第三十一話 変化

「はははは羽柴さん!?」


 いきなりの明日香の登場に、隆二が面白いくらいに動揺し、ビートを刻んでいる。

 あれだけ美少女と夏祭り行きたいと言っていたのにもかかわらず、隆二本人はあまり女子と関わってこなかったからか美少女に対する耐性がない。

 そう、隆二は初なのだ。


 一方の悠斗は、告白されること数多の間違いないモテ男であり女子に対する耐性はあるのだが、明日香レベルの美少女がいきなり現れるのは心臓に悪かったようだ。

 後ろに美波と結珠葉がいたことも、驚いてしまう要因だったのかもしれない。


「どうしました、明日香様。美波と結珠葉と一緒なのは珍しいですね。まさかとは思いますが、学食を奢らされたわけではないですよね?」

「お、おい、そんなわけないだろ何言ってんだ柊夜失礼だろ!?」


 いや、二人が一番驚く原因は、いつものようなノリで会話する柊夜が一番心臓に悪かったからだろう。


「何言ってるのよ、流石にそんなことしないわよ。柊夜ならともかく」

「そうですよ、柊夜さんに奢らせるならまだしも、明日香さんにはそんなことさせませんよ」

「俺はお前らの財布じゃないんだぞ」


 もっとも、ビクビクしている隆二と多少固くなっている悠斗を、いちいち気にするほど柊夜もお人好しではないし、新たにやってきた三人も気付かないふりをしている。

 三人は自身の容姿から、よく男子に緊張されることが多く、このような反応は慣れているのだ。


 悠斗も同じようなものだが女子に緊張されることはあってもあまり女子と関わらない生活を送っているため自身が緊張することは少なく、普段から柊夜を相手にしている三人のように平然としていられるわけではなかった。


 だから。


「オレは先に教室に戻ってるわ後はよろしく話が終わったら柊夜宿題教えろよ」

「僕も戻ってるよ」


 この空間から逃げ出そうと、悠斗と隆二がそそくさと退散してしまったのは仕方ないのかもしれないが、柊夜は何故か見捨てられた気分になった。

 それはそう、戦地で強大な敵と遭遇した時に囮に使われ仲間に逃げられたときのような。


 悠斗と隆二がいなくなったことで空いた席に座った三人は、柊夜の向かいの席に座った。


「それで、どうしたんですか明日香様。美波と結珠葉がいることから察するに、二人にもなにか関係があることなのでしょう?」

「うん、そうなの」


 見捨てられた悲しい気持ちを切り替えて、柊夜は明日香が珍しく昼休みに訪ねてきた用件を聞くことにする。

 柊夜の予想通り、美波と結珠葉にも関係があることらしく、いつものことながら察しのいい柊夜には三人揃って感心している。


 しかし、そんな『ほぉぉ』とでも言いそうな顔をされても、柊夜は反応に困るのだが。

 祓魔連の年だけ無駄に食った老害を相手にすることもあるのだから、これくらいは当然に出来ないといけないため何に感心されたのかは分からなかった。


「夏祭りなんだけど、最初は後で楓も誘って五人で行かない? あの約束の時は二人で観に行くことになると思うけど、それまではせっかくだからみんなで楽しもうかなって」

「柊夜、明日香と二人きりだと何をしでかすかわからないから、私達が付いていってあげる」

「いや、俺が何をしでかすんだ?」

「明日香さんをジロジロ見ていたおじさんを成敗したりとか、でしょうか?」

「流石にそこまではしないよ、少し睨んで怯ませるくらいだ」


 どうやら、もう三人の中で一緒に夏祭りを行くことは決定事項のようで、そして柊夜にも断られるとは思っていないようだ。

 確かにそうなのだが、楓を加えたこの四人の美少女達の中にポツンと一人男が存在しているというのは少し気まずいという思いもあった。


 まず間違いなく、柊夜は妬み嫉みの対象となり、それはもう激しく荒れ狂った嫉妬の視線を受けるに違いなかった。

 柊夜はそんな俗物の視線など気にすることはないが、明日香達まで被弾してしまうのはあまりいい気分ではない。


 それに、もし万が一魔物の襲撃があった場合、守る対象が多ければそれだけ取りこぼすことに繋がり、それだけはなんとしてでも避けたかった。

 流石の柊夜といえども、四人を守りながらわんさか群がってくる魔物を倒す自信がないということもないが、言い切れるほどもなかった。


「ダメ、かな?」

「いえ、問題ありません」


 しかし、明日香にこう上目遣いで頼まれてしまっては、柊夜に断る選択肢など無い。

 もとよりそうするつもりなのだが、柊夜はもしものことなど考えても仕方ないと、考えること放棄した。


 それでも脳裏をよぎるのは、俊司から訊かされた、夏祭りにあるかもしれない魔物の来襲。

 柊夜も、日本の魔法師の質が高いというのは重々承知しているのだが、不安要素がないわけではない。


 夏祭り会場周辺の魔物は、国防軍によって定期的に駆除されており、他都市防壁近くの地域と比べても比較的安全だ。

 だがそれは、他の地域と比べたら、という話であって魔物が存在しないわけではない。

 むしろ、気休め程度にしか魔物の総数は変わらないとする考えもある。


 神衣は、昼間には魔物を一掃するだろうと言っていた。

 神衣の真性魔法は、昼間に最も効力を発揮するので、魔物殲滅が最優先のリベルタスにとって昼間に魔物をおびき寄せるのが一番可能性として高い。


 勿論、柊夜としては何の問題もなく夏祭りを楽しむことが一番であるのは間違いないが、少なくとも明日香や楓、幼馴染や親友の二人に危害が加えられなければそれでいいと思っている。

 名も知らぬ赤の他人より、身内の方が何倍も大切なのだ。 


 だからこそ、柊夜は不安を拭えない。

 今まで、リベルタスという組織が、理屈が通らないということを何度も経験している。

 もし万が一、何かしらのイレギュラーが発生した場合、自分の大切な人達を守り通すことができるのか。

 それも、自分が魔法を行使できるということを隠して。


 やっぱり、今年は行かないほうが良いのではないか。

 そう思うものの、行かないほうがいい理由をなんと説明すれば良いかも分からない。

 魔物が夏祭りを襲うかもしれないから行くのをやめよう、などと言えるわけがない。

 何故そんなことを知っているのかと問われるに決まっている。


 神衣が大丈夫と言っているのだから、このまま予定通り皆で夏祭りに行くことになるだろう。

 しかし、安全を最優先するなら適当な理由をつけてでも夏祭りに行かせないのが一番なわけで。


 どうしようかと逡巡する柊夜の心情を見抜いたのか。


「柊夜くん、何か悩んでいること、あるの?」

「ッ……」


 明日香は、妙に勘の鋭い時があった。

 それも今回のように、的確にこちらの悩みを見抜いてくるような、第六感とも呼ぶべき感覚を持っている。

 魔法師の霊子を感覚的に捉える能力も第六感と言えなくもないが、こうした直感のほうがふさわしい表現だろう。

 

 それはともかく、主とは言え様々な事情を隠している柊夜にとって、明日香の勘の鋭さは天敵でもあった。

 いくら、多くの敵に化け物扱いされても動じないメンタルをもっていようが、敬愛する明日香にはなるべく嘘は付きたくないのである。


「ない、ですが……心配いりません」


 だから、こうして誤魔化すしかない。

 表情は、変わっていないと思いたい。

 今ここで少しでも動揺してしまえば、何か隠していると自白しているようなものだ。


 とにかく、明日香を魔物やリベルタスなど余計なことで煩わせたくない。


 そう思っての言葉だったのだが……。


「そう……。でも何かあったら、遠慮なく相談してね」


 明日香の疑念を払拭することはできず、淀みを残す結果となってしまった。

 何か隠していそうだけど、気の所為かもしれないし踏み込むのはよそう――そんな考えがありありと伝わる表情で言われてしまい、柊夜は押し黙る他なかった。

 少なくとも、これ以上明日香に不信感を持たれることだけは避けたいと、誤魔化しを重ねることをやめた。


「そう言えば、なんですが。楓は、同級生と一緒に夏祭りに行く、と言っていました」

「そうなんだ。じゃあ、楓は無理そうだね。四人で行こう」


 昨日楓が言っていたことを思い出した柊夜は、話題を逸らすべく利用することにした。

 それに付け加え、「邪魔するわけにはいかないので……」と言っていたのも思い出したが、何となくそれは言わないでおこうと思った。


 美少女三人に男一人という組み合わせだからだろうか、悠斗と隆二と一緒に昼食を取る時よりも更に視線を集めているのを感じた柊夜は、早くこの場を去りたいとご飯をかきこんだ。

 勿論、使用人である自分が明日香の評判を貶めないように、ある程度の上品さは保って、だが。


 そんな居心地悪げにする柊夜に気がついたのか、美波の表情がからかう時のものに変化する。

 その表情の変化に気がついた柊夜は、何か言われる前に一刻も早く教室に戻りたいと思うのだが、明日香がまだご飯を食べている以上使用人であるためそうはいかない。

 主よりも先に席を立つなど、言語道断だからだ。


 逃げ帰りたい心情と使用人としての矜持の板挟みとなるも、すぐに後者を選択して美波にからかわれる道を選んだ。

 男からしてみれば、美波という美少女にからかわれるのはご馳走様です、という思いになりそうな気もするが、長い間やられるとただ疲れるだけである。

 隆二なら、それでも泣いて喜びそうだと思ったのは、きっと柊夜だけではないだろう。


「ふふ、どうしたの? 柊夜」

「いや……いつもみたいにからかってくるのかと思っただけだ」

「なに? からかってほしかったの?」

「柊夜さん……喜んでいたんですか?」

「違う。断じて違う」


 しかし、想像と違い美波は意味ありげな微笑を浮かべるだけで何も言わない。

 それはそれで、何かを企んでいそうで気味が悪いのだが、そんな事を言ったら間違いなく地雷を踏みぬくことになると分かっているので自重した。


「分かっているわよ。ただ、ちょっと可哀想かなって思っただけよ」

「可哀想……?」

「えぇ。だって、こんな人に見られている中で、柊夜がからかわれでもしたら、次の日には貴方、絶対に生暖かい目で見られることになるもの」

「あぁ……」


 思わず、遠い目をしてしまう。


 柊夜は、尊敬や畏怖、敵意に恐怖の目で見られたことは何度もあるが、生暖かい目で見られた経験など皆無だ。

 しかし、その時の居た堪れなさは、女子生徒に告白される度に経験する悠斗から伝え聞いている。

 曰く、「あぁ、またか。大変だね。みたいな目で見られるんだよね」とのことだ。


(……ん? ちょっと待てよ)


 ここで、違和感に気づく。


 からかわれて生暖かい目で見られるということは、会話が聞かれるということで。

 なら、今の会話も、周囲の人間にバッチリ届いていることになる。


 つまりは――


(いつも俺がからかわれているってことが聞かれた……?)


 疑問形だが、確信している。


「……」

「どうしたの?」


 ジト、と美波を見るも、やはり含んだ笑みで受け流される。


「あ、これ美味しい」

「本当ですか? 一つください!!」

「あ、ちょっと!! あげるからそんなくっつかないで。くすぐったい!!」


 ただ。

 美波の隣でキャッキャウフフしている明日香と結珠葉を見て、もう良いかな、という気分になってしまった。


(というか、この三人ってこんなに仲良かったか?)


 いつの間にか女同士で友情を育んでいた三人に、再び柊夜は遠い目をしてしまうのだった。

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