないでしょう。」

辻博士は言った。大型モニターにはダストワームは東側に二十体、西側に十体に別れていく様子が映っていた。

 緊急閣僚会議は午前八時から開催された。岡野総理大臣は深夜日本に帰っていて、時差ボケに苦労しながら資料を読んでいた。

 長谷川が現在までのモニターにダストワームを映しながら現場の状況を報告した。

「では、予定では夕方に降る大雨でダストワーム達は絶命する、で良いのだね。」

岡野総理大臣が訊いた。

「はい、問題ないと思われます。」

長谷川が答えた。

「ダストワームが死んだ後はどうしますか?」

岡野総理大臣は辻博士を見た。

「青梅の時はダストワームをクレーンで吊り上げてプールに入れましたが、これだけ大きいとプールに入れるのは難しいかと思われます。」

辻博士は答えた。

「博士、そもそも、ダストワームが死んだ後の死体処理はどうするつもりだったのですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「はい、ダストワームを稼働させる処分場の床面には溝が掘ってあり、ダストワームが死んだ後はその溝に塀を立てて水と中和剤を入れて無害化することになっています。」

辻博士が答えた。

「では、ダストワームが絶命した後に道路に溝を掘り、塀を立てて簡易プールを作り、水と中和剤を入れれば良いんじゃないですか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「そうですね。大丈夫だと思います。」

辻博士は答えた。

「では、その手順でいきましょう。国土交通省も特別チームに加わって下さい。復興については次回会議で検討しましょう。」

岡野総理大臣が言った。桐島総務大臣が

「現在、複数の動画サイトに工場から出たダストワームを撮影した画像がアップロードされています。この画像を見た都民から東京都に問い合わせが相次いでいます。都民への説明が必要と思われます。」

と言った。 沢崎官房長官は

「では、私から説明します。」

と言い、会議は散会となった。


 政府の記者会見は朝九時から行われた。沢崎官房長官はダストワームが武蔵村山市に出現した経緯と今後の対応について簡単に説明し、記者からの質問は受け付けなかった。


 ダントツは昨日に続いてダストワーム特集を放送していた。大型モニターの横に立った藤枝が

「昨日、動画サイトに武蔵村山市に出現したダストワームの動画がアップロードされました。」

というと、工場から出てくるダストワームの画像が画面に映された。

「こちらは武蔵村山市の隣の立川市のマンションの最上階から撮影されたものです。現在、この動画を撮影したマンションに漆原さんが行っています。現場の漆原さん。」

「はい、藤枝さん。私は今、立川市のとあるマンションの最上階に来ています。こちらは、このマンションにお住いの江口さんです。」

漆原が言うとカメラは江口を映し、すぐに漆原に戻った。

「のバルコニーを貸していただけるにお住いの江口さんのバルコニーの一部をお借りして中継を行っております。実は江口さんは、昨日こちらのバルコニーから黄色い液体を目撃したそうなんです。江口さんが液体が噴出した場所を観察していると、巨大なダストワームを目撃しました。江口さんはダストワームを撮影して動画サイトにアップロードされたとのことなんですね。江口さんは我々にバルコニーを貸していただけるとのことで、本日はこちらからダストワームを撮影しています。どうぞ、ご覧ください。」

モニターにはダストワームが補食するライブ映像が流れた。藤枝は

「漆原さん、ダストワームはずいぶん大きくなっているようですね。」

と訊くと漆原は

「はい藤枝さん、ダストワームの大きさは自動車と比較するとわかりやすいのですが、現在五十メートル程の大きさになっています。このダストワーム、三十体程を数えることができました。」

と言った。藤枝が

「漆原さんありがとうございました。引き続き取材をお願いします。」

と言うと、漆原は頭を下げ、画面は藤枝に切り替わった。

「ダストワームの出現について、先程政府は記者会見を開きました。こちらをご覧ください。」

藤枝が言うと記者会見の映像が流れた。画面が藤枝に切り替わり、藤枝は花田に向かって

「花田さん、政府はダストワームの出現について記者会見を開きました。記者会見の内容についていかが思われますか?」

と訊いた。

「そうですね、沢崎官房長官はダストワームが武蔵村山市に出現した理由について説明されました。これで政府のダストワームへの危機管理が不十分だったことが明らかになりました。今後の対応についてですが、夕方に降る雨でダストワームは絶命する見込みとのことですのでこれは安心して良さそうです。今回ダストワームによって被害を被った事業者などにはしっかりと対応して頂きたいですね。」

花田は答えた。

「記者会見ではダストワームの成長速度が上がっているとの説明がありました。このあたりどうお考えになりますか、武内さん。」

藤枝は武内を向いて訊いた。

「記者会見では今回のダストワームは青梅のダストワームが産んだ卵が孵化したものだと説明がありました。この間の過程でダストワームが最初のものからかなり変質しているように思われます。今回、武蔵村山市に出現したものを見ると、口の周りに四角い刃の様なものが並んでいます。これは、最初のダストワームにはありませんでしたから。」

武内は言った。

「なるほどなるほど、ダストワームはかなり最初のものよりも変質、つまり違うものになってきていると思われるのですね。ところで武内さん、この刃の様なものは何ですか?」

藤枝は訊いた。

「さあ、なんでしょうか。ミミズにこんなものが生えることはありませんが。」

武内は首をひねった。藤枝は中川を向いて

「中川君この刃みたいなのなんだろう?」

と訊いた。

「うーん、オス同士がメスを取り合って喧嘩するための角みたいなものとかですかね?」

中川は言った。

「元々ミミズは両性で、繁殖の時だけオスとメスになるので、それはないでしょうね。」

武内がすかさず言った。



十八.逃避行


 前田が腕時計を見ると時計の針は午後一時を示していた。小倉はモニターでダストワームの様子を見ながら

「雨が降るまで後三時間ですね。」

と言った。

「そうだな、それまでに何も無ければ良いが…。」

前田がそう言ってモニターを見ると、ダストワーム達が東側と西側に別れて集団を作り、頭を揃えて進んで行くのを確認した。前田が

「ダストワームが東側と西側に別れて進んでいる。」

と言うと、小倉は東側と西側に別れたダストワームの数を数えた。

「東側が二十体、西側が十体です。」

ダストワームは身体をくねらせながら歩を進め、電気柵に近づいて行った。

「ダストワーム達はどこに向かうつもりだろう?」

前田と小倉は地図を表示しているノートパソコンの画面を見た。

「東側は宗教法人風無会の緑地、西側は横田基地がありますね。」

小倉が言った。東側にある宗教法人の敷地は百ヘクタールを超える広さで、以前は大手自動車メーカーのメイハツの工場があり、工場閉鎖に伴ってメイハツが土地を売却し、宗教法人の風無会が購入したものだった。工場の設備は全て無くなり現在は緑地となっていた。西側には七百ヘクタールを超える米国空軍横田基地があった。ダストワーム達は速度を上げて進み、東側のダストワームは電気柵から一メートルまでの距離に到達した。前田のスマートフォンが鳴った。串田からだった。

「ダストワームが電気柵の手前まで来ているね。電気柵大丈夫かな?」

「対策は講じていますが、わかりません。」

前田は答えた。次の瞬間、東側にいるダストワームの口の周りの突起物の一つが電気柵に巻かれた三本の電線に接触した。突起物に電流は流れずダストワームの押す力で電線は切れ、テンションがかかっていた電線は反対方向に飛んでいった。ダストワーム達はそのまま、残堀川を乗り越え、風無会の緑地へ向かって進んでいった。西側のダストワーム達も電気柵の電線を突起物で切り裂いて進んでいった。長谷川は桐島総務大臣にダストワームが電気柵を突破し、横田基地に近づいていることを伝えた。


 ダントツでは、続発している強盗事件の特集を放送していたが、藤枝が

「強盗事件の特集を放送していましたが、武蔵村山市のダストワームに動きがあったようです。現場の漆原さん。」

と言うと画面が漆原に切り替わった。漆原は興奮した口調で

「藤枝さん、ダストワームは消防隊が設置した電気柵を突破しました。」

マンションの最上階から撮影した映像が流れた。東側のダストワームは風無会の緑地を五十メートル程進んでいた。

「こちらが東側のダストワームです。西側のダストワームも電気柵を突破して進んでいます。」

西側のダストワームは横田基地に向かって工場から二百五十メートル程進んでいた。

「漆原さん、引き続き取材お願いします。」

藤枝は武内に向かって

「武内さん、ついにダストワーム達が電気柵を超えてしまいました。ダストワームどこに向かっているのでしょうか?」

と訊いた。モニターに工場周辺の地図が表示された。

「うーん、どこに向かっているのでしょうか、ダストワーム達は目の前にあるエサを食べずに進んでいます。何かがあるのでしょうね。」

武内は首をひねった。藤枝は

「政府の記者会見です。」

と言うと沢崎官房長官の記者会見の映像が流れた。

「現在、武蔵村山市伊奈平周辺にダストワームが出現しています。周辺にお住まいの住民の方々は警察の指示に従って速やかに避難してください。ダストワームは危険な生物ですが、まもなく降る雨によって絶命するので心配はいりません。以上です。」

沢崎官房長官は言い終わると記者からの質問に答えずに去っていった。漆原の声が聞こえた。藤枝が

「はい、漆原さん。」

と言うと

「藤枝さん、我々がいるこのマンションにも避難命令が出されまして、我々も住民の方と避難します。」

漆原は言い、ダストワームの映像が途切れた。藤枝は

「えー、時間になりましたので本日はここまでとなります。また明日、ダストワームについて放送したいと思います。」

と言って画面はコマーシャルに切り替わった。


 午後二時半、緊急閣僚会議が開催された。急な招集だったため、参加する閣僚は少なかった。特別チームが経緯を説明した。モニターにはドローンで撮影した現在のダストワームの姿が映っていた。

「電気柵が突破されたことは想定外でしたが、後一時間もすればダストワームは雨にうたれて死にます。ここで検討することは米軍にダストワームが横田基地に迫っていることを伝えるかどうかです。」

沢崎官房長官が言った。

「ダストワームは何時頃に横田基地に到達するんですか?」

岡野総理大臣が訊いた。

「ダストワームは時速約五百メートルで進んでおり、現在、西側のダストワームは工場から七百五十メートルの位置にいます。横田基地の境界まで二百五十メートルの距離で、三十分後の三時に境界に到達します。」

長谷川が言った。

「では、言う必要がありますね。防衛省のほうから伝えてください。」

岡野総理大臣は石渡防衛大臣を見た。この間の一件で反省したのか頭を剃りあげた石渡防衛大臣の風貌は不気味だった。

「承知いたしました。」

すぐに福井政務官が部屋を出ていった。

 次の瞬間、モニターに映っている東側のダストワーム達は一斉に頭部を持ち上げたかと思うと口の周りにある突起物を地面に押しあてた。ダストワームの頭部付近に土ぼこりがあがり、地面に穴が空いた。長谷川が

「東側のダストワームが穴を掘っています。」

と言うと、閣僚達は一斉にモニターを見た。ダストワーム達は高速で回転を始め、口の周りの突起物が土をかきだした。

「シーリング工法だ。ダストワームはトンネルを掘って地中に潜って行くぞ!」

思わず荒木が叫んだ。ダストワームは土を口から取り込み肛門から噴出し、地中に沈んでいった。

「雨で殺すことができなくなるぞ!」

沢崎官房長官が叫んだ。ダストワームは高速で回転を続け、やがて二十体のダストワーム全てが地中深くに潜っていった。ダストワームが掘った穴から噴出した土は、小さな山となって東西方向に一列に並んでいた。

「ダストワーム達は雨を避けるために地中に潜りました。彼らは地中に潜るために、穴が掘りやすい緑地を選んだのです。横田基地も滑走路の脇が緑地です。西側のダストワームは横田基地の緑地を目指していると思われます。」

長谷川が言った。西側のダストワームは横田基地との境界に迫っていた。



十九.横田基地司令官


 先程、会議室から出ていった福井政務官が部屋に戻ってきた。

「総理、横田基地司令官のレスリー中将がお話したいと仰っています。」

福井政務官が言った。岡野総理大臣は頷いた。電話が繋がり、レスリー中将はマシンガンのように英語でまくし立てた。

「ダストワームとかいう化け物が、こちらの敷地に入ってくるそうだが、そいつが基地に入ってきたら容赦しないからそのつもりでいろ。」

防衛省の通訳担当官の藤井は激しい言葉を落ち着いた口調で通訳した。

「レスリー中将、ダストワームは基地の中に穴を掘るつもりです。」

沢崎官房長官が言い、藤井は通訳した。

「基地の中に穴を掘るだと、そんなこと絶対にさせやしねえ。化け物は八つ裂きにしてやる。」

藤井が通訳すると、レスリー中将は一方的に電話を切った。

「レスリー中将はお怒りのようだね。とりあえず石渡さん謝罪してきてください。」

岡野総理大臣は言った。石渡防衛大臣は動揺した。彼は今までの人生で謝罪したことがないのだ。(福井にやらせよう)そう思った石渡防衛大臣は

「承知しました。」

と頭を下げた。

「総理、レスリー中将はダストワームを駆除するつもりなのでしょうか?」

沢崎官房長官が訊いた。

「さあ、わかりません。向こうには向こうの考えがあると思いますが…。」

岡野総理大臣は曖昧に答えた。

「米軍が下手に攻撃して、ダストワームに返り討ちにあったりしたら、我々はレスリー中将を怒らせることになるのではないでしょうか?」

沢崎官房長官の問いに岡野総理大臣は首を傾げた。

「ここは辻博士に同行していただき、レスリー中将にダストワームの対処法を伝授してもらったら良いのではないでしょうか?」

沢崎官房長官の提案を聞いた岡野総理大臣は

「そうですね、それが良いですね。善は急げです、石渡さん自衛隊のヘリコプターで横田基地に行って下さい。辻博士お願いします。」

石渡と辻博士に向かって言った。

「自衛隊のヘリコプターは横田基地に着陸できないのですが…。」

石渡防衛大臣が言いかけたところで沢崎官房長官が

「立川の駐屯地まで行ってそこから車両に乗れば良いだろう。さっさと行きたまえ。」

と苛立ちを隠すこと無く言った。石渡防衛大臣は辻博士を連れて会議室を後にした。


 午後三時、十体のダストワームは横田基地の鉄条網を簡単に破壊し基地の中に入って行った。ダストワーム達の進む速度は上がっていて五分程で滑走路の手前まで進んだ。

 前田達のドローンは横田基地の中に入れなかったが敷地の外から、その光景を撮影していた。特別チームはモニターでそれを見ていた。

レスリー中将は管制塔に立ち、ダストワームを見ていた。

「化け物どもめ、八つ裂きにしてやる。」

レスリー中将はCV22でダストワームを攻撃することを命じた。CV22は上空をホバリングしながら後部にとりつけてある機銃でダストワームの身体を攻撃した。ダストワームの身体に弾丸がめり込み、ダストワームは身体をよじった。次の瞬間、弾丸を食らったダストワームはCV22めがけて消化液を吐き出した。CV22は消化液によって溶けていき、墜落して炎上した。レスリー中将は顔を真っ赤にして怒り、三沢基地にあるF16に出撃命令を出した。

 石渡防衛大臣と福井政務官、石川幕僚長、辻博士、通訳の藤井は横田基地に到着し、管制塔にいるレスリー中将と面会した。レスリー中将は顔を赤くして

「お前らの作った化け物にCV22がやられたぞ!乗員三名が死んじまった。お前らのせいだからな、この借りは高くつくからな、覚えとけ。」

と叫んだ。藤井は通訳した。福井政務官はレスリー中将の前に立つと頭を深く下げ

「この度は、米国空軍の皆様に大変なご迷惑をおかけしました。ここに謹んでお詫び申し上げます。」

と英語で謝罪した。レスリー中将は福井政務官の前で腰を折り、福井政務官の顔に触れるくらいまで自分の顔を近づけると

「おう、この基地への損害賠償は後でたっぷり請求するからそのつもりでな。」

と言い、福井政務官と石渡防衛大臣達を遠ざけた。

 午後三時三十分、ダストワームは滑走路脇の緑地に迫っていた。東の方から轟音と共にF16戦闘機の編隊がやって来た。レスリー中将は笑みを浮かべて石渡防衛大臣達に近寄り

「さあ、ショータイムだ。」

と言った。石渡防衛大臣はレスリー中将に林元総理大臣の姿を重ね、目を細めた。一機のF16がダストワームに空対地ミサイルを撃ち込むとダストワームの身体は火を吹いて粉々になった。レスリー中将は顔を真っ赤にして喜び

「ブラボー!ざまあみろ化け物め。」

と何度も叫んだ。藤井はそれを通訳した。

F16は次々とダストワームを破壊し、八体目のダストワームを破壊したころ、管制塔の電話が鳴った。レスリー中将が電話に出ると、相手はウィルソン国防長官だった。日本でのダストワーム攻撃は米国の国防総省に報告されており、ウィルソン国防長官は米国で動画を見ていた。

「攻撃は中止だ」

ウィルソン国防長官は言った。

「え、攻撃は中止ですか?化け物はまだ二体いますが・・・。」

レスリー中将は借りてきた猫のように言った。

「この生物を生け捕りにするんだ。」

ウィルソン国防長官は言った。

「は、生け捕りですって?」

レスリー中将は訊いた。

「この化け物が敵国に出現したときのことを想像したまえ。この化け物を繁殖させて武器にするのだよ。」

ウィルソン国防長官は諭すように言った。レスリー中将は身体を垂直に正し

「は、承知しました。必ずや化け物を生け捕りにします。」

と言って頭を下げ電話を切り、F16のパイロットに攻撃の中止命令を下して、石渡防衛大臣の前に立つと

「あの化け物を生け捕りにしろ。今すぐにだ!」

と叫んだ。石渡防衛大臣は時計を見た。三時四十分になっていた。後二十分で大雨が降り、ダストワームは死んでしまう。いや、彼らは雨が降る前に緑地に潜ってしまうかもしれない。

「辻博士どうすればよいですか?」

福井政務官が訊いた。




二十.生け捕り


 (生け捕りにするだって?)そう思いながら辻博士は管制塔の窓からダストワーム達を見た。二体のダストワームは頭を揃えて緑地の前で身体をよじらせており、すぐにでも緑地に潜りそうに見えた。辻博士は長谷川の(雨を避けるために潜るんだ。)という言葉を思い出した。(ダストワームの頭上に雨を避ける屋根の様なものを置くことができれば…。しかし、どうやって)基地を見渡すと輸送機のC130が数機見えた。辻博士は雷に打たれたように顔を上げ、C130を指さしながら

「まず、ダストワームの前にエサとなる車両をたくさん置いてください。次にあの飛行機を二機並べて、上からテントを被せればダストワームを雨から避けることができます。雨を避けてエサを与えれば、ダストワームは地中に潜ることは無いと思われます。」

石渡防衛大臣に向かって言った。石渡防衛大臣に理解はできなかったが、石川幕僚長が

「なるほど、C130をテントの骨組みにするのですね。テントはどうしますか?」

と言うと福井政務官も理解し、スマートフォンを検索し

「この付近にテントの工場があります。ここに大きなテントがあるかも。」

と言った。福井政務官はレスリー中将にC130を使用したいと申し入れた。レスリー中将は首を傾げながら了承した。

石川幕僚長がテント会社に連絡すると加工前の五十平方メートルのテント生地があることがわかった。テントは自衛隊のヘリコプターで上空に運び、C130の上に落とし、四隅を人力で引っ張ることにした。自衛隊のヘリコプターを横田基地に入ることも了承された。ダストワームに与えるエサは横田基地の職員の自動車を使用することにした。

辻博士がC130の並べ方を指示し、二体のダストワームの横に尾翼をつけるようにC130を縦に並べ、自衛隊のヘリコプターでテントを尾翼の上に落とした。テントを広げて四隅を引っ張ると巨大なテントが出来上がった。それはまるでサーカスのテントのようだった。 

 午後四時を少し回った頃、大粒の雨が武蔵村山市周辺の地面を叩いた。雨はテントに弾かれてテント上を滑るように流れて行き、四隅から地面に落ちていった。二体のダストワームは何事もなかったかのようにエサを貪っていった。


 前田のスマートフォンが鳴った。串田からだった。

「もう、ドローン引き上げてもらっていいって。署に戻ってもらって大丈夫だから。」

串田は言った。

「承知しました。特別チームの人にも伝えます。」

前田は言って電話を切り

「撤収だ。」

小倉に向かって言った。


八王子署に戻る司令車の後部座席に座った前田と小倉はしばらく黙っていたが、小倉は

「また、二人の犠牲者が出ましたね。」

と言った。前田は頷いただけだった。

「自衛隊の到着を待たずに我々で工場内に放水すべきだったのではないでしょうか?」

続けて小倉は言った。前田はしばらく黙っていたが

「そうかもしれないが、我々の作戦だって確実なものではなかった。もし、昨日我々が勝手に工場内に放水してダストワームが死なずに脱走したりしたら、その時は我々の責任が問われる。阿川さんと雲野さんの死は悔やまれるが、我々が上長に確認して判断を仰いだ結果なのだからしょうがない。」

絞り出すように言った。小倉は顔をしかめて

「そうですよね。」

と言った。

 

 レスリー中将は辻博士を抱きしめて喜んだ。レスリー中将はダストワームに卵を産ませ、それを保存して欲しいと辻博士に頼んだ。その後すぐにレスリー中将は横田基地内にプレハブの簡易研究所を設け、辻博士が要求する機材を取り寄せた。


 午後五時、緊急閣僚会議が開催された。議題はダストワーム駆除後の対応についてであった。桐島総務大臣が司会をつとめ、長谷川が横田基地を含めた現在までの被害状況を報告した。

「まず、地中に潜ってしまったダストワームについてですが…。」

沢崎官房長官は顔をしかめながら言った。

「辻博士、地中に潜ったダストワームの行方はわからないのですか?」

岡野総理大臣が言った。横田基地にいる辻博士とはビデオ通話が繋がっていた。

「残念ながらダストワームの行方はわかりません。いつどこに出現するかも…。」

辻博士は言った。

「このことを国民が知ったら、どう思いますかね。」

岡野総理大臣は言った。

「ダストワームが地中に潜る映像は我々しか見ていないのだよな。」

沢崎官房長官は藤田警察庁長官を見た。藤田警察庁長官はモニターの地図を示しながら

「はい、ダストワームが地中に潜る時には周辺の住民に避難命令が出されていますので。一般人によるダストワームの撮影は不可能です。」

と言った。

「では、我々がダストワームを駆除したと言っても疑うものはいないな。」

沢崎官房長官が言った。

(隠蔽する気だ。)彦田は思った。

「では、全てのダストワームは降雨によって絶命し、政府は適切に処分したと発表しましょう。」

桐島総務大臣が言った。会場にいるすべての者が眉間に皺をよせて頷いた。

「次に、武蔵村山市伊奈平周辺の復興についてです。付近は工場地帯であり一般家庭の被害は報告されておりません。被害を被った企業との調整が必要となります。」

桐島総務大臣が言った。

「明日、国土交通相、環境省、総務省の担当官は現地に向かって下さい。」

沢崎官房長官が言った。

「次に横田基地内のダストワームへの対応ですが、すでに石渡防衛大臣、福井政務官、石川幕僚長が現地に赴いております。」

桐島総務大臣が言った。

「今回の件はこちらに百パーセントの非がありますから、米軍から損害賠償を請求されても全て飲まざるを得ないでしょう。」

沢崎官房長官は岡野総理大臣を見て言った。

「やむを得ないですね、石渡さんを交渉窓口として進めてください。」

岡野総理大臣は言った。


 翌日、辻博士は佐久間と日吉を呼び寄せ、横田基地内の簡易研究所に常駐させた。

 辻博士はF16に破壊された八体のダストワームの死骸の細胞が昨日の雨で完全に死滅していることを確認した。レスリー中将は防衛省に死骸の除去を要請した。防衛省は粉々になったダストワームの死骸を無害化し、ばらばらに分割してトラックに載せて運び、産業廃棄物処理場の地中に埋めた。

 佐久間と日吉は一体のダストワームの糞の山の中から、卵を三十個見つけ研究所へ持ち帰った。辻博士はそれを超低温の冷凍庫に保管した。



二十一.フナクイムシ


 翌日朝九時、武蔵村山市役所の正面玄関前に黒塗りの公用車が停まり、後部座席のドアが開いて彦田と園田が降りてきた。彦田と園田の後ろに他省庁の公用車が続いて停まった。朝から降り注ぐ太陽の光が公用車の車体に反射していた。

 政府は武蔵村山市役所に復興を担当する仮事務所を設けることにした。担当する官僚達は仮の事務所に集まり簡単な打ち合わせを済ませると、現地の視察に向かった。武蔵村山市役所からパイサンの工場まで三キロ程あるため、官僚達は市役所から公用車に乗って現地に向かった。都道五十九号線は通行止めが解除されていなかったが、運転手が警官に書類を見せると警官は閉鎖を解除した。

 公用車はパイサンの工場前に停まり、官僚達は周辺を視察した。工場や商業施設はダストワームに補食され、土の山ができていた。彦田と長谷川は周辺の調査を園田達に任せ、パイサンの工場から東に向かっていったダストワーム達が進んだ道をたどって歩いた。都道五十九号線に出ると、街路樹はダストワームによってなぎ倒され、土が露出していた。

 彦田と長谷川がダストワームの足跡を確かめながら風無会の緑地に入ると、十メートル程に盛り上がった土が都道五十九号線に平行して二十個並んでいた。土は昨日の雨で固まっていた。

「ここからダストワームは潜っていったのだな。」

長谷川は彦田を見ながら言った。

「びっくりしたよな。口の周りの刃で土を掘って潜っちゃたんだから。」

彦田も長谷川を見ながら言った。

長谷川:「凄かったよな、荒木さんが"シーリング工法だ"って叫んでいたな。」

彦田:「シーリング工法って元々、木を食べるフナクイムシっていう貝がヒントになって出来たらしいよ。」

長谷川:「へー、そうなんだ。」

彦田:「ダストワームが工場の外から出た時、また雨にやられるだろうって思っていたけどな。」

長谷川:「みんな思っていたよね。」

彦田:「ダストワームのほうが、俺達の上をいっていたってことだな。」

長谷川:「そうだよな。だけど、ダストワーム達はあの時間にここに雨が降るのを知っていて、それで地中に潜ったのかな。」

彦田:「そうかも知れないね。青梅のダストワームは雨にうたれて死んじゃったから。」

長谷川:「とすると、ここに潜ったダストワームは雨を避けるために口の周りに刃を付けて産まれてきたってことになるよな。」

彦田:「そうだね。ダストワームは産まれる度に進化している気がする。」

彦田は盛り上がった土を触りながら

「ダストワーム達はどこに行くのかな?」

と呟いた。長谷川は少し間をおいて

「検討もつかないよね。ダストワームは地中を進むことができるから、海底を避けていけば世界中どこにでも行くことはできる。ある日突然世界中の大都市にダストワームが現れて街を食い尽くすなんてことがあるかもしれない。」

と言った。

「ダストワームは人類が創造した、文明を破壊する神の意志なのかも、なんてね。」

彦田は言った。

「オカルトだぞ!って荒木さんに言われるぞ。」

長谷川は笑った。

「内閣はダストワームが地中に潜ったことを隠蔽するつもりだね。」

彦田は言った。

「そうだな。"ダストワームが地中に逃げました。行方はわかりません"なんて言ったら、国民はパニックになるだろうし、野党は内閣を叩くし、良いこと無いからな。」

長谷川は土を触って、すぐに手ではたきながら言った。

「墓場まで持っていく秘密が一つ増えたな。」

長谷川は顔をしかめた。

「後何年かで俺は退官して年金生活に入る。それからどれくらい長く生きるかわからないけど、やがて俺も死ぬ。死を目前にした俺は自分の人生に誇りを持っているのだろうかって思う時がある。」

彦田も顔をしかめて言った。長谷川は小さなため息を吐いた。

パイサンの工場の方から荒木がやって来た。

「お前ら何をしている。」

荒木が叫んだ。


 八月五日、青梅にダストワームが出現してから一ヶ月が経っていた。休みだった鎌田は家族でダントツを見ていた。いつものように藤枝は大型モニターの左側に立ち、コメンテーターは右側に座っていた。

「えー、一か月ほど前に青梅市和田町と梅郷にダストワームが出現し、家屋等が損傷しました。政府は全てのダストワームは駆除し、付近一帯を復興することを発表しました。現在、現場はどうなっているでしょうか?現場の漆原さん。」

藤枝が言うと画面が切り替り、汗だくの漆原が現れた。

「はい、藤枝さん漆原です。私は今、青梅市梅郷一丁目に来ています。一カ月前、こちらにダストワームが出現し住民の方々が避難された訳なんですけれども、ご覧いただけますでしょうか、家屋はほとんど無くなっていて所々に小さな土の山ができています。」

画面は梅郷一丁目の様子を映しだしていた。ダストワームの糞でできた小さな山が所々にあり、カメラは山の上に咲く紫色の花々をとらえた。

芽依は画面に指を指して言った。

「ママ見て、お花キレイ。」

                                    完

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ダストワーム コヒナタ メイ @lowvelocity

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