3

 次の日の昼下がり、奈那子は相変わらず家にいた。遊びに来る子供が全くいない。ただ、座敷わらしだけが遊び相手のようだ。


 明日からまた学校が始まる。だが、去年とは違う小学校だ。どんな小学校生活になるのか、気になる。そっちの生徒は、数えるほどしかないと聞いた。みんながまるで家族のようで仲良しだと聞いた。自分もそんなに仲良しになれるんだろうか?


「お邪魔しまーす」


 橋本家に、誰かがやって来た。隣に住んでいる田中だ。祖母とは幼馴染で、よく野菜を物々交換しているという。


「あら、田中さん」

「なんか昨日、玲奈さんとその娘が引っ越してきたって」


 田中は知っていた。玲奈と奈那子がここに引っ越してきたと。時々帰ってきたが、これからはずっと住むとは。


「うん。奈那子は2階にいるわ」

「本当。見てみたいな」

「いいよ」


 奈那子は2階にいると知ると、田中は靴を脱いで、2階に上がった。田中は奈那子に会いたいと思っているようだ。


 田中は2階にある奈那子の部屋に入ってきた。奈那子は驚いた。誰が入って来たんだろうと思ったが、優しいおばさんだと思うと、ほっとした。田中にも、この部屋に座敷わらしがいる事に気がついていない。


「奈那ちゃん、初めまして」

「はじめまして。どなたですか?」


 奈那子は田中の事を知らなかった。一体、誰だろう。奈那子は首を傾げた。


「隣に住む田中さん。この人も農業をしているのよ」

「よ、よろしくお願いします」


 奈那子は少し緊張している。どんな人だろう。全く想像できない。


「こちらこそよろしくね。こんな子なんだね。玲奈さんにそっくりね」

「そ、そうかな?」


 奈那子は照れた。玲奈に似ているとよく言われるけど、本当に似ているんだろうか?いまだに疑わしい。


 と、奈那子は東京の事を思い出した。この辺りはこんな高齢な人ばかりだ。早く仲良くなれる子供に会いたいな。


「どうしたの?」

「東京が恋しいなと思って」


 奈那子はいまだに、東京が恋しいと思っていた。東京に行けば、たくさんの子供がいて、仲良く遊べるからだ。こんな農村より、ずっと楽しいに決まっている。


「まだ言ってる」


 田中は呆れた。引っ越してきた時と、全く変わっていないな。早くここに慣れてほしいのに。いつになったらなれるんだろうか?


「東京にいた頃は、楽しかった?」

「うん。友達がたくさんできて」


 奈那子は東京にいた頃を思い出した。あの頃はよかったな。だけど、引っ越してしまった。ずっといたかったのに。


「そう。でも、寂しくないわ。私たちが友達だと思えばいいわ」

「えっ・・・」


 田中さんも友達? この村の人々みんなが友達? 奈那子は全く想像した事がなかった。


「いいじゃないの!」

「そ、そうかな・・・」

「じゃあ、また会おうね」

「うん」


 田中は部屋を出ていった。奈那子はほっとした。その様子を、座敷わらしも見ていた。


「どうしたの?」

「子供はいるの?」

「いるけど、この辺りでは数人ぐらいだね」


 奈那子はほっとした。少し入るようだ。だが、数えるほどしかいないとは。


「そんなに少ないの?」

「うん。みんな若い子は都会に行っちゃうからね」


 早紀は寂しそうだ。若い子はみんな都会に行ってしまった。そして、子供は少なくなってしまった。子供にしか見えない早紀は寂しいと感じている。


「そうなんだ・・・」

「みんな、豊かさを求めて都会に行っちゃうのね」


 早紀は共感した。確かに都会は豊かだ。欲しい物が簡単に手に入るし、仕事も充実している。だからみんな都会に行っちゃうのかな? 自分は好きじゃないけど。


「じゃあ、どうしてここに来たの?」

「お父さんが浮気するし、東京での生活に疲れたからって、お母さんが言ってた」


 奈那子は太郎が許せなかった。だけど、岩手に引っ越した今は、太郎と一緒にいたいという気持ちが強い。だけど、太郎の元には戻れない。


 と、そこに玲奈がやって来た。玲奈はその話を聞いていたようだ。


「どうしたの?」

「何でもないよ」


 だが、奈那子は何でもないと嘘をつく。座敷わらしの事は、誰にも話したくないな。


「ふーん・・・」

「お母さん、座敷わらしって、何?」


 ふと、奈那子は思った。座敷わらしって、どんな妖怪だろう。いい妖怪だろうか? 悪い妖怪だろうか?


「家に現れるのよ。いたずらっ子だけど、座敷わらしのいる家は栄えるっていうの」

「そうなんだ」


 座敷わらしって、そんな力があるのか。だったら、この家に、自分に何かいいことがあるかな? 奈那子は少し期待した。


「どうしたの? 突然座敷わらしの事を聞いて」


 玲奈は思った。どうして突然、座敷わらしの話を聞いたんだろうか? ひょっとして、座敷わらしに出会ったんだろうか?


「な、何でもないの」

「ふーん」


 玲奈は1階に戻っていった。奈那子と早紀はほっとした。奈那子と早紀の関係は、できればずっと秘密にしたいな。




 翌日、奈那子は転校先の小学校にやって来た。ここから車で数十分の集落にある小さな小学校だ。昔はもっといくつもの小学校があったが、次々とここに統合されていった。だが、生徒数は減少するだけで、現在は数えるほどしかない。この小学校にはスクールバスでやって来た。山を貫くトンネルの先にあり、徒歩で行く事は困難に近い。


「おはようございます」


 奈那子が挨拶をすると、校長は笑顔で迎えた。この小学校に転校生とは、珍しい。


「今日からこの学校にやって来た、橋本奈那子さんですね」

「はい」


 奈那子は元気に答えている。だが、心の中では嬉しくない。東京がいいに決まっている。


「ここはとても生徒数が少ないから、誰とも友達になれるよ」

「本当?」


 奈那子は疑った。生徒数が少ないのに、簡単に友達になれるんだろうか?


「うん。この学校自体、家族だと思っていいんだよ」

「ふーん」


 だが、奈那子には興味がない。家族は玲奈とトクだけだ。


 と、そこに担任の富田(とみた)がやって来た。富田は眼鏡をかけた男の先生だ。


「じゃあ、行こうか?」

「はい!」


 奈那子は富田の後について、教室に向かった。ここの廊下は木造で、歩くたびにミシミシ音がする。東京の鉄筋コンクリートの校舎とはまるで違う。まるでオバケが出てきそうな雰囲気で、怖い。


 奈那子と富田は教室に入った。そこには1人の少年がいる。2学期まではこのクラスの唯一の生徒だ。


「起立、礼」

「おはようございます」


 富田の号令にあわせて、生徒は起立、礼、着席をした。


「えー、今日からこの小学校に転校してきました、橋本奈那子さんです、金森(かなもり)くん、仲良くしてやってくださいね」

「はーい!」


 金森は元気がよさそうだ。これは仲良くなれそうだな。


 朝の会が終わると、奈那子の元に金森がやって来た。早速話しかけようとしているようだ。


「どこから来たの?」

「東京」


 金森は驚いた。まさか、東京からやって来たとは。東京は自分の所よりもっと賑やかだ。いつかここに住みたいな。


「東京かー、俺、去年、東京に行った事があるの」

「本当?」


 奈那子は驚いた。東京に行った事があるとは。一体、どこに行ったんだろうか?


「スカイツリーに行って、ディズニーリゾートに行って、楽しかったなー」


 スカイツリーも、ディズニーリゾートも定番の名所だ。とても楽しかったんだろうな。


「私も行った事があるわ」

「ふーん」


 奈那子はどっちにも行った事がある。特に、ディズニーリゾートはクリスマスによく行っている。


「また行ってみたいな」

「また機会があったら、一緒に行こうよ」

「うん」


 金森は思った。いつか大人になったら、一緒に東京に行きたいな。そして、またスカイツリーとディズニーリゾートに行きたいな。


 と、そこに1人の男がやって来た。その男は6年生らしくて、背が高い。


「よぉ!」

「えっ?」


 奈那子は振り向いた。そこには背の高い少年がいる。6年生だろうか?


「君、転校生?」

「そ、そうだけど・・・」


 奈那子は戸惑っている。まさか、ほかのクラスの生徒からも声をかけられるとは。この学校自体が家族のようなものって、こういう事だろうか?


「俺、6年生の三宅翔(みやけしょう)。もうすぐ卒業で、短い期間だけど、よろしくな」

「よ、よろしくお願いします・・・」


 奈那子は戸惑っている。まさか、最上級生からも話しかけられるとは。東京の小学校に通っていた頃は、そんな事はなかったのに。


「どうしたの?」


 奈那子は振り向いた。そこには金森がいる。


「い、いや。急に話しかけられて」

「ふーん。恋じゃないの?」


 金森は思った。ひょっとして、この子に一目ぼれしたんじゃないか?


「まさか」

「どうしたの?」


 そこに、富田がやって来た。3人の話を聞いていたようだ。


「いや、何でもないよ」


 2人は何でもないと言っている。だが、富田には聞こえていたようだ。




 その夜、奈那子は勉強をしていた。だが、なかなかうまくいかない。


「はぁ・・・」

「どうしたの?」


 奈那子は振り向いた。そこには早紀がいる。先はかまってほしいようだ。


「たった1人の6年生が声をかけてきたんだ。かっこいい子だったなー」

「ふーん。恋じゃない?」


 早紀は思った。翔に恋をしたんじゃないだろうか?


「まさか。まだ、今日会ったばかりだよ」

「そ、そうだね」


 だが、奈那子は否定した。まだ知り合ったばっかりだ。これから恋へと発展すればいいんだけど。太郎のように翔が浮気をしなければいいんだけど。

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