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次の日の昼下がり、奈那子は相変わらず家にいた。遊びに来る子供が全くいない。ただ、座敷わらしだけが遊び相手のようだ。
明日からまた学校が始まる。だが、去年とは違う小学校だ。どんな小学校生活になるのか、気になる。そっちの生徒は、数えるほどしかないと聞いた。みんながまるで家族のようで仲良しだと聞いた。自分もそんなに仲良しになれるんだろうか?
「お邪魔しまーす」
橋本家に、誰かがやって来た。隣に住んでいる田中だ。祖母とは幼馴染で、よく野菜を物々交換しているという。
「あら、田中さん」
「なんか昨日、玲奈さんとその娘が引っ越してきたって」
田中は知っていた。玲奈と奈那子がここに引っ越してきたと。時々帰ってきたが、これからはずっと住むとは。
「うん。奈那子は2階にいるわ」
「本当。見てみたいな」
「いいよ」
奈那子は2階にいると知ると、田中は靴を脱いで、2階に上がった。田中は奈那子に会いたいと思っているようだ。
田中は2階にある奈那子の部屋に入ってきた。奈那子は驚いた。誰が入って来たんだろうと思ったが、優しいおばさんだと思うと、ほっとした。田中にも、この部屋に座敷わらしがいる事に気がついていない。
「奈那ちゃん、初めまして」
「はじめまして。どなたですか?」
奈那子は田中の事を知らなかった。一体、誰だろう。奈那子は首を傾げた。
「隣に住む田中さん。この人も農業をしているのよ」
「よ、よろしくお願いします」
奈那子は少し緊張している。どんな人だろう。全く想像できない。
「こちらこそよろしくね。こんな子なんだね。玲奈さんにそっくりね」
「そ、そうかな?」
奈那子は照れた。玲奈に似ているとよく言われるけど、本当に似ているんだろうか?いまだに疑わしい。
と、奈那子は東京の事を思い出した。この辺りはこんな高齢な人ばかりだ。早く仲良くなれる子供に会いたいな。
「どうしたの?」
「東京が恋しいなと思って」
奈那子はいまだに、東京が恋しいと思っていた。東京に行けば、たくさんの子供がいて、仲良く遊べるからだ。こんな農村より、ずっと楽しいに決まっている。
「まだ言ってる」
田中は呆れた。引っ越してきた時と、全く変わっていないな。早くここに慣れてほしいのに。いつになったらなれるんだろうか?
「東京にいた頃は、楽しかった?」
「うん。友達がたくさんできて」
奈那子は東京にいた頃を思い出した。あの頃はよかったな。だけど、引っ越してしまった。ずっといたかったのに。
「そう。でも、寂しくないわ。私たちが友達だと思えばいいわ」
「えっ・・・」
田中さんも友達? この村の人々みんなが友達? 奈那子は全く想像した事がなかった。
「いいじゃないの!」
「そ、そうかな・・・」
「じゃあ、また会おうね」
「うん」
田中は部屋を出ていった。奈那子はほっとした。その様子を、座敷わらしも見ていた。
「どうしたの?」
「子供はいるの?」
「いるけど、この辺りでは数人ぐらいだね」
奈那子はほっとした。少し入るようだ。だが、数えるほどしかいないとは。
「そんなに少ないの?」
「うん。みんな若い子は都会に行っちゃうからね」
早紀は寂しそうだ。若い子はみんな都会に行ってしまった。そして、子供は少なくなってしまった。子供にしか見えない早紀は寂しいと感じている。
「そうなんだ・・・」
「みんな、豊かさを求めて都会に行っちゃうのね」
早紀は共感した。確かに都会は豊かだ。欲しい物が簡単に手に入るし、仕事も充実している。だからみんな都会に行っちゃうのかな? 自分は好きじゃないけど。
「じゃあ、どうしてここに来たの?」
「お父さんが浮気するし、東京での生活に疲れたからって、お母さんが言ってた」
奈那子は太郎が許せなかった。だけど、岩手に引っ越した今は、太郎と一緒にいたいという気持ちが強い。だけど、太郎の元には戻れない。
と、そこに玲奈がやって来た。玲奈はその話を聞いていたようだ。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
だが、奈那子は何でもないと嘘をつく。座敷わらしの事は、誰にも話したくないな。
「ふーん・・・」
「お母さん、座敷わらしって、何?」
ふと、奈那子は思った。座敷わらしって、どんな妖怪だろう。いい妖怪だろうか? 悪い妖怪だろうか?
「家に現れるのよ。いたずらっ子だけど、座敷わらしのいる家は栄えるっていうの」
「そうなんだ」
座敷わらしって、そんな力があるのか。だったら、この家に、自分に何かいいことがあるかな? 奈那子は少し期待した。
「どうしたの? 突然座敷わらしの事を聞いて」
玲奈は思った。どうして突然、座敷わらしの話を聞いたんだろうか? ひょっとして、座敷わらしに出会ったんだろうか?
「な、何でもないの」
「ふーん」
玲奈は1階に戻っていった。奈那子と早紀はほっとした。奈那子と早紀の関係は、できればずっと秘密にしたいな。
翌日、奈那子は転校先の小学校にやって来た。ここから車で数十分の集落にある小さな小学校だ。昔はもっといくつもの小学校があったが、次々とここに統合されていった。だが、生徒数は減少するだけで、現在は数えるほどしかない。この小学校にはスクールバスでやって来た。山を貫くトンネルの先にあり、徒歩で行く事は困難に近い。
「おはようございます」
奈那子が挨拶をすると、校長は笑顔で迎えた。この小学校に転校生とは、珍しい。
「今日からこの学校にやって来た、橋本奈那子さんですね」
「はい」
奈那子は元気に答えている。だが、心の中では嬉しくない。東京がいいに決まっている。
「ここはとても生徒数が少ないから、誰とも友達になれるよ」
「本当?」
奈那子は疑った。生徒数が少ないのに、簡単に友達になれるんだろうか?
「うん。この学校自体、家族だと思っていいんだよ」
「ふーん」
だが、奈那子には興味がない。家族は玲奈とトクだけだ。
と、そこに担任の富田(とみた)がやって来た。富田は眼鏡をかけた男の先生だ。
「じゃあ、行こうか?」
「はい!」
奈那子は富田の後について、教室に向かった。ここの廊下は木造で、歩くたびにミシミシ音がする。東京の鉄筋コンクリートの校舎とはまるで違う。まるでオバケが出てきそうな雰囲気で、怖い。
奈那子と富田は教室に入った。そこには1人の少年がいる。2学期まではこのクラスの唯一の生徒だ。
「起立、礼」
「おはようございます」
富田の号令にあわせて、生徒は起立、礼、着席をした。
「えー、今日からこの小学校に転校してきました、橋本奈那子さんです、金森(かなもり)くん、仲良くしてやってくださいね」
「はーい!」
金森は元気がよさそうだ。これは仲良くなれそうだな。
朝の会が終わると、奈那子の元に金森がやって来た。早速話しかけようとしているようだ。
「どこから来たの?」
「東京」
金森は驚いた。まさか、東京からやって来たとは。東京は自分の所よりもっと賑やかだ。いつかここに住みたいな。
「東京かー、俺、去年、東京に行った事があるの」
「本当?」
奈那子は驚いた。東京に行った事があるとは。一体、どこに行ったんだろうか?
「スカイツリーに行って、ディズニーリゾートに行って、楽しかったなー」
スカイツリーも、ディズニーリゾートも定番の名所だ。とても楽しかったんだろうな。
「私も行った事があるわ」
「ふーん」
奈那子はどっちにも行った事がある。特に、ディズニーリゾートはクリスマスによく行っている。
「また行ってみたいな」
「また機会があったら、一緒に行こうよ」
「うん」
金森は思った。いつか大人になったら、一緒に東京に行きたいな。そして、またスカイツリーとディズニーリゾートに行きたいな。
と、そこに1人の男がやって来た。その男は6年生らしくて、背が高い。
「よぉ!」
「えっ?」
奈那子は振り向いた。そこには背の高い少年がいる。6年生だろうか?
「君、転校生?」
「そ、そうだけど・・・」
奈那子は戸惑っている。まさか、ほかのクラスの生徒からも声をかけられるとは。この学校自体が家族のようなものって、こういう事だろうか?
「俺、6年生の三宅翔(みやけしょう)。もうすぐ卒業で、短い期間だけど、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします・・・」
奈那子は戸惑っている。まさか、最上級生からも話しかけられるとは。東京の小学校に通っていた頃は、そんな事はなかったのに。
「どうしたの?」
奈那子は振り向いた。そこには金森がいる。
「い、いや。急に話しかけられて」
「ふーん。恋じゃないの?」
金森は思った。ひょっとして、この子に一目ぼれしたんじゃないか?
「まさか」
「どうしたの?」
そこに、富田がやって来た。3人の話を聞いていたようだ。
「いや、何でもないよ」
2人は何でもないと言っている。だが、富田には聞こえていたようだ。
その夜、奈那子は勉強をしていた。だが、なかなかうまくいかない。
「はぁ・・・」
「どうしたの?」
奈那子は振り向いた。そこには早紀がいる。先はかまってほしいようだ。
「たった1人の6年生が声をかけてきたんだ。かっこいい子だったなー」
「ふーん。恋じゃない?」
早紀は思った。翔に恋をしたんじゃないだろうか?
「まさか。まだ、今日会ったばかりだよ」
「そ、そうだね」
だが、奈那子は否定した。まだ知り合ったばっかりだ。これから恋へと発展すればいいんだけど。太郎のように翔が浮気をしなければいいんだけど。
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