第三十二話 相談

「ほら!! もっと足動かせ!!」

「「「はい!!」」」


 顧問の声と生徒の疲れたような、しかし充足感が感じられる声が響く中、柊夜はもう一人の顧問と話していた。

 勿論、試合形式で練習をしながら、だが。


「柊夜君には本当に驚かされるよ。まさか、中学からやっているとは言え、部活だけでここまで強くなれるなんてね」

「すぐ近くに、お手本がいるので」

「それもそうだね。僕から見ても、羽柴さんの動きはとても洗練されていて美しいと思うしね」


 ネット手前に落ちたシャトルを危なげに拾いながら、柊夜はバドミントン部顧問の来瀬湊とラリーを続ける。


 茶色に染めた髪に、悠斗程ではないが爽やかな美男子である彼は、国体三連覇という偉業を成し遂げた経験のある男だ。

 味方が強かったからと本人は言うものの、メンバーに選ばれるだけでも凄いのは明白。

 最早、笑うしかないその経歴を持つその男が相手でも、柊夜は何とか羽を打ち返し続ける。


 魔物が出現してから、それ以前と比べてやはりスポーツの人口も割合も減っているし、その技術も全盛期と比べて衰えているのは間違いないが、それでも三連覇という成績は当然輝かしいものである。

 しかし、そんな過去を鼻にかけていないからこそ、女子生徒から人気が出るのだろう。

 当然、イケメンである、ということは必要なのだが。


 男子バドミントン部で、柊夜の相手になる人がいないから来瀬と打っているのではなく、来瀬の相手になるのが柊夜しかいないからである。

 それでも、相手になるか微妙なラインで、今もギリギリなのだが。


 顧問だというのに、生徒に混じって教えることを放棄するのは如何なものかと思うが、誰も文句を言わない辺り彼の人徳が察せるというものである。

 もう一人の厳つい&厳しい顧問も、プレーを生徒に見せるだけで十分教えているようなものだからと黙認している。


「いやぁ、やっぱり見るよりもやる方が何倍も楽しいね」

「なら教育者ではなくプロ選手を目指したほうが良いんじゃないですか?」

「いやいや、流石に僕でもそれは無理だよ。昔は知らないけど、どこのプロ選手も本当に狭き門だからね。楽しむことに重きを置く僕には荷が重いってものだよ」

「だから、部活の顧問として楽しくやろうってことですか」

「そうそう。この学校は、どこの部活も強豪として知られているし、何より今年は君のような子もきた。これを楽しいと言わずして何と言うのさ」


 そう言われて、柊夜はどこか気まずい思いをしてしまう。

 柊夜がバドミントンで――否、どんなスポーツにおいても素人離れした動きができるのは、魔物や魔霊と戦うために鍛えた並外れた身体能力があってこそだからだ。


 言うなれば、技は弱いのにステータスだけ突出しているようなものである。

 ある意味チートだと言われても仕方がないと思っているので、凄いと言われても単純に喜ぶことはできなかった。


(しかし、見た感じ普通にプロ選手としてもやっていけそうだとは思うが……」


 スポーツを生業とする人、つまりプロ選手は、今は魔物出現時よりも大幅に数を減らしている。

 観戦する人が減ったというのもあるが、何よりもスポーツにお金を回していられない国の事情によるものである。

 四年に一度開かれる某国際的な大会も、今では規模を縮小しての開催となっているほどだ。


 そのため、プロスポーツチームも解散するか合併するかで数を減らしており、ほんの一握りの人間しかプロ選手にはなれない。

 柊夜からしてみれば、目の前の男はその資格があるように思えるのだが、本人はガチでやるよりも楽しみたいということで自分には無理だと思っているらしい。


「あ――」

「まだまだだね」


 来瀬の仕掛けたフェイントにまんまと嵌り、シャトルが飛んでくる位置とは逆方向に動いてしまい、慌てて手を伸ばすも間に合うはずもなく。


「流石です」

「そりゃあね。僕もまだ、教え子に負けていられないから」


 スコアを見ると、十点近く開きがある。

 プロ並みのこの男にそこまでやれるだけまだ良い方なのかもしれないが、悔しくないと言ったら嘘になる。

 柊夜とて、負ければ悔しいのだ。


「でも、随分と上達してきたよ。入学当初の荒削りなスタイルから、見違えるように良くなったし」

「先生に言われても嫌味にしか聞こえないですが、素直に褒められたと受け取っておきます」

「嫌味も何も、素直に褒めているんだから。羽柴さんにも、ちょっとは肉迫してきたんじゃないかな」


 来瀬の視線を辿ると、体育館を二分するネットの奥の方でシャトルを打ち続ける明日香の姿。


 男子の方は休憩時間だからか、ほぼ全員が明日香の方を見ており、皆一様に感嘆するか鼻の下を伸ばしている。


 柊夜は、それを咎める気にはならない。

 普段なら、絶対零度の如き視線を向けること請け合いなのだが、今回に限っては仕方ないと思っている。


 何故なら、ただひたすらに。


「美しいね。何度見ても」

「そうですね」


 美しいからである。

 柔らかくも隙がない、洗練された足運びにフォーム、全てが美しかった。

 流れるような動作から放たれるショットは、寸分の狂いなくエンドラインギリギリを攻めており、飛んできたシャトルがどれだけ離れた位置にあろうとも、数度瞬きする間に、いつの間にか相手コートに収まっている。


 そんな光景を見せられて、注目するな、と言う方が無理がある。


 加えて、明日香の天使のような美貌も相まって、人惹きつけてやまない美しさを醸し出している。

 Tシャツに短パンというスポーティな姿も制服とは違った魅力があった。


 男子の一部には、明日香の華麗な動きではなく、とある豊かな一部分を凝視している生徒もいるのだが……。

 その生徒は、きっと明日女子から白い目を向けられ、無視されることだろう。

 そう、“何者か”が、明日香に下卑た視線を向けていたと情報をもたらしたことによって。


「本当に羽柴さん、クラブチームに所属していないのかい? とても中学スタートとは思えないけど……」

「いえ、正真正銘、明日香様は中学の部活動スタートですよ」


 明日香は、こと運動に関しては途轍もない才能を持っている。

 一度見た動きを、完璧に真似することができるのだ。

 抜群の運動神経とも言い換えられるその能力で、部活でしかバドミントンをしていないのに、来瀬を唸らせる動きを身につけることができていた。


 明日香が褒められたことで、誇らしげにしていたからか。


「柊夜君は、本当に羽柴さんが好きなんだね」


 来瀬が、ニヤついた笑みでそう言ってきた。

 どんなに気持ち悪い笑みでも、爽やかイケメンがすると画になるのは何故だろうか。


「えぇ。付き従う者として、これ以上ない素晴らしき主だと思っています」


 容姿でこうも印象が変わってしまうというこの世の理不尽はともかく、柊夜は至極真面目に答える。

 好き、というよりは敬愛が正しいと思っているのだが、敢えて訂正はしない。

 どうせ、面倒くさい問答が始まると理解したからだ。


「……」


 使用人の鏡? のような柊夜を見てそこまでかと呆れている来瀬は、はぁとため息をついた。


 そんな来瀬に構わず、柊夜はずっと抱えていた悩みのようなものを打ち明ける。


「相談があるんですが」

「……何かな?」


 惚気ならやめてほしいな、と思われていることに気づかず、柊夜は話を進める。

 この話題の流れからして、明日香関連だと思うのは仕方がないのだが、それでどうして惚気だと思ったかは、普段の柊夜の態度で推し量れるだろう。

 

「いや、俺の話ではなく、知り合いの話なのですが」

「……」


 知り合いの話、と言われたら十中八九本人の話だと察せられるのだが、如何せん柊夜は相談するということに慣れておらず、そのことを知らなかった。

 そうとは気づかず、「これは柊夜君のことなんだろうな」と思いながら、来瀬は話に耳を傾けるのだった。


「その人は、魔法を行使できるのですが、そのことを家族には隠していて。魔法を行使できるということで、色々迷惑をかけてしまうと思っているようなんです」

「……それで?」

「そのことで悩んでいるのを、家族にも心配かけているようで。いつでも相談してほしいとは言われているようなのですが、当然そんなことできず。本人も、隠し事をするのが精神的に辛いようで、どうしたら良いのかと」

「……」


 来瀬は、思っていた以上に重い話で言葉に詰まってしまった。

 これが柊夜の話だとすれば、柊夜は魔法師ということになり、そのことを家族――つまり家族のような存在である明日香に黙っている、ということになる。


 予想外の展開に、来瀬はさてどうしたものかと柊夜の方を見ると、やはりいつもの感情が窺いしれないポーカーフェイスをしている。

 しかしその視線は、明日香の動きを追っているのは明らかであり、瞳もいつものような冷たさが消え失せ、苦悩に満ちているのが手に取るように分かる。


「そうだね。その人の家族は、魔法を使えると分かっただけで、急に怯えたり、怖がったりするような人なのかな?」


 来瀬はあくまで柊夜の知人に対して、という体で進めていくが、気持ちは目の前の生徒に向かって言葉を紡いでいく。


「きっとその人は、魔法師だという理由で態度を変えられるのを恐れているんだ。今まで通り、家族として接してもらえるか不安なんだ。だから、そのことを隠そうとしている。魔法師を、人と思ってもらえないかもしれないと怖がっている。違うかい?」

「……多分、そうだと思います」

「でもね。こういう相談を君にしてきたということは、その人は家族を大切にしているんだろう? その大切にしている家族は、魔法を使えると分かっただけで、態度を変えるような人なのかな?」

「それは……」


 柊夜は、明日香のことを思い出す。

 自分の敬愛する主が、そんな小さなことで態度を急変させるような器の小さい真似をするのか。


 ――断じて否だ。


「受け入れてもらえると頭では理解していても、きっと心はどうしても、僅かにしか存在しない可能性を恐れているんだと思います。受け入れてもらえなかったらどうしようと」

「そうだろうね。人間なんだから、何でもそう割り切ることはできない。でもきっと大丈夫だよ」

「何故ですか?」

「家族だからだよ」


 柊夜には、その言葉をあまり理解していない。

 妹はいるが、柊夜はそれを家族ではなく兄妹として認識している。

 父親はおらず、母親も死んだ柊夜にとって、家族というのは未知の領域なのだ。


 それでも、言葉の重みは伝わってくる。

 家族という言葉に、様々な想いが込められているのは理解る。


 だが、明日香は柊夜の家族ではない。

 柊夜はこれ以上ないほど敬愛しているし家族のようにも思っているが、明日香が自分のことをどう思っているのかは知らない。

 少なくとも悪いようには思われていないということくらいしか、柊夜は知らない。


 そんな柊夜の心情を見抜いたのか、来瀬は優しく言葉を重ねていく。


「家族は、きっとその人のことを一番理解してくれている存在だ。そんな存在が、魔法というたったそれだけでその人の全てを判断すると思うかい? それまで積み重ねてきた日々を否定して、魔法というたった一部分だけに囚われると思うかい? 家族との思い出が、魔法に負けてしまうと思うかい?」

「違います」

「そうだろう? 魔法はあくまで、その人を構成する情報の一部でしかないんだ。見ず知らずの人なら、それだけで判断してしまうかもしれないけど、きっと家族はそうじゃない。だって、家族なんだから」


 憑き物が落ちるような、そんな気分を味わっていた。


 魔法という、人々に恐れられるような力の負の面に囚われすぎていたようだと、柊夜は自分を恥じた。

 魔法社会に毒されてしまった結果だろう。

 柊夜の本業は祓魔師だが、魔法師としてでもあるので、全く毒されずにいられるというのは無理な話だが。


「ありがとうございます。参考になりました。その知人にも伝えておきます」

「そう。力になれたら良いんだけど」

「きっと彼の力になりますよ」


 今は無理でも、いつか近いうちに、明日香だけでなく楓などにも、自分の素性を明かそうと決意する。

 柊夜が、“魂”を見て付き合うことを選んだ人達なら、きっと自分のことを受け入れてくれるだろう、と。


「ほら、休憩時間終わったよ。インターハイまでもう時間ないんだから」

「……少しは手加減してくださいね」


 タイマーが休憩時間の終了を告げ、柊夜は再び、コートに立つ。


 その表情は、いつものポーカーフェイスであることには変わりないのだが、瞳は先程と違って晴れやかに透き通っていた。

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最強祓魔師の隠し事 猪股 @inomataizumo

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