火を点す
結城光流
たまたま見つけたネットの動画だった。
焚き火がずっと燃えているだけの動画。音楽もなければ、誰かが出てきて何かパフォーマンスをするわけでもない。
ただ、火が燃えている。時々薪が爆ぜる。パチパチと音を立てて、炭化した部分が崩れ、炎が揺れる。
そんな動画を眺めていると、妙に心が凪いだ。
いつだったかに火には癒し効果があるとかなんとかどこかで見たことがあるのだが、なるほど確かにその通りかもしれない。
ある日出かけた際、リラクゼーショングッズのコーナーでプラスチックカップに入ったロウソクを見つけた。ティーライトキャンドルというらしい。
ガラス製のロウソク立ても一緒に並んでいる。
値札のプレートにキャンドルホルダーと書いてある。ロウソク立てでいいじゃんと思ったが、キャンドルホルダーと書いてあるからにはキャンドルホルダーと呼ぶべきなのだろう。
都会で焚き火を焚くのは難しいが、ロウソクなら手軽だ。
ティーライトキャンドルを三つとキャンドルホルダーとガスライターを試しに購入した。
夜。
部屋の照明を切る前に、非常用のLEDランタンを床に置いてスイッチを入れた。真っ暗にしてしまうと手元が見えないし、足元がおぼつかなくて危ないからだ。
照明を消す。
テーブルに置いたキャンドルホルダーにティーライトキャンドルをセットして、ライターの火を芯に近づける。
程なくして芯に小さな火がついた。
橙色の火が時々震えるように揺れる。焚き火ほど大きくも激しくもないのに、思っていたより温かい。
こんな小さな火なのにこんなに熱くなるのが驚きだ。でも、小さくたって火なのだから当たり前なのだと思い直す。
ランタンの光を一番弱くして、キャンドルの火が揺れる様をぼんやり眺めていると、心がすうっと凪いでいく。
火を点すというのはどこか、厳かな祈りに似ていると、漠然と考えた。
そうして、キャンドルの火が灯っている間は、自分以外の誰かのために祈ろうと、なんとなく思った。
祈る。
誰かの痛みがおさまるように。
誰かの苦しみが終わるように。
誰かの悲しみが癒えるように。
眠る前の十五分か二十分。
心静かな時間を持つようになった。
はじめの三つを使い切ったので、新たなティーライトキャンドルを買いに行く。
リラクゼーションコーナーのティーライトキャンドルに手をのばそうとして何気なく横を見る。
和ろうそくというのが目に入った。
ティーライトキャンドルや、よく見る白くてまっすぐな棒状のロウソクとは違う、やけに芯の太いそれは、能登の老舗の品らしい。
老舗のろうそくというところに魅力を感じて、ろうそく立ても入ったセットを購入した。
夜、いつものように火を点したら、びっくりするほど勢いよく燃え立った。おまけに結構揺れる。
慌ててスマホで検索をしたところ、和ろうそくの火は大きく、よく揺れて、なかなか消えないとあった。
ティーライトキャンドルの燃焼時間は約五時間と長かったから、少ししたら消して、翌日またつけて、燃え切るまで繰り返し使っていた。
同じようにしようと思っていたのに、消えないのは困る、と思ったのだが。
炎が大きい分、ろうそくはどんどん縮んでいき、三十分もたたずにふっと消えた。しかも、ティーライトキャンドルのように蝋が少し残ることもなく、きれいに燃え尽きた。
ティーライトキャンドルとはまったく違う火だった。
しぶとく、そして潔い、さながら武士の生き様のような火だと思った。
これはこれで悪くない。
しかし、あの勢いは、少し怖い。ちょっと揺れた拍子に何かに燃え移りそうだ。
何か良いものはないかと探して、ガラスのランタンを見つけた。四方を囲むランタンを使えば安心できそうだ。
そして気がついた。
ティーライトキャンドルも悪くはなかったけれど、和ろうそくの燃え方のほうが好きだ。
火の大きさや揺れ方が、焚き火のそれに似ているからかもしれない。
和ろうそくを点すときにも祈る。
大きく揺れて高く燃え立つ、武士のようなその火に。
誰かの心に力が満ちるように。
誰かの胸に希望が湧くように。
誰かの許に助けが届くように。
今日もまた火を点して静かに祈る。
誰かのために。
そうして願う。
その祈りが、いつか自分の力にもなるように。
火を点す 結城光流 @yukimitsuru
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