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 翌日、いつものように奈那子はスクールバスに乗っていた。スクールバスには何人かの乗客がいるが、奈那子の住んでいる集落は奈那子1人だ。聞けば、10年以上もいなかったという。こんなにいなかったのかと知って、びっくりした。もし、小学校から生徒がいなくなったら、どうなるんだろう。全くわからない。奈那子はそんな学校が閉校する事を知らなかった。閉校のニュースなんて見た事も、聞いた事もなかった。


 8時20分ごろ、奈那子は小学校にやって来た。小学校には何人かの生徒がいるが、東京に比べて少ない。


「おはよう」


 奈那子が下りた時、1人の男が声をかけてきた。翔だ。まさかここで会うとは。


「お、おはよう・・・」


 奈那子は戸惑っている。翔がいるとは思わなかった。


「どうした?」

「なんで話しかけたのかなって」


 翔はびっくりした。どうして戸惑っているのかな? もっとフレンドリーに話しかけてほしいな。


「いや、何でもないよ」

「好きなんじゃない?」


 翔は笑みを浮かべている。まさか、初恋だろうか? そうならば、自分も初体験だ。


「いや、そんなわけじゃないよ」

「ふーん。好きな事、悪い事じゃないと思ってるわよ」


 翔は誰かを好きになる事は、いい事だと思っている。


「本当?」

「うん」


 翔は初めて奈那子を見た時から、可愛いな、仲良くなりたいなと思っていたようだ。


「可愛いなと思って」

「そう。ありがとう」


 そこに、1年生の大里(おおさと)がやって来た。大里はたった1人の1年生で、黄色い帽子をかぶっている。


「どうしたの?」

「いや、何でもないよ」


 奈那子は少し照れている。恋をしているだなんて、言いたくない。まだ仲良くなり始めたばかりだもん。


「恋してるんじゃないの?」

「わからないけど、そうかもしれない」


 だが、奈那子は思っていた。これは恋だろうか?


「転校してきたばかりなのに、どうしたの?」

「私にもわからない。でも、ひょっとして・・・」


 と、奈那子は早紀の事を思い出した。ひょっとして、座敷わらしの早紀が幸せを運んできたんだろうか?


「ひょっとして?」

「い、いや、何でもないよ」


 奈那子は言いそうになったが、何とか言わなかった。大里は首をかしげた。だが、何もわからなかったので、まぁいいかと思った。


「ふーん。早く! 授業が始まるよ」

「わかった」


 あと5分で朝の会だ。早く行かないと。奈那子は校舎に急いだ。




 放課後、帰りのバスが来るまで、翔は奈那子と教室で話をしていた。教室には誰もいない。とても静かだ。


「奈那ちゃん?」

「どうしたの?」


 翔は、奈那子について気になっている事がいくつかあった。この機会に、いろいろ聞いてみようと思ったようだ。


「東京から来たの?」

「うん」


 やはり奈那子は東京から来たようだ。東京と聞くと、翔はときめいた。東京はあこがれの地だ。いつか行ってみたいな。そして、豊かな日々を送りたいな。


「東京か。僕、東京を観光した事があるんだ。スカイツリーに行って、ディズニーリゾートに行って。楽しかったな」


 翔は、数年前の夏休みに東京に行った事がある。それ以来、翔は東京にあこがれている。いつかここに住みたいなと思った。だが、両親には言っていない。どう言うかわからないからだ。


「定番の名所に行ってるね」

「うん」


 奈那子にはなじみにある場所ばかりだ。スカイツリーは新しい東京の電波塔で、天望デッキと天空回廊がある。翔はどっちにも行った事があり、そこから見た東京の景色は忘れられなかったし、特にそこから見た富士山も忘れられない。


「いつか一緒に東京に行きたいな」

「本当?」


 奈那子は驚いた。また行きたいと思っているとは。東京が気に入っているんだろうか?


「うん」

「じゃあ、一緒に行こうよ」


 奈那子は思った。いつか一緒に東京に行こう。そして、一緒に住めたらな。


「ありがとう」


 翔は嬉しそうだ。また東京に行けるかもしれないからだ。




 1時間後、奈那子は帰ってきた。まだ日は暮れていないが、日没時間は夏に比べて早い。


「ただいまー」

「おかえりー。どうしたの、楽しそうよ」


 玲奈は奈那子の表情が気になった。奈那子は嬉しそうな表情をしている。何かいいことがあったんだろうか?


「何でもないの」

「ふーん」


 奈那子はすぐに2階に向かった。先に今日の事を話さないと。ひょっとしたら、翔と恋に落ちたかもしれない。初恋かもしれない。


 奈那子は2階の部屋に入った。そこには早紀がいる。


「おかえり」

「た、ただいま」


 奈那子は戸惑っている。まだ早紀がいるんだな。


「どうしたの?」

「いたんだなと思って」


 早紀は戸惑った。私が立ち去ったと思っているんだろうか? まだまだここにいようと思っているのに。


「いるよ!」

「私、恋しちゃったかもしれない」


 早紀は驚いた。まさか、転校してきたばかりなのに、恋に落ちるとは。


「本当?」

「うん。もうすぐ卒業する翔くんっていう人」


 奈那子は目をときめかしている。奈那子も翔が好きになってきた。いつか一緒に東京に行きたいな。


「本当?」

「うん」

「恋が実るといいね」


 早紀は、奈那子の恋が実るのを祈っていた。




 翌日、奈那子はいつものように起きた。朝はまだ明けきっていない。だが、スクールバスに間に合うためにはこの時間でなければならない。つらいけど、耐えなければ。学校に行かなければ。


「おはよう、って、あれ?」


 だが、起きた奈那子は違和感を感じた。早紀がいないのだ。起きるといつもいたはずなのに。どこに行ったんだろう。奈那子は首をかしげた。


「いないのか・・・」


 だが、早く朝食を食べて小学校に行かなければ。奈那子は1階に向かった。


 1階にやってくると、そこには玲奈とトクがいる。ここはいつもの光景だ。


「どうしたの?」


 玲奈は下を向いている奈那子が気になった。何かつらい事があったんだろうか?


「何でもないよ」


 だが、奈那子は何も言いたくない。座敷わらしの事を誰にも話したくない。そんなの、誰も信じてくれないだろうから。


「ふーん」


 奈那子はいつものように椅子に座り、朝食を食べ始めた。


 食べ終わって歯を磨くと、奈那子はすぐに着替えた。スクールバスに間に合うには、早く支度をしないと間に合わない。


 奈那子は着替えると、すぐに1階に降りてきた。もうすぐスクールバスがやってくる頃だ。早く出ないと。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 奈那子が家を出ると、すぐにスクールバスがやって来た。玄関の前では、玲奈とトクが見送っている。


 奈那子が乗ると、すぐにスクールバスは動き出した。奈那子は車窓から家を見ている。だが、そこにも早紀はいない。


 奈那子は小学校にやって来た。今日はうっすらと雪が降っている。とても寒い朝だ。


「奈那ちゃん!」


 後ろから翔が声をかけた。奈那子は反応した。


「翔くん! どうしたの?」

「話しかけただけ」


 翔は笑みを浮かべた。話しかけただけなのか。奈那子はほっとした。何かあったのではと思ったが、何もなかった。


「ふーん。ひょっとして、私の事が好きなの?」

「い、いや。そうじゃないよ」


 奈那子は照れている。本当に好きだと言っていいんだろうか? まだ会ったばかりなのに。


「そう・・・」

「どうしたの?」


 翔は疑問に思った。やっぱり、奈那子も翔の事が好きなのでは? もし好きなら、付き合ってもいいけど。


「本当は好きなんじゃないかなって」

「どうだろう」


 それでも、奈那子は言おうとしない。言ってもいいのに。どうしたんだろう。


「正直に言いなさいよ」

「好き」


 奈那子は勇気を持って好きだと告白した。翔はほっとした。やっと好きだと言ってくれた。


「ふーん・・・」

「ごめんね、勝手に好きになっちゃって」


 奈那子は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。好きになっていいんだろうかと思っている。


「いいんだよ」

「ありがとう」


 翔は奈那子を抱きしめた。母以外の誰かに抱きしめられたことのない奈那子は、とっても嬉しかった。まさか、自分が恋に落ちるとは。きっと座敷わらしの力に違いない。だけど、座敷わらしはどこに行っちゃったんだろう。それが心残りだ。




 夕方になり、学校を終えた奈那子は家に戻ってきた。すでに外は暗くなろうとしている。帰るだけでもこんなにかかってしまうとは。午後5時までに帰れたのに、6時近くだ。大変だけど、徐々に慣れてきて、これが普通だと思い始めてきた。


「ただいまー」

「おかえりー」


 奈那子が家に入ると、玲奈の声がした。玲奈は夕食を作っているようだ。今日はカレーのようで、カレーのにおいがする。


 ふと、奈那子は聞きたい事があった。座敷わらしがいなくなった事だ。もし、いなくなったとしたら、この家は寂れてしまうのでは? 不安でいっぱいだ。


「お母さん、座敷わらしって、見えなくなったら、いなくなったって事かな?」

「どうしたのそんな話をして」


 玲奈は驚いた。どうして奈那子は座敷わらしの話をしているんだろう。まさか、見たんだろうか? いや、そんなわけない。


「いや、何でもないの」


 ふと、玲奈は思った。座敷わらしがいなくなったとすれば、この家は寂れてしまう。だが、今の所はそれにつながりそうな事は起きていない。


「悪い事あった?」

「ううん」


 悪い事は全く起きていない。ただ平凡な学校生活を送っているだけだ。


「そっか。じゃあ、いなくなったんじゃなくて、見えなくなったのかな?」

「えっ!?」


 奈那子は驚いた。いなくなったんじゃなくて、見えなくなった? だとすると、まだここに早紀はいるのかな? そう思うと、奈那子はほっとした。


「幸せになれたんだから、見れなくなったっのかな?」

「そうかな?」

「きっとそうよ」


 奈那子は笑みを浮かべた。きっと、早紀が自分と翔との縁を結んでくれたのかな? 見えなくなったけど、ありがとうって言いたいな。




 春休みになった。翔は卒業式を終え、来月から中学校だ。中学校は勉強量が多くなるうえに、高校受験も控えている。そして、部活もある。より一層頑張らないといけない。


「翔くん」

「奈那ちゃん」


 春休み、奈那子と翔と歩いていた。奈那子はこれからもこの小学校に残る。だけど、翔はこの学校には来ない。だけど、これからもいい関係を築いていけたらな。


「今日、家で遊ぼうか?」

「うん」


 翔は奈那子の家に行く事にした。何度か行っているが、とても長い距離だ。だが、奈那子が好きだから何度も行っている。


 2人は奈那子の家にやって来た。春休みが終わるまでは自由に遊べる。2人は嬉しそうな表情だ。


「お邪魔しまーす」

「あら、翔くん」


 玲奈は笑顔で迎えた。玲奈も翔の事は知っている。小学校で知り合った彼氏だ。


「どうしたの?」

「家でゲームをしようかなと思って」


 翔はテレビゲームのソフトをいくつか持っている。奈那子が持っていないのばかりだ。


「ふーん。たのしんでらっしゃい」

「はい!」


 2人は2階の部屋に向かった。2人とも嬉しそうだ。


「いい関係だね」


 玲奈は振り向いた。そこにはトクがいる。2人の姿を見て、トクも嬉しそうだ。


「まさか、初恋では?」

「いや、どうだろう」


 初恋かどうかはわからない。だけど温かく見守ろう。


「温かく見守ってやろうよ」

「そうね」


 奈那子はいつの間にか、東京に戻りたいと思わなくなっていた。だってここが、翔が好きだから。

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座敷わらし 口羽龍 @ryo_kuchiba

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