レナちゃんの家
後藤文彦
レナちゃんの家
そう言えば、「壊れだ冷蔵庫さ入ったらわがんねど」ってお母さんが言ってだっけ——んでも、こごはわたしだげのアイソレーションボックスだよ。
中年ぐらいの人が道を歩いている。一軒の荒屋がその人の目に止まる。これはレナちゃんの家だ。レナちゃんというのはその人が小学生のとき同じクラスだった子だ。その人はレナちゃんが好きだった。しかしレナちゃんはカテーノジジョーで遠くへ引っ越してしまったのだ。レナちゃんが引っ越したことになってから一週間たったある日、その人はクラス名簿で住所を調べ、レナちゃんの住んでいた家へ行ってみた。その人の予想に反しレナちゃんの家はひどい荒屋だった。錠が開いていたのでその人は家の中に入ってみた。一面、埃で覆われている。躊躇の末、靴を脱ぎ奥の方へ上がっていくと、襖の向こうから子供の泣き声が聞こえてくる。襖を開けると、病に臥した母親らしき人の傍でレナちゃんが泣いている。レナちゃん! その人は叫んだ。レナちゃんはただ、 「おかあさんが、おかあさんが、」と言いながら泣いている。その人は蒲団の中の母親をよく見た。これは死体だ。
「レナちゃん、あんだのおかあさん 死んでるよ」
レナちゃんは泣き続けている。その人はレナちゃんを優しく抱いた。
「ねえ、おらいさございん。こごさ居だってしゃねよ」
レナちゃんは首を振る。
「んでも、おかあさんど一緒に居だいの。おかあさんど……」
「んでも、あんだのおかあさん 死んでんだよ」
「んでも、んでも……」
急いで家に帰るとその人は叫んだ、
「大変だ、レナちゃんが、レナちゃんが死んだおかあさんの横に座って泣いでんだ」
「なに言ってんの? レナちゃんはこないだ引っ越したべっちゃ」
「いいがら早く来て」
やっとのことで母親を説得してレナちゃんの家まで連れてきてはみたものの、さっきまで居た筈のレナちゃんもレナちゃんのおかあさんも居なくなっているのだ。
あれから何年になるだろうか。あの荒屋が未だ取り壊されず眼前に建っているとは……。錠が開いていたのでその人は家の中に入ってみた。一面、埃で覆われている。躊躇の末、靴を脱ぎ奥の方へ上がっていくと、襖の向こうから子供の泣き声が聞こえてくる。襖を開けると、病に臥した母親らしき人の傍でレナちゃんが泣いている。レナちゃん! その人は叫んだ。レナちゃんはただ 「おかあさんが、おかあさんが、」と言いながら泣いている。その人は蒲団の中の母親をよく見た。これは死体だ。
「レナちゃん、あんだのおかあさん 死んでるよ」
レナちゃんは泣き続けている。その人はレナちゃんを優しく抱いた。
「ねえ、おらいさございん。こごさ居だってしゃねよ」
レナちゃんは首を振る。
「んでも、おかあさんど一緒に居だいの。おかあさんど……」
「んでも、あんだのおかあさん 死んでんだよ」
「んでも、んでも……」
レナちゃんはその人を強く抱き締めてきた。それはその人にとって強すぎる刺激だった。興奮したその人はレナちゃんに口づけした。そこでその人は考えた——これは夢に違いない。そう信じたその人はレナちゃんのパンツを脱がし、そこに露出した子供の恥部を用いて一連の快楽を得た。それはその人にとっては至上の快楽ではあったが、餓死寸前の子供にとっては死への一押しであった。子供の死骸を見たその人は考えた。早ぐ隠さねげ。んでも、どごさ。んだ、押入れの中だ。その人はレナちゃんとレナちゃんのおかあさんをうまく折り畳んで、蒲団の間に挟み込んだ。その人は慌てて家に帰った。その間、ずっとその人はある強迫観念に駆られ続けた——レナちゃんはまだ生きてんでねえがや、レナちゃんのおかあさんだって実は死んでねがったんでねえがや。今なら間に合うかも知ゃね。今なら! ——その強迫観念がその人にこう叫ばせた、
「大変だ、レナちゃんが、レナちゃんが死んだおかあさんの横に座って泣いでんだ」
「なに言ってんの? レナちゃんはこないだ引っ越したべっちゃ」
「いいがら早く来て」
やっとのことで母親を説得してレナちゃんの家まで連れてきてはみたものの、さっきまで居た筈のレナちゃんもレナちゃんのおかあさんも居なくなっているのだ……
んだ、思い出した。この部屋にいる訳はねがったんだ。あの押入れの中だ——その人は押入れに近付いた——開げだらわがんね。開げだらわがんね——その人の脳裡で何かが叫んでいる。その声に構わずその人は押入れを開けようとする——が、開かない。その人は全力を注ぐ——が、開かない——そんな、開げでけろ。頼むがら。開げでけろ。誰が、こごがら出してけろ!
了
レナちゃんの家 後藤文彦 @gthmhk
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