これが何処であっても

くまの香

これが何処であっても

村がダンジョンにのまれた。

 父が亡くなった後で、姉と母はそんな村から何とか逃れた。



 村のはずれにあった家、生垣はくずれて瓦礫と化し、裏の井戸は見る影もない。

 窓は土埃で覆われて中は覗けない。


 形が歪んだ扉は、魔物フォックォリムによって扉周りの壁に貼り付けられたようなっている。まるで、中に入る事を拒んでいるように。


 うちの裏にあったキターモさんの家はもう跡形もなく崩れ去り土砂の山と化していた。

 西側の畑向こうのターカシ婆の家は辛うじて柱だけが建っている状態だ。


 魔物フォックォリムは、地上の物を食べ尽くしながら地下へと巣を作る。

 村の南側からやってきたフォックォリムは、村々の家を食べながら地下へと浸透し、まるで巨大なアリの巣のようなダンジョンを作るのだ。


 完全にダンジョンと化す前に、私は自分の生家に戻りたかった。

 住めるとは思っていない、だが、「いつか帰る」とたかを括り思い出の品々は生家に置きっぱなしだった。

 それを取りに戻ったのだ。


 冒険者ではない私は、街の武器屋で魔剣を手に入れてこの村に戻った。

 まだ完全にダンジョン化していないとは言え、フォックォリムはかなりの強敵だ。

 冒険者ならBランクあたりがパーティで臨むダンジョンだ。


 私は冒険者でない上にソロだ。

 ダンジョンに潜るのではなく、村外れの家がまだ残っていたらその家に用があるだけだからだ。


 だが、仮にも魔物、フォックォリムが村中にいるのはわかっている。

 だから魔法武器は必須。

 自分に力が無い分、魔剣に頼るしかない。


 魔剣、ダイソーニャ。

 魔物の魔力を吸い上げて弱ったところを叩き斬る。

 ……私に、叩き斬れるだろうか。


 フォックォリムは、スライムと似ている。

 スライムは固形の魔物、水をゼリー状に固めたプルプルの魔物だ。

 フォックォリムは、どちらかと言うと空気状?見えない個体が纏まった綿のような魔物だ。


 スライムもフォックォリムも『核』を斬らないと倒せない。

 フォックォリムがスライムより上級と言われるのは、かなり小さく分かれる上に、目に見えにくいからだ。しかも飛ぶ。浮遊する。


 一定量以上が固まって初めて『核』見える。しかも、一旦固まると剣で斬るのは厄介だ。

 ただ、魔力を吸いやすく、ソレ系の武器や魔法使いには倒す事が可能らしい。


 私は冒険者ではないので、魔法は使えない。だからこの魔剣、ダイソーニャだけが頼りだ。


 私は、家の西側へ回った。

 母はいつも西側の窓の戸締まりを忘れるのだ。きっと逃げる時も戸締まりなどはしなかったはずだ。

 表の扉からは入れなかったので、西側に回った。


 小窓の木戸にフォックォリムは見られない。ゆっくりと持ち上げてみると開く。


「入れそうだ」


 小窓の枠に手をかけると、


ブワッ!


 フォックォリムが、少量であったが、飛びかかってきた。

 慌てて仰け反り避けた。

 空中に四散されるともう見分けが難しい。

 そして中はやはりフォックォリムにだいぶ侵されているようだ。


 ふと手を見ると、フォックォリムに触れてしまったようで手のひらに赤く小さな発疹が出ていた。


「しまった……手袋や口を覆う物も必要だったか。もっと固まってると思ったのに」


 若いフォックォリムは、まだ集まったり纏まったりせずに小さな個体で飛び回る。攻撃力は弱いが、それはそれで厄介だ。

 とりあえず持ってた布で口は覆った。が、手はどうにも出来ない。


 ゆっくりとさっきの小窓に近づき中を覗く。

 フォックォリムはまだ大きな塊なってはいない。小さな、親指よりも小さな塊は見える。それ以外はふわっとした状態だ。


 窓枠にいたフォックォリムはさっき触れた事で外へ飛び散った。

 何とか入れる気がする。


 私の部屋は、この西の部屋から廊下へ出て斜め前の階段を上がった屋根裏だ。

 ……屋根裏。フォックォリムが好むと聞いている。

 いや、けれど村にフォックォリムがやってきてまだ日が浅い。だからこそ、うちが残っていたのだ。


 窓から注意深く部屋を覗く、壁、床にはいない。

 ここは客間で家具もほとんど無くガランとしている。

 フォックォリムは、細々とした物がごちゃごちゃと散乱している場所を好むと聞いている。


 よく見ると床板の隙間に小さなフォックォリムがいる。

 気をつけながら、ゆっくりと窓から部屋へと入った。


ギシッ……


 歩くたびに板の隙間からフォックォリムがユラっと立ち上がるが、まだ幼いフォックォリムだ。床上をゆらゆらと浮遊している。

 なるべく振動を立てないように廊下への扉へ向かう。

 扉の把手を掴む前にしっかり確認をした。さっきのようにフォックォリムを掴んでしまわないように。


 私の両手のひらは、赤い湿疹が水疱になりかけていた。命に別状はないが、恐らくもっと悪化していくだろう。

 扉をゆっくりと廊下側へ開く、と、廊下に積もったフォックォリムが一斉に宙へ舞った。

 

 フォックォリムは廊下で渦を巻いたり上下に舞ったりしながら、合体を始めてた。

 小さな粒状だった物が拳大まで固まる。


「無理だ……」


 フォックォリムが舞い飛ぶ廊下を横切って屋根裏へ上がるのは、無理だ。

 そこで私は魔剣を持ってきたのを思い出した。


 魔剣、ダイソーニャ。

 鞘から抜いて、右手に握る。手の平の水疱が潰れて痛んだ。しかし我慢をして剣を上段に構えた。


「ダイソーニャ!フォックォリムの魔力を吸って!」


ガァ!グワァァ!


 ダイソーニャが熱く振動したかと思うと、フォックォリムがダイソーニャに吸い寄せられ始めた。実際にはフォックォリムの核が吸い寄せられているのだが、核の周りの綿も一緒に集まる。


「えい!えいぃ!」


 向かってくるフォックォリムの核に向けて剣を振り下ろすが、いかんせん、核が小さすぎる。当然空振り、フォックォリムが私の体に纏わりついた。


「ヤダヤダヤダ、ウソ!あっちいって、いやああああ」


 服に張り付いてフォックォリムが、コトン、コトンと廊下に落ちた。

 助かった、魔剣が魔力を吸い尽くしたせいで飛べなくなったようだ。

 廊下に転がったフォックォリムの核を剣の先で突く。


パリン


 若い核はそれほど固くないようだ。転がって動かなければ私でも突ける。

 宙に舞いっている塊を魔剣で吸いまくった。


ガァ、ガガガ……ガッ


「え?やだ、どうしたの?」


 突然、魔剣の魔力吸引が止まった。


「うそ!やだやだ困る!まだ全然序盤なのに、これ吸引終わり?え?武器屋の親父さん、一刻なら保つって言ってたよね?まだ一刻も経ってないよ!」


 私はダイソーニャを何度も振り上げたが、魔力吸引は復活しなかった。

 所詮、冒険者でも無い自分がダンジョン発生地帯に来るなんて間違ってたんだ。

 冒険者に……Sランクは無理でもAランクソロかBランクパーティに依頼を出せば良かった。

 ……あはは、そんなお金があったら自分でなんて来ないか。


 気がつくと窓にはフォックォリムが合体して張り付き、もう出口は塞がれてしまった。

 命より重い、思い出なんて無かったのに…………。





---------------------------------

(現代)



「え?うっそぉ。朝ちゃんと充電したのにもうバッテリー切れ?嘘でしょおぉぉぉ。まだ廊下しかかけてないよ?」


 ずっと使っていたダイソ◯の掃除機が、ウンともスンとも言わなくなった。

 充電コンセントを指して見たが、ランプさえ点かない。

 これ、完全にダメなやつじゃん。壊れたな、と言うか寿命か。


 はぁぁぁぁぁ。困った。


「てかさぁ、何でこんなに綿埃だらけなのよ!何年掃除しないとこんなに集まるの!」


 自分しかいない空間で誰に向けての怒りなのか。


 台所の床下収納の扉を持ち上げた途端に、茶色く繋がった謎の埃。

 ホコリだよね?ホコリだよね?茶色いし細長いけどホコリなのよ!


 視力が悪くて助かった。これ、アップで見てはいけないやつ。


 冷蔵庫の横の重たい棚を動かすと、棚の下はもちろんの事、冷蔵庫の後ろにも、綿、綿、綿(埃)の大群が鎮座、というか冷蔵庫の背面に張り付き状態。

 これ、よく出火しなかったな。ちょっとでも漏電とかあったらアウトじゃないの。


 え?和室の畳を上げる?はい。お願いします。(シロアリ検査で和室から縁の下へ住設さんが潜るのだ)


グワッ、ボロン、ボロロロ。


 あ、ああああああ、フォッコリさんがぁぁぁぁ。(超涙目)

 その前に、畳を上げるために重ねて置かれていたアレやコレをどかしたら、畳一面に綿埃の絨毯がぁ!


 なんて、ふかふかそうなんでしょう〜。……なんて思うか!


「ちゃんと掃除してるわよ!」

「こないだやったわよ!」

「明日やるつもなのに!」


 母の言葉を間に受けた私が悪いのだろうか?何を言っても無視して掃除すれば良かったのか。もう、今更なので、言ってもしょうがない。


 しかし、これ……。ソロで対峙(退治?)出来るだろうか?

 Sランク冒険者、いえ、プロの掃除屋さんをお願いすべきか?

 お金ねぇ。うん。そうなんだけど。


 実はもう右手の親指の付け根から手首まで大きな青アザを作った。

 押し入れの片付けをしてたらいつの間にか。


 あと、腰は前から悪い。

 それと両手がアレルギー性皮膚炎。10年患って、現在はハンドクリームのみまで治った。けど、すぐに復活するからなぁ。あ、アレルギーの元は「インク」と「ホコリ」なんだよね。ゴム手袋必須でどうにかなるかなぁ。


 ホコリを拭いた雑巾を素手で洗うと、即痒くなり、小さい赤い発疹、そしてしれが水疱に。2〜3で皮が剥ける。

 まぁ現在は3日もあれば治るけどね。




 お金を渋って、病院通いになってもなぁ。腰は長引きそうだしなぁ、悪化させたく無いなぁ。



 どうする、私。

 ダンジョン化した築50年越えの我が家の掃除。

 ぐすん……、助けて、冒険者さん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

これが何処であっても くまの香 @papapoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ